3度目の婚約破棄宣言
公爵令嬢エリザベート視点です。
シープ王国には王子が1人しかおりません。
国王は后を溺愛しておりましたが、后は1人目の出産時に体が弱っていた頃に流行り病に罹り亡くなってしまいました。
城内は1年喪に服したそうです。
喪が明けた後…。
王子1人では王国の未来に不安があるので、公爵家でもあり宰相でもある私の父が王に側室を取る事を進言したのですが、后に申し訳が立たないということで拒絶されてしまいました。
幼い頃に父は苦笑いで「王は【真実の愛】に生きているので私の言葉は届かない」と嘆いていたのを今でも覚えています。
そんな事もあり、唯一の王子であるアレン様は3歳になる頃から王太子、国王となるべく教育が始まったのです。
そんな中、王子と同じ年で公爵家、宰相の娘ということもあり、3歳になった私も未来の王太子妃、后になるべく教育が始まりました。
私たちが3歳の時に国王と宰相にて秘密裏に婚約を成立させたらしいのです。
事情を教えてくれたお母様の顔が余りにも怖くて直視できませんでした…。
■1度目の婚約破棄宣言(5歳)
5歳の頃、王子とお茶会をする事になりました。
婚約者としての初顔合わせも兼ねており、お互いが婚約者であることは伝わっている状態でした。
私は事前に姿絵も拝見させていただいておりました。
当然王子も私が婚約者であることは事前に聞いているはずです。
私は必死に練習したカーテシーに満面の笑みを浮かべて挨拶をしました。
「はじめまして、アレン様。私の名前はエリザベートです。今後とも末永くよろしくお願い致します」
それに対してアレン王子からの返事は…。
「エリー、初対面で私の名前を気安く呼ぶのを君に許した覚えはないのだが?アレン王子もしくはアレン王子様が正しいのではないのだろうか?婚約者と聞いていたが、これでは先が思いやられる。婚約破棄しないか?」
王子の言葉を聞いた執事も侍女も唖然としていました。
衛兵も何事かとこちらを窺うような雰囲気です。
政略結婚ではありますが、これから仲良くしましょうね、という意味も込めて挨拶したのを理解していただけなかったのでしょうか?
王子は私の事をエリーと略しています。
胸がザワザワしますね…。
本能として備わっている危険予知能力でしょうか?
王子、顔はいいのです。
本当に顔はいいのですが殴ってもいいですか?
グーで殴っていいですか?
あえてチョキで目を狙ってもいいですよね?
本能が私に暴力を訴えてきます。
ダメダメ。
私は王子の妻になる女です。
疼く右手を抑えて泣き顔を作りました。
必死で言葉を絞り出したように演出し…。
「し、失礼しましたアレン王子様。緊張の余り言葉を上手く話す事ができませんでした。未熟な私をお許しいただけないでしょうか?」
私の言葉を聞いて王子の気分は良くなったのでしょう。
「次から気を付けてくれればいいよ。冗談半分で君の教育に役立てたかったのさ」
とりあえず場の空気が緩んだので、その後のお茶会は和やかに進みました。
和やかなのは王子だけでしたけどね…。
お茶会がお開きになった後、右手の疼きをどうしようか周りを見ていると、仕事の合間に様子を見に来てくれたのか、お父様が笑顔でやってきました。
「初めてのお茶会で緊張しなかったかい?」
私は笑顔でお父様に抱き着くと同時に右手を鳩尾にめり込ませました。
「不安でいっぱいでした。今回の婚約は冗談半分ですよね?お母様に相談させていただきますね」
普段はどんな問題でもすぐに回答をして下さる、国の頭脳と言われるお父様が額に脂汗を流しながら少し沈黙してしまいました。
「今回の婚約は王からお願いされたものだから簡単には破棄できないよ。このまま未来の王太子妃、后となるべく努力していって欲しい。絶対に妻に相談してはいけないよ」
帰宅後に「まだ間に合う、まだ間に合う」と呟くお父様の声が部屋から聞こえました。
当然ですがお母様にも相談しました。
お母様は隣国ベア帝国の公爵家出身でお父様とは留学で知り合ったそうです。
「お茶会をしましょう。勉強ばかりではなく気分転換も必要ですよ。私の母国の皇子様も招待しましょう」
流石お母様です。
気分転換のお茶会で隣国の皇子様を呼ぶとか敏腕が過ぎます。
3カ月後、ベア帝国の第1皇子ジャン様が我が家に遊びにいらっしゃいました。
お互いに目と目があった瞬間に感じました。
将来この人と結婚する。
【真実の愛】はここにあると5歳の時に感じました。
ジャン様は毎年、避暑地として我が家に遊びにいらっしゃる事がこの時に決まりました。
お母様の力が怖いです。
お父様は青褪めていましたが、私はジャン様と毎年会える嬉しさでいっぱいでした。
私たち2人の様子を見ていたお母様はベア帝国と交渉を始め、私が6歳になった頃にはジャン様との婚約が決定していたそうです。
この頃より教育は帝国式になっており、教師は全員ベア帝国から派遣されてきていたそうです。
■2度目の婚約破棄宣言(14歳)
貴族が通う学園の食堂にて、お友達と食後のお茶を楽しんでいた時に王子の声が響きました。
「エリー、私の妻となるあなたが他の男性と食事を楽しむとは何事ですか?不貞行為をしたあなたとは婚約破棄した方が良いのではないだろうか?」
「申し訳ありません、アレン王子様。私は女性のお友達とお茶を楽しんでいるのですが、どこが不貞行為なのでしょうか?」
アレン王子は顔を真っ赤にして声を荒げました。
「君はこの食堂に男性がいるのが目に入っていないのか?これほど多くの男性と一度に食事を取るなど、淑女のする事ではありません」
流石王子ですね…。
皆の注目を集めるのは得意なようです。
この日の出来事は当日中に学園に広まってしまいました。
王子は顔はいいのです
年々格好よくなっていきます。
本当に顔はいいのですよ。
でも、右手と右足が疼く。
殴りたい!
気取った笑顔を歪めたい衝動に駆られる。
ダメダメダメ。
こんな所で王子と問題を起こしたらジャン様に迷惑をかけてしまうわ。
そもそも学園に入学して既に2年も経っています。
色々と可笑しいところが多いのですが、王子ですから仕方ありません。
ここは少し悲しい顔をしましょう…。
「アレン王子様、ここは学園の食堂で授業の後は皆ここで食事をするものなのです。アレン王子様は毎日別のメニューを希望される為、お1人で食事をしているのです」
するとアレン王子は更に顔を赤くしました。
「君は妻になるのだから私と同じ料理を一緒に食べるべきではないのかい?」
ダメダメダメダメ。
今は仮面もバールのような物も持っていないの。
やはり常に携帯しておくべきでした。
私もまだまだですわ…。
私は王子がどこで食事をするのかも知りませんし招待された事もありません。
ここは落ち込んだ顔をしましょう…。
「勉強不足で不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。私が不貞行為をしていない事は一緒のテーブルにいるお友達が証言してくれます。信じていただけないでしょうか?アレン王子様は大切な国の宝です。常に危険を排してお1人で食事をされているのではないのでしょうか?」
王子は【大切な国の宝】との言葉で途端に機嫌が良くなり、偉そうな態度を取り始めました。
「今回も君の勉強不足で私は不快な思いをしました。次はありませんので気を付けて下さいね。女性を許すのも男の器の大きさを見せる良い機会と判断し今回の件は不問としましょう。私は国を背負う宝ですからね!はっはっはっは!」
皆からの視線が痛いです…。
王子の頭がおかしいのは私の責任ですか?
それとも同情してくれているのでしょうか?
学園と家が近くに在ることもあり、急いで帰宅し今回の件を報告しました。
帰宅するとお父様が笑顔で近くにやってきました。
「おや、急に帰宅するなんてどうしたんだい?学園で困った事でもあったのかい?」
笑顔でお父様に抱き着くと同時に右手を鳩尾にめり込ませ、右足でつま先を踏み潰しました。
「学園の食堂でお友達とお茶を楽しんでいた事を王子に不貞扱いされてしまいました。食堂で男子学生が違うテーブルにいる中で食事をする事は淑女らしくないそうです。私は恥ずかしさで皆に合わせる顔がありません…」
お父様の顔は引き攣っていましたが、何とか言葉を絞り出したようです。
「16歳まで待って欲しい。お願いだ我が愛しのエリー」
脂汗と涙を流しながらお父様にお願いされたら断れませんね。
お母様にも相談しましたが、ベア帝国に引っ越しをするのは16歳からで問題ないそうです。
今回も何とか我慢する事ができました。
頼れるお母様がいて安心です。
■3度目の婚約破棄宣言(16歳)
デビュタントの日、王子はドレスもアクセサリーも花さえも贈って下さいませんでした。
一応王子の婚約者は私のはずですが…。
既に婚約破棄は決定していたのでしょうか?
もしかして私の社交界デビューはお父様と一緒に入場でしょうか?
流石に欠席してもいいですよね?
ジャン様から次に会う時には是非着て欲しいとドレスやアクセサリーが届いています。
早馬を走らせて王子から話を伺った執事によると…。
王子は社交界の主催者側で皆の入場を見守る必要があるとの事。
君は私の妻になるのだから一緒に入場する皆を見届ける必要がある。
何故まだ私の横にいないのかが解らないと嘆いていたそうです。
その程度の常識も持ち合わせていないとは、やはり婚約破棄決定だそうです。
ついに【真実の愛】を選ぶ時が来ました。
お父様の選択の時です。
国を選ぶか、お母様と娘を選ぶかどうしますか?
お父様の【真実の愛】は国か家族どちらに捧げるのでしょう。
私は王国のデビュタントを欠席し、馬車でお母様とベア帝国に向かうことになりました。
お母様は既に出発の準備を終えており、いつでも家を出られる状態でした。
残念ながら馬車の中にお父様はいません。
「お母様、私のせいでお父様と離れてしまう事になり申し訳ありません」
心からの謝罪をしたのですがお母様は笑顔でした。
「馬車の御者を御覧なさい。あなたの婚約を私抜きで決めた旦那様への罰です」
シープ王国とお母様の母国のベア帝国は国力に差がとてもあり、私たちが引っ越した事による賠償どころか文句一つ言えるような関係ではありません。
王国から宰相もいなくなり、その後は多くの貴族がベア帝国に与したと言われています。
でも、私には関係ありません
18歳の誕生日にジャン皇子様と結婚する事になりました。
私はとても幸せです。
これが【真実の愛】なのですね。
お父様は離婚危機を3度回避しました。
1番の被害者は王国の民ですがいずれベア帝国に併合されるので問題ありません。
民の生活は向上します。