第19話 失敗
(さやか視点)
今日はライアン王子が居ない代わりにと、ロシェル副団長が指示役として側についてくれることになった。
今まで副団長を紹介されなかった事が不思議だったが、グラディス団長があっさりライアン王子とそりが合わないからあまり二人は一緒にさせないと言っていた。
いつもライアン王子が側に居たので一緒に行動する機会がなかったらしい。
もともとロシエル副団長は、普段は新人の騎士を率いて教育にあたっているそうだ。
シルバーブロンドの長めの髪に騎士にしては細身で神経質そうな顔の五十代の男性だ。
ライアン王子に比べると強そうという見た目ではない。
森に入って暫くするとグラディス団長が大きな声をだした。
「ゴブリンに囲まれた! 数が多いからできるだけ応戦せずに聖女を守りながら撤退するぞ!」
まだ森に入ったばかりで、心の準備ができてなかった。
周囲がざわざわと不穏な音をたてる。
こわい。
ぎゃっぎゃっと魔物の威嚇する声が複数響く。
じっとりと手に汗をかいた。
ゴブリンは昨日ライアン王子がなぎはらっていた緑の小鬼のような外見の気持ちの悪い魔物だ。
動きが早くて飛びかかってくる。
こわい。
「聖女の後方を私が守ります。聖女は騎士について焦らず戻ってください。騎士は聖女を守りながら撤退」
ロシエルの指示に従って、騎士が武器を抜いた。
私はうなずいた。
「わかりました」
まだ森に入ったばかりで騎士団の宿舎からそんなに離れていない。
戻れる距離だ。
だか、ゴブリンが十数匹一斉に目の前に飛び出して来るのを見たら混乱してしまった。
数が多い!
私はあせってそのゴブリンの群れに覚えたばかりの火魔法を降り注いだ。
「燃え尽きろ!」
肉が焼ける匂いがしてゴブリンは全て燃え尽きた。
そして近くの木が数本燃え上がった。
グラディス団長がすぐに燃え上がる木の側に訓練用のゴーレムをだし、ロシエル副団長が範囲魔法で水を降らせた。
「馬鹿やろう!! 何をするんだ?!」
ロシエル副団長に怒鳴り付けられて私は自分の失敗を悟った。
「すみません……」
泣きそうになって、泣かない様に顔に力を入れる。
グラディス団長が背負っていた大きな斧の様な武器で何度か攻撃を加えて訓練用ゴーレムを壊してから、こっちに来た。
「範囲で火の魔法を森で使うのは山火事になる場合があるからやらない方がいい。もし、使う場合は魔物を残して、水魔法で火を消せるようにするべきだ。全部の魔物を一気に倒してしまうと魔法が使えなくなる」
そんなこと知らなかった。
だけど……。
もしグラディス団長が訓練用のゴーレムをもっていなかったり、ロシエル副団長が水魔法の使い手ではなかったら、森は大変なことになっていたに違いない。
指示通り動かなかった私が全部悪い。
我慢したのに涙がこぼれ落ちた。
「……すみません」
静かに泣き出した私を見てロシエル副団長は狼狽えた。
「すいません。私も取り乱して怒鳴り付けてしまった」
ロシエル副団長はいつも新人騎士に怒鳴るのと同じ様に聖女に怒ってしまった事を後悔してだまってしまった。
気まずい沈黙が落ちる。
昨日が順調過ぎた。
グラディス団長が魔物を見つけてくれて、一体だけを遠くから狙って攻撃する。
魔物が私に向かって来る前に倒していたし、少しでもこちらに向かってくると、隣に居たライアン王子が剣で倒してくれた。
無意識にライアン王子に頼ってしまっていた。
今日は逆に会ったばかりのロシエル副団長を信じきれていなかった。
だから恐怖に負けて暴走してしまったのだ。
しかも、手に石を持ってなかった。
だから覚えたばかりの慣れない火魔法を無意識で、しかも範囲で使ってしまった。
タイミングと間の悪さが重なった。
グラディス団長もロシエル副団長も泣き続ける私に困っている。
ぐっと歯をくいしばって涙を止める。
悪いのは全部自分だ。
「すみません」
情けなく声が震えた。
謝る以外に言葉が出ない。
「いや、こんな浅い所で囲まれると思ってなくて俺が油断した。一旦戻って立て直そう」
グラディス団長が慰めてくれて戻ることになった。
「範囲攻撃もできるだろうとは思っていたのに、俺が注意をしておくべきだった。さやかさんがそんなに気にする様な失敗じゃない。ロシエルもすぐ水魔法を使ってくれて助かった。木もたいして燃えてない」
延々とグラディス団長が慰めてくれる。
情けない。
迷惑をかけて、なかなか浮上できない自分もいやだ。
騎士団の建物に戻っても気分は最悪だ。
琴梨ちゃんが居たら話を聞いて慰めて、笑い飛ばしてくれたはずだ。
私は琴梨ちゃんにも依存してる。
今はライアン王子とデートしているはずだ。
ここには居ない。
突然世界に一人にされたような気がして泣き出した。
気を使ってくれたのか今は部屋に1人だ。
その時、団長と副団長は走っていた。
もし聖女がもう戦いたくないと言い出したら国の一大事だ。
急いで副団長は城にエリスワース王子を呼びに、団長は琴梨とライアンを探しに外にでた。
泣きすぎてぼーっとしてるとエリスワース王子が来てくれた。
こんな顔は見られたくなかった。
きっとひどい顔になってる。
エリスワース王子は目を冷やしてくれた。
「一緒に城にもどりましょうか? 続けて訓練も疲れるので明日は琴梨さんと図書館に行ってもいいですし、部屋でゆっくりしてもいいかもしれませんね」
よしよしと頭を撫でてくれた。
「すいません」
「さやかさんは悪くないですよ。私が一番悪いんです」
余りの脈略のなさに、私はきょとんとしてエリスワース王子を見た。
エリスワース王子はふふっと笑った。
「私はどうしても兄に幸せになってほしくて、それ以外が疎かになりがちなんです。兄に琴梨さんと出かけて欲しくて、無理なスケジュールだと思ったのに、私はグラディス団長に駄目だと言わなかったんです」
「もし、兄がさやかさんの側にいたら今日の様なことにはならなかったでしょう?」
確かにそうかもしれない。
私がやらかしたことは事実だけど、確かにタイミングが色々悪かった。
ライアン王子が居たら撤退しようとグラディス団長は言わなかったかもしれない。
もし撤退したとしても、ライアン王子が後ろにいたら私が恐慌状態に陥らなかったかもしれない。
「私はどうしても兄に幸せになって欲しいんです」
「私は兄に償わなければいけないんです。……私は兄から大切な物ばかり奪い取ってしまう人間だから」
何を奪ったかを聞いても多分それは仕方がない事だったり、どうにもならない物だろうと思った。
例えば王の椅子はライアン王子は本当に要らないのだと思う。
魔物を倒すことが楽しくて仕方がない人みたいだ。
国王よりも今も騎士になりたいと思っていると思う。
そのことはエリスワース王子もわかっているはずだ。
「ライアン王子は償ってほしいと思う人じゃないと思いますよ」
エリスワース王子はいつもの様に優しく笑ってうなずいた。
ライアン王子が望まなくても、ライアン王子に償いたいのだとわかった。
「そうですね・・・わかります! 私もです。私は琴梨ちゃんから大切な家族や平和な世界を奪ってしまったから、私も琴梨ちゃんに償いたいんです」
「琴梨さんもたぶん償いを望まないと思いますよ?」
「だから内緒です」
私はふふふっと笑った。
私たちはお互いの気持ちが理解できた。
まるで共犯者ができたみたいな気がした。
「私、今日の午後も明日の午後も訓練にでます」
私は琴梨ちゃんとエリスワース王子の分も戦うんだ。
そう約束したから。
早く強くなりたかった。
「さやかちゃん!」
ドアが開いて琴梨ちゃんとライアン王子が入ってきた。
誰かが呼んでくれたらしい。
「琴梨ちゃんデートは?!」
「さやかちゃんが泣いてるって聞いたから急いできたの! 大丈夫?」
本当に走ってきたらしい。
息が乱れて顔が赤い。
心配して走ってきてくれた事が私は嬉しかった。
「ごめん。ちょっと失敗しちゃった。でもエリスワース王子に慰めてもらったから復活した」
エリスワース王子を見てふふふっと笑ったら、エリスワース王子もいつもの笑顔で微笑み返してくれた。
「そっか。じゃあ良かった」
琴梨ちゃんもふふっと笑った。
「だから琴梨ちゃんはデートに戻って大丈夫だよ?」
琴梨ちゃんはええっ!? っと驚いた。
「えっと。あっ。さやかちゃんお昼食べた?」
時間はまだお昼より少し早い。
「食べてないよ」
「多めにサンドイッチ作ってもらったから、四つあるの。一緒に食べよ!」
「え~? せっかくのデートなんだから2人で外で食べてくればいいじゃない」
私がにやりっと笑うと琴梨ちゃんは赤くなってあわわわわっとわかりやすく照れた。
やっぱり琴梨ちゃんはライアン王子が好きらしい。
やっぱりそうなんだ……。
前に城で王と食事をした時、琴梨ちゃんはライアン王子ばかり見ていた。
だから私は琴梨ちゃんがライアン王子が気になっていることはなんとなくわかっていた。
だけと、ライアン王子は城では人を寄せ付けない攻撃的な空気を常にまとっている人だった。
だから、私には何故琴梨ちゃんがライアン王子が気になるのかわからなかった。
しかし、昨日私のライアン王子に対する印象がかなり変わった。
ライアン王子は森に入ると別人の様に生き生きする人だった。
さらに魔獣と闘いはじめると人が変わる。
魔獣と戦う事が楽しいのか、目が少年の様にキラキラしてうっとりと口元に笑みを浮かべる。
その色気に心臓がぎゅっとなる。
動きに無駄がなく圧倒的な力と技で魔獣を倒すその姿は、素晴らしいダンスを見ているように目が離せなくなる。
かっこいいかもしれない……。
あと意外な事に、強いし面倒みもよいライアン王子は騎士団ではすごく慕われていた。
騎士団で森に出る前に皮鎧を着るのを手伝ってくれた女性騎士が『ライアン王子とうさぎちゃんを結婚させ隊』という謎の恋愛応援組織のメンバーなのだと言っていた。
なぜか騎士団でライアン王子と琴梨ちゃんの恋愛を応援しているらしい。
昨日、訓練から戻った私は琴梨ちゃんにライアン王子かっこよかったよと大袈裟に誉めてみせた。
琴梨ちゃんは分かりやすく嫉妬した。
私はその様子を見て確信したのだった。
琴梨ちゃんはライアン王子が好きなんだと。