第12話 セレナ王妃
(異世界 四日目)
騎士団長とクロエさんの娘さんというセレナ王妃の想像ができない。
「ライアン王子のお母様は……」
私が言葉を探していいよどんでいると、エリスワース王子がうなずいた。
「セレナ王妃は最強の騎士だったんですよ。 十年ほど前になくなられてますが……魔物の森の魔物が突然、異常に強くなりはじめたのがその時期なんです」
最強の騎士と聞いて更にセレナ王妃の想像ができなくなった。
クロエさんがちょうどキッチンからでてきて、私たちのテーブルにサラダの皿を置きながらエリスワース王子に続ける。
「あの時はグラディスとセレナとライアン三人で森にでててね。グラディスがライアン担いで戻って来たんだよ。ライアンの顔の傷はその時の傷なんだよ」
なんだろう、あちこち疑問があるんだけど……。
「戦闘でポーションを使いきっちまって、戻ってくるのに、時間がかかっちまったから神官でも完全には消せなかったのさ」
傷ついてすぐであれば跡形もなく消せる。
傷は時間がたてばたつほど回復しないとエリスワース王子が説明してくれた。
ポーションに神官!
まさにゲームの世界観だ。
ちょっとポーションという単語に、興奮して私はたずねてしまった。
「どうして神官を連れて行かなかったのですか?」
私が知ってるRPGゲームなら、必ず回復役を連れていく。
神官が側に居ればすぐ治せたんじゃないかな?
「神官をつれていく……? 神官はスライシアの人間なので森には入れないんです」
エリスワース王子が難しい顔で考えながら言った。
「すみません。私の世界とは違うんですね……」
考え方にズレがある。ガンダルン民は回復魔法は使えないらしい。
神官はスライシア民のみらしい。
「まぁライアンが生きていてくれただけでもありがたいことだよ」
クロエはそう言ってほほえんだ。
「セレナはもう戻ってこないけど、聖女さまが来てくれたんだから、すぐに魔物の森ももとどおりになるさ」
さやかちゃんの頭上の矢印が青くなった。
聖女への期待が重い。
さやかちゃんは曖昧にうなずいた。
クロエさんはまたキッチンに戻って行った。
クロエさんが持ってきてくれた、サラダをもぐもぐしていると、さやかちゃんがエリスワース王子に聞いた。
「聖女や勇者はこの十年の間、居なかったんですか?」
そういえば異世界召還をバンバンしてる世界なんだから呼べば良かったんだよね?
「そうですね。召還できなかったので、居ませんでした。召還の儀式は……」
エリスワース王子は少し悩んでから言った。
「色々難しいので……」
いい濁した部分は国家秘密なのか、私たちに言えないなにかなのか……。
私とさやかちゃんは考えながらうなずく。
「前の……勇者か聖女がこの世界に居たのはかなり前なんですか?」
小皿のサラダを食べ終わったさやかちゃんがフォークを置きながら聞いた。
「……前回の聖女がクロエさんのお母様なんです」
クロエさんのお父さんは騎士団の騎士で、聖女さまと結婚したらしい。
そしてクロエさんは騎士団長と結婚して、セレナ王妃は聖女の孫になるらしい。
なかなか複雑なような世間が狭いような……。
エリスワース王子が生まれた時は魔物の森はクロエさんのお母様(聖女)のおかげで平静だったそう。
エリスワース王子が五才、ライアン王子が十歳でセレナ王妃は亡くなったらしい。
その時分から、魔物の森は平静さを失ったらしい。
その後十年かかって召還されたのがさやかちゃんということか……。
「魔物の森は騎士団で行くわけではなく、個人でも行くのは普通ですか?」
セレナ王妃が亡くなった時、ライアン王子は十歳だ。森に行くのは普通なんだろうか? そう思ったけどぼかして質問した。
「比較的国に近い場所、浅いところは一般の冒険者や戦士も単独で狩りをします。ただ、今は魔物の森が活性化してるので……。弱い魔物でも複数に囲まれると一人では対処できないこともあるようです。だから最近は複数人のパーティーで森に行くようですよ」
「オークのシチューだよ」
クロエさんがキッチンからでてきて、シチューの入った皿とパンを三人の前に順番においていく。
「今はライアンもグラディスも一人で森に入るのは騎士団から禁止されてるみたいだね。私も若い時は狩りに森によく行ったもんだよ」
「「クロエさんも?」」
私とさやかちゃんの声がハモった。
確かにクロエさんは日本のおばちゃんよりも強そうに見える。
でもなんだか魔物と戦っているところが想像ができなかった。
クロエさんが近くの椅子に座った。
「こう見えて、昔はなかなか強かったんだ。しかも、私の母は前の聖女なんだよ。私は母から聖女の力を引き継いだんだ。だから、騎士団にいたこともあるよ」
クロエさんが居たらさやかちゃんは要らないんじゃないかな?と思ったけど、女の人は子どもを産むとかなりステータス値が削られるらしい。
「長女のセレナはステータス値が高かった。でも、セレナの後で産んだ次女と長男はほとんど一般的なステータス値でね。長男は第三騎士団で騎士をやってるけど、次女は結婚して店をやってる。三人も産んだらもう私は森には出れなくなってたね。だから、祖父からグラディスの家業のこの宿屋をついだんだ」
クロエさんはがははと笑った。
日本でも出産は命がけというけど、この国は命懸けの重さが違うようだ。
さらにガンダルンよりもスライシアの方が母体に体力が無いから子どもを望むのは大変なんだと聞いた。
ユリオックは一番リスクがない。
そのうちユリオック民ばっかりになっちまうかもねぇとクロエさんは言った。
だから、ガンダルンとスライシアの女性は一人以上の子どもを産む事を国から推奨されているらしい。
ところで、クロエさんのオークのシチューはすごく美味しかった。
オークは味も食感もそのまま豚肉だった。
違和感を感じずに食べれるとさやかちゃんも普通に食べていた。
どうも、さやかちゃんは食感や味で違和感を感じると手が止まりやすいようだ。
帰り際、クロエさんに美味しかったと伝えると、「またおいで!」っと言ってもらって、ぎゅっと抱きしめられた。
少し話をしただけなのに、そのあったかさが、日本のお母さんを思い出して少しきゅんとした。
私とさやかちゃんは日本では行方不明という事になっているんだろうか。
お母さんとお父さんが心配して泣いていなければいいな。
琴梨は元気だから。