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ヘボドラゴンと呼ばれても  作者: たつのオトシゴ
第一編 始まり
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004


   004


 大通りを外れて宿舎へ戻る途中、ふと視界の端に何を捉えて思わず足を止めた。

 通りの端で蹲っている少女らしき人影を見つける。往来する人々は少女を気にも留めず、通り過ぎていく。いや、気にしていないという訳では無く、関わらないようにしているという感じだ。チラリと見ては目を逸らしている。

 その少女を見て「ああ、そういうことか」とソーマは呟いた。

 蹲っている少女の身形は薄汚れていて、その瞳は死んだ魚のように虚ろだ。そして何よりも目立つのは頭から生えている狼の耳だった。

 よく見れば狼の尻尾が体に巻きついている。間違いなく少女はモンスターだ。

 おそらく何かがあってマスターを失ったのだろう。

 マスターに捨てられたり、死なせてしまったりすることは珍しい話ではない。

 義勇兵ギルドで見た隻腕の義勇兵を思い出す。モンスターを連れていてもマスターが死なない保証は無い。それに、何かのきっかけでモンスターを見捨てるマスターもいる。

 考えたくはないけれど、あの少女もそういうことなのだろう。

「……大丈夫か?」

 自分でも驚いた。気付いた時にはその狼の少女に声を掛けていたのだ。

「……」

 しかし、少女は反応を示さなかった。

 腰を屈めて少女の顔を覗き込み「おーい、大丈夫か?」と小さく手を振る。

「…………誰、ですか?」

 ようやく気付いたのか少女は顔を上げてこちらを見つめてくる。

「僕はソーマ。君の名前は?」

「……ライカ、です」

「ありがとう、ライカ。それで、こんなところで何をしてるの?」

「…………別に、何もしてません」

 ライカの表情を見て確信した。

「君のマスターはどこ?」

 その質問をすると少女は長い沈黙の末、重たい口を開く。

「………………分かりません」

「……そっか」

(間違いない。ライカはマスターに捨てられたんだ……)

「ちょっとごめんね?」

 ソーマが手を伸ばすとライカはビクリと肩を跳ねさせる。

「ああ、おでこを少し見るだけだから怖がらないで?」

 出来るだけ優しい声音で言い、ライカを怖がらせないようにすると共に額を隠している髪を手でよける。

 本来、マスターを持つモンスターの額には紋章が浮かんでいる。それがマスターと契約している証となる。

 しかし、ライカの額から紋章は消え失せていた。

 モンスターから契約を破棄することは出来ない。だけぢ、マスターは一方的に契約を破棄することが出来る。マスターがそのモンスターを不要だと判断すれば紋章は消え、契約は失われる。

 つまり、ライカのマスターは彼女を不要だと判断し、捨てたのだ。

「ありがとう……ごめんね」

 髪に触れていた手を引っ込めるとソーマはライカに何て言葉を掛けるべきなのか苦悩する。

 『君のマスターはどこ?』と尋ねた時にライカは『分かりません』と答えた。『いません』ではなく、『分かりません』と言ったのだ。

 マスターに捨てられたと分かっていても、モンスターであるライカはマスターの存在を捨てられずにいる。まだマスターが戻ってきてくれるのではないかと心のどこかで信じているに違いない。

(なんて理不尽なんだろう……。マスターはモンスターを捨てられるのに、モンスターはマスターを捨てられず、戻ってきてくれるかもしれないという霞のような希望に囚われる)

 マスターが戻ってこないと知った時、どんな絶望が降り注ぐのか想像もつかない。

 希望に囚われている時間が長ければ長いほど、真実を知った時の絶望は重くなる。それならば今ここで真実を話した方がライカの為になるはず。

「君のマスターは――」

 ――もう戻って来ない。

 そう伝えるつもりだったのに、ライカの瞳を見た途端に声が出なくなった。

 『マスター』という言葉を出した時、ライカの瞳が微かに光を取り戻したのだ。

(そんな顔をされたら……僕には無理だ)

 本当のことを伝える勇気は出なかった。

「……いや、なんでもない」

 と視線を逸らすので精一杯だった。

 ライカの瞳に宿った光が失せていく。微かな希望を与え、奪ってしまったことを後悔する。

 同情こそするが、ソーマがライカを助けることは出来ない。何も出来ることは無い。

 ライカの心にポッカリと空いた穴を埋めるには新しいマスターとなる人間が必要だ。

 しかし、ソーマがマスターになることは出来ない。それは法律で決まっているからだ。

 義勇兵の規則ではなく、王国の法律によってマスターが契約出来るモンスターの数には制限が掛けられている。ひとりの人間が必要以上の力を持ってしまえば、それは魔獣よりも強大な存在となり、もし邪な人間が多くのモンスターを従えれば最悪それは国家級の戦力となってしまう。そうなれば王国が有する騎士団の戦力を以てしても止めることは難しくなる。

 つまりは王国が自分を護るために定めた法律だ。

 モンスターを保護する法律は無いのに、王国の護る法律はある。それに疑問を持っている人間はどれ程いるのだろうか。この世界はあまりにモンスターに冷たく、厳しい。

 自分のモンスターが役立たずで、より強いモンスターに変えたいと思ってもそれは出来ない。特別な理由が無い限り義勇兵ギルドや王国がモンスターを引き取ることは出来ない。加えて法律による制限があることで新しいモンスターを従えることは許されない。

 なら今のモンスターとの契約を破棄し、捨ててしまえばいいじゃないか。そう考えたマスターはモンスターを身勝手に捨ててしまう。

 その結果、野生化してしまうモンスターが問題となっていた。

 恐らく、ライカも同じ理由で捨てられたのだろう。

 ライカにしてやれることは義勇兵ギルドへ連れて行き、保護して貰うことだけだった。

「もうすぐ暗くなる。ギルドに行こう」

 ソーマは静かに手を差し出した。その手をジッと見つめてから見上げてくる。

「……マスターもいますか?」

「それは……分からない。でも、ここにいるよりはギルドにいた方が会える可能性は高い。だから……ね?」

「……」

 ライカはしばらくの沈黙の末、ソーマの手を掴んだ。

 そっとライカの手を引き、立ち上がらせる。

「ギルドまで一緒に行こう」

 そう言ってソーマは昼に訪れた義勇兵ギルドへ再び戻っていく。

 ライカは足を引き摺るように歩き、フラフラと体を揺らす。

 ライカを後ろから見ていたシロナは何を思ったのかソーマの空いている腕にギュッとしがみ付いてくる。

「……シロナ?」

 目を向けるとシロナは体を震わせ、俯いていた。僅かに見えた瞳は脅えていた。

 義勇兵ギルドに着くまでシロナは腕を離さないどころか、腕が痛くなる程しがみ付いてきた。

 脅えている女の子を振り払う訳にもいかず我慢し続けた。

 ギルドの職員に事情を話して保護して貰う際、ライカは「マスターにまた会えますか?」とソーマに尋ねた。

 それに対してソーマは「ああ、きっと会えるよ」と言い残してギルドを後にした。

(……何て答えるべきだったんだろう。僕は彼女に何かしてあげられることは無かったのか……)

 生きていればまたマスターと会えるかもしれない。けれど、そのマスターだった人間はもう君のマスターにはならないだろう。

 だからせめて、前のマスターよりも良いマスターと出会えることを願うことしか出来ない。

 空は暗くなり、遠くに見える山々に太陽が沈みかけている。

 ギルドを出ても尚、シロナは腕を離そうとしない。

 今まで見たことの無い脅えように違和感を覚える。

「どうしたの? 何かあった?」

 ソーマは屈んでシロナの顔を覗き込む。

 シロナの瞳は酷く脅えていた。すると、恐る恐るシロナは震える口を動かす。

「……マスターは、ずっと私の傍にいてくれますか? どこにも行きませんか?」

(……そういうことか。ごめん……気付いてあげられなくて)

 シロナの言葉の意味を悟り、ソーマは静かに微笑んだ。

 別に可笑しかったからではなく、少しでもシロナを安心させようと笑ったのだ。

「ああ、僕はずっといるよ。シロナの傍にずっといる」

「寝てる時も傍にいてくれますか?」

「ああ、いるよ」

「私を独りにしないでくれますか?」

「僕がいるよ」

「手を握ってくれますか?」

「シロナの手を離すもんか。他に奴に触らせたくない」

「私を…………私を……」

 その先の言葉を口にするのが怖かったのか声を詰まらせ、パクパクと口を動かしては俯く。

 けれど、口に出さずともシロナが言いたかった言葉は分かった。

「ああ、シロナを見捨てたりしない。何があろうと僕は君のマスターだ。だから安心して?」

 そう言ってソーマはシロナの手をそっと握った。

 信じていたマスターに捨てられたライカを見て、シロナは自分の姿と重ねてしまったのだろう。

 マスターに捨てられるかもしれないという恐怖がシロナの中に芽生え、捨てられまいと腕にしがみ付いてきたのだ。

 生まれた時から信じていたマスターに裏切られる苦しみを理解している人間は殆どいないだろう。人間は捨てる側だ。捨てられる側の気持ちを理解出来るはずがない。

 だけど、ソーマはその苦しみの一端を理解出来た。何故ならソーマもまた捨てられた側だから。実の家族に『出来損ない』の烙印を押され、捨てられたからこそ理解出来た。

 捨てられるという事がどれだけ苦しく、悲しく、辛いのか。

 モンスターには血の繋がった家族はいない。モンスターにとってマスターとは唯一の家族であり、掛け替えの無い存在なのだ。それに裏切られる苦しみは尋常ではない。

「……あ、そうだ」

 ソーマは思い出したかのようにポケットに手を入れるとゴソゴソと何かを取り出す。

 ポケットから手を出すと、そこには小さな宝石がはめ込まれた花の髪飾りがあった。昨日、森で拾ったものだ。

 本当にお金に困った時、売ってお金に変えようと思っていたのだ。小さいが宝石がはめ込まれており、それなりの額にはなるだろう。

 だけど、それをシロナの白い髪に飾った。

「うん、やっぱり似合う。すごく可愛いよ」

 この髪飾りを拾った時にまず思ったのは「これ、シロナに似合いそうだな」だった。

 思った通り良く似合っていた。白い髪に飾った花の髪飾りは雪の中に咲く花のようだった。

「あの、これは……?」

 シロナは髪飾りを触りながら小首を傾げた。

「僕からのプレゼント……みたいな? まあ、偶然手に入れた物なんだけどね」

 実を言うとソーマは誰かにプレゼントを贈るという行為自体が初めてだった。それが少し恥ずかしくて頬をポリポリと掻く。

 言葉だけなら何だって言える。シロナを大切に想っているということをどれだけ言葉に込めても伝わる大きさには限界がある。そういう意味ではプレゼントというのは効果的で効率的なのかもしれない。

 好きな人に花束やアクセサリーなどのプレゼントを贈る男に対し、物で釣ろうとしているだけだと決めつける人もいるだろう。だけど、好きな相手に自分の気持ちの大きさを分かりやすく伝えるのにプレゼントは理に適っているとソーマは思う。

 その男にとって決して安くは無いプレゼント買い、好きな相手に贈るという行為。そのプレゼントの中身よりも重要なのは、大切なお金を削ってまでプレゼントを贈ったという行動だ。

 安い装備を身に着け、貧しい生活を送るソーマにとってお金は命の次に大切だ。売却すればお金になっただろう髪飾りをシロナにプレゼントするということは、ソーマがどれだけシロナを大切に想っているのか伝えるには効果的だった。

「次はちゃんとお金を貯めてシロナにプレゼントするから、それまではこれで許して欲しい」

 シロナは首をぶるぶると横に振り、首が取れてしまうのではないかと心配になる。

「とんでもないです、マスター。……嬉しい……嬉しいです」

 ソーマの気持ちが伝わったのか脅えていた瞳はどこかに消え失せ、嬉しそうに瞳を細めていた。

 幼い少女らしい笑みを浮かべ、髪飾りの感触を確かめるように触っている。

 普通のモンスターとは感情の無い人形だと誰かが言っていた。だけど、いま目の前にいるシロナの表情を見たらどう思うだろうか。

 彼らは、彼女らは人形ではない。生きているのだ。大切な人に裏切られたら苦しみを感じるし、悲しんだりもする。人間と同じように精一杯に生きて、感じているのだ。

そんなシロナにソーマは嘘を吐いてしまった。

(僕は、最低だ……)


 ――ああ、僕はずっといるよ。シロナの傍にずっといる。


 ソーマに残された時間はもうあまり無かった。

 院長に言われなくても気付いていた。ここ最近、魔獣退治をしていて心臓が限界を迎えるのが早くなっていることに。

 もし、ソーマが死んでしまったらシロナは悲しむだろうか。

 それとも、嘘を吐いたソーマを怒るだろうか。

 どちらにしてもシロナと交わした約束を破ることになる。シロナを裏切り、独りにしてしまう。

 そうなったらライカのようになってしまうのだろうか。

 ふと、道端で蹲るシロナの姿を想像してしまい、ソーマは胸が苦しくなる。

(……ごめん、シロナ)

 そう心の奥で謝ることしか出来なかった。

 せめて、この命が尽きるまでにシロナのステータスを成長させることがソーマに出来る唯一のことだった。ソーマがいなくなっても生きていけるように。

 だから明日からまた魔獣退治のクエストに行くつもりだ。

 一体でも多くのゴブリンを、魔獣を倒してシロナを強くする。

 それがソーマの目的であり、願いだった。それまでは何がなんでも死ぬつもりは無い。


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