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ヘボドラゴンと呼ばれても  作者: たつのオトシゴ
第一編 始まり
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003 


   003


 義勇兵ギルドを出たソーマとシロナは露店街を進み、裏通りに入った先にある鍛冶屋を訪れていた。

 通い慣れたその店は武具の販売だけではなく修理も請け負っている。中を覗くと多種多様の武具が並んでいる。

 値段は手頃なものが多いのだが、質はそこそこ良い。

 今回の目的は新しいバックラーと手斧の購入だ。ゴブリンとの戦闘でバックラーが修理不能なまでボロボロになってしまい、買わざるを得なかった。

「いつも思ってたんが、マスターのくせに武器を持ち過ぎじゃないか? ちょっとした戦争でもするのかい?」

 怪訝な表情を浮かべた鍛冶屋の店主は言った。

「戦争なんてしませんよ。これはゴブリンを……魔獣を倒す為に使うんです。それに、シロナを護るためには必要な装備なんです」

「シロナ……? ああ、お前のモンスターの名前か」

 店主はソーマの後ろで武具をキョロキョロと眺めているシロナに目を遣る。

「でも、普通はマスターが護られるものだろ。モンスターを護るマスターなんて聞いたことがないけどな。……変なマスターだな」

「そう……ですかね?」

 あはは、とソーマは愛想笑いを返した。

「手斧二本とバックラーで銀貨三十枚だ」

 銭袋から銀貨を取り出すと殆ど空になってしまった。銭袋は見るからに痩せ細り、もしかしたら明日の朝食分も無いかもしれない。一番安価のバックラーを購入したけれど、それでも今のソーマにとっては痛い出費だった。

 銭袋の中を覗くとソーマは溜息を吐く。

 見るんじゃなかった、と後悔した。

「毎度あり」と店主の野太い声を背にソーマとシロナは鍛冶屋を後にする。

 店を出てすぐに「マスター、持ちます」とシロナは小さな手を広げて言ってきた。

「ああ、うん。じゃあこっちだけお願いしようかな」

 厚意に甘えて布にくるまれた手斧を渡すとシロナは嬉しそうに抱えた。

(荷物を持っただけなのに何で嬉しそうなんだ……? まあ、喜んでるならいいか)

 裏通りを更に進むと小さな教会のような建物が見えてきた。そこは治療院と呼ばれる場所で、病人や怪我人の診療を行うだけではなく様々な治療薬も販売している。

 傷薬や風邪薬といった日常で使う薬だけではなく、義勇兵などが使う即効性のあるポーションも取り扱っている。

 治療院の扉を開けるとチリンチリンと来客を知らせる鈴が鳴った。

 そして入るなり「……なんだ、お前達か」と不愛想な女性の声が聴こえてくる。

「今日は何だい? ポーションかい? それとも具合でも悪いのかい? 今は暇だから診察ならすぐに出来るけど」

「違いますよ。ポーションを買いに来ただけです」

「ああ、そう……」

 くたびれた服を着て現れたのは気だるげな女性だった。これでも彼女は治療院の院長だ。年齢は恐らく四十代前半だろう。

 このだらけた態度はいつものことだ。いつ見ても目元に隈を作っていて、寝不足なのか血行が悪いのか分からない。不健康な医者から渡される薬は効果を疑ってしまうものだが、院長が作る薬の質は本物だ。

「それで普通のポーションでいいのかい? 何本いる?」

「え、ああ、うん。普通のポーションでお願いします。数は二本――」

 数を口にした時、銭袋に入っていた硬貨の枚数を思い出し、

「……いや、とりあえず一本だけいいです」

「また今日も金欠なのかい? まったくもう、私の儲けが減るじゃないか」

「す、すみません……」

「冗談だよ。本気にするな、馬鹿」

 呆れながら院長は棚から一本のポーション瓶を取り出してくれた。

「銀貨二枚だよ。値引きはしないからね」

 痩せ細った銭袋から最後の銀貨を二枚取り出し、ポーションを購入する。

 魔獣退治をする以上、傷を負う可能性はある。生存率を少しでも上げるためには傷を癒すポーションを多少なりと持っている必要がある。ポーションは義勇兵の必需品だ。

 しかし、ソーマは昨日のゴブリン退治で使い果たしてしまった。本当なら二本は欲しいところだけどお金が無いソーマには一本を購入するので精一杯だった。二本も買ってしまえば今日の夕飯すら無くなってしまう。

 とはいえ、ポーションを多く持っていても意味は無い。荷物が多くなるだけだ。

 それにポーションで治る傷にも限度がある。重傷を即座に治すには高位の治癒魔法か奇跡の力でなければ不可能。

 人間だけではなくモンスターの中にも魔法を使える個体は存在する。様々な魔法があり、その中に治癒の魔法がある。高位の治癒魔法なら重傷すらも忽ち治してしまう。

 そしてポーションや魔法以外にも傷を癒す方法がある。それが奇跡と呼ばれる力だ。

 奇跡は魔力を消費することなく使えて、その力は神の御業の如く強力なものばかり。原理は不明だが、奇跡の中には死者を蘇生させるものすらあると言われている。

 でも、奇跡を使える者など王国中――いや、大陸中を探しても十人といないだろう。それほどに貴重で強大な力が奇跡だ。

 まあソーマには縁遠い話ではある。何故なら奇跡の力を持つモンスターや人間は必ず偉業を成し遂げる大英雄となり、名を知らぬ者はいなくなる。ヘボドラゴンと呼ばれるシロナと落ちこぼれのソーマとは真逆の存在だ。

「あんたは頑張ってるよ」

 不意にそう言われてソーマはぽかんと呆けた顔を浮かべる。自分に言われたのだとすぐに気付けなかった。

 院長は何を思って言ったのか分からないけれど、揶揄っていないことはソーマにも分かった。でも唐突だったせいか「あ、はい」としか答えられなかった。

「でも、まだ義勇兵を続けるつもりかい?」

 また唐突だった。けれど、以前からよく言われていることでもあった。

 街に来て間もない頃はここの院長に診察を頼んでいた。勿論、病を抱えている心臓をだ。しかし、しばらく義勇兵を続け、診察代を払うのが難しくなってからはあまり診て貰っていなかった。

「このまま義勇兵を続けてたら一年もしないで心臓が――」

「大丈夫です」

 院長の言葉を遮るようにソーマは言った。

 ソーマは首を振り返らせ、並べられている薬瓶を眺めているシロナに目を遣る。

(よかった……聴かれてない)

 ソーマは小さく息を吐き、胸を撫で下ろす。

「まだ言っていなかったのかい? いつかは話さないといけないなら早い方がいい」

「分かっています……」

「本当に分かっているの? あんたの病は薬や魔法では治せないのよ。治せるとしたらそれこそ奇跡の力くらいよ。でも……その奇跡の力を持つ者はこの大陸にはいない。大陸の外まで探せばもしかしたらいるかもしれないけど……まあ、探し終える前に余命が尽きるでしょうね」

 それはつまりソーマは助からないという意味だ。

「……近いうちに自分の口から話します」

 ソーマは受け取ったポーション瓶をポケットに仕舞い込み「シロナ、行こう」と言う。

 薬瓶を眺めていたシロナは声に振り返るとトタトタと駆け寄ってくる。

「マスター、私が持ちます!」

「ありがとう。でも大丈夫だよ。ポーションの一本くらい平気だよ」

 巻角を生やすシロナの頭をワシャワシャと撫でてやると竜の尻尾がブンブンと振れる。

(たぶん……僕の体を気遣ってくれてるんだろうな)

 シロナの優しさを嬉しく思うと同時に、胸が苦しくなった。余命が残り少ないことを隠している後ろめたさが胸を締め付けてくる。

 ソーマはシロナを連れて治療院を後にする。

 二人の背中が扉の奥に消えていくまでジッと見つめていた院長は「……やれやれ」と溜息を吐く。

「せめて、後悔だけはしないでくれよ……」


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