002 ②
「……マスター」
隣を歩くシロナの声に首を振り返らせる。
シロナは不安そうな顔を浮かべ、こちらを見上げてくる。
シロナが貶められた時、ソーマは怒りを露わにしてしまった。それを見られてしまったのだろう。
(困ったな……)
どうしたらシロナを安心させられるか悩んでいると、そういえば起きてからまだ食事を摂っていないことを思い出す。
「そうだ、ご飯でも食べようか」
ギルドで食事を摂ることにした。
シロナは「はい!」と少し弾んだ声と共にコクコクと頷いた。
ギルドには義勇兵割引のある酒場があり、そこでは食事を摂ることも出来る。夜になればクエストを終えた義勇兵で賑わい、酒と油のにおいがギルドを満たしている。
昼間の酒場は食事を摂る義勇兵がいるくらいで数も疎らだ。大方、金銭的余裕が無い駆け出しや下級義勇兵が利用している。もちろん、ソーマもその一人だ。
ゴブリンは魔獣の中でも最下級の魔獣に当たる。当然、ゴブリン退治で得られる報酬は魔獣退治の中でも最安値だ。多くのゴブリンを倒したところで得られる報酬は高が知れている。
ゴブリン退治は駆け出しの新人がやること、というのが義勇兵の常識だ。一年も経ってゴブリンを狩っている義勇兵なんてソーマくらいのものだ。
その所為もあってギルドの外で食事を摂る余裕は無く、いつもギルドで食事を済ませていた。それでも金銭的にかなり苦しい。時には丸一日食事を摂れなかったことがある。
ゴブリン以外のモンスターを退治出来れば金銭的余裕が生まれるのだが。まあ、それは厳しいだろう。
もし、ゴブリン以外のモンスターを狩れるならソーマはとっくに〈G〉等級の義勇兵ではなく、〈F〉等級の義勇兵に昇格している。
モンスターのステータスにランクがあるように義勇兵にも等級があり、駆け出しは〈G〉から始まって最上級の義勇兵は〈S〉等級。普通に義勇兵をやっていれば半年程度で〈F〉等級になれる。早ければ一年で〈E〉等級になる義勇兵もいるくらいだ。
だけど、一年が経ってもソーマは駆け出しの〈G〉等級のままだった。その証に彼の首には〈G〉等級を証明するペンダントがぶら下げられている。
そのペンダントを見せてから食事を注文し、「シロナは何にする?」と尋ねると「マスターと同じもので」と迷うことなく答える。
いつもそうだ。前に「シロナが食べたいのを頼んでいいんだよ?」と言ったのだけど、いつもソーマと同じものしか食べようとしない。
恐らく、ソーマが一番安いものを頼んでいるからシロナも気を遣っているのだろう。それとも、マスターよりも高いものは食べられない、とでも思っているのだろうか。
別に気にしなくていいのに、とソーマは小さな溜息を吐く。
でも、そういう訳にもいかないのだろうな。モンスターはマスターに服従する存在として造られ、それはもう遺伝子レベルで刻まれている性質だ。
空いていたテーブルに座り、食事が運ばれてくるのを待つ。
ソーマの向かいの席には――誰もいない。
横を向くとシロナが隣にちょこんと座っている。
(……いつも隣に座りたがるよなぁ。それに、すごく近いし……。食事中に時々腕が当たっちゃうんだけど……まあいいか)
シロナが産まれからもう四年が経つ。ずっとソーマに付き従っていた。それはもう雛鳥のように。その習性は四年が経っても変わっていない。
それに変わっていないのは習性だけではない。四年が経ってもシロナの姿は殆ど変わっていない。
モンスターの姿はステータスの上昇によって成長して変化していくもの。初期ステータスのモンスターなら少年少女の外見をしており、成長していけば大人の姿に変化していく。
〈F〉等級の義勇兵になる頃にはモンスターの外見年齢は十五歳程度まで成長しているのが普通だった。
しかし、隣に座っているシロナの姿はどう見ても十歳前後の幼さが残る少女。シロナは一度としてステータスが成長したことは無かった。
それはあまりに異常で有り得ないことだと言われた。
マスターが魔獣を倒しても経験値はモンスターに入っていく。それなのにシロナは全く成長の兆しを見せない。
見知らぬ義勇兵に言われた言葉をふと思い出す。
――そのモンスターは不良品だ。成長しないモンスターは魔獣よりも厄介だ。そいつに存在価値は無い。さっさと捨ててしまえ。
(余計なお世話だ……)
運ばれて来た食事にフォークを突き刺すとソーマの手が止まる。
「……マスター?」
シロナは小首を傾げ、動きが止まったソーマの顔を覗き込む。
シロナの呼びかけに気付かないまま眉を顰めていた。
(ああ、確かにシロナは普通じゃないのかもしれない。……でも、普通じゃないことは悪いことなのか? それが見捨てる理由になるのか?)
(いや……実際、そういうものなんだろうな。僕も普通じゃないから家族に捨てられ、皆から馬鹿にされている)
今でも時々思ってしまう。もし心臓が病に侵されていなければ。もし魔法の才能があればと。
(もし、この髪が綺麗な金髪だったら……僕の人生は違ったんだろうな)
(だから、せめてシロナには僕みたいな思いをして欲しくない)
グッとフォークを握る手に力が籠る。
(今はまだステータスが成長しなくても、シロナを見捨てたりはしない。僕は……諦めない。この心臓が壊れるまで諦めてたまるか)
ソーマは食事をパクパクと口に運び始めると、それに釣られてシロナも小さな口に食事を運ぶ。
すると、他の義勇兵たちはモンスターを連れて次々とギルドを出て行く。その姿を目で追いながらモグモグと顎を動かす。
これからクエストに向かうのだろう。
義勇兵たちが魔獣退治や護衛などのクエストに出発するのを眺めているだけで、ソーマとシロナは街を出る予定はない。
昨日、ゴブリンの矢を受けたシロナは傷こそ塞がっているけれど、体力は万全では無いはず。それにソーマもここ最近は休み無くゴブリン退治をしていたせいで疲労が溜まっていた。
心臓に負担が掛かり過ぎれば昨日のようにゴブリンに追い詰められてしまう危険もある。昨日は運良く助かったけど、次は死ぬだろう。いや、間違いなく死ぬ。
だから今日は休日にすると決めていた。
魔獣を倒してお金も稼がなくちゃいけないのは分かっている。けれど、無理をして死んでしまっては意味が無い。
(……本当は休んでいる暇なんて無いんだけどなぁ)
心臓に病という爆弾を抱え、いつそれが爆発するかはソーマにも分からない。療養していれば後一、二年は生きられるはず。でも、魔獣との戦闘で過度な負担が心臓に掛かっているはず。恐らく、もう余命は一年も残っていないだろう。
ソーマの心臓はいつ限界を迎えても不思議では無い。
そんなソーマに一日として無駄にしていい時間は無かった。
焦りと不安を胸の奥に抱えながら食事を終える。隣に座るシロナはまだモグモグと膨らんだ頬を動かしている。
その視線に気付いたシロナは「ごめんなさい、マスター。いつも食べるのが遅くて……」とせっせと口に料理を詰め込んでいく。
「いや、慌てる必要はないよ。だから、ゆっくり食べてて」
「ふぁい、マスター」
と口に食べ物を入れたまま頷いた。
(なんだか……リスみたいだな)
竜のモンスターなのに、その姿は小動物のようだった。
ふと、思い出す。初めてシロナを見た時も同じようなことを思ったなぁ、とシロナと出会った日の記憶を。
この国では十二歳を迎えるとモンスターの卵を貰い、マスターとなる。そして初めてマスターとモンスターの契約を結ぶ。
その契約の証がマスターの右腕の紋章と、モンスターの額にある紋章。その契約紋があることでモンスターはモンスターたり得るのだ。
もし、その契約紋を失えばモンスターはモンスターでは無くなる。
その契約を結んだのはソーマが王立士官学校に入学して間もない頃だった。
卵から孵ったシロナを見た時、最初は竜だと気付かずに羊か何かのモンスターなのかと思った。竜のモンスターだと知った時は驚き、どんな能力を持っているのかと期待し、興奮した。
でも、シロナのステータスを見た時は何かの冗談かと目を疑った。
モンスターには七つのステータスがあり、初期ステータス値は〈F〉か〈E〉で、稀に一つか二つ最低の〈G〉を持つ個体がいる。それが普通だ。
それなのに、シロナの初期ステータスはオール〈G〉。アビリティや特殊耐性は無し。
史上最低最弱のハズレモンスターだと言われた。
七つのステータスが全て〈G〉のモンスターは史上初めてだったらしい。過去に三つのステータスが〈G〉だったモンスターがいたらしいが、それを遥かに上回る――いや、下回るというべきか――低ステータスだった。
いいや、それだけだったらまだいい。
ステータスが低くても魔獣を倒せばステータスは成長していく。弱いなら育てればいい。
しかし、シロナは成長すらしなかった。
誰もがシロナを見捨て、ハズレモンスターだとか役立たずだと好き放題に言い放った。
それでもソーマはシロナを見捨てたりはしなかった。必ず成長すると信じ続け、ソーマが代わりに魔獣と戦い続けた。心臓が破裂しそうになりながらも剣を振るい、ゴブリンを殺し続けた。
残り少ない余命でシロナを立派なモンスターにして見せる。それがソーマの目的であり、たった一つの願いだった。
食事を終えたシロナが「ごちそうさまです。マス――」とこちらを見てきた時、ギルドに音が響き渡る。




