001 ②
ドゴンッ、と槍で突き刺されたにしては変な音が鳴った。まるで重たい鈍器か何かが打ち込まれたような音だ。
それに体はどこも痛くない。槍が刺さったはずなのにどうして、と疑問を覚える。
徐に目を開くと眼前に立っていたはずのゴブリン・ソルジャーは遠く吹き飛んでいた。その醜い顔は無残に潰れている。
何が起きたのか理解出来ず、眉を顰めることしか出来ない。
心臓の激痛でまともに頭が働かない。息も途切れ途切れで倒れないように体を支えるのがやっとだ。
そんな状態のソーマの顔を覗き込んできたのはどこかで見た記憶のある男だった。
「お? 何だ。誰かと思ったらヘボドラゴンのマスターじゃん。大丈夫か?」
焦げ茶色の髪と瞳をしたその男は義勇兵ギルドで何度か見かけたことがある義勇兵だった。確かチャドという名前で、等級は〈E〉等級だったはず。ソーマよりも等級が二つ上だ。
チャドが連れているモンスターを見てソーマは状況を理解する。チャドのモンスターがゴブリン・ソルジャーを一撃で倒したのだと。
〈E〉等級の義勇兵が連れているモンスターであればゴブリンの群れは敵ではない。
「……い、いや……大丈夫だ。僕は……大丈夫だ」
どっちかと言えば傷を負っているのはシロナの方だ。
ソーマが心臓に病を抱えていることを知る者は少ない。だからチャドは傷を負っていないのに苦しんでいるソーマが何故胸を押さえているのだろう、と疑問に思うのは至極当然だった。
「おい、チャド。ゴブリンが逃げていくぞ。どうする。追うか?」
チャドは他に二人の義勇兵を連れていた。彼らもそれぞれモンスターを従えている義勇兵だ。
突如現れたモンスター達に勝てないと思った二体のゴブリンは脱兎の如く逃げ出していた。
人の形をしているが魔獣の体を宿しているモンスター達はそれぞれのマスターを護るように立ち尽くしている。マスターからの指示を待っているのか一方のモンスターはジッとしている。もう一方のモンスターは後ろを振り返ってマスターの様子を窺っている。
「ああ、見逃すつもりはない。殺せ」
チャドは自分のモンスターに命令した。その瞬間、逃げていくゴブリンを目掛けてモンスターは駆け出し、あっという間にゴブリンを殲滅していく。
ゴブリンは悲鳴を上げながら潰されていった。
そこには圧倒的な力の差があった。
ある程度成長したモンスターであればゴブリンとの力の差は歴然だ。人間の力だけでは倒すことが難しい魔獣でも、モンスターの力を使えば一瞬で殺すことだって出来る。
モンスターは生きた兵器だという者もいるくらいだ。
チャドのモンスターは完全に殺す為なのかゴブリンの頭部を思い切り踏み潰した。その時もモンスターの表情は一切変わらず、ゴブリンの血が顔に飛び散っても平然としている。
生きた兵器というか、まるで人形のように無感情だ。それこそがモンスターという存在だ。
基本的に感情は無いに等しいくらい薄く、マスターの命令に従って魔獣と戦う。魔獣の血を多く取り込むと感情は失われてしまうという研究結果が出ていると教わったことがある。
モンスターは感情が乏しいほど強く、理想的だと言われている。
士官学校で初めて教わった時、その『理想的』という言葉の意味にソーマは不快感を覚えた。モンスターを研究する学者が言う『理想的なモンスター』とは、マスターの命令に必ず従い、操り人形のように魔獣を殺す道具として『性能』が優れているということらしい。
モンスターが強ければ強いほど人々の安寧は護られる。だから言っていることは理解出来る。
学者が明記した『性能』という言葉で、「ああ、これを書いた人は完全にモンスターを道具として見てるんだな」と学者の顔が目に浮かぶようだった。
マスターはモンスターに指示を出し、モンスターは指示に従って戦う。
それがマスターとモンスターの一般的な関係だ。百年以上も続く関係だ。今更その関係性はそう簡単に覆らないだろう。
だけど、ソーマはシロナを道具のように扱うことは出来なかった。
「シロナ……」
心臓の痛みをどうにか堪えて立ち上がると足を引き摺ってシロナを隠した木陰に歩いていく。
木の裏を覗き込むと矢を背中に受けて衰弱しているのかシロナはぐったりと倒れていた。一瞬、死んでいるのかと思ったがシロナの瞳が薄ら開いた。
「マスター……ゴブリンは……?」
シロナは無事だった。途端に安堵の息を漏れる。
「……ああ、もう大丈夫だ。シロナが無事で……本当によかった」
気が抜けたのか膝が崩れ落ちた。思い切り膝を地面に打って痛かったけれど、それ以上にシロナが無事だったことが嬉しかった。
「ごめんなさい、マスター。私のせいで……またマスターに負担を掛けた。……でも、マスターが無事でよかったぁ。……ありがとう、マスター」
シロナがそう言ってくれて嬉しいと思うと同時に後ろめたさを覚えた。
(僕の力だけではシロナを護ることは出来なかった……。彼らが助けてくれなかったら僕たちは死んでいたかもしれない……。だから……シロナに謝られる資格は無いし、感謝される資格も無い)
シロナの嬉しそうな顔を真っ直ぐ見れなかった。苦笑いを浮かべて誤魔化すのが精一杯だった。
「一年も経ってゴブリンすらまともに退治できないモンスターなんて聞いたこともないけどな。役立たずのヘボドラゴンなんて捨ててさっさと帰るんだな」
ソーマが振り返るとチャドは表情に憐れみを浮かべていた。
「……無様だな。マスターを護れず、ゴブリンすら狩れないなんてな……。全く、見ていて不愉快だ」
チャドはそう言い残すと背中を見せて立ち去って行く。
ソーマはチャド達の背中をジッと睨むだけで口を噤んでいた。唇を噛んで喉から出そうになった言葉をグッと堪える。
「マスター……ごめんなさい」
シロナは俯いて謝るとそれ以上は口を開こうとしなかった。
その「ごめんなさい」は何に対して謝ったのだろう。
自分が弱いことか?
マスターを護れなかったことか?
それとも、「私を捨てないで」ということか?
俯いているシロナが今どんな表情をしているのか窺い知れない。けれど、その「ごめんなさい」にどんな意味があろうとソーマの気持ちと答えは変わらない。
「大丈夫だよ。さあ、もう帰ろう。暗くなる前に……街へ帰ろう」
ソーマが立ち上がろうとした時、視界の端にキラリと光るものを見つける。
足元に目を落としたソーマは「なんだろ?」と思いながら手を伸ばすとそれは小さな髪飾りだった。
小さな宝石がはめ込まれた花の髪飾りはシンプルなデザインだが、女の子が好みそうなものだ。
どうしてこんなものが落ちているのだろうと思っていると、
「――ッ!」
何か不気味な気配というか、視線のようなものを感じて慌てて振り返った。
(……誰だ? ゴブリンは殺されたはずだよ……な。野生の動物か何かか……?)
髪飾りをポケットに仕舞い、ジッと目を凝らして森の奥を見つめていると、いつの間にか不気味な視線は消え失せていた。
(気のせいだったのか……?)
きっと疲れているせいで感覚が敏感になっているのだろう、とソーマは自分を納得させる。
「マスター……?」
「いや、なんでもないよ。それより早く帰ろう」
既に陽は傾き、遠くの空は焼けたような色に変わりつつある。
闇が森を呑み込み始めていた。闇によって目を覚ます凶暴な魔獣もいる。もしそんな魔獣に今のソーマとシロナが出くわせば命は無いだろう。悠長にしている暇は無い。
ソーマはシロナを背負い、街へ向かって森を歩き出す。




