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ヘボドラゴンと呼ばれても  作者: たつのオトシゴ
第一編 始まり
30/30

016 ②

 そこに倒れていたのはミスティだった。

 纏っている着物はボロボロで、夥しい傷を負っているミスティはピクリとも動かない。

(……死んでいるのか?)

 足音を殺して近付くとミスティの姿がハッキリと見えてくる。

「……」

 彼女の姿を見て思わず息を止めた。

 右腕と左脚は失われ、左手の甲殻も殆どが砕けて無くなっている。右脇腹には風穴が開いていて地面に大きな血溜まりが出来上がっている。

 あまりに凄惨な有様にソーマは顔を顰めてしまう。

 これでは生きているはずがない――そう思った時だった。

「……ぅ…………だ、れ……?」

「……ッ!」

 思わず声が漏れそうになって咄嗟に声を押し殺した。

 この状態でまだ生きているとは、モンスターの凄まじい生命力はソーマの想像を上回っていた。

(……嘘だろ?)

 だが、驚いている暇は無かった。ミスティに姿を見られる前にここを離れなくてはいけない。死んだはずのソーマが生きていると知られる訳にはいかないのだ。

 しかし、既に遅かった。ミスティは首だけを動かして顔を上げた。

 そしてソーマとミスティの目が合ってしまった。

 ソーマの顔を見たミスティが発した言葉は思いもしなかったものだった。

「…………誰、でしょうか…………すみません、目が……見えなくて……」

 ザクロとの戦闘で酷いダメージを受けたミスティは目が見えなくなっていたのだ。もう首を動かすので精一杯という瀕死の状態だった。

「あの……? そこに……いらっしゃいます……よね?」

 ずっと返事が無いことにミスティは違和感を覚えたのか僅かに首を傾げた。

 それでもソーマは答える訳にはいかなかった。もし声を出せば死んだはずのソーマが生き返ったと気付かれる可能性が大いにある。

 どうしたらいいのか、と無言で立ち尽くしているとミスティは話し掛けてくる。

「早く……ここを離れた方がいい……。まだ、近くに……魔獣がいるかもしれない……から」

(……魔獣? ……ザクロのことを言っているのか? それはつまり、まだ戦いは終わっていないということか?)

 ソーマは慌てて首を振り返らせ、辺りを見回す。けれど、ザクロの姿は見当たらなかった。

「あと……一歩のところまで追い詰めたのですが……逃げられて、しまいました。……もし、貴方が義勇兵の方なら、このことを早くギルドへ……伝えて、下さい」

 傷が痛むのか苦しそうな声だった。

 すると、ミスティは「それと――」と言葉を続ける。

「マスターの傍に……私を、運んで頂けないでしょうか……?」

 その言葉を聞いてソーマは死ぬ前の記憶がふと蘇る。ギンガはザクロの手によって首を刎ねられ、死んだはずだった。きっとこの近くにギンガの死体が転がっているに違いない。

 けれど、辺りを見回してもギンガの死体は見当たらなかった。もしかしたら倒れた樹に潰されてしまったのかもしれない。

 ミスティの願いに対してソーマは無言を返すしか出来なかった。

 願いを断られたのだと悟ったミスティは寂しげに言う。

「そう……ですよね。そんなことをしている暇はありませんよね……。私のことは置いて……早くここを離れて下さい。また……いつ魔獣が戻ってくるか分かりませんから」

 まるでここに残るつもりみたいな口振りだった。

(何を考えているんだ? ここに残っていても死ぬだけなのに……)

 ソーマはミスティの考えが理解出来なかった。

 ふと、ある考えが頭に浮かんだ。

(そうだ……このまま放っておけば死ぬ。唯一の目撃者であるミスティがいなくなれば……シロナの力を知られることは無い……)

(いや、でも……通りかかった誰かがミスティを見つければ街に連れて帰ってしまう可能性がある。……それなら今ここで殺してしまえば……完全に目撃者はいなくなる)

(凄まじい力を持つ〈A〉等級のモンスターとはいえ、瀕死の状態なら僕にだってやれる……。幸い、まだ手斧は残っているし……今なら首を斬り落とせる)

 そしてソーマは腰から手斧を取り出すと右手に握る。

「私のことは置いて行って構いません……。手負いの私がいたら……街に着くまでに陽が暮れてしまいます」

 ミスティはずっと立ち尽くしているソーマ達が彼女を置いて行くことを躊躇っているのだと勘違いしていた。

 ソーマは手斧をギュッと握り、静かに近付いていく。

「私にはもう……生きている価値はありませんから……。マスターを護れなかった私に……モンスターに存在する価値はありません。私はモンスター失格です……」

 ミスティの前で足を止めると手斧を大きく振り上げる。

 ジッと見下ろしてその首に狙いを定め、後は手斧を力一杯に振り下ろすだけだ。

 ここに来るまでにソーマは覚悟を決めたつもりだった。そのはずなのに――

 ――腕が動かなかった。

 手斧を振り上げたままソーマは立ち尽くし、その腕はプルプルと震えている。

(……僕は何をしているんだ。覚悟を決めただろッ!)

(シロナを護るためなら誰であろうと殺す! 今ここで殺さなかったら必ずいつか後悔するぞ! だから動けッ! 動けッ! 動けッ! 動けッ!)

 ソーマは心の内で叫ぶと解き放たれた腕は振り下ろされ、手斧がミスティの首を目掛けて落ちていく。

 突然、ミスティは「……ふふっ」と小さく微笑んだ。

「モンスターの私が、こんなことを言ったら可笑しいと笑われるでしょうね……。いえ、それ以上に気持ち悪いと思うかもしれません……」

 手斧が首を斬り落とす寸前でピタリとソーマの腕が止まった。

「私は、マスターを……心から愛しておりました。ずっと、お慕いしておりました……。マスターとして、人間として……ひとりの男性として……愛していたんです。私には……愛する人を失った世界で生きていける自信が無いのです……」

 ――愛している。

 その言葉を聞いた瞬間、ミスティとシロナの姿が重なって見えた。

 ソーマは後ろを振り返ると立ち尽くすシロナと目が合う。

 ミスティを殺そうとしているソーマをジッと見つめるその白銀の瞳は苦しそうに彼を見つめていた。

 ――どうして殺すの?

 そう訊かれているような気がした。

 マスターであるソーマを信じているのかシロナは何も言って来なければ、止めようともしない。いや、ただ単に声を出すなという命令に従っているだけかもしれない。

 ソーマは倒れているミスティに視線を戻すと、ミスティを殺すべきかどうか葛藤する。歯を食い縛り、手斧を握る手はプルプルと震えていた。

 そして、まるで糸の切れた人形のように腕をだらりと下げた。

 静かに手斧を腰に仕舞い、ソーマは小さな溜息を吐く。

(……シロナを護る為なら何でもする)

(でも……シロナを悲しませるのはもっと駄目だ)

(シロナには幸せになって欲しいんだ……)

 膝を突いて屈んだソーマは、そっとミスティの頭に手を乗せると艶やかな黒い髪を撫でる。

(……ごめんね)

 と心の内で呟いたソーマは頭から手を離し、立ち上がる。

「……貴方は、不思議な人ですね。冷たいのか優しいのか分からない……」

 すると、どこからか人の声が聴こえて来た。

 ソーマは慌てて振り返ると森の奥から複数の声が聴こえてくる。それに走ってくる足音も聴こえる。恐らく戦闘音を聴きつけた義勇兵のチームだろう。

(不味い……ここにいるのを見られたら僕が生きていることを知られてしまう)

 この辺りで活動している義勇兵の大半はあの街を拠点にしている。あの街で悪い意味で有名なソーマ達を知らない義勇兵は少ない。

 一刻も早くここを離れる必要があった。

 ソーマはシロナの手を掴み、走り出す。足音を殺している余裕は無かった。

「……あり、がとう」

 走り去っていくソーマにミスティの言葉は届かなかった。

 だが、シロナにはミスティの言葉が聴こえていた。ソーマに腕を引かれながら首を振り返らせると、シロナはミスティと目が合う。

 残されたミスティは静かに微笑んでいた。

 ソーマ達はミスティを置き去りにして一目散に森の中を走り続けた。

 ここまで来れば見つからないだろう、とソーマは足を緩めて後ろを振り返る。追い駆けてくる気配が無いと分かり、胸を撫で下ろす。

「もう大丈夫だ……」

 そう口にしてからソーマは置かれている状況を思い出す。

(いや……僕は何を勘違いしているんだ。大丈夫なものか……)

 目撃者であるミスティを残して逃げてしまった以上、もうあの街に戻ることは出来ない。ソーマが生きていることをミスティに知られる訳にはいかなくなってしまったのだ。

 兎に角、あの街から離れる他ない。

「……行こう、シロナ」

 そう言ってソーマは街とは真逆の方向へ歩き出す。

 隣の街へ行くには山を越える必要があるのだが、その山にはミノタウロスなどの凶暴な魔獣が棲みついている、当然、山は迂回するしかない。

 そうなると今日中に隣の街に着くのは不可能だろう。

 だが、それでも新しい街を目指すしかない。魔獣に出会わないことを願いながら森を進むしかなかった。

「あの、マスター。街には戻らないのですか……?」

 街とは真逆の方向に歩いているのを不思議に思ったシロナは訊いてきた。

「……うん、あの街には戻らない。……いや、戻れないんだ」

「それは……どうしてですか?」

 ソーマは何て説明するべきか考え込む。

「死んだはずの僕が生き返ったと知られたら騒ぎになる。だから、厄介なことになる前に街を離れた方がいい」

「確かに……そう、ですね」

 とシロナは薄ら名残惜しそうだったが、どうにか納得してくれた。

「でも、またマスターとお祭りに行けなくなるのは寂しいです……」

「お祭りなら他の街でもあるはずだよ。だからその時はまた一緒に行こう。それじゃ……駄目かな?」

「い、いえ、駄目なんかじゃありません!」

 シロナはふるふると大袈裟に首を横に振った。

「私はマスターと一緒ならそれだけで十分です。だから、もう……どこにも行かないでください、マスター」

「ああ、勿論だよ。この手を離すもんか」

 その小さな手を離すまいと握り締める。

 すると、シロナは俯いて「でも……」と言い淀む。

 そして意を決したのか恐る恐る口を開く。

「……こんな私でいいんですか? マスターの足を引っ張ってばかりで……迷惑じゃないんですか?」

 シロナはまだ知らない。死者蘇生の奇跡を授かり、その力でソーマを生き返らせたことを自覚していないのだ。

 ソーマにとっては命の恩人であり、幾何の余命しか残っていなかった彼に時間を与えたのはシロナだ。

 それに、誰からも必要とされず存在意義を見失っていたソーマを救ってくれたのもシロナだった。

 迷惑なはずが無い。むしろ護られて救われていたのはソーマの方なのだから。

「ああ、迷惑なものか。僕は……僕のモンスターがシロナで良かったと心から思ってる。それに、僕はシロナのマスターになれて凄く幸せだよ」

「マスター……」

「僕のところに生まれて来てくれて……ありがとう。頼りないマスターだけど、これからも僕に付いて来てくれる……?」

 シロナは花が咲くように笑みを浮かべる。

「はい、マスター。どこへでも付いて行きます。ずっと……これからも、ずっと!」

 そんなに語気を強めて言われると気恥ずかしくなってしまい、思わずソーマは目を逸らした。

 そして二人は新しい街を目指し、手を取りながら再び森を歩き出す。

 ずっとこの関係が続き、隣を歩けると信じて。

 一年間過ごした街を離れて新しい街に行くのは凄く不安だけれど、同時に微かな好奇心が顔を覗かせる。

 それでも屋敷を追い出され、辺境の街に移り住んだ時よりは幾らかマシだ。新しい街に行ってもゼロから始まる訳ではない。

 シロナだってステータスこそ成長していないけれど、新しく力を授かった。

 それは破滅を齎す奇跡の力だけど、その力はソーマとシロナに一筋の希望を照らした。

 これまでも、シロナは成長出来ないのでは、と思うことはあった。でも、奇跡の力を授かったことで成長する可能性があると証明されたのだ。

 それが分かっただけでも救われた気分だった。

 だけど、勘違いしてはいけない。

 新しい力を手に入れたのはシロナであってソーマではない。

 何の才能も力も無い少年が物語の英雄みたいに世界を護ったりは出来ない。

 身の丈くらいは分かっているつもりだ。

 それでもソーマは望む。シロナを護れるシロナだけの英雄にはなりたいと。

 シロナが与えてくれたこの命と時間はシロナの為に使おう。

 いつか必ずシロナを立派なモンスター〈ドラゴン〉にすることを心に誓う。


 だから僕は、ヘボドラゴンと呼ばれても君を選ぶ。



 第一編 完

第二編 どんなお話にするか決めているのでボチボチ書いていきます。

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