016 ①
016
火結び祭りでウルシオンに「ソーマ君は何を願ったの?」と訊かれたソーマは答えた。
「どうか神様、この命は捧げます。だから、シロナの願いを叶えて下さい」
それを聴いたウルシオンは「素敵な願いだねぇ」と言った後に、「でも――」と言葉を続ける。
「それって矛盾した願いだよね。シロナちゃんはソーマ君を護りたいのに、君が命を捧げちゃったら護れないよ?」
言われてみれば確かにそうだな、と思ったけれど、それでも構わなかった。
「僕はもう長く生きられない……。僕がいなくなっても生きていける力をシロナに残せれば僕は満足だよ。だから、これでいいんだ……」
ウルシオンはソーマを横目に見て「……そっか」と言うだけでそれ以上は何も言わなかった。だけど、その紫紺の瞳は悲しそうに少し呆れていた。
思えば火結び祭りで神様に願ってしまったからシロナは死者蘇生の奇跡を授かったのかもしれない。
ソーマが死んだことで神様はシロナに力を齎した。そう彼は思っていた。
ソーマの願いを聞き届けた神様は彼の命と引き換えにシロナに力を与えた。けれど、その奇跡の力は破滅を齎す力だった。
(……僕が願った所為でシロナにこんな力を背負わせてしまった。全部……僕の所為だ)
ソーマは後悔と罪の意識に圧し潰されそうになりながら森を進んでいた。隣を歩くシロナの手を握りながら。
どうにか谷底から上がれたのは幸運だった。このまま早く街に戻りたいところだが、ソーマには確認しなくてはいけない事があった。
「シロナ、僕が心臓を貫かれるところを見ていた人はいた? それか、死んだ僕を運んでいる間に誰かに見られた?」
何故こんな質問をしたのか。それは死者蘇生の奇跡を授かったことを知られない為には重要なことだからだ。
もし死んでいたソーマを目撃している者がいるまま街へ戻れば、蘇ったことを知られる可能性がある。最悪、死者蘇生の奇跡の存在を知られてシロナに危険が及ぶかもしれない。それだけは避けなければいけない。その為にも目撃者がいるかどうかの確認は必須だった。
「いえ、マスターを運んでいる時は誰にも見られていないはずです。でも、ミスティさんが生きていたのでマスターが殺されたのを知っているのはミスティさんくらいかと……」
「……あれだけの傷を負っても生きていたのか。凄いな……さすがは〈A〉等級のモンスターというべきか……」
「ミスティさんが戦ってくれて、どうにか逃げることが出来たんです……。その後はどうなったか分かりません……。もしかしたら今も戦っているのかも……」
「そうか……彼女のおかげで僕たちは助かったのか……」
本当なら感謝するべきなのは分かっている。だが、ソーマは酷いことを考えてしまった。
ミスティがザクロに殺されていることを願ってしまったのだ。
命の恩人に対して何て酷いことを思ってしまったのか、とソーマは自分の性根の悪さに辟易する。
「マスター、街は反対の方向です。一体、どこへ向かっているのですか……?」
「ああ、こっちでいいんだ。街へ戻る前に戦いの結末がどうなったのか確認しなくちゃいけないんだ」
それをする理由が分からないシロナは小首を傾げ、心配そうに訊いてくる。
「また……戦うんですか?」
「いや、戦うつもりは無いよ。それに、今の僕たちじゃザクロには勝てない……。もし、ザクロを見つけたらすぐに逃げる」
「そうですか……よかった」とシロナは胸を撫で下ろした。
生き返ったばかりのソーマがまた死んでしまうことを危惧したのだろう。シロナはまだ自分が死者蘇生の奇跡を授かったことを自覚していない反応だった。シロナからしたら、またソーマが死んでしまったら生き返る確証が無いのだから心配するのも当然だ。
それから魔獣の気配に警戒しながら森を歩き続けた。死んでいた間、どこをどう走ったのか分からないソーマは太陽や山の位置を頼りに進んでいた。
どれだけ歩いただろう。歩き始めてから少し陽も傾いてきた。
そこで漸くソーマは自分の体に起きている異変に気付く。最近は歩いているだけで心臓が苦しくなって痛み始めていたはずなのに、今はそれが無い。
それどころか心臓は嘘のように軽く、一切の痛みを感じない。
(……これも死者蘇生の奇跡の力か)
胸を貫かれたソーマは一度心臓を失っている。その際、病に蝕まれていた心臓が無くなり、死者蘇生の奇跡によって新しい心臓が再生されたのだ。
死者蘇生の奇跡は病に蝕まれていた心臓を持ち去り、新しく健全な心臓を与えた。ザクロの攻撃は結果的にソーマの命を救っていた。
死者蘇生の奇跡は余命いくばくも無かったソーマに命を与えるだけではなく、時間〈未来〉を与えたのだ。
その神の領域を侵す奇跡の力にソーマの全身がゾッと粟立つ。
確かにこんな力があったら誰だって欲しくなるし、独占したくもなる。大昔に死者蘇生の奇跡を巡って殺し合った人間達の気持ちが少しばかり理解出来た。
だからこそ誰にも知られてはいけないと思った。もし目撃者がいた時は、その者を殺さなくてはいけないかもしれない。
ソーマはこの手で人間を殺すことを想像し、ゴクリと生唾を呑む。
魔獣を殺すことに抵抗は無い。だけど、人間やモンスターを殺すとなれば酷い抵抗感を覚えた。勿論、今まで人間やモンスターを手に掛けたことは無かった。
でも、シロナを護る為には覚悟を決める必要があった。
死者蘇生の奇跡を知られたら、この小さな手も握れなくなる。シロナの声を聴けなくなる。抱き締めることも出来なくなる。その笑顔を見られなくなる。
考えただけでも恐ろしかった。そうなるくらいなら目撃者を殺した方がマシだ。
その青い瞳に強い覚悟を宿したソーマは胸の奥で決意を固める。
(……シロナが与えてくれたこの命はシロナの為に使おう)
覚悟を決めたソーマは足早に森を進む。
すると、森の奥から風に乗って流れてきた異臭が鼻孔を突いてきた。
「マスター、血の臭いがします」
「ああ……こっちだ」
その血の臭いに誘われるようにソーマ達は更に足を早める。
「危険だと思ったらすぐに逃げるよ」
そう言ってからソーマは握っていたシロナの手を放す。
「はい、マスター」
二人は息を殺しながら森を進む。どこからザクロが襲って来ても不思議ではない。もし見つかれば命は無いだろう。
ソーマとシロナは息すら儘ならない緊張感に襲われる。
しかし、戦闘音は聴こえて来ない。もう既に戦いは終わっているという事だろうか。
どちらが勝ったのかその答えはこの先に行けば分かるはず。
そして、広がっていた光景を目にしたソーマとシロナは思わず息を呑んだ。そこには凄惨な戦闘の跡が残っていて、あまりに酷い有様だった。
森の中はどこもかしこも似たような景色が広がっている。それなのに、ここだけがまるで別世界のように変わっていた。その一帯に生えていた樹々は幹が折れたり、根元から倒れていたりしている。地面は至る所が割れ、大きく凹んでいる。
一体どんな戦闘をすればこれほど地形が変わってしまうのか。この光景を見て誰が想像するだろう。たった一体のモンスターと魔獣が戦った痕跡だと語っても信じてくれるか怪しい。
それによく見れば倒れている樹々や地面には深い爪痕が残っている。ここでミスティとザクロの戦闘があったのは間違いない。
(……これが〈A〉等級のモンスターと魔獣化したモンスターの戦闘なのか)
想像を遥かに超える戦闘の現場を目の当たりにしてソーマは身が竦む。
ここに踏み込んでいいのか、と逡巡してしまう。もしかしたら足を入れた瞬間、ザクロに殺されてしまうのではないかという想像が脳裏にチラつく。
だが、それでも確認する必要があるのだ。唯一の目撃者であるミスティがどうなったのかを。
幸いにも戦闘は終わっている。辺りを見回してもザクロや他の魔獣の気配は感じない。
意を決したソーマは割れた地面に足を踏み出す。
「シロナ。僕が言うまで声を出しちゃ駄目だ。いいね?」
そう言うと後ろを歩くシロナはコクリと小さく頷いた。
二人は凸凹に壊れた地面を恐る恐る進む。キョロキョロと辺りに目を配りながら歩いているとソーマが何かを見つけ、シロナの前に手を出して「止まって」と合図を送る。
青い瞳を細め、ジッと目を凝らすと地面に突っ伏すように倒れている人影を見つける。




