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ヘボドラゴンと呼ばれても  作者: たつのオトシゴ
第一編 始まり
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015


   015


 泣きじゃくるシロナの体が突如淡い光に包まれると眩い光を放つ。

 光を帯びた涙がソーマの亡骸にポタポタと落ちていく。

 シロナは自分の体が光に包まれていることに気付かないまま泣き続けていた。

 暗い谷底が光に照らされ、谷底から溢れ出る光が空に向かって放たれ、森の中に一筋の光の柱が出現していた。

 光の柱の中で泣き叫ぶシロナはソーマの体に起きている異変にまだ気付いていなかった。

 そして漸く自分の体が光り輝いていることに気付き、ピタリと泣き止む。

「…………ぇ……?」

 溢れ出てくる涙を手で拭いつつ、シロナは自分の体に起きている異変に狼狽する。

 (……何、これ?)

 シロナは光り輝く自分の体に目を落とす。

 眩い光に包まれているのに少しも熱さを感じない。それに光を直視していても不思議と眩しくは無かった。

 最初は何かの魔法かと思った。しかし、シロナの膝元で横たわるソーマの体に起きている魔法とは思えない現象を目の当たりにする。

 シロナは目を疑った。いや、それどころか夢を見ているのかと思った。

 魔法の中には傷を治す治癒の魔法〈キュア〉というものがあり、使用者の力によっては致命傷すらも治せると言われている。しかし、切断された手足や失われた血までは再生出来ない。治癒の魔法〈キュア〉は自然治癒力を上昇させるだけで、自然治癒で治らない傷や病を癒すことは不可能だった。当然、死んでしまった者の体を癒すことは不可能である。

 そのはずなのに、ソーマの胸に空いた大きな風穴が見る見ると塞がっていく。

 背中まで突き抜けていた傷口の肉が驚異的な速度で再生していき、血管や神経だけではなく失った心臓すらも再生していく。

 シロナは確かにこの目で見たのだ。ソーマの胸が貫かれ、シロナの足元に彼の心臓が落ちたのを。

 だからこそ混乱し、動揺する。

 傷付いた筋肉や内臓が再生するのは理解出来る。しかし、完全に失った心臓が何もない所から湧き出るかのように再生したのだ。それは同じようで全く意味が違う。

 最早、治癒の領域を超えた現象だった。

 再生された心臓をあっという間に見えなくなり、そしてソーマの胸は元通りに塞がった。

 まるで最初から穴なんて無かったかのように綺麗な肌に覆われていた。

 そして、ドクンッと心臓が鼓動を打ち始め、生命の活動が再開される。

 それに合わせて肺が膨張と収縮を繰り返し、ソーマの口から息が漏れ出る。

 ソーマの止まっていた時間の針が動き出した。

 ずっと閉じたままだった瞳が薄ら開き、ソーマの青い瞳とシロナの瞳が交わる。

 光を取り戻した青い瞳はまだ意識が朦朧としているのか虚ろだ。

 すると、ソーマは手を伸ばしてシロナの頬に優しく触れる。

 死んだはずのソーマが動き出し、生き返ったことが堪らなく嬉しかった。

「……ますたぁ」

 シロナは震えた声と共に、止まりかけていた涙が再び溢れ出す。

 ソーマは目を丸くして驚いた。

「シロナ……? どうして、泣いてるの……?」

 慌てて上体を起こしたソーマは泣きじゃくるシロナの顔を心配そうに覗き込む。

 何が起きているのか分からず、ソーマは怪訝な顔を浮かべる。

(確か、僕は死んだはずじゃ……?)

 恐る恐るソーマは貫かれたはずの胸に目を落とす。

「……傷が、塞がってる? ……いや、でも」

 まだ上手く働かない脳を必死に回転させ記憶を遡るも、確かに胸を貫かれた憶えがあった。まだその時の痛みを鮮明に思い出せる。間違いなくあれは夢ではないと断言出来る。

 もし、夢だったとすれば傷口どころか皮鎧に空いた穴すら無いはずだ。だが、ソーマの皮鎧にはポッカリと穴が空いている。そこには傷一つない綺麗な肌が露わになっている。

 間違いなくソーマは胸を貫かれ、一度死んでいる。

 それなのに生きている――いや、生き返ったと言うべきか。

 死んだはずのソーマが何故生きているのか、その答えはシロナが知っているはずだ。

 目を覚ました時、シロナの目から零れ落ちていた涙が光を帯びていたのを思い出す。

 そういえば、涙だけではなくシロナの体が淡い光に包まれていた気がする。今はもうその光は消え失せているけれど。

(シロナが僕を生き返らせたのか……? 魔法……なのか?)

(いや、有り得ない……。魔法で人を生き返らせることは不可能だ。だとしたら、何だ……?)

 必死に記憶にある知識を漁り、そして一つの可能性を見つける。

 でも、それはあまりに荒唐無稽なものだった。

(そんな、まさか……)

 とソーマは半信半疑でシロナの額に手を伸ばす。

「…………」

 何も言わずにシロナの額の紋章に魔力を注ぎ、中空にステータスを浮かび上がらせる。

 筋力や魔力などのステータスの下にはアビリティ、使用可能な魔法、特殊耐性とモンスターの能力が表示されている。しかし、今朝までは無かったはずの一文が一番下に書き足されていることに気付く。

 本来、特殊耐性の下には何も書かれるはずが無い。しかし、そこにはシロナが新しく取得した能力が刻まれていた。

 それに目を通したソーマは息を止め、動きを止める。

 そこに浮かび上がっていたのは――


『  死者蘇生  』


 ――その四文字だった。

 特殊能力(アビリティ)でもなく、魔法でもなく、特殊耐性でもなく、ただその『死者蘇生』という四文字がシロナのステータスに書き足されていたのだ。

 初めて見たはずなのに、ソーマはそれが何かを知っている。

 死者を生き返らせる力。神の領域を侵すその力を――


 死者蘇生の奇跡〈リザレクション〉


 今まで確認されている十二の『奇跡』のひとつだった。

 神様に選ばれた者にしか与えられない奇跡の力をシロナは授かったのだ。

 ソーマは慌てて手を払い、浮かび上がるステータスを霧散させる。

「ますたぁ……ますたぁ!」

 と泣きじゃくるシロナはソーマの胸に顔を埋めて来る。

「良かったです……ほんとに、よかった……うぐっ」

 そう言いながらむせび泣くシロナを優しく抱き締めると巻角の生える白い頭を撫でる。

「……大丈夫。僕はもうどこにも行かないから……ずっと傍にいるよ」

 それでもシロナは泣き続け、体を震わせる。

 一体、どれだけシロナは不安で、怖くて、苦しい思いをしたのか。

 ソーマですら泣いているシロナを見るのはこれが初めてだった。

 魔獣に殺されそうになっても、どんなに辛く苦しいことがあっても泣かなかったシロナが今もずっと泣き続けている。

 つまりそれは、ソーマが死んだことが他の何よりも辛く苦しかったということ。

 シロナにとってソーマを失うことは死よりも耐え難いものなのだ。

 もし、あのままソーマが蘇らなかったらシロナは自ら命を絶っていたに違いない。

 『死者蘇生の奇跡』を授かったことはソーマを蘇らせるだけではなく、シロナ自身の命を救っていた。

 本来なら奇跡の力を授かったことを歓喜し、そして感謝するべきなのだろう。

 しかし、ソーマの胸の内は憤りと悔しさだけが埋め尽くしていた。無意識にソーマは歯を食い縛ると手を力一杯に握り締めていた。

(……どうして……どうして、神様はこの奇跡を与えたんだ)

(あんまりじゃないか……)

 シロナに死者蘇生の奇跡を授けた神様を憎まずにはいられなかった。

 空の上を仰ぎ、自分達を眺めているだろう神様を睨む。

 ソーマは知っているのだ。

 奇跡とは誰もが憧れる力であり、昔から多くの物語には奇跡の力を持つ英雄が登場する。

 事実、奇跡の力を授かった人間やモンスターは偉業を成し遂げ、後世に名を遺す英雄となった。それは物語となり、今も語り継がれている。それが奇跡の力である。

 だが、ただ一つだけ語り継がれて来なかった奇跡が存在する。

 それが『死者蘇生の奇跡』だ。

 この奇跡だけがどの物語にも登場せず、詳しく記された書物は数少ない。

 その理由は単純明快だった。

 死者蘇生の奇跡を授かった者の全てが悲惨で残酷な結末を迎えたからだ。故に、どの物語にも描かれることが無かった。

 死者蘇生の奇跡を授かった者は必ず悲劇を迎える。そんな英雄を人々は求めないし、好まない。奇跡の一つでありながら詳細が記されている書物は少なく、どんな結末を迎えたのか知る者は多くない。

 ソーマが王都にいた頃、士官学校の図書館で偶然に読んだ書物に死者蘇生の奇跡について記されていたのを思い出す。その書物には死者蘇生の奇跡を授かった者がどんな運命を辿り、どんな結末を迎えたのか詳細が記されていた。ソーマの脳裏にその記憶が徐々に蘇っていく。

 この世界で初めて死者蘇生の奇跡を授かった者が現れたのは三百年以上も前のこと。まだ魔獣が存在しない時代に存在した、今は亡き国で発見された。

 最初はその奇跡の力を多くの人々が称え、崇めた。

 しかし、その国の王様は力を独占しようと彼女を捕え、監禁したという。死者を生き返らせる力を得た王様は横暴に振舞い、「大切な者を生き返らせたければ対価を差し出せ。お前の大切な者の命はいくらだ?」と民衆や貴族から富を搾取していった。

 奇跡の力を巡って他国との戦争に発展し、多くの人々が血を流した。

 万を超える死体が転がる凄惨な戦場を目の当たりにして、奇跡を授かった女は立ち尽くした。そして王様が命令する「ここに倒れている全兵士を生き返らせろ」という言葉には従わず、女は落ちていた剣で自らの胸を突き刺した。

 彼女は自分の力の所為で多くの人々が苦しんで死んでいった罪悪感に耐えられず、自殺してしまった。その死によって王様は力を失い、その国は滅んだ。

 その後も何度か死者蘇生の奇跡を授かった者は現れた。だがどれも必ず多くの血が流れ、奇跡を授かった者は殺されるか自らの手で自殺している。

 死者蘇生の奇跡は『奇跡』と呼べる力などではない。

 神様が授けた力はシロナを不幸にする力だ。

 いや、シロナだけじゃない。誰も幸せに出来ない呪われた力だ。

 それに、シロナが涙を流すほど苦しみ、悲しむ力なんてあまりに残酷だ。

 火結び祭りの時、シロナが神様に願ったことをふと思い出す。

 ――マスターを護れる力をください。

 確かにシロナは力を望んだ。そして望んでいた新しい力を授かった。

 だけど、決してこんな力を望んだ訳ではない。

(……何で、よりにもよってこの力なんだよ……神様)

 この力を使い続ければ、いつかはシロナの力を巡って争いが起き、多くの血が流れるだろう。

 もし、シロナが死者蘇生の奇跡を授かったと知られてしまったら、悲惨な運命が容赦なく彼女に降り注がれる。それを想像しただけでソーマは恐怖と吐き気に襲われる。

(……この力を人前で使ってはいけない。絶対に知られる訳にはいかない)

 ソーマはシロナを護る為に『死者蘇生の奇跡』を封印することを決めた。

「ますたぁ……もう、どこにも行かないでください……ずっと、ずっと傍にいてください」

 腕の中のシロナが顔を上げると、涙が浮かぶ瞳を向けてくる。

「ああ……ずっといるよ。もう約束は破らないから……」

 その言葉を聴いて安心したのかシロナは頬を紅潮させ、笑顔を浮かべる。

「よかった……」

 と呟いたシロナは再びソーマの胸に顔を埋めた。

 泣き止んだシロナを抱き締めながらソーマは思う。

 絶望の中に咲いた小さな希望は大きな絶望を齎すパンドラの箱だった。

 その箱を開けてはいけない。もし開けてしまったら災いが溢れ出すだろう。

 それは何かの本に書かれていた言葉だった。

 シロナが授かった死者蘇生の奇跡は、まさにパンドラの箱そのものではないか。

(ああ、何て世界は残酷なんだろう……)

 これほど世界を、神様を恨んだのは生まれて初めてだった。

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