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ヘボドラゴンと呼ばれても  作者: たつのオトシゴ
第一編 始まり
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014


   014


 さっきまで熱くて寒かったはずなのに、今は何も感じない。何も見えないし、何も聴こえない。まるで、深い深い海の中に沈んでいるような浮遊感を覚える。

 ここが何処なのかは知らない。だけど、どうしてここにいるのかは知っている。


 僕は……死んだのか……。


 魔獣化したザクロの手によって心臓を貫かれ、殺されたのだ。

 きっとここは死んだ者の魂が漂う死の海の底なのだろう。

 シロナが成長するまで死ぬ訳にはいかなかったのだが、もう諦める他なかった。


 ……ごめん、シロナ。約束……守れなかった。

 ……ごめん。


 口も肺も無いのに、ソーマは溜息を吐く。

 シロナとの約束を守れないまま死んでしまったことを酷く後悔していた。罪悪感に襲われ、胸が絞めつけられる気分だ。もう絞めつけられる胸は無いはずなのに苦しかった。

 クラスメイトからは落ちこぼれと揶揄され、家族からは出来損ないと突き放され、どこにも居場所が無かった。

 ずっとずっと世界が灰色に見えて、水の中にいるみたいに息苦しかった。

 だけど、初めてモンスターの卵を貰い、シロナと出会って世界が色づいた。

 シロナがソーマの手を掴んで水の中から引き上げてくれたのだ。

 初めてシロナを見た時、言葉には表せない感情に襲われ、その淡い美しさに心を奪われた。

 殻を破って姿を見せたシロナは今よりもずっと幼く、小さかった。その宝石のような瞳と、鮮やかな褐色の肌が人並み外れた美しさを具現していた。

 竜の尻尾と巻角を生やすシロナの姿はまるで人形のようだった。

 シロナがソーマに居場所と生きる目的を与えたのだ。


 シロナは僕をマスターと呼び、頼りにしてくれた。誰にも必要とされなかった僕をシロナだけが唯一必要としてくれた。それが嬉しかった……。

 こんな僕を必要としてくれるシロナの為に生きようと心に違ったんだ。

 マスターとはモンスターを従える者だ。……でも、モンスターであるシロナに依存しているのはマスターである僕だった。

 マスターとかモンスターとか、そんなことは関係なかったんだ……。僕にとってシロナは掛け替えの無い存在だったから……。

 どんな貴金属や宝石よりも、シロナは大切で……美しかった。

 初めて出会った時から僕はシロナに一目惚れしていたんだと思う。

 黒い宝石のような竜の少女を僕は今でも愛している……。

 君と出会えたことが最高の幸運だったよ。本当に……ありがとう。

 僕の元に産まれて来てくれて……ありがとう。

 ……ありがとう。


 でも……ごめん。

 最後まで護れなくて……ごめん。

 成長させてあげられなくて、約束を守れなくて……ごめん。

 僕はシロナから多くのものを貰ったのに、何も恩返しを出来なかった。

 それが心残りだった……。

 死んでしまった今、僕がシロナにしてあげられることはない。……だから、せめて願う事しかしてあげられない。

 神様……お願いします。

 僕は地獄でも何処へでも行きます。だから、どうかシロナを御救い下さい。

 たった一粒で構いません。シロナに希望と力をお与えください。

 僕はどうなっても構いません。

 だから……だから、お願いします。

 シロナの未来を奪わないで下さい……。

 シロナには僕と同じ運命を辿って欲しくない……。

 彼女には……幸せになって欲しいんです。

 どうか、神様……お願いします。


 ソーマはもう無いはずの手を合わせ、神様に願った。

 それからしばらく待ったけれど、神様の返事は無かった。

 しかし、真っ暗な死の海の中に突如一筋の光が差し込むと、光は死の海に漂うソーマを照らした。

 その光に照らされていると体が温かくなっていくのを感じる。


 ……温かい?


 感じるはずのない温かさに疑問を覚える。

 あるはずのない手足の感覚があることに気付く。そして視線を落とすと、そこにはソーマの体があった。

 どうしてなのかソーマは失ったはずの体を取り戻していた。

 何が起きているのか訳が分からないでいると、突然光が一層強まり、視界が真っ白に染まる。

 あまりの眩しさに目を瞑り、恐る恐る瞼を開くと視界に映ったのは光る涙を流すシロナの姿だった。

 もう会えないとばかり思っていたシロナに再会し、ソーマは喜びに打ち震えた。

 だが、それと同時にこれは夢だと思った。

 神様はどうして残酷な夢を見せるんだろう、とソーマは神様を強く嫌悪した。


 こんな夢を見せられたら、辛くなるだけじゃないか……。


 思わず、手を伸ばして褐色の頬に触れるとシロナの唇が動き、

「……ますたぁ?」

 と震えた声でソーマを呼んだ。

 ソーマは驚きのあまり目を丸くし、一気に意識が覚醒する。

 涙で濡れているシロナの頬は温かく、そして彼女は確かにソーマに話し掛けたのだ。

 目の前にいるシロナは夢でも幻覚でもなく、彼女は紛れも無く本物だった。

 夢では無かった。


 死んだはずのソーマは生き返っていた。

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