010
010
街の中央に続く大通りはいつもの街並みとは一変して淡い光に包まれている。
見知った街のはずなのに、まるで別の街に来てしまったような気分にさせられる。
「『火結び〈ほむすび〉祭り』って言って、火の神様に向けて願いを込めた紙を花に結んで燃やすと願いが叶うらしいよ」
ウルシオンは祭りについて話しながらソーマの前を歩いている。心なしかウルシオンの足が僅かに弾んでいる。
「火の神様が願いを叶えてくれる……か」
神様を祭っているからなのか、どこからともなく神楽の音楽が漂っている。大通りにはいつもよりも多くの露店が並び、美味しそうな食べ物の匂いが流れてくる。
街の中央にある大広場に近付くにつれて神楽の音楽がはっきりと聴こえてくる。
すると、大広場で立ち昇る一際大きな炎が見えてきた。
「あれが火の神様に願いを届ける炎よ」
高く昇っている炎が神様と繋がっているということなのだろう。広場を見渡すとその炎を囲むように人々が立ち、何かを炎に投げ入れている。
「あれが、願いを結んだ花?」
「そうだよぉ。紙に願いを書いてそれを花に結び付けるの。ソーマ君とシロナちゃんは叶えたい願いはないの? あそこで紙と花を配ってるから神様に何かお願いしてみたら?」
「せっかくだし、やってみようか」
とシロナを見遣ると「はい、マスター」と小さく頷いた。
紙と花を貰ったソーマは何の願いを書こうか考える。
しかし、いざ願いを書こうとしても中々決められなかった。
「私はもう書いたから先に入れてくるねぇ」
早々に願いを書き終えたウルシオンは炎に花を投げ入れる為に人混みを掻き分けて行く。
ソーマは叶えたい願いが多過ぎてどれから叶えたらいいのか決めかねていると、シロナも願いを決めたらしく「マスター、決まりました」とこちらを見上げてくる。
「早いね。それで何を願うの?」
シロナは文字を書けなかった。そもそもモンスターの多くは読み書きが出来ないのだ。
勉強させれば読み書きができるようになるのだが、それなりに時間が掛かる為わざわざ教えるマスターは少ない。それはソーマも例外では無かった。少しでも早くステータスを成長させたいと考えていたソーマもシロナに読み書きを教えるのは後回しにしていた。
だからソーマがシロナに代わって願いを紙に認〈したた〉める。
するとシロナは逡巡する素振りを見せ、それを見ていたソーマは小首を傾げる。
(……ん? ……どうしたんだ?)
何かを躊躇っていたシロナは意を決したのか口を開く。
「マッ……マスターを護れる力をください、です」
と願いを口にしたシロナは恥ずかしそうに頬を紅潮させた。
それはまるで好きな子に宛てた手紙を本人の前で音読するようなものだ。
聴いていたソーマも恥ずかしくなり、「そ、それで……いいの?」と思わず確認してしまった。
「は、はい。マスターを護れる強いモンスターになって、この前みたいなことが起きないようにしたいんです」
『この前』とは恐らくミノタウロスに襲われた時のことだろう。
「それに……そうなればマスターとこれからもずっと一緒に居られると思ったんです。だから……その願いが私の願いです」
「……そっか、分かった」
(ずっと一緒……か)
シロナの言葉がチクリと胸が痛んだが、どうにか平静を装う。
ソーマはシロナの願いを紙に認めながら思う。
これは飽く迄もお祭りであり、いくら神様に願ったところで全ての願いは叶わないだろう。そう思いながらシロナの願いを書き終えた。
願いを込めた紙を結んだ花をシロナに手渡すとソーマも自分の願いを紙に認める。
そしてソーマが願いを書き終えると
「マスターは何を願うんですか?」
とシロナは小首を傾げてこちらを見上げてきた。
さっきまで何を書こうか迷っていたけれど、シロナの願いを書いている内に叶えたい願いが見つかった。
「それは――」
ソーマが何を書いたのか口にしようとした時、
「いや~、凄い熱かったよぉ」
と戻ってきたウルシオンが人混みの中から姿を見せた。
ウルシオンの額には薄ら汗が滲んでいる。炎の近くは相当熱かったのだろう。
まあ、あれだけ大きくて高い炎なら当然か。
「おっ、願いが決まったんだね。それなら二人も炎にその花を投げ入れてきたら?」
「うん、そうするよ」
頷いたソーマはシロナに手を差し伸べる。
「人が多いからはぐれないようにしなくちゃね」
するとシロナは手を繋いで「ありがとうございます、マスター」と笑みを浮かべてくれた。
しっかりと手を繋ぐと二人は人混みの中に足を踏み出す。花を庇いながら炎を目指して人を掻き分けていく。
「マスターの手……あったかいです」
「えっ、そうかな……? そういうシロナの手はヒンヤリしてて気持ち良いよね。やっぱり竜だからかな?」
「マスターの手は優しくて温かくて、好きです。……ずっと繋いでいたいです」
「……ありがとう。嬉しいよ」
昼間とは違う夜の街を包む淡い光がどこか温かくて、雑踏の中でも美しい神楽の音楽が心地良い。それに大通りから流れてくる果物や香辛料の匂いが鼻孔を擽ってくる。
ヒンヤリとした小さな手の感触を感じながら歩くこの時間が今までの人生の中で最も幸せに思えた。
(ああ、この時間がずっとずっと続けばいいのに……)
幸せな時間を噛み締めながらも、その時間がいつかは終わる不安に胸が掻き毟られる。
ふと、ソーマは思ってしまう。
(……どうして僕は死ななくちゃいけないんだろう。どうして……どうして…………どうして僕だけが……。こんな心臓がなければ、もっとシロナと手を繋げたのに……どうして)
思わず泣いてしまいそうになりグッと唇を噛み締めて堪えた。
炎の前に辿り着いたソーマとシロナはそれぞれの願いを込めた花を投げ入れる。
あまりの熱で肌がヒリヒリと痛む。熱くて苦しいはずなのに、どうしてなのか炎に目が奪われる。ジッと見ていたくなる不思議な炎だった。
ソーマだけではなくシロナや他の人々もその炎に惹かれ、立ち尽くしている。
紙を結び付けた花を投げ入れると、あっという間に炎に焼かれ、灰となって天へと昇っていく。これで神様に願いが届いたに違いない。
まあ、その願いが叶えられるかどうかは神様の気まぐれで決まるのだろう。
「よし、戻ろうか」
「はい、マスター」
ソーマはシロナの手を引いて再び人混みを掻き分けて行く。
そして広場の端で待っていたウルシオンの元へ戻ると、
「どうだった? 願いは届いた?」
「多分……届いたんじゃないかな?」
「ふふっ、それは何よりだね。じゃあ願いが届いたことだし行こうか」
そう言ってウルシオンは広場を後にする。
ソーマとシロナも手を繋いだまま後を追う。
雑踏が行き交う大通りで露店を見て回っていると不意に肩をチョンチョンと叩かれて振り返る。すると、すぐ後ろにはウルシオンが立っていた。
「どう? 久々に楽しめてる?」
「ああ、うん。おかげでシロナも楽しそうにしてるよ」
少し離れたところで露店に並ぶアクセサリーを見ているシロナに目を遣る。その表情は楽しそうに微笑んでいる。
「よかったよかった。ところでソーマ君は何を願ったの? 結構迷ってたみたいだけど……」
一瞬、話すかどうか悩んだ。だが、わざわざ隠すようなことでも無いか、とソーマは口を開く。
「それは――」
その日の火結び祭りは特大の花火が打ち上がるのを合図に終わりを迎えた。
夢のようなひと時が終わった。




