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ヘボドラゴンと呼ばれても  作者: たつのオトシゴ
第一編 始まり
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「ソーマ、お前とは親子の関係を切らせて貰う。今日からお前は家族ではない。他人だ」

 その日、父親に勘当された。

「……」

 メイドから「旦那様がお呼びです」と言われた時、こうなることは分かっていたはずなのに、実際に勘当されると言葉が出てこなかった。

 俯き、黙り込むしか出来なかった。

 赤い絨毯が彼に救いの手を差し伸べてくれるはずはないのだが、足元に目を落とし続ける。

「誇り高き我が一族に恥晒しの弱者は不要。騎士になれなかったら家族の縁を切る。お前のような出来損ないの息子はいなかったことにする。そういう約束だ」

 金髪の隙間から覗く父親の青い瞳は冷たく沈んでいる。

 さっさと視界から消えてくれ、と言わんばかり。

 でも、どうしてか腹立たしさとかは覚えなかった。

 それどころか微かに安堵さえしている。

 唯一、胸中に浮かび上がった言葉は「ああ、そうですか」だ。

「今日からここはお前の屋敷ではない。役立たずのモンスターを連れて、さっさと私の前から立ち去れ。二度と顔を見せるな」

 そこまで言われて、ここに居続ける理由は無かった。

「……分かりました。シロナを連れてすぐに出て行きます。今までお世話になりました……」

 頭を下げたソーマは踵を返し、部屋を出て行く。扉を閉じる時、父親の姿を一瞥する。

 いや、父親だったその男はソーマを憎むようにジッと睨んでいた。

 そこまで息子を憎めるものなのか、と思われそうだが、特別な事情があった。

 ソーマの家は多くの騎士将校を輩出してきた由緒正しき大貴族であり、父親はその現当主である。強さを第一とし、落ちこぼれの弱者が一族にいることを頑なに許さない実力主義を掲げている。

 その落ちこぼれの弱者の烙印を押されたのが、当主の子息であるソーマだ。

 ソーマは父親の視線から逃げるように扉を閉める。

「……」

 部屋を出て、立ち尽くしていると「……マスター?」と控えめに呼ぶ声が聴こえてくる。

 それは不安と心配が入り混じった少女の声だった。

 少女は部屋の前でソーマが戻るのをずっと待っていた。

「ああ、シロナ。待たせてゴメンね……」

 シロナと呼ばれた少女は何かを察したのか、何も言わずソーマの体に抱き着くとその褐色の顔を埋めた。

「どうしたの?」とは口に出さなかった。

 シロナの雪のように白い髪を優しく撫でていると、褐色の顔を上げてこちらを覗き込んでくる。

 幼く小さな顔には白銀の瞳が悲しそうに、苦しそうに浮かんでいる。

 外見年齢は十歳程度の少女に余計な心配をさせてしまい、心が痛くなった。

 『外見年齢』と表現したのは、シロナが普通の人間ではないからだ。

 シロナは実年齢で言えば三歳の少女だ。いや、三歳なら幼女と表現するべきかもしれない。

 そもそも『モンスター』を人間の年齢に当てはめるのは適さないだろう。

 シロナはモンスターと呼ばれる人間と魔獣の血を持つ存在。

 ――造られた存在〈命〉だ。

 美しい褐色の肌、白い髪、白銀の瞳。それらよりも目を惹くものがシロナの頭部左右に生えている。

 それは竜〈ドラゴン〉の巻角だ。カタツムリの殻のようにグルグルと巻かれた大きな角が左右に生えている。

 更に、金属の光沢を持つ白銀の鱗に覆われた竜の尻尾が腰から生えている。それだけではなく体の一部は――主に腕や脚は――竜の鱗に覆われている。

 シロナは人間ではない。

 彼女の不安を和らげようとソーマは無理に笑って見せる。逆に不自然な表情が不安を煽ってしまったことにソーマは気付いていない。

「失礼致します。ソーマ様」

 鈴を転がすような女性の声が聴こえ、顔を振り返らせるとメイドが立っていた。

 よく見知ったメイドの顔は無表情だが、その瞳はどこか気まずそうにしている。

 ああ、そういうことか。とソーマは察する。

 父親から話を聞いているに違いない。その証拠にメイドの手には女性が持つには重くて大きな革袋が握られている。恐らく、ソーマの部屋に置いてあった私物が詰め込まれているのだろう。

「……重かったですよね。ありがとうございます」

 そのメイドはシロナ以外に屋敷の中で唯一ソーマの心配してくれていた人だった。

 メイドに礼を言うと共に、彼女がどんな気持ちでソーマの荷物を纏めていたのか考えると少し罪悪感を覚える。

 その苦労を無下にするようで言うかどうか逡巡した後、「でも――」と言葉を繋げる。

「僕の荷物は全て捨てて下さい。持って行くつもりはありませんから。すみません、せっかく準備して貰ったのに……」

 この家のニオイが染みついた物は持って行きたくないんです。と、メイドには聴こえないように呟く。

「そう、ですよね……申し訳ございません」

「気にしないで下さい。それに僕はもう屋敷の人間じゃありませんから、畏まる必要は無いんですよ。……だから、もう行かないと」

 重苦しい空気に耐え切れなくなったソーマはシロナの手を取り、足早に屋敷を進む。

 付き従うようにメイドは後ろを歩く。いや、もう屋敷の人間ではないのだから付き従う必要は無いのだけれど。

 ソーマが五歳の時から屋敷で十年間もメイドとして従事している彼女に、突然「今日から他人になるので気にしないで」と説明して、すぐに「はい、そうですか」と呑み込めるはずも無いことは理解出来る。

 十五歳になったソーマを今でも気にかけてくれているメイドには感謝している。けれど、これ以上ソーマに関われば他の家族から良く思われないだろう。

「あの、見送らなくてもいいんですよ?」

「いえ、最後までお傍に仕えさせて頂きます。ソーマ様がお屋敷を出て行かれても、私はソーマ様をお慕いしております」

 即答だった。

 いやまあ、ソーマとしては嬉しいのだが、同時に心配でもある。

 とはいえ十年間続けた習慣はそう抜けないのだろう。頭では理解していても、体が理解するのには時間が掛かるに違いない。

 仕方がない、と諦めたソーマが曲がり角に差し掛かった時、フワッと長い金髪が視界に広がった。

「――ぁ」と思わず驚きの声を漏らしたのは二つ年が下の妹だった。

 混じりけの無い金髪と青い瞳を持つ少女はソーマの顔を見るなり不快な表情を浮かべ、すぐに目を逸らす。

 まるで関わってはいけないものから視線を外すようだった。

「……最悪」と妹は小さく吐き捨てた。

 目を合わせないままソーマの脇を通り過ぎていく。

 ソーマは意に介することなく廊下を進む。シロナは通り過ぎていく妹の姿を追って首を振り返らせていた。

 ソーマは特に気にしていなかった。蔑まれたりするのは慣れている。

 そもそも、物心がついてから家族とのいい思い出は何一つ無い。血の繋がりこそあったが、家族から家族らしいことをされた記憶は持ち合わせていなかった。

 父親だけではなく、母親や兄妹からも冷遇されてきた。

 ――出来損ないのくせに。

 何度言われたか分からない、その言葉が脳裏に蘇る。

 冷静を保ち続けていた感情の水面に小石が落ち、波紋が広がる。ソーマの表情に微かな動揺が浮かぶ。

 心臓に病を持って産まれたソーマの体は脆弱だった。それに加えて魔力も人より少なく、魔法の才能を持っていなかった。

 生まれつき心臓が弱く、激しい運動を続けると激痛に襲われ、酷い時では卒倒したことすらある。

 ソーマの病を治す術は無く、あと二、三年しか心臓は持たないだろうと宣告された。

 余命わずか二、三年。

 この心臓の病の所為で強さこそ全てと考える父親からは見限られ、時には暴力を受けて血を流したこともある。

 つい先日まで在籍していた王立士官学校では『落ちこぼれ』と扱われ、

 家族からは『出来損ない』と見捨てられ、

 ソーマに残されたのは心臓の病と残り少ない余命だけだった。

 思い返せば家族のような扱いを受けた覚えは無い。それなら勘当されたところで何も変わらない。

 そう思えば辛くは無かった――はずなのに、手には力が籠っていた。

 シロナの手を強く握っていたことに気付き、「ご、ごめん」と慌てて手を離す。

 だけど、シロナはすぐにソーマの手を掴むと首を横に振る。

「マスター。私なら大丈夫です。私はずっとマスターの傍にいます」

 その言葉を聞いたソーマは涙が零れそうになるのをグッと堪える。

 ソーマに残されたのは心臓の病と残り少ない余命だけではなかった。

 シロナというモンスターの少女がいた。自分は独りじゃない。救われた気分だった。

「ああ……ありがとう、シロナ」

 そしてソーマ達は屋敷の扉を開け、広い敷地を抜けて正門に向かう。

 ソーマの倍以上の高さはある鉄格子の門を開き、メイドの見送りを受ける。

「これからどうなさるおつもりですか? やはり王都は出て行かれるのですか?」

 その質問にどう答えようか悩む。

 正直に言うと、どこへ行くかはまだ決めていない。

 しかし、どうするかは既に決めている。

「遠く離れた街で『義勇兵』になるつもりです。もちろんシロナと一緒に」

 手を繋いだままのシロナはソーマを仰ぎ見る。シロナは『義勇兵』が何かを知らないし、義勇兵になることはまだ話していなかった。

 マスターと呼ばれるモンスターを従える人間が義勇兵ギルドから魔獣退治や護衛などのクエストを受け、報酬を得る。それが義勇兵だ。

 国が有する騎士とは違って義勇兵は登録さえ済ませれば誰でもなれる。

 たとえ落ちこぼれと呼ばれても、出来損ないと呼ばれても義勇兵にはなれる。

 ソーマに残された道は義勇兵だけだった。

 メイドは義勇兵の厳しさを知るが故に複雑な表情を浮かべる。

 魔獣退治に向かった義勇兵が無残に殺されていた、なんて話はありふれている。ソーマが殺されてしまった時の想像をしてしまいメイドは怖くなった。

「義勇兵……ですか。あまり無理はなさらないで下さい。お医者様からも言われているはずです。心臓に負担が掛かり過ぎれば余命が縮ま――」

「大丈夫ですよ。無理さえしなければ心臓が痛むこともありませんから」

 ソーマはメイドの言葉を遮るように言った。彼は目を横に動かし、シロナに気付かれていないことを確認する。

 メイドは察したのか、それ以上は言ってこなかった。

「そうですか……。ですが、くれぐれもお気をつけて行ってらっしゃいませ」

「ああ、ありがどう。でも、もう帰ってくることはないだろうね」

 だから「いってきます」は言わない。

「それじゃあもう行くよ。今までありがとう……元気でね」

 メイドは深々と頭を下げ、ソーマとシロナの後姿が見えなくなるまで見送り続けた。

 それから二人は王都を離れ、幾多の街を巡り歩いた。

 辿り着いたのは見知らぬ辺境の街。

 魔獣が棲む深い森と山々に囲まれ、多くの義勇兵が拠点としている街は駆け出しの義勇兵も多い。

 何より知っている者がいないということが決め手となり、辺境の街で義勇兵の門を叩いた。

 そしてソーマはモンスターのシロナと共に義勇兵となった。


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