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ヘボドラゴンと呼ばれても  作者: たつのオトシゴ
第一編 始まり
16/30

007 ①


   007


 ハッと目を開くと見慣れた天井が視界に広がった。

 ベッドで目を覚ましたソーマは上体を起こすと「……夢、か」と呟いた。

 窓の外を見ると夕焼けの空が広がっていた。相当長く眠っていたことを知る。

 それもそうだ。昨日はミノタウロスに殺されかけ、命辛々助かったのだ。宿舎に着くなりシロナをベッドに寝かせるとソーマは死んだように眠りに落ちた。

 でも、どうしてあんな夢を見たのだろう。特にきっかけも無かったのに。

 死にかけた夜に見る夢が何でこれなんだ、とソーマは不満気な顔を浮かべる。正直、あまり気分の良い夢ではなかった。

 ソーマが見た『夢』とは、義勇兵になる前に在籍していた王立士官学校の記憶だった。

 騎士候補生を育成する王立士官学校で落ちこぼれだったソーマを蔑み、距離を置く者は多かった。学友はおろか、まともに話した者すらいない。

 いや、一人だけいた。

 独りでいるソーマに時々だけど話し掛けてくるクラスメイトがいた。他愛のないことを話してくるだけで特に何かあった訳ではないけれど、彼女は変わった奴だった。

 きっと特別な理由は無かったのだと思う。彼女は皆に対してそんな態度をする人だった。だからこれと言った思い出も無い。

 憶えているのは、彼女がアメジストのような紫紺の瞳を持っていたことくらいだ。

 それも今となってはどうでもいい記憶だった。

 ソーマにとっては隣にシロナがいるだけで十分だった。

 小さな寝息を立てて眠っているシロナに目を落とす。

 ポーションのおかげで一命を取り留めたが重傷を負ったシロナは丸一日が経っても眠り続けていた。

 そういうソーマも腕や体に包帯を巻いていて酷い有様だった。

 ズキリと酷い頭痛に襲われ、ソーマは頭を押さえる。何だか全身が気怠い。

 それは仕方がないことだった。傷を負ったモンスターは紋章を介してマスターから魔力を吸収し、その魔力を使い人並外れた速度で傷を回復させる。

 しかし、ソーマの魔力容量は少ない。故にシロナの回復速度は他のモンスターと比べれば遅い。とはいえ人間と比べれば並外れた回復速度だ。

 更に陽が傾き、うそ寒くなってきた。

「そうだ……店が閉まる前に行かなくちゃ」

 何かを思い出したソーマはベッドから降りると上着に袖を通す。その時もビキビキと体が痛み、心臓が苦しくなった。

 普段なら休めば心臓の痛みが消えているはずなのに、限界を超えてオークと戦った反動なのか心臓がまだ痛む。きっと、残り少ない余命を大きく縮めてしまっただろう。

 あと何ヶ月――いや、何日生きられるのか分からない。そもそもこれだけ心臓に負担を掛けても生きていることが奇跡だと言える。

(いつか……シロナに話さないといけないよな……)

 ソーマは余命が短いことを未だ話していなかった。

 話さなきゃいけないのは頭では理解していた。けれど、どうしても言い出せなかった。

 以前、治療院の院長に言われたのを思い出す。

『いつかは話さないといけないなら早い方がいい』

 院長の言う通り、早く話しておくべきだったなと今更になって後悔する。

 ミノタウロスから自分を護ろうとしてくれたシロナの言葉が鮮明に蘇る。

『マスターを……大切な人を失うくらいなら死んだほうがマシです。マスターがいないのは死ぬことよりも辛いんです』

(……こんなことなら話しておけばよかった)

 シロナの気持ちを知った今、長く生きられないことを話す勇気は無かった。もし、死ぬことを打ち明けた時、シロナが悲しむ姿を想像しただけで胸が苦しくなった。

「はぁ……」とソーマは深く重い溜息を吐いた。

 ゴンッと壁に額を打って俯く。

(どうしたらいいんだ……)

 とソーマは頭を悩ませたが納得の行く答えは見つからなかった。こうしている間にも陽は傾いていく。

 ソーマは壁から額を離すとベッドで眠っているシロナを一瞥して宿舎を出る。

 街は既に昼間ほどの活気は無く、大通りの往来は多くない。ポツリポツリと街に明かりが灯され始めている。それを見て少し足を早める。

 地面に足を落とす度に全身が痛む。顔を歪めながら通りを進んだ。

 ミノタウロスに剣を折られてしまったソーマは新しい剣を買う為に閉店間際の鍛冶屋を訪れる。ソーマの痛々しい姿を見た店主はギョッと目を丸くして「おいおい、出歩いて大丈夫なのかよ?」と心配する。

 新しい剣を受け取ったソーマは、

「大丈夫です。休んでいる時間は無いんで」

 とだけ言い残すと店主と目を合わせることなく店を出る。

 力無い足取りで店を出て行くソーマの背中を見ていた店主は「大丈夫……じゃないだろ」と呆れた声を漏らす。

 持って来ていた鞘に剣を納めると手に持ったままスタスタと足を進める。

 既に陽が沈んで街には夜が訪れていた。街灯に照らされた大通りを進んで行くと義勇兵ギルドの前で足を止める。

 義勇兵ギルドは夜でも明かりが漏れ出ている。閉まっていることが無い義勇兵ギルドは夜中でも明かりが途絶えることはない。クエストを終えた義勇兵がいつ戻って来てもいいようにとのギルドの配慮だろう。

 ソーマはギルドの大きな扉を押し開くと蝶番の軋む音が鳴る。ギルドの中から明かりが溢れ出てくるとソーマは眩しさに目を細めながら足を踏み入れる。

「……おい、あれ」

 と何処からか声が聴こえてきた。それを合図に幾多の義勇兵の視線がソーマを突き刺す。

 いつものことだ、とソーマは意に介さずギルドの受付に向かっていく。

 その最中、ふと聴こえてくる。

「ミノタウロスに殺されかけたらしいぞ」

「チームが半壊したらしい。それなのに、あいつとヘボドラゴンは生き残ったんだとよ。運がいい奴」

 もう知られているのか、とソーマは少し驚いたが、よく考えれば当然だった。

 二名の義勇兵と三体のモンスターが死亡。二人の義勇兵と一体のモンスターが重傷。生息域を大きく外れた場所に出現したミノタウロスによって義勇兵チームが半壊したとなればギルドに報告が上がらないはずがない。

 その後、ギルドはこの街の義勇兵に注意喚起をしたはずだ。それでソーマ達がミノタウロスに襲われたことを知っているのだろう。

「すみません、ソーマさん。クエストは未達成となっており、報酬は……」

 受付嬢のソフィアは申し訳なさそうに目を伏せた。

「そう……ですよね」

 そうだろうとは思っていたけれど、もしかしたらという淡い期待を胸に確認したまでだった。そして、やはりクエストは未達成になっていた。

 依頼主の男はどうなったのかソフィアに尋ねると「頭を打って気を失っただけで、大きな怪我は無かったそうですよ」と教えてくれた。

「それより――」とソフィアは言葉を続ける。

「生き残った人の中で一番重傷だったのはソーマさんですよ。まずは自分の心配をしてください。いいですね? そもそも何で出歩いているんですか。安静にして下さい」

 公衆の面前で叱られてしまった。

 ソーマは「は、はい……すみません」と頷くことしか出来なかった。

「でも……自分の心配より人の心配をしてしまうそういうところ、私は立派だと思います。ソーマさんのような義勇兵には無事に帰って来て欲しいんです……。だから……あまり無理はしないで下さい」

 そう言って俯いたソフィアの瞳を見て、彼女が何を思っているのか察する。

 いつも柔らかな表情を浮かべているソフィアが一瞬だけど辛そうな顔を見せた。

(そうか……きっと、ソフィアさんはいつも見てきたんだ。クエストに出発したきり二度と帰ってこなかった義勇兵を何人も、何十人も見てきたんだ。だから……)

 昨日まで仲間と笑っていた義勇兵が翌日に死体で見つかったなんて話は珍しくない。

受付嬢は義勇兵と接する機会が多い。顔馴染みの義勇兵も多いはずだ。関わりのある人が死ぬのは少なからず悲しく、辛い。その苦しみを何回、何十回も体験しているソフィアは、もう誰も死んでほしくない、と願っていた。

 ソーマは知らなかった。彼が義勇兵になってから一年間、その姿を見てきたソフィアは他の義勇兵よりも思い入れが大きかった。ヘボドラゴンと呼ばれるモンスターを連れて、いつもボロボロになって帰ってくる少年の健気な姿に感情を寄せていたのだ。何よりも自分の弟と同い年のソーマを気にせずにはいられなかった。

 ソーマがクエストに出発するのを見送った後、仕事をしていても頭の片隅には少年の姿がチラついていた。そして、ソーマがギルドに戻ってくるとホッと胸を撫で下ろしていた。

 ミノタウロスに襲われたと知った時、顔には出さなかったけれどソフィアは酷く動揺した。

 重傷だと知って心配していたけれど、義勇兵ギルドを訪れたソーマを見て安堵すると共に痛々しい姿を見て胸が絞め付けられた。

「じゃあ、僕はこれで……」

 そう言い残して受付を後にするソーマの背中をジッと見つめる。

(ああ……きっと彼は死ぬまで戦うんだろうな……)

 今回は危険な橋を渡り切れたけれど、いつかは足を滑らせる。だけど、ソーマにはこの生き方しか出来ない。崩れそうな石の橋を渡り続けることでしか生きられない者もいる。

 それが義勇兵だ。

 まだ幼さが残る少年だけど、ソーマも義勇兵の一人なのだ。

 ソーマの歩みは止まらない。誰にも止められない。

 だから、ソフィアは伸ばしかけた手をグッと堪え、「気を付けてね」とだけ言葉を掛けた。

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