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ヘボドラゴンと呼ばれても  作者: たつのオトシゴ
第一編 始まり
15/30

006 ③

「そんな……嘘、だろ?」

 平然と立ち上がったミノタウロスを見てソーマは愕然とした。〈A〉等級義勇兵のモンスターであるミスティの攻撃を受けても殆どダメージを受けていないことが信じられなかった。

 ギンガとミスティは王国中を探しても数少ない〈A〉等級だ。彼らでも簡単にはミノタウロスを倒せないのかと思ってしまった。

 しかし、それが勘違いだったと遅れて気付くことになる。

「どうした、ミスティ?」

 ミスティの様子に違和感を覚えたギンガは声を掛けた。

「マスター。あのミノタウロスは耐性持ちのようです」

「ああ、それでか。今の攻撃で倒せなかったのはそういうことか」

「はい。殴打への耐性だけなのか、物理攻撃全てへの耐性なのかは分かりません。ですが、手応えからして衝撃を吸収しているのは間違いありません」

「そうか……耐性持ちの特殊個体か」

 ギンガは俯いて青白い顔を悩ませたかと思うとすぐに顔を起こす。

「それで、問題はあるのか?」

 ギンガの質問に対してミスティは首を横に振って即答する。

「いえ、問題ありません」

「敵はミノタウロス一体だけだ。危険を冒す必要は無い。確実に倒せ」

「承知致しました。マスター」

 いや、問題あるだろ。とソーマは思わず胸中で叫んだ。

 いつの間にか傍に立っていたギンガを仰ぐと、

「だ、大丈夫……なんですか? 攻撃が、効かないんじゃ……」

 とソーマは心配そうに訊いた。

 するとギンガは膝を突いてソーマにポーション瓶を手渡してきた。

「とりあえず飲め。少しは痛みが和らぐはずだ」

 そういえば持っていたポーションは全てシロナに飲ませしまい、ソーマが飲む分は残っていなかった。

 貰っていいのか少し躊躇ったけれど、言われるがままポーション瓶を受け取ると喉へ流し込む。苦みを感じながら一気にポーションを飲み干した。

「耐性を持っているミノタウロスにミスティじゃ勝てないって思っているのか? だとしたら、それは大きな勘違いだ」

(……勘違い? 何をだ?)

 ソーマには理解出来なかった。剣などの武器を持っていないミスティは甲殻に覆われた体を武器にしているに違いない。故にミスティが繰り出せる攻撃は魔法を除けば殴打しかないはず。

 いくら〈A〉等級とはいえ、ミスティでは殴打への耐性を持つミノタウロスにダメージを与えるのは困難だ。

 しかし、ギンガは勘違いだと言って首を横に振った。

「恐らく、あのミノタウロスが持つ耐性は衝撃を吸収するだけのもの。スライムのような物理攻撃無効といった完全耐性ではない。奴が持っている耐性は『無効』ではなく『吸収』だ。だからミスティなら問題ない」

 未だに理解が追い付かず、ソーマは怪訝な表情を浮かべることしか出来なかった。

 それを察したギンガは「まあ見ていれば分かる」と言った。

 すると、ミノタウロスが雄叫びを轟かせるとミスティを目掛けて猛進する。

 対してミスティは腰を低く構えると迎撃の態勢を取る。

 突進してくるかと思いきや、ミノタウロスは不意を突くように横へ跳ぶ。まるで兎のような跳躍でミスティの周囲を走り回る。

 ミノタウロスの巨体からは想像も出来ない俊敏な動きを見せる。ソーマの目では追うだけで精一杯だった。

 隣で見ているギンガは驚いた素振りも無く、顎に手を当ててボソリと呟く。

「ミスティの殴打を吸収するほどの柔らかい筋肉がバネとなってあの速さで動けるのか。そんな使い方もあるのか……面白い」

 終始、ギンガは慌てることなく平然としていた。

 怪力を持つミノタウロスが俊敏な脚力を有するなんて鬼に金棒だ。それにも拘わらずギンガもミスティも冷静だった。

 ミスティは迎撃の態勢を崩すことなくミノタウロスを目だけで追う。

 そしてミノタウロスはミスティの背後に回り込むと両手で握った棍棒を大きく振り上げる。即座に背後の気配に気付いたミスティは振り返ると同時に頭上で両腕をクロスさせ、棍棒を受け止める構えを取る。

 ミノタウロスは構わず渾身の力を込めて棍棒を振り下ろした。

 まるで爆発音のような衝撃が轟くとミスティを中心に辺りの地面が放射状に割れる。

 その衝撃で土煙が吹き荒れ、ソーマは目を瞑っていた。恐る恐る目を開けると棍棒を受け止めたミスティは膝が崩れることなく立っていた。

 全力で振り下ろした棍棒を受けても腕の甲殻は罅ひとつ入っていなかった。

 今の一撃で倒れなかったことにミノタウロスは驚愕のあまり目を丸くした。

 ミスティは棍棒を弾き返すとガラ空きになった懐に踏み込む。地面が砕けるほどの強い踏み込みで距離を詰めると腕を振り絞る。

 そしてミノタウロスの胴体に硬く握り固めた拳を撃ち込む。一度だけではなく、左右の拳を次々と撃ち放って怒涛の如く拳を撃ち込む。

 しかし、どういうことだ。目にも止まらぬ速さで放たれる拳の嵐を受けてもミノタウロスは吹き飛ぶこと無く、後退るだけだった。

 少し遅れてソーマは違和感に気付く。拳が撃ち込まれる時の音がさっきまでと違うことに。

 ミノタウロスを殴り飛ばした時は破裂するような衝撃音だったのに、今聴こえているのは重低音の打楽器を鳴らしているような体の内側に響く重々しい音だった。

 殴打への耐性があり、殴撃は効かないはずのミノタウロスが苦痛の呻き声を上げ、口から血を吐き出していた。

「……効いてる? でも、耐性があるはずじゃ……どうして」

 ソーマが怪訝な表情を浮かべているとギンガは徐に話し始める。

「あれは音波の魔法〈ショック〉だ」

「……魔法?」

「拳を撃ち込む時、その衝撃を音波に変えてミノタウロスの内側を攻撃しているんだ。衝撃を吸収する筋肉を纏っていようと、それを通り抜けて衝撃が内臓を破壊していく」

 よく目を凝らすとミスティの拳が通り抜けた空間が僅かに震えていた。

 ミスティは音波を纏った拳をミノタウロスの体に次々と撃ち込み、大きく振り被った拳を振り上げると顎を捉えた。

 脳を揺らされたミノタウロスは背中から倒れ、ズシンッと大きな音を立てる。


 圧倒的だった。


 これが〈A〉等級義勇兵のモンスターの力なのかとソーマは呆然とする。

 〈G〉等級であるソーマにとっては天と地ほどの歴然とした力量の差を見せつけられた気分だった。ソーマは無意識に奥歯を食い縛り、手を強く握り固めていた。

 倒れていたミノタウロスは立ち上がると喉を鳴らしてミスティを威嚇する。

「まだ動けるのか……。やっぱり特殊個体はタフだな」

 ポツリと呟いたギンガは腕を組んで戦闘を眺めている。

 すると、ギンガはソーマを横目に見てきた。

「そういえば君、名前は?」

「……ソーマ、です」

「ソーマ君か。俺たちのことは知っているみたいだけど、俺の名前はギンガだ」

 今になって自己紹介をしたギンガは更に「君は凄いと思うよ」と言った。

「ミノタウロスに生身で勝てる人間は殆どいないよ。それなのにソーマ君は立ち向かった。それは凄いことだと俺は思う」

「でも――」とギンガは言葉を続ける。

「普通だったらしないよ。皆が君の行動を見たら無謀で馬鹿な奴だと指を指されるだろうね。力が無いのに戦うのは勇敢とは言わない」

 ソーマは口にこそ出さなかったけれど、シロナを護るためには戦うしか無かったんだ、と内心では言い訳を並べていた。

「もちろん、大切な者を護ろうとしたんだろう? それは分かっているよ」

 ギンガに自分の心を見透かされているようで薄ら不愉快だった。

「でも、大切な者を護ろうとすることは誰にでも出来る。重要なのは護るか護らないかじゃない。護れるか護れないかが重要なんだ。護れる力を持っていない時点で、そいつに大切な者を護る資格は無い……って、以前所属していたクランのリーダーに言われたよ。これをソーマ君はどう思う?」

「……どう、って言われても」

「まあ、急にこんな話をされてもね……。ちなみに俺は確かにそうだな、って思ったよ。弱い者は大切な者すら護れない。護れる力を持っている者しか護ろうとしてはいけない。多分、モンスターを護ろうと無謀にも立ち向かって死んでいく義勇兵を減らす為にリーダーは言ったんだと思っているよ」

 ――弱い者は大切な者すら護れない。

 ギンガの言葉はソーマの心を深く抉った。それはまるで今のソーマの姿だったから。

 ソーマはミノタウロスに剣を向け、そして成す術なく倒れた。

 シロナを護れなかったどころかシロナに護られてしまった。

(何も……出来なかった。シロナはミノタウロスに最後まで立ち向かったのに、僕は……立ち上がることすら出来なかった)

(僕は……弱い)

 ソーマは痛む体を起こし、立ち上がるとシロナの元まで足を引き摺る。

 そしてシロナの傍で膝を突くと小さな体を抱き上げる。

 腕の中で眠る傷だらけのシロナを見て、ソーマは自分の弱さを思い知らされる。

 ソーマを庇ってオークの斧を受け、彼がミノタウロスに殺されようとしていた時にも身を挺して護ってくれた。

(ああ、僕は何て弱いんだろう……)

「……シロナ、ごめんな。僕がもっと強ければ……シロナを護れたのに……」

 ソーマは自分が弱いせいでシロナを傷付けたことを酷く悔やんだ。

 それはつまり、自分がシロナを傷付けたようなものだとソーマは思わずにはいられなかった。

「僕は……マスター失格だ」

「いいや、君はマスター失格なんかじゃない」

 ギンガの言葉にソーマは顔を起こす。

「いや……だって、僕はシロナを護れなかった……」

「ああ、すまない。言い方を間違えたな」

 そう言ってギンガは青白い頬をポリポリと掻いて「そうだな……」と言葉を探す。

「ソーマ君が思うマスターの在り方と、一般的なマスターが思う在り方はズレている。かなりズレているんだ。正直言って君達の関係は普通じゃない」

「それは、どういう……」

「モンスターはマスターを、人間を護るために生み出された存在だ。モンスターを生きた道具だと言う者もいる。それが一般的な常識で、特に義勇兵はモンスターを、魔獣を倒すだけの道具として扱う傾向が強い。ソーマ君は義勇兵の中でも……いや、人間の中でも珍しい分類だ。モンスターを命懸けで護ろうとするマスターを初めて見たよ」

 モンスターは生きた『道具』だ。それが普通の考えであることはソーマも理解はしていた。けれど、納得はしていなかった。

 義勇兵にとってモンスターはただの『道具』だとしても、ソーマにとってシロナは『道具』なんかじゃない。だから大切な者を道具呼ばわりされるのは嫌だった。

「モンスターは魔獣を倒し、人間を護る為に生み出されたんだ。だから君はマスター失格でもなければ、謝る必要もない」

「……なんだよ、普通って。普通じゃなくちゃいけないのか?」

(何だろう……この胸に込み上げてくるムカムカする感じは……)

「シロナは僕のモンスターだ。シロナをどうするかは僕の勝手だ。誰かにとやかく言われる筋合いは無い!」

 気付いた時には声を荒げ、シロナをギュッと強く抱き締めていた。

 初対面にも拘らずギンガに乱暴な言葉を飛ばしてしまった。

 けれど、今さら訂正するつもりも無かった。

 ジッとこちらを見下ろしてくるギンガの視線を感じる。

 するとギンガは小さな溜息を吐く。

(ああ、飽きれられたんだろうな……)

 そうソーマは思ったけれど、ギンガの反応は違った。

「そうだな……その通りだな。モンスターをどうするかはマスターの自由だ。それに口を出すのは非常識というものだ。……出過ぎた真似をした。すまない」

 まさか謝られるなんて思ってもいなかった。

 ソーマは「えっと……」と戸惑う声を漏らし、何て言葉を返したらいいのか悩む。

「あ……いや、こっちも言い過ぎました。……すみません」

 ギンガは「いや、構わないさ」と薄ら笑いながら言い、「それと――」と言葉を続ける。

「そんなに強く抱き締めたら苦しいんじゃないか? 血が止まっているとはいえ、その子は重傷だ。優しく扱ってやれ」

 そう言われてソーマはハッとする。慌ててシロナを体から離すと、彼女は未だ意識を失ったままだった。

 ドオンッと凄まじい衝撃音が森に轟き、まだミノタウロスとの戦闘が続いていることを思い出す。シロナから目を離すと、眼前で繰り広げられている激闘に目を奪われる。

 ミノタウロスが両手で振り回す棍棒を躱したミスティは左腕を大きく引き絞ると一気に左の拳を撃ち出す。甲殻に覆われた拳は音波を纏い、ミノタウロスの腹部を捉えると同時にその衝撃が内臓を破裂された。

 ゴボッと牛頭の口から夥しい血を吐き出し、巨体がヨロヨロと後退っていく。それでもどうにか堪えたミノタウロスは残る力を振り絞るかのように全身の筋肉を膨らませ、咆哮を轟かせる。

 どんな肺活量をしているんだ、と思ってしまう程の咆哮にソーマは耳を押さえる。

 その咆哮だけで土煙が吹き荒れ、鬼気迫るミノタウロスの姿にゾクリと恐怖を覚える。

 しかし、ミスティは変わらず微笑を浮かべていた。ミノタウロスの殺気を最も近くで浴びながらもミスティは脅える素振りを見せない。

 ミノタウロスはグググッと脚を曲げると柔らかな筋肉がバネとなってこれまでで一番速く跳んだ。瞬く間にミスティとの距離を喰らい尽くした。

「ここまでやっても倒れませんか……。でも、そろそろ終わりにしましょう?」

 悠然と立ち尽くすミスティは微笑を浮かべたまま言った。

 振り下ろされた棍棒に向かって音波を纏った拳を突き上げる。拳がぶつかると同時に岩の棍棒は砕け散り、石礫が辺りに飛散する。

 何が起きたのか分からず呆然とするミノタウロスの懐に踏み込むとミスティは右腕を大きく振り絞る。

「出力音波上昇。準備完了」

 とミスティは呟き、撃ち出した拳は空気が歪み震える程の音波を纏っていた。

 もはや手の形が分からないほど空気が震え、込められている魔力がさっきまでと比にならない。

 凄まじい威力の音波を纏った拳がミノタウロスの腹部を捉える。

 拳が腹部に減り込むと少し遅れて『音』が訪れた。まるでどこかで山が噴火したのかと思ってしまう程の巨大な爆発音がミノタウロスの内側から轟いた。

 そしてミノタウロスの巨体が大きく膨らむと一瞬で上半身が弾け飛ぶ。

 一帯にミノタウロスの血肉が飛び散り、ミスティの全身はべっとりと赤く染まっていく。

 ミノタウロスの残った下半身はズシンッと音を立て、崩れるように倒れた。

 振り返ったミスティは血に塗れ、酷い有様だった。

「……申し訳ありません、マスター。着物を汚してしまいました。内臓だけをグチャグチャに破壊するつもりだったのですけれど、力加減を誤ってしまいました」

「なに、気にするな。下半身が残ったんだ。前よりも上手くなっている証拠だ」

 ギンガとミスティの遣り取りを聴いていたソーマは「何を言っているんだ……この人たちは」と唖然としていた。

 ミスティが放った強力な一撃はミノタウロスの上半身を跡形も無く吹き飛ばした。しかし、あれは手加減をしてあの威力だと言うのか。

(力を抑えてあの威力……嘘だろ?)

 これが〈A〉等級義勇兵のモンスターの実力なのかとソーマは開いた口が塞がらない

 ソーマ達とは次元が一つどころか二つ、三つも違う。

 ギンガが自分と同じ義勇兵には見えなかった。

 ミスティがシロナと同じモンスターには見えなかった。

 これが最高峰の義勇兵なのかと思うと一年間も義勇兵をやってゴブリンしか倒せない自分達の存在がちっぽけに思えてならなかった。

 心臓の痛みとは違う、胸の奥が苦しくなるのを感じた。

「そうだ……ソーマ君、少し聞かせてくれないか?」

 ギンガが何を聞きたいのか分からず「何を、ですか?」と質問を返す。

「どうしてミノタウロスに襲われていたのか。ここで何があったのか聞かせてくれ。疲れているところ申し訳ないけれど」

 どうしてそんなことを? と思わず怪訝な表情を浮かべてしまう。

 すると、血塗れのミスティがこちらへ歩いて来る。

「ミノタウロス達は山の中腹を棲み処にしており、奴らが山を下りることは滅多に無いのです。ミノタウロスが森に姿を現すこと自体が不思議という他ありません。マスターはそれを気にしておられるのです」

 そういうことか、とミスティの言葉に納得するとソーマは何があったのかを話し始める。

 立て続けに魔獣の群れに襲われ、ミノタウロスに他の義勇兵たちが殺されたこと。

 襲ってきた魔獣の数がやけに多かったこと。

 まるで、オークたちは何かから逃げて来たかのようだったこと。

 ミノタウロスに追われるまでに何があったのかソーマの知る限りのことを全て話した。

 それを聴いていたミスティは終始、微笑を浮かべて表情の変化は無かった。

 対してギンガの表情は曇っていた。その瞳は何かを心配するような険しいものだった。

「……魔獣の群れはミノタウロスから逃げてきたのか? いや……だとしたら、ミノタウロスは何故山を下りてきた?」

 ギンガがブツブツと呟いているとミスティが口を開く。

「ミノタウロスも逃げていたのではありませんか? 魔獣の群れを追っていたのではなく、追われていた側だったと考えれば……」

「ああ……それなら辻褄が合うな」とギンガは頷いた。

 ギンガは額を手で押さえると小さな溜息を吐く。

「これも『あれ』の影響か……厄介なことになったな」

 ギンガが漏らした『あれ』が何なのかソーマには想像も付かなかった。

 思わず「何かあったんですか?」とソーマは質問した。

 しかし、ギンガは小さく首を横に振る。

「いや、別に大したことじゃない。だから気にしないでくれ。それと、話してくれてありがとう。助かるよ」

 そう言ってギンガはそれ以上のことは話そうとはしなかった。

 ギンガが何を隠しているのかソーマもそれ以上訊くことは出来なかった。初対面の相手にズケズケと踏み込めるほどソーマは図太い精神は持ち合わせていない。

 それに、命辛々助かったばかりでとにかく早く街へ帰りたかった。

 一秒でも早くシロナを安全な街へ連れて帰りたかったのだ。

 ミノタウロスに襲われ、〈A〉等級義勇兵に助けられたことは運が悪いのか、運が良いのか分からない。けれど、生き残れたことは喜ぶべきなのだろう。

 こうして生きていられるのはギンガとミスティのおかげだ。

「今更ですが……助けてくれて、ありがとうございます」

 ソーマはズキズキと痛む体を曲げて頭を下げた。

 それに対してギンガは頭を掻き、そっぽを向いて俯く。

「いや、礼を言われる義理はないさ。俺たちがもっと早く駆け付けていたら、誰も死なずに済んだんだから……」

 ギンガの言葉を聴いて思い出す。

(ああ、そうだった……。僕たちは生き残ったけど、半分以上が殺されたんだ)

 誰かの犠牲の上に生きていることをソーマは思い出した。

 そしてソーマは自分の考えを悔やむ。

 シロナを、大切な者を失わずに済んだ。けれど、死んでいった義勇兵を大切に想う者もいるだろう。 彼らは誰かの大切な者だったかもしれない。

 その人たちにとっては大切な者を失ったことになる。

 大切な者を失わずに済んだ人もいれば、失った人もいる。それを考えただけで生き残ったことを喜ぶに喜べなくなった。

 自分が気付いていないだけで、こうしている今も大切な者を失って悲しんでいる人がいる。

 毎日、この世界のどこかで魔獣に殺されている人がいて、その数だけ悲しみが生まれる。

 この世界は悲しみに溺れている。

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