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ヘボドラゴンと呼ばれても  作者: たつのオトシゴ
第一編 始まり
10/30

005 ①


   005


 ゴブリンに殺されかけた日から一カ月、休みなく魔獣を退治し続けた。魔獣とは言っても殆どがゴブリンだけれど、着実にシロナは経験値を取り込んでいった。

 しかし、シロナのステータスは成長しなかった。

 それでもソーマは立ち止まることは無く、剣を振るい続けている。今もまさに目の前のゴブリンの首を斬り裂き、倒したところだ。

 ドサッと背後で何かが倒れた音が聴こえて振り返る。地面に倒れていたのは顔が潰れて砕けているゴブリンだった。

 そのゴブリンの前に立つシロナを見つける。シロナの手は硬い竜の鱗に覆われ、傷こそ無いがゴブリンを殴った際についた血肉によって赤く染まっている。

「はあ……はあ……はあ」

 一体のゴブリンを倒し終えたシロナは息を切らし、顔の汗を拭う。その真っ白な顔には多くの細かな傷があり、出血もしている。

 ゴブリンを倒し終えると周囲を見回し、他のゴブリンがいないことを確認する。

「……ッ!」

 突然だった。ソーマの心臓に激痛が走り、崩れるように片膝を突いた。

 激痛のあまり声すら出せずにいるとシロナが慌てて駆け寄ってくる。

「マスター、大丈夫ですか?」

「……ぁ、ああ」

 とは言ったが返事をするので精一杯だった。シロナを心配させまい必死に痛みを堪え、胸を押さえたくなる手をグッと抑える。

(……早すぎる。心臓が限界を迎えるのが、こんなに早かったことは今まで無かったのに……)

 それからどうにか痛みが治まり、心配しているシロナを見る。

「もう……大丈夫。心配させてごめん」

「マスター、あまり無理をしないでください」

(叱られてしまった……)

「はい、気を付けます」と小さく頷くと共に項垂れた。

 すると、どこからか舌打ちが鳴った。

 その音にソーマは振り返る。

「何だよ。ゴブリンを倒すだけでへばってるのかよ。ったく、使えねえな。これだからヘボドラゴンとクエストなんかしたくなかったんだよ。これなら受けるんじゃなかったなぁ」

 その声と共に森の奥から姿を見せたのは以前ゴブリンに殺されかけていたところを助けてくれたチャドという義勇兵だった。他にも二人の見慣れない義勇兵が遅れて姿を見せる。

 彼らの後をついてモンスター達も姿を見せ、体に血飛沫を浴びているのを見るからに魔獣を倒した終えたのだろう。

 ゴブリンと戦っただけでボロボロのソーマとシロナを見てチャドたちはゲラゲラと笑った。

「僕たちなら大丈夫です。まだ戦えますから」

 ソーマは皮鎧に付いた汚れを払いながら立ち上がり、まだ動けることを証明する。

「そうかい。なら頑張ってくれよ。ヘボドラゴンのマスター」

「シロナです。僕のモンスターの名前です。その呼び方はやめてください」

 歯向かうような態度にチャドは「ふんっ」と鼻を鳴らして頭を掻く。

「ああ、そうかい」

 チャドは背中を向けると他の義勇兵に「馬車の見張りはこの小僧に任せて周囲の警戒に当たろう。俺は山の方を見張っておく」と指示を出した。

 四人の中で最も義勇兵歴が長いチャドがリーダーとなっていた。

 そういえば以前、ゴブリン・ソルジャーに襲われた時も他の義勇兵を連れていた。チャドは合同クエストをこなすことが多いのかもしれない。

「なあ、どうしてなんだ?」

 チャドの唐突な質問に対して意図が読めずソーマは口を噤んだ。

「どうして役立たずのモンスターを連れているんだ? ゴブリンに殺されかけてたお前達を見た日から考えていたんだが、それが俺には理解出来なかった」

「……別に理由なんか無い」

「理由が無いはず無いだろ」

「シロナは僕のモンスターで、僕はシロナのマスターだ。それで十分だ」

「……あっそ。本当の理由は言いたくない、って顔だな」

 そう言われてソーマは目を逸らしてしまう。正直言って図星だった。

「まあいいや……。でも、お前のモンスターがつけてる髪飾り、それを売れば良い金にはなるだろ。何で売らないんだ? ゴブリン退治ばかりじゃ大した稼ぎにならないはずだ。そんなにそのモンスターが大切なのか?」

「ああ、大切だよ。あんたには分からないだろうけど……」

「……生意気な小僧だ」

 言葉の最後にチャドは「フッ」と小さく笑った。

「お前は馬車と依頼主を見張っておけ。俺達は森の中を見張っておく。何かあったら叫べ」

 そう言い残してチャドは山の麓の方へ向かって行った。

「僕たちは馬車に戻ろう」

「はい、マスター」

 ソーマはシロナを連れて馬車を止めている場所に向かって森を進む。

「……シロナ、ごめんね」

「何がですか? マスターが謝るようなことは何も無いかと……」

 シロナは小首を傾げて眉を顰めた。

「いや……僕が合同のクエストを受けたせいで気分を悪くさせただろ?」

「ああ、そういうことですか」とシロナは納得した。

「いえ、私なら気にしてません。だからマスターも気にしないで下さい。それに……慣れてますから」

 そう言ってシロナは微笑んだ。

「……いや、まあ……ごめん」

(最低じゃないか……。僕は酷いマスターだ……)

 ――蔑まれることに慣れてしまった。

 それはどれだけの酷い言葉を浴び続ければ慣れるのか想像しただけでも辟易する。

 シロナにそう言わせてしまった自分を殴りたくなった。

 そんなことを考えていると開けた場所に出た。そこには一台の幌馬車が止まっている。

「兵隊さん、兵隊さん。魔獣は退治し終わったのですか?」

 幌馬車の荷台から顔を見せたのは今回の合同クエストの依頼主であり、護衛対象の薬師の男。

 彼の依頼は山の麓近くに植生している薬草採取の護衛というもの。

 ゴブリン退治ばかりをしていた時、ふとギルドのクエストボードに貼られていた『薬草採取の護衛 等級不問』と書かれた依頼書を見つけた。

 クエスト内容を確認してみると複数の義勇兵がチームを組んで行う合同クエストだった。

(何だ、合同クエストか……)

とソーマは小さな溜息を吐いた。

 他の義勇兵から揶揄され嫌われていることもあり、チームを組んでクエストを行うなんて有り得なかった。依頼書から目を離そうとした時、視界の端に映った報酬額がソーマの足を止めた。

(……昨日、ゴブリン退治で稼いだ金額の五倍じゃないか。つまり、これだけで五日分の稼ぎになる訳か……)

 ゴブリン退治ばかりしているソーマ達の稼ぎは僅かなもの。その五日分となれば普通の義勇兵なら一日か二日で稼いでしまえるだろう。その報酬額は薬草採取の護衛としては相場に近い金額だった。

 それでも等級不問というのは些か珍しい。

 連なる山々には凶暴な魔獣が棲みついており、その山の麓近くに行くとなると出現する魔獣も種類が増える。

 山の麓にはゴブリン以外にもレッドウルフやオークなどがいると聞いていた。

 レッドウルフはまだしも、オークとなれば駆け出しの〈G〉等級の義勇兵が連れているモンスターでは力不足なのは明らかだ。だから等級不問というのは珍しい。

 もちろん危険があることはソーマも理解していた。けれど、一日で五日分の報酬を得られることは滅多にない。常に金欠だったソーマにとっては喉から手が出るほど魅力的なものだった。

 危険はあるけれど合同クエストであれば自分よりも等級が上の義勇兵も参加するに違いない。それなら参加してもリスクは大きくないはず。

 そう考えたソーマは合同クエストの参加を申請した。

 その結果、シロナに不快な思いをさせてしまった。

 少し後悔しているけれど、これを乗り切れば五日分の報酬が手に入る。お詫びに街へ帰ったらシロナに美味しいものをお腹いっぱい食べさせてあげようと心に誓う。

「はい、魔獣は倒しました。他の三人は周辺を警戒しています。僕が馬車を見張っておきますので安心して薬草を集めて下さい」

「そうですか、そうですか。さすがは義勇兵だ。では遠慮なく薬草集めに集中するとしましょう」

 依頼主の男は大きな籠を背負うと荷台から飛び降り、駆け足で森の中へ姿を消す。

「あっ、でも、あまり遠くへ行かないで下さい。せめて声の届く範囲でお願いします」

「わかってますよー」

 本当に分かってるのか? と首を傾げたくなるような空返事だった。

 まあ大丈夫だろう。目的の薬草とやらはここら一帯にしか植生していないらしい。それならわざわざ遠くへ行くことは無いはずだ。

 幌馬車の荷台に腰掛けると「ふうっ」と息を吐く。

「シロナも休もう。日の下は暑い」

「はい、マスター」

 シロナは跳んで荷台に上がると隣に腰を下ろし、小さな足をぶらぶらと揺らす。

 ふと、横目にシロナを見ると所々にある細かな傷は既に塞がりつつあった。

(相変わらずモンスターの生命力は凄いな……)

 その竜の巻角や尻尾が無ければ、座って足を揺らす姿は幼い少女然としている。しかし、シロナは正真正銘のモンスターであり、人間ではないのだと改めて理解させられる。

「……さっき戦ったゴブリンは強かった?」

 ソーマの質問に対し、首を傾げて「うーん」と悩む素振りを見せる。

「すみません、分かりません。いつものゴブリンと同じくらい強いとは思いましたけど、さっきのゴブリンがいつものゴブリンよりどれくらい強いのかは……すみません、マスター」

「いや、謝る必要は無いよ。それが知れただけで十分だよ」

 さっきシロナが戦ったゴブリンは平均的な体躯と身体能力を持つ普通のゴブリンだった。

 この一年間ゴブリンと戦い続けてきたが、ステータスが成長していないということはゴブリンとの身体能力の差も変化していないということ。普通ならステータスが成長していくにつれてゴブリンが弱く感じていくものだ。しかし、シロナにその変化は無かった。

 ステータスの表示は〈G〉などの抽象的なものだ。その〈G〉の中に細かな変化が――例えば1~100の数値のような見えない変化が――あるのではないかとソーマは考えていた。

 でも、シロナの反応を見るからにステータスの見えない変化は無さそうだ。

 ステータスが成長せずともシロナを強くする方法は無いものかとソーマは悩む。

 強くなる可能性があるとすれば『経験』による成長だ。

 ステータスが成長せずとも多くの戦闘経験がシロナを強くさせるはず。それは人間にだって言えることだ。戦闘経験によって素早い判断や予測が可能となり、戦闘を有利に運ぶことが出来る。

 それならシロナも強くなれるはずだと考えた。

 今回の合同クエストを受けたのは報酬以外にも理由があった。このクエストではゴブリン以外の魔獣と出くわす可能性があり、多くの戦闘経験を積ませることでシロナを強くすることが出来るかもしれないと期待していた訳だ。

 しかし、現実はそう甘く無かった。

 さっきの戦闘中、チャドを含めた他の義勇兵のモンスター達がオークと戦っているのを目の当たりにした。

 その戦闘は激しく、シロナが飛び込めば殺されたに違いない。

 ゴブリンより一回りも二回りも大きな体躯を持ち、膨れ上がった筋骨から振り下ろされる斧の一撃は地面を容易く砕いていた。

 もし、シロナを戦わせていたら砕かれていたのは地面ではなく、シロナの頭だったかもしれない。考えただけでもゾッとする。

(……シロナをオークと戦わせるのは早すぎたか)

 ソーマは自分の計画の甘さに肩を落とす。

「マスター。どこか具合でも悪いんですか?」

「いや、何でもないよ。僕なら大丈夫」

「そう……ですか」

 余計な心配をさせてしまった。ソーマはどうにか誤魔化そうと「あ、そうだ。シロナは帰ったら何が食べたい?」と話題を逸らそうとした時、樹々の上で休んでいた多くの野鳥が鳴き声を上げながらバタバタと飛び出した。

 まるで何かから逃げ出すように飛び立った野鳥の群れを見て、即座に馬車から降りる。

「……何か来る」

 ソーマは眉を顰め、野鳥が飛んでいく方向と真逆の方を向く。その先はチャドが警戒しているはずの山の麓だった。

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