第九十一話:デビルブリザード
「おおおおおおおッ!」
騎士が矢を弓に番え、グググと強く引き絞る。
俺は一度剣を腰に納め、一直線に走り出す。
『凍てつけ』
「ファスト・シールド! セカンド・シールド! サード・シールド! フォース・シールド!」
機械のように冷たい一言から放たれた矢は、俺の展開した盾を瞬く間に凍てつかせる。
凍った盾はバシン、バシンと音を立てながら貫かれ、俺に真っすぐ飛んでくる。
「スーッ……フーッ……!」
深呼吸をして、腕をクロスさせて防御の体制に入る。
アダマンタイドガードのスキル、イミテーションシールドも発動させて、俺の腕に括り付けている盾を二枚に増やす。
フォース・シールドを貫いても、矢の勢いは衰えない。
「流星盾!」
矢との距離が一歩分ほどになったところで、俺は流星盾を展開。
星の集合体のような盾が氷の矢を阻み、拮抗している。
『凍てつけ』
「二射目……! クソッ!」
騎士は矢と盾が競り合っている間に、二本目の矢を放ってきた。
二本目の矢が流星盾を完全に凍らせて、バシンと音を立てて砕け散らせ、そのまま一本目と一緒に俺の構えていた盾に直撃する。
「クソッ……!」
俺は一本目と二本目の矢を盾で受け流して落とす、が……三射目が来た!
防ぐ手段もなく出せるのは精々フロート・シールドだ、これじゃあ持たない。
フェニックス・ブレードを抜くしか――
「――やっぱり……あたしいないとダメじゃん……!」
「鈴音!?」
俺が腰の剣に手をかけた時には眼前に迫っていた矢。
それを止めるため、と言わんばかりに鈴音が俺の前に跳んで、俺を押しのけていた。
グッ、と腰を落とし、右拳に力を溜めて放つ寸前。
跳んできた直後なのに、しっかりとした構え……まるでそのままワープしたようだ。
「止める……! ハァッ!」
パァァァン、と爆裂したような音が響くと。
鈴音が右腕から左足までアバターの大半を凍てつかせ、拳を振りぬいた姿勢で止まっていた。
だが、俺を元気づかせるためなのか……こんな絶体絶命な状態でもニカッと笑ってくれた。
「鈴音、お前!」
「止まらないで、リーダーっ!」
「……おう!」
鈴音が作ってくれたチャンス……絶対無駄にはしねえ! ここで死んでデスペナルティなんて受けたら、漢じゃねえ!
「おおおおおッ!」
『舐めるな……小僧!』
腰のフェニックス・ブレードを抜き放ち、炎の刀身を生やす。
強く踏み込み、俺は飛び上がって騎士に思い切り力を込めて斬りかかる。
「せえっ!」
『ふんぬぁっ!』
派手な金属音は鳴らず、ただ剣の鍔同士が擦れ合う音が鳴った。
騎士は氷を纏わせていた弓矢をどこかへと消し、腰の剣を抜いていた。
剣の刀身は透明で、水晶……いや、氷で出来ている。
「ぐ……!」
『ぬぅ……』
剣の競り合い、それもこっちは炎で出来た剣だってのに、俺が押し負けている。
フェニックス・ブレードの柄と俺自身の手が、ゆっくりと凍り始めた。
『凍てつき、砕け散るがいい』
「チッ……! んの野郎ォッ!」
俺は騎士に向けて蹴りを放ち、競り合いの状態をどうにか避ける。
それと同時に、フェニックス・ブレードの熱で手の氷を溶かして距離を下がる。
『魔力、放出』
「フェニックス・ドライブ・マルチ!」
騎士がまた魔力放出を使うと、剣から大量の氷柱が放たれた。
フェニックス・ドライブ・マルチでどうにか俺と鈴音に当たりそうなものだけは落とせた。
が、奴の出す氷柱の数の方が俺の不死鳥たちよりも多い。
『はぁっ! ……!?』
「シールド!」
俺はフロート・シールドを二枚展開し、挟み込むように騎士の動きを止める。
想定外の行動とでも思ったのか、騎士は踏み込もうとした姿勢のまま動かない。
……少々不格好な所だが、決めるなら今しかない。
「フェニックス・スラスト!」
『ぐぅっ……』
フェニックス・スラストは騎士の兜を貫き、頭へのクリティカルが発生。
そしてやはり炎属性の攻撃は奴に効果絶大だったようで、HPバーはみるみる減っていく。
「バーニング・ソード!」
『ぐああああ……!』
フロート・シールドが効果時間切れで消えたと同時に、俺は騎士を袈裟斬りにする。
騎士は体に溶断された傷を残しながら、フラついて数歩ほど下がる。
階段の踊り場……この地形なら、撤退されても追いかけることは容易だ。
『ぐ……はぁ……はぁ……! 侵入者よ……貴様らは私を脅かすほどの者であったか』
「……まさか」
ピシッ、と騎士の兜にヒビが入ったと思うと、すぐにそれは砕け散った。
騎士の素顔はそれと共に明らかになり……いつの間にか騎士の傷が凍っていた。
『我が顔を見たのならば……貴様に名を明かそう』
全損したはずの騎士のHPバーの横には、二つの宝石のようなものが浮いていた。
……そのうちの一つがパキンッ、と砕け散ると騎士のHPは全快した。
それも、HPバーが戻っていく時間が長いとなると、HPの最大値も増えているっぽいな。
『我が名は、闇の大聖堂が主に忠誠を誓いし氷の騎士・【ホワイト・デビルブリザード】である』
「デビル、ブリザード……」
騎士のHPバーの所に、【ホワイト】と言う名前が現れた。
……これからは、騎士ではなくホワイトとして呼称しよう。
『剣を構えよ、侵入者よ』
「……ブレイブ・ワン、まかり通るぜ」
相手はNPC……言葉が通じるような相手じゃあないけれど、俺も名乗らなきゃな。
ただ、この騎士――ホワイトの動作を見ると、つい名乗りたくなってしまった。
そして、武器を構えて真正面からやり合おうと思えるのも、必然のことだった!
『来るが良い』
「なら……遠慮なくやってやるッ! フェニックス・ドライブ!」
『【ヴォルフ・ファング】』
炎の不死鳥に対し、氷で出来た狼の彫刻……のようなものが飛び掛かった。
俺のフェニックス・ドライブと対になるようなスキルが、爆散した。
氷の欠片と消えた炎が煙を巻き起こして視界を塞ぐが、ホワイトの位置はわかる。
「そこだよな!」
『はぁッ!』
真正面から近寄って来たホワイトに向けて、横薙ぎ。
ホワイトは剣を振り下ろしてそれを止め、またもや剣同士の競り合いに。
「ぐんぬぅぅぅ……」
『凍てつき、くだ』
「させるかよ!」
俺はホワイトの手元を蹴り上げ、距離を取ると同時にスキルの詠唱をする。
ホワイトは剣を大上段に構えると、真っ直ぐ走り込んできた。
『ヴォルフ・ファング!』
「流星盾!」
氷の狼が、真っ直ぐに走ってくるのを流星盾で阻む。
だが、流星盾は瞬く間にピシピシと音を立てて凍ると共にヒビが入る。
やっぱり、流星盾じゃ全然持たないか……!
「ブレード・ショット!」
『ッ……おぉッ!』
炎の刀身を一直線に飛ばす、だがサイドステップで躱された。
だがそれでいい! その位置が、丁度良い!
「フェニックス・スラスト!」
ブレード・ショットの利点は次のスキルまでの隙が無い。
故に、こうして避けさせるための攻撃にもなりうる。
尤も……無限に刀身が生えてくるフェニックス・ブレードじゃなきゃ出来ないけどな。
『ぐっ……!』
俺の剣はホワイトの胸に突き刺さり、力を込めると更に深く刺さる。
ホワイトは苦悶の表情と共に、苦しむ声を上げながら剣を握る腕を下ろした。
……そりゃ、プレイヤーである俺たちなら痛みも苦しみもない。
けれどNPCであれば、斬られると苦痛を感じたりする反応を見せる。
「これで終わりだ」
胸に穴が開き、穴の断面は溶けたと思うとすぐに氷で固まり始めた。
その傷を気にしてか……ホワイトは動けない。
「ゴブリンズ・ペネトレート!」
『ヴォルフ――がっ、ハ……!』
死力を尽くしてホワイトはスキルを放とうとしたが、俺の剣がホワイトの腹を貫通した。
フェニックス系のスキルを使いすぎて、SPが枯渇していたので、SPを節約できて尚最高の威力を出せるゴブリンズ・ペネトレートを食らわせる。
これでホワイトのHPバーを削り取り、二本目のHPバーを全損させた。
『くぅっ、はぁ……はぁ……!』
ホワイトはよろめき、その場に倒れる。
……HPバーの隣にある宝石がバシンと砕け散り、直ぐにHPは全快。
だが、鎧はヒビが入り、ピシ、ピキ……と言う音と共に砕け散った。
満身創痍の傷を負ったホワイトは鎧もなしに、剣を構える。
「……まだやんのか」
『私は……我が主のために、負けられぬのだ……!』
……何も知らない。
俺はこんなNPCのことは何も知らない……けれど。
このSBOという世界で、その主とホワイトには色々な出来事があったんだろう。
プレイヤーの誰もが知らないところでも、ホワイトが忠誠を誓うような出来事が。
だったら、例えそんなことを知らなくても、俺は! 全力でやってやる!
「なら、全力でかかって来い!」
『これが最後だ……行くぞッ!』
これが最後の勝負……ホワイトには様々なバフがかかっている。
ステージギミックだとかそういう言い方をするんだろうが……これはホワイトの意地、ホワイト自身の最期の力なんだろう。
『凍てつけッ!』
「う、うおおお……ッ! バーニング・ソード!」
ホワイトはほぼ予備動作なしで弓矢を引き絞り、氷の矢を放ってきた。
俺はバーニング・ソードでそれを打ち払い、一気に踏み込む。
下がっても勝てないだろうし、何より下がるなんて真似してられるか!
「フェニックス……」
『ヴォルフ――』
「スラスト!」
『ファング!』
突きと振り下ろしがぶつかり合い、激しい音の代わりに衝撃が伝わって来た。
まるで、大きな岩に棒を叩きつけたかのような凄まじい、跳ね返り。
ビリビリビリ……と、頭にまでその衝撃は突き抜ける。
「っ……ゴブリンズ……!」
『【ブリザード・フィールド】!』
剣がぶつかった衝撃で下がった俺の攻撃に、ホワイトは新たなスキルを叫ぶ。
それは、床から壁、天井に至るまでが凍りつき始めた!
「ぐ……!」
俺の両足まで、すっかりと凍ってしまっていた。
これじゃあ、踏み込むどころか歩き出すことさえ出来ない。
「【聖十字剣戟】!」
「ッ……! ゴブリンズ・ペネトレート!」
光り輝く十字の斬撃が放たれたが、俺は強引ながらもゴブリンズ・ペネトレートで受け止める。
……威力こそ軽減できたが、名前に相応しいようなダメージが俺に入った。
アーサーほどじゃあないが、騎士の名に恥じないような攻撃力……何よりもの気迫。
NPCにこんな覇気があるなんて、今まで思いもしなかった。
「……でも、これで動けるぜ!」
聖十字剣戟とやらを受けたおかげか、俺のアバターは凍った部分ごと吹っ飛んだ。
そのおかげで、多少ながらも足を自由に動かして戦える。
つっても、凍ってるせいで踏ん張れないけどな!
『ヴォルフ・ファング!』
「フェニックス――」
氷の狼が駆けて来るのに合わせ、俺の不死鳥を飛ばそうとした時。
頭の中に直接流れ込んでくる誰か……いや、機械的で人じゃないような声。
それが、嬉しいことを一つ告げた。
【条件達成。新たなスキルが解放され、習得されました】
そのスキルの効果、使い方、名前は一瞬で俺の頭にインプットされた。
頭痛が走る感覚だった……けど、頭が痛いくらいで、振った剣を止められるものかよ。
アルゴーノートのカイナスが使ってたスキルのように、新しい技。
俺が手に入れた、俺だけの不死鳥のスキル。
「【カースフレイム・フェニックス・ドライブ】!」
スキルを宣言し、フェニックス・ブレードを振るう。
その行動で、魔法陣のようなものが刀身を中心に三つほど開く。
フェニックス・ブレードは赤い炎から黒い炎へと姿を変える。
当然放たれた不死鳥も黒い炎へと変わっていて、SPの消耗量込みで威力は上がっている。
『なっ、馬鹿な……! ぐっ、うおおお……!』
ホワイトの放った氷の狼は消し飛び、白い剣と黒い不死鳥が拮抗し始めた。
俺はそこに狙いを定め、フェニックス・ブレードを肩の辺りまで持ってくる。
そして……腰を低く落とし、左足を前にして――!
「【カースフレイム・フェニックス・スラスト】!」
体を投げ出すようにして飛び込み、もう一つのスキルを放つ。
『あ……ぐっ! ぐああああああああああああああ……!』
「ッ、オオオオオッ!」
加速した黒い炎の刀身が、ホワイトの胸元に突き刺さる。
そのまま剣を押し込み、ホワイトを壁に叩きつける。
それと同時にさっき放った方の不死鳥がホワイトに着弾し、全身を炎で包む。
黒い炎がホワイトを焼き焦がし、俺を少しばかり巻き込む。
「これで……! 終われッ!」
『あああああ……!アアアアアアア――ッ!』
最後に剣を横に払い、ホワイトの腕をも斬り落とした。
全身を焼かれたホワイトはHPバーを全損すると、膝から崩れ落ちた。
傷だらけになって、焼け焦げて……鎧も兜も失った彼は俺を見上げた。
「ホワイト」
『見事な剣、だった……これで逝けるなら、満足だ……』
「死ぬのか、お前……」
HPを全損した……だから死ぬ、それは当然の帰結だ。
だが、こういう会話するタイプのボスなら、普通のモンスターとは違う。
何度も挑んで戦うことが出来るようにするためか、消滅の演出が違う。
でもホワイトは体の末端からゆっくりとボロボロになって、朽ちていく。
『……貴様なら、辿り着くだろう……我が主へと。
その時は伝えてくれ……騎士としての……私の姿を』
「ホワイト……!」
ホワイトは残った腕で、剣帯を外して俺の前に差し出した。
白い革で作られ、狼の顔のマークが刻まれた鞘……それに納まる、鍔に狼の顔が彫られている水晶のような剣。
『これが、私がこの世で残せる……最後の物。
受け取って……腰に帯びてくれ……名も知らぬ、剣士よ……』
ホワイトは、涙を流しながら笑うと……とうとう全身が消滅した。
……さっきまでの激闘が嘘みたいに、今の俺はセンチな気分だった。
相手はただのNPC、人間とは違う存在……理解し合うことは出来ない。
それでも……それでも、俺にとっては。
「最高にカッコ良かったぜ、ホワイト」
残された剣を握りしめて、胸に抱くほど……記憶に残った人間だった。
と、感傷に浸っていたら氷が溶けたのか、鈴音が俺の近くに駆け寄って来た。
「アンタもカッコ良かったよ、リーダー」
「……あぁ、サンキューな。鈴音」
俺はホワイトの剣……【狼雪の剣】をストレージに格納すると、立ち上がる。
そして鈴音と共に、次の敵と出会うまでの道を歩き始めた。
……早く、先輩たちと合流したい。
プレイヤーネーム:ブレイブ・ワン
レベル:60
種族:人間
ステータス
STR:80(+110) AGI:100(+95) DEX:0(+20) VIT:40(+165) INT:0 MND:35(+100)
使用武器:フェニックス・ブレード・カース、小鬼帝の小盾・改
使用防具:邪竜のハチガネ、小鬼帝の鎖帷子・改、小鬼帝の鎧・改、小鬼帝のグリーヴ・改、悪魔ズボン(黒)、アダマンタイトガード、回避の指輪+2




