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第八十六話:笹野百合香

「……初めまして、ツル……じゃなくて、ブレ……でもなくて……えっと」


「勇一、剣城勇一兄さんだよ。大丈夫、怖くないから」


「あ、ごめんなさい。私……人の名前、覚えるのっ、に、苦手で……剣城、勇一さんです、ね」


「あぁ、それはそうだけど……君は?」


 ……取り敢えず、初対面の相手なので慎重に言葉選びをしよう。

 素の自分を全快で行くと、なんだかよからぬ印象を抱かれそうだし、ここは抑えよう。

 何よりも凄いおどおどしてるっぽいし、変に圧を掛けたりは出来ないな。


「わ、私は……【笹野ササノ 百合香ユリカ】……です」


 ……ササノユリカ。

 笹野百合香……さっきの俺の呼び方を考えると。

 まさか、いや……まだ聞かないで置いた方がいいのか。

 本人が何か言いたそうな顔をしているし、黙っておくのが吉だな。

 何よりも、先にそう言うと今俺をやや強めな目で見て来る鞘華が怖い。


「SBOで……ユリカとして、ランコ……鞘華と、戦って、RWOで、あなたとコンビを組んで、いた、のが……私です」


 俺が鞘華に恐れていると、笹野……百合香は意を決したように口を開いた。

 あの自信過剰なクールぶってる剣士、と言う印象から一転した姿……出来れば信じたくないような変わりっぷりだが、俺はコイツを信じよう。

 VRで態度が豹変するなんてものは、よくある話なんだから。


「それで鞘華、何で唐突にコイツを連れて来たんだ?」


「コイツって……あぁ、今はいいや。

私はただ、百合香と友達になったからこうして家に連れて来ただけ」


 ……引きこもってただけだと思ってたけど、妹はたくましく成長しているようだ。

 マイデビルシスターなんて呼んでいたけれど、立派になっている。

 一度学校に行かないかと聞いた時に、殺意を抱いてそうな目で見て来た頃が懐かしい。


「……そっか、ならいい。

けど、後でちょっと話をしようか」


「学校のこと? なら大丈夫。

問題も解決するし、百合香と一緒なら私は負けないから」


「そうか、百合香と一緒なら……って、え?」


 学校に行くことも決意して、引きこもりになった原因も乗り越えられる。

 そこまではわかったが、百合香と一緒ってのはどういうことだ。

 いやまぁ、ウチに百合香を連れて来た時点でなんとなく思ってはいたんだけども。


「まぁ、なんていうか……その、リアルで出会うまで気づかなかったんだけど。

百合香ってさ、ウチとご近所さんみたいで……学校でも同じクラスだったんだ」


「あぁ、そうなの……」


 オーバーリアクションで驚く気にすらなれなかった。

 それくらい驚いた、と言うよりも近所のとの付き合いが全然なかった自分に呆れている。

 こんな近い所に、ずっと因縁が潜んでいたなんて誰が思うか。


「で、まぁ……既に色々と百合香と話はしたよ。

でも、これは兄さんにも百合香の話を聞いて欲しい。

百合香がどうして、兄さんと出会った時みたいになったのかって」


 鞘華はそう言って、百合香の背中を軽く押した。

 押された彼女は数歩ほど俺に近づき、口をパクパクと動かしていた。

 金魚かお前は。


「……立ち話ってのも悪いだろ。上がってくれ」


「うん、そうだね、そこからだね。

ごめんね百合香、ずっと立ってて緊張したよね……」


 鞘華は少し震え気味の百合香を後ろから抱きしめ、まるで母親のように言葉をかけている。

 ……優真が見たら唇噛みしめて血を溢れさせそうな光景だが、この際ソレはどうでもいいな。


「お邪魔、します……」


「今座布団を……あった、よっ」


 俺は百合香と鞘華をリビングに通し、百合香のための座布団を出す。

 そして、百合香が座ると思われる位置に座布団を敷く。

 テーブルは……さっき拭いたし、変な汚れもないだろう、多分。


「えーと、コーヒーと紅茶、どっちがいい?」


「あ、えっと……その、お、お構いなく……ってか、何もなくったって……は、はは……」


「じゃあ取り敢えずどっちも出すわ、ちょっと待っててくれ」


「兄さん話聞いてた? 百合香の話聞けって言ったよね」


 ランコの痛い視線が背中にグサッと刺さる。

 う……お構いなく、って言われても飲み物くらいは出すだろ。

 って言うか、三個も年下の妹にそんなことやらせるのもどうかと思うし。


「……取り敢えず、お茶は私が出すからさ。

兄さんは百合香の話を聞いてあげて、頼むから、さ!」


「ぐふ」


 鞘華は思ったよりも強い力で俺を座らせたと思うと、すぐに立ち上がってお湯を沸かし始めた。

 すると百合香は少し安心したような表情をして、口角が少しだけ上がっていた。

 ……あぁ、俺が淹れるよりも鞘華が淹れた方が安心して飲めるって事か? 兄が淹れると毒、妹が淹れれば安全って……どこの時代だよ。


「……じゃあ、何があったか……話します、ね」


「あぁ、頼む」


「……私、”鞘華と一緒”で、学校でイジメられてたんです」


 百合香が最初に口を開いてから呟いた一言はソレだった。

 鞘華と同じ……そう、鞘華は中学校に入ってから心ないクラスメイトたちにイジメられた。

 でもそれを家族の誰にも打ち明けずに、孤独に耐えようとしていた。

 けれどある日心が折れてしまったから、引きこもって、散々泣いて……今に至る。


「ただ、理不尽な理由でイジメられて……色んなものを奪われました。

酷い時は、本当に死ぬかと思うよな目にも遭って……とても怖かったんです。

でも、ある日、鞘華が、私をかばって、守ってくれて、それで救われた、って思ってたんです」


「……だが、今度のターゲットは鞘華になって、結果鞘華は学校に行かなくなった」


「はい……だから、また私がイジメられました。

何をしても笑いものにされて、何を頑張っても邪魔されて、誰も助けてくれなくて、すれ違えば悪口を言われて、授業で……大義名分、作って……暴力振るわれて……もっと酷い時は……その……男子に、襲われそうに、なって……」


「……ソイツらの名前と顔全部教えろ、漏れなくブッ飛ばしてやる」


「待って、兄さん」


 百合香の言葉を聞いただけで、俺の頭の何かが切れかけた。

 だから俺は今立ち上がって、今からでもソイツらをブッ飛ばしてやろうと思った。

 でも、鞘華が俺の腕をグッと掴み、俺を座らせた。


「……最後まで、ちゃんと百合香の話を聞いて。お願いだから」


「……わかったよ」


 鞘華がコーヒー(ミルクと砂糖入り)を俺の前に、紅茶を百合香の前に出した。

 俺は一息にそれを飲み、一度熱くなっていた自分を冷ます。

 ……落ち着け、中学生の問題に高校生の俺が首突っ込んじまったらダメだ。

 守るためだったり、頼まれたりしたならいざ知らず、勝手に乗り込んで一方的にボコボコにするってのは漢じゃねえ。


「……それでも、未遂で済んだりはしました。

私が本気で抵抗したから、最悪のことにはなりませんでした。

けど……もう、何のために学校に行っているかわからなくなったんです」


「親とかに、相談はしなかったのか?」


「私の家……両親がどっちも忙しくて、そんなことを言えなかったんです。

すっごい迷惑になる、って……だから、私は学校を休む時の理由は言いませんでした。

ただ、学校に行きたくない、って。

お母さんもお父さんも、察してくれたけれど……自分から、言えてないんです」


 段々、百合香の言葉に涙と嗚咽が混じって来た。

 俺ははぁ、とため息をつき……今度は自身の馬鹿らしさに腹が立ってきた。

 鞘華も、百合香も……俺よりもずっと弱く、脆い子のはずなのに……強い。

 俺なんかよりも、ずっと精神ココロが強い。

 なのに、俺はそんな百合香が必死に見つけた答えを嗤っていたのか。


「……小学校の頃から、ずっと嫌がらせをされてきたんです。

けれど、その時の先生に相談しても取り合ってもらえなくて……口頭注意だけだったんです。

その時から、VRMMORPGをやっていて……『VRで強くなれば、現実でも強くなれる』。

そう思ってたんです」


「……そう、だったんだな」


「でも、ツルギさんにそれを否定されて、負けて……馬鹿馬鹿しい、って認識を改められて……私は中学生になったんです」


 百合香は涙を流しながら、そう話しきって肩の力を抜き……口角を震えさせた。

 ……どれだけ辛かったのか、ずっと孤独で、誰にも肯定して貰えなかった。

 VRだけが居場所だったのに、自分の理解者もいないままだったのか。


「引き籠ってからは、SBOを始めて……私は立ち上がったばかりの王の騎士団に加入しました。

やっぱり、自分の居場所はVRにしかない、VRで強くなればいいんだ……って」


「百合香……お前がどれだけ辛かったか、少しだけでも理解出来た。

そして……あの時、お前のことを否定してしまって、すまなかった! 許してくれとは言わねえ! でも、今の俺は……あの時と違って、お前の出した答えの意味が理解できた! だから、この詫びる気持ちは受け取ってくれ!」


 俺は百合香の近くに移動し、正座をしてから頭を下げた。

 顔面でも側頭部でも後頭部でも、背中でも腹でも殴られる覚悟は出来ている。


「顔、上げてください」


「……あぁ」


 俺は百合香に言われた通り、顔を上げて百合香と向き合う。

 百合香は涙をぬぐったのか、シャツの袖を濡らしながら俺と目を合わせた。


「……謝る気持ちがあるなら、私に、剣道を教えてください。

少しでも強い心を身に着けて……もう挫けたくないんです。

イジメなんかで、私の時間を奪われたくないんです」


「……あぁ、いくらでも教えるさ。

俺の教えられることを、全部……お前に教えるよ」


「兄さん、私にもよろしくね」


「あぁ、鞘華にもちゃんと教えてやるさ」


 俺がそう言うと、百合香はにこっ、と笑った。

 RWOでも、SBOでも見たことのなかった……心からの笑顔。

 百合香のその笑顔は……とても綺麗だった。


「それと兄さん」


「ん?」


「百合香、しばらくウチに泊めるから」


「え?」


「だから、百合香を一週間ばかりウチに泊めるの。わかった?」


「……あぁ、そう……いう……関係、ね……はいはい……」


 しばらく間をおいて。


「ええええええええええええええええええええええ!?」


「うるっさい! 声がデカいんだよ馬鹿兄貴! 次騒いだら階段から放り投げるよ!」


「あふんっ!」


 オーバーリアクションで驚いた俺は右頬にビンタをくらった。

 ……一旦落ち着こう、俺。


「それ、許可とか取ったのかよ?」


「双方の両親に承諾済み、なんなら証拠もあるよ、会話記録と一筆」


「マジかよ……でも、荷物とかどうすんだ?」


「後で一緒に、私が百合香の家に取りに行く」


「部屋は」


「私の部屋で」


 ……鞘華の奴、本当に百合香を泊める気だったのか。

 でも、俺が寝てる間にどれだけのことをしたらこんなことが出来るんだ?

 まるで、数週間くらいかけて練った計画みたいじゃあないか。


「私は百合香のこと、色々知りたい。

だから、SBOでもリアルでも……包み隠さず話したい」


「……私も、初めての友達、だから……色んなことを話したい」


 百合香はそう言って立ち上がり、鞘華の手をギュッと握った。

 ……さて、邪魔者はこの辺で退散した方が良さそうだな。

 百合香の話を聞いた以上、百合香のための竹刀とかを出しておこう。


「あ、少し待ってください、勇一さん」


「どうした」


「……明日、お時間の空いた時にSBOに来てください。

私たちのギルドホーム……王の騎士団の城で、話をしましょう」


「わかった……かなり待たせるが許せよ」


「はい、ちゃんと待ってます」


 こうして、百合香を我が家に住まわせる一週間が始まったのだった。

 ……風呂とか洗面所で、キャーと悲鳴を上げるような展開は勿論ない。

 っつーか、中学生とそんなことが起きて欲しいわけがないだろ。

名前:笹野百合香

年齢:14歳

人種:日本人


リアルステータス

握力:24kg

100m走タイム:17.14秒

器用さ:微妙

忍耐力:あんまりない

霊感みたいなの:少しだけある

精神力:かなり強い


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