第七十七話:本戦の始まり
第三回イベント・二日目こと本戦、AとBのブロックの決勝に進んだギルドのみが戦える場所。
本戦第一試合はトッププレイヤーたちが集うギルドの【真の魔王】と、下馬評を覆して本戦に進んだ【アルゴーノート】。
第二試合は俺たち【集う勇者】と、優勝候補で、賭博じゃコイツらに賭けてもロクに儲からないと評判の【王の騎士団】。
「……なんか、未だに実感がねえや」
「らしくないな、ブレイブ。
剣道の試合で決勝へ進んだ時は、誰よりも滾っていたというのに」
王の騎士団と戦う……それは第二回イベントで見た、あの男……アーサーと戦うって事だ。
今や集う勇者は王の騎士団の臣下に入っていて、ギルド同士による対抗戦は仕掛けることなんてない。
だから、アーサーと戦うことなんて俺は考えたことがなかった。
第二回イベントで見たあの強さ……あの時の俺は勿論、今の俺ですらようやく互角ってくらいだろう。
だから、そんな雲の上のような存在と戦うことに、実感なんて抱けやしない。
「そりゃまぁ、俺にだってそんなこたぁありますよ。
でも、俺はまだこのゲーム始めて二ヶ月かそこらですよ? それなのに、トッププレイヤーの集団の王の騎士団戦う。
それも本戦、言わばくじ運だとかそういうもん関係なしに」
「フフ……らしくない、実にらしくないぞブレイブ。
お前は積み重ねた努力の長さ、そして質こそが強さに直結すると思っているが。
VRMMOは個人の素質や、リアルでの戦闘経験……それらも生きる。
ステータスでの強さは、所詮数値上でのものでしかない。
数値だけならば、時間なぞ関係なくポンポンと上がるものだがな。
お前の剣や体の使い方、スキルの応用はずっと前から積み重なっているのだ」
先輩は俺を元気付けるかのように背中を叩いてくれた。
……あぁ、やっぱり彼女の言葉はいつも元気が出てくる。
剣道の試合の時も、滾りすぎて周りをよく見ていなかったことがあった時。
彼女は俺の熱を冷ましてくれた……なんてことがあった。
「……さてと、んなら――漢ブレイブ・ワン……いや、集う勇者! 全力でまかり通るぜ!」
「応!」
先輩の声だけじゃない。
ずっとこの場にいながら黙っていた四人――ハル、ユージン、ランコ、アインの声も重なった。
五人の声が、俺の言葉に応えてくれた。
――
『さぁ、昨日ぶりですね! セブンスブレイブ・オンライン、第三回イベント・二日目! AブロックでMCを務めさせていただきました大宮と』
『BブロックでMCを務めさせていただきました相多です!』
『私たち、SBO宣伝アイドルのニコりんとみゅーかです!』
MCとアイドルが二人ずつに増えて、本戦用か控室もなんか豪華になってる。
っつーか、ホテルの一室と言っても過言じゃねえような部屋だな。
なんか美味そうな果物とか置いてあるし、デカいソファとかベッドまであるし。
「あ、お前らが俺たちと同じ控室使うんだ」
「相部屋かよ……ギルド単位で」
……豪華になった分か、別のギルドと一緒に使うことになってるみたいだ。
真の魔王のメンバー六人が先に控室でくつろいでいやがった。
っつーかオロチ、お前その見た目でソファの上に寝そべって漫画読んでんじゃねーよ。
「とても居心地の良い空間だ……拙者はリアルでもこれほどまでにくつろいだ事は未だない故」
「……私と戦った時のタダカツさんのイメージが凄い崩れるような気がする」
タダカツは兜も鎧も脱いで、ふかふかなベッドの上に座っていた。
さっきまで寝てたのだろうか……寝巻っぽい格好だし。
で。
「ふん、あの時の小僧共が……決勝では覚悟しておけ。貴様らに与えられた屈辱、必ず返してやる!」
「アインです、僕は小僧なんかじゃないですから」
小学生だろお前、と言うツッコミは置いておいて……ホウセンの奴は戦いを望みすぎだろ。
どんだけ俺やアインに負けたり引き分けたりしたことが悔しいんだよ。
むしろ、あんだけ初見殺しなスキルを使ってきたアインに引き分ける方が凄いっての。
俺でも下手したらボロ負けしてただろうに、あんなの……
「オロチよ、お前のその姿でそんなくつろぎ方をしていると、まるで雑コラでも見た気分だな」
「フ……オフの時の我はいつもこのように堕落しているぞ」
先輩は俺が言いたかったことをバッサリと言い切り、オロチはなんか笑顔だ。
普通に友達っぽい会話してるけど、絵面が絵面なせいでオロチの笑顔はちょっと怖いな。
っつーか先輩、雑コラってすげえ言い方してんな……
「ウノ」
「甘い、ドロ4だ!」
「うげえ! 汚えぞリュウ!」
……隅っこの方で、レオとリュウがUNOやってた。
ハルとユージンの方を見ると、二人はため息をついていた。
まぁ、ロクに面識もないから意外でもなんでもねえ一面なんだろうけど。
戦った時の姿を見ると、想像はしづらいよな。
いや、ゲームプレイヤーである以上、当たり前なのかもしれないけども。
「で、カオス……お前何してんの?」
「ん、ブレイブも食う? コレ」
カオスは置いてあった果物をむしゃむしゃと食べつつ、なんかプチプチを潰していた。
「いや、その果物じゃなくてお前の右手に持ってるの……」
「あぁ、なんか暇つぶし用のプチプチが置いてあったんだよ。
親切な設計だよな、コレ」
……カオス、あの時のシリアスっぽい空気は何だったんだ。
俺と試合をしたときのあの涙とか、覚醒っぽい雰囲気とか。
あと、あの機械的な目……アレ全部どこに行ったんだ。
まるで二重人格かと思えるくらいの差だぞ、今のお前。
「……ブレイブのおかげで、改めてSBOを楽しむって決められたからさ。
俺、全力でやるよ。全力でやって、自分が悔いのないように楽しむよ。
何度だって立ち上がって、非効率でもなんでも……皆の隣に立って、一緒に走って行けるようにさ」
「……そっか。ならカオス、俺はお前を応援するよ。
王の騎士団の傘下のギルドって立場だけど、俺個人はお前を応援する。
だから……俺も、アーサーとのバトルを全力で楽しんでくるよ」
「あぁ、決勝で会おうぜ!」
心に先輩って人を決めてなかったら、惚れちまいそうな笑顔。
コイツ、男のはずなのに……男も女も皆揃って惚れそうな顔してるぜ。
リアルじゃどうか知らないけど、変なおっさんに変な気を起こされそうだな。
「……さて、と。
第一試合は俺たちだ、皆準備はいいかー?」
「任せろ」
「承知!」
「上等だ!」
「今度は失態など犯さん!」
「全て滅ぼすのみ」
カオスが立ち上がって声をかけると、各々が装備を変えながら立って応えた。
ホウセンはずっと立ってたし装備は戦闘用のままだったけども。
タダカツは寝巻っぽい姿から足軽のような兵装と巨大な角の兜、そして蜻蛉切と数珠。
オロチは……何も変わってないが、背中に鎌を背負って、オンのモードになったみたいだ。
レオとリュウはストレージに収納していた武器を両手に持ち、ニッと笑う。
そして、カオスは青いコートに身を包み、二つの王笏を両手に携えた。
「じゃあ、真の魔王! いざ行くぞ!」
「応!!!!!」
カオスが駆け出し、五人のプレイヤーはそれについて行った。
……俺も皆と顔を見合し、専用客席へと足を運ぶ。
言葉は交わさず、ただ目線を合わせるだけ。
ただ、カオスたちの歩みを見ると、俺はとても何か喋る気にはならなかった。
アイツらの戦いを、早く見たかったから……だろう。
『さぁ! お待たせしました!』
『本戦・第一試合は!【真の魔王】と【アルゴーノート】!』
『真の魔王はAブロックで勝利数最多、優勝候補と名高いギルドです!』
『アルゴーノートはまだ全然知られてませんが、期待する人が多いみたいです』
MCとアイドルのそれぞれの解説が入り、これまでのバトルがモニターに映された。
……カオスと俺の戦いも映っていて、第三者目線で見るとド迫力だな。
下手な映画よりもエフェクトやサウンドが派手に見える……とか言ったら、本職の人に失礼だな。
『どっちも熱い勝負になりそうだけど、二人はどっちが勝つと思う?』
『えー……私はアルゴーノートだと思います。
真の魔王はなんていうか、集う勇者にも負けてたので……その。
情報の少ない相手に弱いのかな、と見てて思ったので!』
『私は真の魔王かな、って……なんか、前のイベントでも凄い強かったから……』
『へー……じゃあ、相多は?』
『んー、俺はちょっとわかんないなぁ、アルゴーノートの大将は今だに出てこないし。
で、大宮は予想とかしてるの?』
『うーん、俺もわかんないから皆に聞いてた』
それからも少しばかりどっ、と笑いの起こるやり取りが続き、ようやく選手入場みたいだ。
……闘技場も少し改装されたみたいで、四方向に専用の客席がつけられている。
昨日は二つだけで、色んなギルドで使いまわしてたって言うのに。
『さぁ、まずは先鋒戦!』
『【真の魔王】の【ホウセン】VS【アルゴーノート】の【カイナス】!』
「……あれがアルゴーノートの先鋒か」
先輩が言うと、ホウセンの目の前にプレイヤー、カイナスが姿を現した。
褐色肌に面積の狭い鎧を身に着け、棒をを肩に担いで丸盾を左手に持つソイツは――
「テメェが【鬼神】だとか抜かす野郎か!」
試合が始まる前に、声高らかに叫んだ。
パフォーマンスの一種か? 随分荒々しいな。
「俺の名はホウセンだ、鬼神も何もあるか」
「ハッ、確かに名前なんざどうだっていいな。
神だろうが何だろうが、このオレ! カイナス様の前にゃ、誰もが跪くんだからよ!」
自信満々にその台詞を言い放ち、カイナスは棒をくるくると回してから構えた。
……ホウセンはそれに苛立ったのか、最初から槌と方天画戟を両手に握っていた。
それとも、ホウセン自身が全力で戦うと判断する程の奴なのか、カイナスってのは。
「ブレイブ、お前はどう見る」
「さぁ……知らない奴ですし、俺は貴方みたいに初見で人の強さなんて図れませんよ。
でも、あんだけ大見栄切れるってことは、よっぽど自信があるってことでしょ」
「……私も同意見ですね、自信家な方でも、ホウセンさん相手にあの発言は出来ません。
私も自分の腕に自信はありますけれど、ホウセンさんを前にしたら、弱気になるでしょう」
……そう、俺だってホウセン相手にあんなタンカ切った発言はしづらい。
キレたり、どうにでもなれ、とか思った時くらいならアレぐらい言えるだろうけど。
普段ならホウセン相手にはなんていうか、恐れ多くて言いたくないって感じだ。
面から怖いもん、アイツ。
「……まぁ、どっちにしても、試合が始まればわかっちまうッスよ」
「そうですよね。なら、黙って見てましょ」
ユージンとランコのごもっともな意見に、俺たち三人は頷く。
まぁ、いくら考察やら予想をしたところで結果がわかるのは未来だけだ。
と言っても、普段は使わない脳みそをフル回転させるから楽しいんだよ。
『えー、それでは……試合開始ーっ!』
「行くぜ! うううおおおおおおおおおおッ!」
「来い!」
試合開始の合図の銅鑼が鳴らされると、カイナスはオーラのようなものを放った。
黄色……と言うか、オレンジに近い感じで、まるで炎のようにも見えるな。
一方でホウセンは赤雷と黒いオーラを迸らせ、スキルの詠唱をしている。
カイナスの方もスキルの詠唱をしてる……よな、ホウセン相手に真正面から挑むなら。
「受けてみろ……フェニックス・ドライブ!」
「ぬぅぁッ! 鬼神砲ォッ!」
「うそだろ」
カイナスは棒の先端に、槍の刃を象ったような炎を灯していた。
あの武器は……俺のフェニックス・ブレードと同じタイプだ。
間違いなく、俺の持っている剣そっくりな奴だ。
「アレって、お義兄さんの……」
「武器固有技だし、持ってる奴がいるなんて思いもしなかったぜ」
だがまぁ落ち着け、あくまでゲームなんだ。
同じスキルを使える武器があったっておかしくはない……よな、うん。
俺自身が特別なわけじゃないんだから、そこは当然だ。
むしろ、小鬼召喚とか真似されたら初めて驚くところだよな、俺。
「チッ、相殺かよ!」
「ほう、少しはやるようだな」
「ヘッ、だが関係ねえな、オレは強い! テメェは負ける!」
カイナスは自信満々……どころか、自信過剰とも取れるほどの発言をして――
再度体中に炎を纏わせ、槍をくるくると回し、構え方を変えた。
「フェニックス・スラスト!」
「チィッ、雷撃!」
カイナスの放つフェニックス・スラストに、ホウセンは槌で対応。
二つのスキルは小爆発を起こして相殺されると、ホウセンが先に攻撃を仕掛けた。
方天画戟と槌の二つを同時に持つホウセンならば、カイナスより手数は多い。
「せぇやッ!」
「ぐおッ……テメェ、中々やるじゃ――ぐほっ!」
「お喋りをしている暇があるとはな。
大した余裕だな、カイナス」
ホウセンの方天画戟がカイナスの盾に当たるが、カイナスはダメージを殺しきれなかった。
直後にホウセンの回し蹴りがカイナスの顔面に突き刺さり、カイナスは転がって行った。
……壁にまで。
「……ヘェ、おもしれーじゃねえか、オッサン!」
「人の名前くらい覚えろよ……」
ホウセン、ロールプレイが保ててないな……アインに追い詰められてる時でもロールプレイしてたのに。
どんだけカイナスに対して思ってることがあるんだ、それともなんかリアルで疲れたことでもあったのか。
……と、考えてもどうしようもないことだな、コレ。
プレイヤーネーム:ホウセン
レベル:60
種族:人間
ステータス
STR:100(+80) AGI:95(+45) DEX:0(-5) VIT:30(+40) INT:0 MND:30(+20)
使用武器:方天画戟
使用防具:鬼の鎧 武将の羽冠 鬼の鎖帷子 鬼の腰当 鬼の靴 オーガガントレット 疾風の腕輪