第六十九話:売店
「その、なんていうか……お疲れさまでした、先輩」
「……おう」
「元気出してください、次は決勝戦ですよ!」
「……おう」
「俺たちは本戦に進める切符を手に入れたんッスよ!」
「……おう」
「本戦に進めたら、ベスト4。
つまり私たちはもうそれだけ進んだ……ってことだよ、兄さん」
「……おう」
「ブレイブ、次の相手は十中八九【真の魔王】だ。
お前の相手は私と互角かそれ以上……なら、気を引き締めて行くぞ」
「……おう」
「いい加減にしろ馬鹿者」
「ぐぶへっ!」
三回戦、朧之剣戦を終えてからの俺は控室の隅っこで体育座りをしていた。
いやまぁ……だって、試合が終わってから早々スゲーボロクソ言われたんだから、俺。
女の子相手に酷いとか、卑怯だとか……勝ったのに軽く泣きそうになったもん。
で、不貞腐れていた所で今に至る……ってワケだ。
「お前は勝った、ただそれだけの事実が今ここにある。
それも不正な手段など使わず、お前の持てる力を全て出しただけに過ぎんだろう」
「……確かに」
「そうですよ、先輩は不甲斐ない私たちの分まで戦って勝ったんです!」
「そう、だよな……あぁ! そうだよな! 俺、そんな悪くねえよな!」
「そうッスよ! ブレイブさんは普通にプレイしただけッス!」
「あぁ! そうだったよな! 他人がどう言おうと、あくまで俺の戦い方だっただけだよな!」
そうだそうだ、俺は悪くない。
他人がどう言おうが、どうケチをつけようが俺が勝ったことは変わらない。
俺がただただゲームで遊んでいただけで、そこに優劣がついちゃっただけで。
ただ戦闘スタイルや、戦術が上手くハマっただけなんだし。
「兄さん、わかりやすっ……」
「おい聞こえてんぞコラ」
「僕から見ても、ちょっとお義兄さんは分かりやすい気が……」
よし、この二人後でフェニックス・ドライブでもぶち込むか。
特に何かあるわけでもないけど、アレ当てるの楽しいんだよな。
ストレス解消になるというか、敵が爆ぜ飛ぶ感じがして楽しい。
百連発くらい出来たらいいんだけど、最大七発だしな……しかもパーティ組んでるの前提で。
「まぁ……なんにせよ、決勝戦まで来たのだ。
ブレイブ、この際判断はお前に任せるが……勝ちたいのならば、犠牲は払える最大限まで払っておけ」
「あぁ、もちろんそうして――」
やりますよ、と言い終わる前にグゥ~……という音が聞こえた。
この部屋の中で、腹が減ったようなSEが。
……SBOって、空腹の時とかにこんな音が鳴るように出来てるのに遊び心を感じるんだよなぁ。
人前じゃちっとばかし恥ずかしいんだけど。
「……ハル、せめて数秒待て」
「私じゃないです、私が大食いだからって腹ペコキャラにしないでください! イベント前にご飯はしっかりと食べて来ましたから!」
先輩の呆れたような視線を前に、ハルは頭から蒸気を出して怒る。機関車かお前は。
反応を見るからにハルじゃないのは明らか、話をすぐにフッた辺り先輩でもない、勿論俺だって違う。
「ユージンか?」
「いや、違うッスよ。俺だってイベント前にハンバーガー五個も食ってきたんッスから。
それもビッグサイズ、あの有名店の――」
「じゃあ……お前らのどっちかか?」
意外と大食いだったユージンを聞き流しつつ、ランコとアインへ視線を向ける。
ランコはドキッ、とした表情をして一歩後ずさる。
「え、あ……」
「あぁ、すみませんお義兄さん、僕です。
ご飯ちゃんと食べて来たんですけど……やっぱりお腹すいちゃって、えへへ」
……アインがランコに気を遣ったのか、そんなことを言うとは。
ランコは申し訳なさそうな表情でアインを見るが、アインは親指を立てる。
そのやり取りは結構だけど、嘘ついた相手の前でやっちゃダメだろ。
「空腹か……ならば一度ログアウトをして食事を――いや、その必要はなかったか」
先輩はブツブツと独り言を呟いたと思うと、俺たちに背を向けて歩き出した。
で、手で『ついてこい』とジェスチャーをし始めた。
俺たちは何も言わずに先輩について行くことにして、迷うことなく歩く先輩を追う。
と……控室のある建物から徒歩一分程度、そこには。
「おぉ、売店ッスね!」
「わぁ、お祭りみたいですね、ランコさん!」
「ホントにお祭りだけど……なんだか凄い楽しそう!」
ユージン、アイン、ランコは目を輝かせてはしゃいでいた。
ハルがこういう食い物だらけの所ではしゃがないのは珍しいな。
「……って、あれ? ハルは?」
「あぁ、ハルなら向こうだ」
「アイツ本当に高校生だったりします?」
「虫に腰抜かす貴様が言うか」
ハルは凄まじい速度で売店の食い物を片っ端から購入していた。
……俺たちも早くしないと、アイツに全部食われてなくなりそうだ。
と、早速売店に向かったが……SBOの飯には嫌な思い出しかないんだよな。
初めて食った時は微妙な味だったし……NPCレストランでもあんま美味しくはなかった。
だから、NPCの開いている店と思うと……なーんかなぁ。
「どうしたブレイブ、気乗りはしないか」
「まぁ、NPCの作る飯は微妙な味ばっかで……って!」
「プレイヤーたちが作ってるご飯なんッスね」
いやそこじゃねえ! とツッコミたいが、大声を上げたら迷惑だろう。
ここに集まってるプレイヤーは多いし……って、そんなところじゃねえ。
俺たちが目にとめた売店の一つ、そこには見慣れたプレイヤーの姿が。
「リン!」
「あ、やっほー! ブレイブさん! 決勝進出おめでとう!」
「あぁ、ありがとう……って、そうじゃなくて! お前売店なんかやってたのか!」
「あー、まぁ……ね。試合ごとにメンバー一人一人で交代してたんだけど。
負けちゃったから、今全員でやってるってワケ。
稼ぎになるし結構いいんだよね、楽しくて」
リンはアハハ、なんて笑いながら言うが……スゲーうまそうだ。
メイプルツリーが売っているものは、スイーツか。
シロップをかけたクレープのようで、キラキラと光るクレープが食欲をそそる。
……これはマジで期待できる奴だ。
「リン、一つ売ってくれ」
「はい、1000Gね」
……現実の値段で考えたらかなり高いだろうけど、SBOじゃ安いな。
数分もおかずして、リンは出来たクレープを俺に手渡してくる。
生クリームにチョコレート、そこにシロップとイチゴ……シンプルイズベストだな。
とか考えながら、俺はクレープを一口食べる。
「……どうだ、ブレイブ。感想があるのなら聞かせろ」
「そうッスよ、俺も気になるッス」
……俺は二人の言葉も気にせず、無言でクレープを口に押し込む。
噛み、噛み、噛み、飲み込む。
「うっっっめぇぇぇ……」
俺は腰をグッと曲げながら、たった一言の感想をこぼす。
リンはニッと笑いながら親指を立て、先輩とユージンは顔を見合わせると無言でクレープを購入した。
……そう言えば、生産職系のスキルは熟練度形式だったっけな。
となると、リンは相当料理系のスキルを上げて来たんだよな……スゲー。
「さて、他の売店は……」
辺りを見回すと、ベンチとテーブルが設置されていた。
ハルはそこで買ったものを広げて一人で食べ始めていた。
で、隣のテーブルでは泣きながらなんか食ってる女騎士……見覚えがあるのでスルーしよう。
慰めている亜人たちに関しても出来るだけスルーするとして。
「……さてと、俺も食うか」
黙ってはいたし、SEもなら買ったけど、俺だって体感的に腹は減ってたので沢山食べるとしようか。
VRじゃ1トン食おうが太らないし、栄養面に問題はねえし。
現実ではサプリメントだけ飲んで、VRで食いまくるなんてダイエット法も存在するし。
尤も、俺はそんなのにお世話になる程不摂生なんてしてねえけどな。
と、ランコとアインは串焼きの屋台で何か買って食べてるみたいだし……俺も買うか。
「アインくん、はいあーん」
「あ、あーん……」
爆ぜろ! リア充めが!!! 畜生! 羨ましい!
と、思いつつも俺は串焼き屋台を営業しているプレイヤーから串焼きを購入。
内容は鳥に牛に豚に羊に……馬やら魚やら色々あるんだな。
「うん……リンたちのクレープの後じゃ劣るけど、それでもすげえうめえな」
「アンちゃん、褒めてんだか褒めてねえんだかわかんねえこと言うな」
「褒めてるよオッサン」
高級な焼き鳥を食べたことは俺にも一度や二度あるが、それくらい美味い。
VRMMORPG様様だな……とか考えてくなってくるような味だ。
「……私にも一つ貰えますか?」
「あいよ、可愛いしオマケして二本にしといてやるよ!」
俺が三本目の串を食べている所で、ランコくらいの背丈のプレイヤーが串焼きを購入した。
……背中に二本の剣を帯びていて、黒コート、それでいて金髪のツインテール。
前に俺がプレイしていたゲームのフレンドとそっくりなアバターだ。
まぁ、別にどうでもいいか……アイツとはもう会う機会もねえだろうし、多分。
「……にしても、お前さんどっかで見たことあるような気がすんなぁ」
「えぇ、あると思いますよ。だって私は【王の騎士団】の一軍。
今回のイベントでは次鋒を任されましたから、ね」
「はぇ~! そりゃ道理で見たと思ったよ! 確か……あぁ、そうだ、王の騎士団でも凄い目立ってるって、【ユリカ】ちゃんだったか?」
「はい、覚えてくれていて何よりです。
今後とも忘れずにお見知りおきを……この私だけをね」
串焼き屋台のおっさんの会話と、その女の会話。
それを聞いて、俺は食っている最中の串を落っことした。
その衝撃で串は耐久値を全損して砕け散ってしまったが、そんなことを気にしている暇はなかった。
「……おい、お前」
「ン、なんですか?」
俺は女プレイヤー……ユリカの肩を掴み、声をかける。
……コイツは俺が知っているプレイヤーで、”SBOでは”初対面だった。
でも、コイツの顔と姿と声……それらは全部知っていた。
「お前は【ラグナロク・ウォー・オンライン】の【ツルギ】。
片手直剣の使い手だったソイツを……覚えてるか?」
「……えぇ、片時だって忘れた時はありませんよ。この私に黒星をつけさせて、そのまま逃げるように消えた男を。
ムカつく説教までしてくれましたし、私は彼を倒したくてウズウズしてました」
俺は目の前にいる女を見て、自分がなんて表情をしたら良いか全くわからなかった。
だから、凄く困った顔をしている。
そんな俺を見て、ユリカは何か含みのある笑みを俺に向けてきた。
なんで……なんでよりにもよって、SBOでまでコイツと出会うんだ。
「お前、今でも考えは変わってないのかよ……」
「あぁ……集う勇者のブレイブ・ワンさん、貴方がツルギでしたか。
道理で戦闘スタイルや言動が似てると思いました、あなたこそ今でも考えが変わってないみたいで」
「ユリカ……俺はお前のことを忘れたかったよ、だって、俺は……俺は……!」
「まぁ、怒るなら好きなだけ怒っていてくださいよ。
私たちはBブロックですし、私は次鋒で貴方は大将なんです。
なら、戦うのは私じゃないんですから」
……そう言いながら、ユリカはおっさんから串焼きを受け取って、俺の手を払いのけて去って行った。
ランコとアインが俺とユリカを見つめて、固まっていたが……今の俺は二人と話すことは考えていなかった。
俺は深くため息をついて……一人先に控室へと戻って行った。
今もガキだけれど……数年前のガキだった自分を……強く恨む日がこんなに来るなんて思わなかった。
「……クソッ」
真の魔王との戦いを前にしているのに、俺は胸の中のざわめきが収まらなかった。
王の騎士団……Bブロック……本戦に出れば、必ず当たるであろう相手。
そうなれば、ランコとユリカが戦うことになっちまう。
「……兄さん」
「ランコ……」
控室のソファーに座り、一人悩む俺の後ろにはランコが立っていた。
用語解説】
【ラグナロク・ウォー・オンライン】
ブレイブこと勇一が昔遊んでいたVRMMOゲーム。
北欧神話の舞台を元に、様々な神の陣営について戦う戦争系。
その際の勇一のプレイヤーネームは【ツルギ】。




