第六十二話:震天
「……前よりも強くなっていましたね、メイプルツリー」
「あぁ、確かに強くなってはいたけど……大きく変わったってわけじゃねえ」
「確かにそうだ、奴らも根本の戦闘スタイル自体は変わらぬまま……ならば、私たちのやることは変わらんだろう」
現在俺たちは二回戦の第一試合の相手こと、メイプルツリーの試合を見た所で作戦会議中だ。
二回戦になれば相手の情報を事前に知っておけるわけだから対策が立てやすいし、立てられやすい。
だからこそ、こうした作戦会議が重要になってくる。
「アイン、お前の相手はアイツだが……勝てるか?」
「ちゃんと勝ちます! 僕だって、ただただ負けるだけの男じゃないんです!
一回戦は負けちゃいましたけど、今度こそ勝って汚名変化です!」
「……返上じゃないかな、アインくん」
……アインで大丈夫なのかと不安になって来た。
メイプルツリーに新しく加入したメンバー……アインと当たる男。
そいつは体術と剣の両方を使いこなすようで、アクロバティックな動きが特徴的だ。
一回戦でも無駄にピョンピョン跳ねてたりしたしな。
「で、ランコの方は自信あんのか?」
「まぁ、一応……私の隠し玉はまだまだあるし」
微妙に自信なさげだが、バトルスイッチ以外のスキルも何か新しく取ったのか。
だとすると、ランコはその隠し玉とやらを試合ごとにゆっくり出していくのか。
まぁなんにせよ、俺ですら知らないのなら、楽しみだな。
「ところで、ランコさんの相手……どこかで見た気がするんですけど」
「あぁ、第二回イベントの時に見たんじゃないかな」
……あぁ、ランコの相手なら俺が戦ったことのある奴じゃねえか。
サクラ……スキルを使用不可にして来たり、デカい大剣を振り回す奴だな。
俺は勝てないと思って撤退したが……タイマンならランコも勝ち筋はあるだろう。
一回戦の時点でスキル・キャンセリングも使っていたし、俺の情報はいらなさそうだな。
「で、私とユージンさんの相手は……槍と盾、仲良さそうですね」
「初めて見る顔だし、名前も聞いたことねえな……警戒だけは忘れんなよ? メイプルツリーは特殊すぎるメンツの集まりだからな」
アイツらの習得スキルは基礎は勿論だが、応用系が多い。
習得条件も困難を極めていたりするせいで、真似しようにも真似なんて出来ない。
実際、カエデの真似をしようとして盛大にキャラ育成ミスした~とか言う書き込みを沢山見たし。
「まぁ、盾使いはちょっと難しそうッスね……なんせ、俺たちは火力高いってワケじゃないッスし」
ユージンがそう言うと、ハルも苦い顔をした。
一応二人とも俺みたいに防御力貫通攻撃は持っているが……防御力貫通攻撃に対応する防御スキルも、新しく実装されたからな。
おかげでカエデがどんどん強くなっていくばかりだ。
「流石にカエデのような規格外な防御力はあり得ないと見ていい。
カエデの防御力は、パッシブスキルによるダメージカットもあるが、それには他のステータスへの下降補正が掛かるものも多い。
故に、お前たちと戦う盾使いは……まぁ、弱いとまでは言わんが、カエデ程ではないだろう」
「まぁ、確かにそうッスよね、あんなカチコチなプレイヤーが二人もいてたまるかッスよ!」
「そうですね! こっちだって槍使いとは戦い慣れてるんです! 折角ですし、全力でブッ飛ばしてやりましょう!」
ハルとユージンも拳をグッ、と握り、士気が高まっていた。
皆やる気満々のようで何よりだ、俺もギルドマスターとして嬉しいぜ。
「私たちの相手は情報を見るまでもないな」
「リンにカエデ……奴らは大きな変化は見られん。ならば、変化したお前こそ強く出られるだろうな」
「そりゃどうも。ま、俺だってただ燻ってたわけじゃないっすからね……おニューなブレイブ・ワンを見せてやりますよ」
……と、こんな具合に、俺たちの作戦会議及び雑談は終わりを迎え、二回戦第一試合の時間となった。
が……
『なんていうか、一回戦の時からの期待大きかったからか、ちょっとあっさりだったね』
『そうですね、もっとあの激しい戦いとかを見れたら嬉しかったです……』
MCもアイドルも、スゲーガッカリしたような結果に終わっていた。
先鋒戦のアインは、煙玉で攪乱された所を背後から即死スキル……なんて、初見じゃ回避出来なさそうな技で敗北。
次鋒戦のランコは、詠唱なしで魔法を撃てる装備を持っていたおかげで、スキルを封印されてもサクラを封殺して勝利。
中堅戦のユージンとハル……この二人はまぁ、なんていうか……一番無難な終わり方だった。ぶっちゃけ一番つまらん。
「ふむ……2-1……残念だがブレイブ、おニューなお前とやらは披露出来なさそうだな」
「それはいいんですけど、先輩魅せスキルとかないんですか?」
「一応持ってはいるが、これは戦だ。全力で挑み、己の力を十二分に発揮するものであろう」
そう言いながら先輩は試合のために闘技場でへ向かって歩いて行ってしまった。
うーん、リンじゃ先輩には勝てねえし、本当につまらない試合で終わりそうだな。
ま、俺の出番は三回戦まで待つとして……二回戦は昼寝でもしておくか。
『えー、じゃあここでそろそろ……二回戦第一試合、副将戦! 【集う勇者】の【N・ウィーク】と【メイプルツリー】の【リン】!』
MCの紹介と共に、先輩とリンが入場してきた。
……心なしか、リンの装備の細部がいくらか変わっているように見えるが、まぁ普通の事だろう。
先輩なんて装備フルチェンジしてるし、インパクトは弱めだ。
「お前と戦うのは初めてだな」
「第二回イベントでは手合わせ出来ませんでしたからね。
ま、二番手同士……全力で、悔いのないようにやりましょう!」
そう言うと、リンは短剣を腰から二本抜き、逆手に構えた。
……よく見ると、ユージンは真っすぐ持っていたのに対して、リンは両方とも逆手持ちなんだな。
ユージンのは最早少し短くしただけの片手直剣も同然な使い方だし、二人のスタイルが全然違うってのが武器の持ち方だけでも伝わってくるぜ。
「あぁ……折角だ、後輩の望みに応えて、映える試合とやらをしてやろう」
「余裕こいていられるのも、今のうちですよ!」
先輩は腰の刀に手を付け、居合の構えを取った。
『二回戦第一試合副将戦!【集う勇者】の【N・ウィーク】VS【メイプルツリー】の【リン】!』
「ここで終わらせてやろう」
「絶対に勝つ!」
『それでは試合……開始ィーッ!』
『頑張れ~!』
MCとアイドルの掛け声と共に、二人は踏み込んだ。
先輩は居合を放つための踏み込みだが、リンは違った。
「超加速!」
リンは最初から超加速を使い、先輩の周りを縦横無尽に走り回った。
ははーん、速度で先輩を惑わせるつもりか。
いい手ではあるだろうけど……それが通用するんだったら、先輩は第一回、第二回でのイベントで、三位にはなれねえ。
「水流乱舞!」
「【漆ノ太刀・不動】」
リンは動き回るのをやめたと思うと、先輩の背後から水流乱舞を放った。
すると、先輩はそこから一歩も動かずして、リンの攻撃を弾いた。
と言うか、振り返ってすらいないが……どういう神業だよ。
「自分が全く動けなくなる代わりに、あらゆる攻撃に武器をオートガードで動かせるスキルですか」
「うへぇ、刀スキルってそんなのあったんッスか!」
「知らなかった……」
ハルの解説にユージンとランコが驚くが、アインは気にも留めずに試合に夢中だ。
因みに俺は半分驚いて半分試合に注目してるから、両目が変なことになってると思う。
「くっ……なら! 【水流飛沫】!」
リンは新しくスキルを使ったと思うと、また先輩の周りを走り始めた。
……いや、今度は走るというよりも、まるで波に乗るかのような挙動で移動しているな。
なんつーか、サーファーみてえだ。
「ほう、手品はもう終わりか?」
「まだまだ……【アクアカッター】!」
俺が使う斬撃波のような……と言うか、水で出来た刃をリンは真っすぐに放つ。
その数は三撃だが……温いな、先輩なら十発くらい同時に出さないと、全部叩き落とすぞ。
「参ノ太刀・剣閃」
先輩は一刀のもとにそれらを全て叩き落として刀を逆手に握り、スキルの詠唱を始めた。
……珍しいことに、先輩が流星シリーズのスキルを使っている。
「流星刀!」
「【アタック・アヴォイド】!」
……ハルが使っていたマジック・アヴォイドのスキル版、と思しきものを使ってリンは先輩の攻撃を避ける。
そして、ジグザグに動き回りながら先輩に肉薄した。
「せやあああ!」
「陸ノ太刀・流し斬り!」
先輩はその場で旋回し、突っ込んで来たリンを弾き飛ばす。
リンは短剣をクロスさせて受け止めたみたいだが、勢いは殺しきれずに吹っ飛んだ。
「くっ……動かすことすら出来ないなんて……」
「勝手に動いてくれる的がいるとなると、私も踏み込まずに済むからな」
「なら……近づかなければならない状況を作って見せますよ」
リンは不敵に笑った。
専用客席とは言えど、細かい表情までは見えない……そのはずなのに、俺たちには何故か、リンが笑ったことが感じ取れた。
「ほう? ならばやって見せろ。後輩たちの望みに応えるため、映える状況とやらを見てみたい」
「後悔なんて、させてあげませんからね」
リンはそう呟くと、逆手に構えていた短剣を持ちなおした。
……なんだか嫌な予感がしてきた。
「ハァッ!」
ガチィンッ、と短剣同士を打ち合わせると、リンの持っていた短剣は折れた。
刀身が根元からへし折れて地面に刃だけ突き刺さり、柄だけがリンの手に残っていた。
「何やってんだアイツ?」
「気でも狂ったんじゃねえのか?」
「なんかのスキルか?」
「演出だろ」
観客たちもざわめきだし、俺たちもその行動に釘付けになった。
傍から見れば、いきなりリンが短剣同士を打ち合わせてぶっ壊したんだ。
「これが、私の奥の手です」
リンは着ていたコートを脱ぎ去った。
コートを脱ぎ去ると、体にぴったりとくっついたスーツに、ショートパンツ。
そして黒いブーツと白い手袋、青いスカーフ。
コートがないことでアンバランスさが凄まじいが……リンの背中には、一振りの剣があった。
「ほう、武器を隠していたとはな」
「まだまだこんなもんじゃないですよ」
リンは剣を背中からシャランッ、と抜いた。
黒い柄に、金色の鍔、銀色の刀身……至って普通の片手直剣だ。
そして、地面に投げ捨てた短剣の柄と刃に、剣の切っ先を当てる。
「私の愛剣を犠牲にでもしないと、この試合は負け同然でしたからね。
……それでも、この子と勝ちたかったんですけど」
リンがそう呟くと、持っている剣と短剣の残骸が光り輝いた。
「なんだ……?」
先輩も俺たちもそれを食い入るように見つめる。
数十秒ほどして、発光が止まったと思うと……リンの剣は姿を変えていた。
まるで、短剣を取り込んだかのように。銀色に輝いていた刀身が、真っ青なものになった。
「これが新しい剣……【ソードイーター・アクア】!」
リンの持っていた剣の特徴を主張する片手直剣……あぁ、武器付属の特殊スキルか。
恐らく、破損した武器のオブジェクトなどを取り込んで、武器を強化できるのか。
とすると……リンはそれで強くなってる、ってことだよな。
「今まで短剣を使っていた女が片手直剣とはな……急ごしらえの武器で負けるほど、私もこの刀も弱くはないぞ」
「付け焼刃だなんて失礼な、私は元々ロールプレイを抜きにしたら、片手剣の方が得意なんですよ!」
リンは先輩の挑発に答えながら剣を水平に構える。
剣にはライトエフェクトが宿り、青い刀身が紫色に輝いている。
「ほう……面白い、来い」
「なら……【ソードイーター】! せあっ!」
リンは剣を押し出すように突きを放ったと思うと、刀身は物凄く伸びた。
先輩はそれをサイドステップで避け、難なく反撃に移ろうとした──が。
「かかった」
リンがヘッ、と笑いながらそう呟いた。
すると、先輩の足元は勢いよく爆発を起こした。
「ぐっ!」
「先輩!」
今までどんなボス戦だろうと、先輩は持ち前の反応速度や瞬発力で対処して見せた。
それでも……彼女はあの設置型の罠に気付けなかった。
「あーあー、ちゃんと足元には警戒しないと、N・ウィークさん」
「まさか……私ですら気づかぬほどの地雷を撒いているとはな」
「ま、一回戦で敢えて、超加速による攪乱戦法を見せたおかげってのもあるんでしょうけどね」
リンはスキルを詠唱し、剣にまた何かを溜め始めている。
クソッ、あの女郎……まさか先輩に一杯食わせるなんて、どんだけ寝ないで考えて来たんだ。
俺は二日間寝ずに考えても浮かばなかったのに!
「片足だけしか削れませんでしたけど……もう、どのみちその足じゃ動き回るのは無理でしょう?
それに、地雷だらけの場所で下手に動けば、今度は両足どころか下半身がお陀仏ですからね!」
リンは更にチャージを続けながら、先輩を見下ろして笑う。
……確かに、先輩の右足は地雷の影響で焼け焦げている。
完全に吹き飛んだわけじゃないから、これじゃあ三分待っても治すことは出来ない。
かと言って、斬り落とせばそれはそれでダメージを受けるハメになる。
先輩は刀を杖代わりに何とか倒れずに済んでいるが、これじゃあ……!
「先輩、準備出来てますか?」
「あ、あぁ。一応……な」
……仮に先輩が負けたとしても、俺が勝てばいいだけ。
そうわかっていても、先輩には負けて欲しくない。
俺がまだ勝っていないんだから、他の奴なんかに負けないで欲しい。
何よりも、俺が一度勝った相手なのに、先輩がそんなのに負けたら。
悔しくって、泣いちまうじゃねえかよ……!
「フフ……まさか、オロチでもランスロットでもなく……貴様に負けるとはな」
「どうもどうも、あとはカエデが勝ってくれることに祈るだけですから……じゃあ!」
リンの剣が今にも振り下ろされよう瞬間。
先輩は完全に諦めている様子で、避けようともしない。
「ざけんな……」
「先輩?」
「ざっけんじゃねえええええええ! 先輩! 何そんな三下相手に諦めてんだよ! アンタは! 俺が五年以上かけても勝てなかったのに! 俺が勝った奴なんかに! 負けんじゃねぇっ!」
全力で、俺が叫んだ。
客席もMCもアイドルも、ハルたちも、皆が一斉に俺の声に注目した。
そして、先輩も……俺の声が届いたみたいだ。
「ふっ!」
「な……」
先輩は左足だけで重心を支え、リンの振り下ろした剣を受け止めた。
「悪いがリン……やはり、私は負けることが許されないらしくてな……この勝負、勝たせてもらおう」
先輩はリンの剣を刀で滑らせるように受け流し、刀を構える。
焼け焦げて力を入れられないだろう右足に体重を預け、腰を落とした。
「くっ……スプラッシュ・スティンガー!」
「ふぅっ……」
リンは剣をレイピアのように構え、高速の突き攻撃を連続で放った。
すると、先輩は更に腰を落とし──
「【震天ノ太刀】」
先輩のアバターが消えたと思うと、先輩は既に観客席にいるプレイヤーですら、見上げる位置に跳んでいた。
それも、既に刀を振り終えた姿勢で。
彼女は片足だけで、文字通り天を震わせる程の一太刀を放ち、高く高く跳んでいたのだ。
誰もがその光景に釘付けになり、俺たちも自由落下する先輩のダメージを考えることはなかった。
それは、たった一太刀放たれたはずなのに、リンのアバターの首と胴体が泣き別れていたからだ。
恐らくは斬られたリン自身も反応できていない程の速度。
先輩の勝ちは、誰だろうと理解できる程だった。
『副将戦!集う勇者の勝利!よって勝者、【集う勇者】!』
その声を始まりに、会場のプレイヤーたちは先輩を祝福した。
六十二話
プレイヤーネーム:N・ウィーク
レベル:60
種族:人間
ステータス
STR:100(+150) AGI:100(+100) DEX:0(+50) VIT:30(+70) INT:0 MND:25(+75)
使用武器:神天刀
使用防具:龍王の羽織 神天の面 神天の着物 神天の籠手 月輪草履 真・力の指輪