第五十七話:俺が知るか
「フェニックス・ドライブ・マルチ!」
俺は残りSPを惜しみなく使うつもりで、七体のフェニックスを剣から放つ。
そして、フェニックス七体を全部同時に上手く動かす……のは、とても難しかった。
五体ならまだしも、七体となると指を使う感覚ですらない、七体分の思考を裂くことが出来ない。
なので……五体はその場でホバリングを続けさせ、二体だけ操作する。
「先輩! ハル! 下がってくれ!」
「はい!」
「ブレイブか……わかった!」
先輩とハルはバックステップして下がる。
フェニックスは先輩たちと入れ替わるように真っ直ぐに飛んだ。
そして、悪魔大将軍は扇子を構えて、盾のように防御姿勢を取った。
「いっけえええッ!」
悪魔大将軍の扇子目掛けて、フェニックスは飛び立つ。
そして命中し、フェニックスが爆発したかのように吹き飛ぶ。
勿論、これだけで終わるなんて思っちゃあいない。
だからこそ、俺のありったけをぶち込んでやる!
「集中砲火! いぃぃぃけえええぇぇぇっ!」
俺はフェニックスを全て悪魔大将軍に向けて放つ。
まぁつまり……七体のフェニックスが悪魔大将軍に叩き込まれたワケだ。
煙でHPバーは見えていないが……結構ダメージは入っただろ。
と、思っていたら、俺は悪い意味で期待を裏切られた。
『ぐ……ああっ……!』
「ウッソだろオイ」
沢山あった悪魔代将軍のHPは、全損していた。
それは盛り上がり所とも呼べるボス戦が、あっという間に終わってしまったことを告げている。
いや待ってくれ、ホントに待ってくれ。
ちょっとどころじゃないくらい待ってくれ。
『くっ……悪魔の大将軍たる、この……私を討つとは……人間よ……貴様の力は、この世界にて脅威足りうるもの……そう、認めよう……では……さらば、だ……!』
悪魔大将軍はあまりにも呆気ないまま、突然現れたブラックホールのような黒い空間にシュルシュルシュルシュル……と消えて行った。
……金とドロップアイテムは手に入ったが、喜ぶに喜べねえ。
で……ボスを倒した影響なのかフェニックス・ブレードが入っていた本が浮いてこっちに来て、小鬼王の剣・改が俺の鞘に戻ってきた。
フェニックス・ブレードは失われず、そのまま俺のストレージの中にある。
「……何だったんだろうね」
「俺が知るか」
俺がアイテム欄やらを確認していると、両足の治ったランコが悪魔大将軍のいた所を見て呟いた。
知ったこっちゃねーよ……俺の期待を返せよ馬鹿野郎……何であんな大物の風格漂わせてこんなんなんだよ。
「ま、まぁ……なんにせよ、これでダンジョンはクリアッス!
それに……とうとう念願の”アレ”も出来るッス!」
「あぁ、私としては”アレ”が楽しみで楽しみで仕方なかったからな。
むしろ、この戦が早く片付いたことに……若干心が躍っている」
ユージンと先輩は嬉しそうにしているが、俺は落胆中だ。
……確かに目的を果たす上で最短なのはいいけれども。
なんか、苦労に見合う報酬って感じがしてこねえ……気がする。
「先輩、元気出してください。目的の達成が第一ですし、先輩も望んでたじゃないですか」
「そりゃあ、そうだけどよぉ……俺の働きなんてチッポケじゃねえかよ」
「今回はお義兄さんのおかげで勝てたんです。
僕たちだけじゃ苦戦どころじゃなかったので、丁度いいじゃないですか」
「アインさんの言う通りです、今回も恥ずかしながら私が助けられる側に回りましたし」
ハル、アイン、ディララが俺の背中にポン、と手を当ててくれるが、悲しい。
仲間に慰められている不甲斐ないリーダーである俺自身と、ボス戦ショックだ。
畜生、フェニックス・ブレードなんて使うんじゃあなかった……これのおかげで攻略できたのは事実なれど、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「……ところで、さっきからユージンさんたちの言う”アレ”ってなんなんですか?」
それぞれがそれぞれに感情を変化させていた所で、ランコが手を挙げて聞いて来た。
するとユージンは驚いた顔をし、先輩も首を傾げた。
「ランコさんって、もしかして知らずにこのダンジョン来てたんッスか!?」
「……流石に冗談だとは思うが、ランコ。
第二回イベント終了後のアップデート内容は確認したのか?」
「えっ、そ、そんな大事な事なんですか? って言うか、なんで私が悪いみたいな空気に……」
ランコは驚きっぱなしのユージンにたじろぎ、先輩に言われたことから慌ててメニュー画面を開く。
あぁ、そういや「おしらせ」って欄があるんだっけな。
俺は一度も使ったことねえけどな、SNSとかでもチェックできるし、パソコンからでも見れるし。
「……レベル上限突破?」
「えぇ、SBOではレベルが50に到達するとここで限界を迎えますが、ね。
このダンジョンに挑んで、ボスを倒すと……ですよ」
ハルがいつの間にか移動していて、俺たちが入って来た扉から見て、真正面の奥にある場所に立った。
すると、壁がギィィィィィィ……と音を立てて動き、開いた。
「こうして、レベル上限突破の儀を行える場所が開くんですよ」
「上限突破したあとって、いくつまでレベルを上げられるんでしたっけ?
僕、そこはちょっとまだ確認してなくて」
「確か今は60までだったハズだ。
今後のアップデートでそれ以上のレベルにもなるだろうがな」
……今回の目的であるレベル上限突破。
そう、これだけはリアルの用事があっても成し遂げたかったことだ。
何せ……俺はもうSBOにすっかりハマりきったんだ。
だから、どうせやるなら高い所まで目指してえ。
先輩とハルから勧められて、もう一度ハマることの出来たVRMMO。
今度は、前のゲームとは違って……ずっといい意味で楽しめそうだ。
「先輩、行きますよ」
「あぁ、今行く」
考え事をしていたら皆が扉の方に集まっていたので、立ち上がって……走って向かった。
先輩、ハル、ユージン、ランコ、アイン……そして、今日わざわざ俺たちのために来てくれたディララ。
その六人と、俺は。
今日この日、レベル50……その上限を、突破した。
翌日。
「999……1000っ!」
「はい、素振り終わり。どうだ鞘華、腕千切れそうか?」
「うん……兄さんは、こんなの……毎日やってるんだね」
「ったりめーだよ、全国大会で優勝するにはこんなんじゃむしろ足りねえくらいだ」
俺は鞘華に剣道を教えていて、現在庭で素振りを終えた所だ。
鞘華も体力があって、体はしっかりしてるが……まだまだ磨けるモンだ。
「……にしても、兄さん」
「どうした」
「どうして、私が引きこもってた理由を知っても……冷静だったの?」
「さぁな」
鞘華の引き籠った理由。
それを聞いた時、確かに最初は驚いたけれど……何故かストンと落ち着いた。
驚くほどの事じゃない、と体が勝手に認識したのか……それとも、驚きもない程心の奥底で怒りが煮えたぎっているのか。
ただ……そのどれだったとしても、これは鞘華自身の事だ。
だから、俺は鞘華を鍛えてやることしか出来ねえ。
「ただ……一つ言えるのはよ」
「一つだけ?」
「いいから聞け。
……俺はお前を鍛える事しか出来ねえ、でもそれは悪いことじゃない。
心身共に鍛えられたら、お前がまた引きこもる理由がなくなるだろ」
俺がそう言うと、鞘華は少しだけ口角を上げて……俺に背を向けた。
「あるよ」
「あぁ?そりゃどうして──」
「だって、大好きな兄さんと一緒にいられるんだよ?」
……いきなり背を向けたと思ったら、今度は満面の笑みで振り返った。
全く、つくづく困った妹だよ……大分髪も伸びてきて、ポニーテールにでもしたら似合いそうじゃねえか。
っつーか、今の言葉……優真に聞かせてやりてえな。
「今度同じ言葉を言うなら、大好きな誰かさんのために言えよ」
「酷いや兄さん……」
「なんとでも言いやがれよ」
俺は鞘華の頭をポン、と撫でてから……また竹刀を握る。
休日中だろうと……剣を握って振るのには、リアルでもゲームでも変わらねえな。
と、俺はそんなことを考えた後に、素振りを再開した。
素振りを終えた後は鞘華の後にシャワーを浴びて、部屋に戻って、ハードを起動して。
俺にとってのもう一つの世界へと飛び込む。
「よし、皆集まったな」
「にしても、上限突破したのはついこの間なのに……あっという間に強くなりましたね、私たち」
「皆で効率よくレベリングしたおかげッス!」
「N・ウィークさんのアイテムのおかげで、短い時間でも強くなれましたし!」
「兄さんよりも、Nさんの方がギルドマスター向いてるんじゃない?」
「ひっでえなお前」
レベル上限突破した後は、ダンジョン攻略やらフィールドボス討伐……とにかくレベルを上げるために、短期間でレベリングをかなり続けた。
そのおかげか、集う勇者自体の名はそれなりに広まっている。
掲示板の方を覗いたら『少数なのに強すぎる』とか『人数集まったら大規模ギルドにも拮抗しそう』等と書き込まれていた。
様々な場所で俺たちが脅威として認識されていて、道を通るだけでも10人に1人くらいはざわついてくれる。
で……今、そんな俺たちはギルドホームに集まっている。
「んー、しっかし……飛ぶ鳥を落とす勢いで成り上がったッスね、俺ら」
「あぁ、私自身もかなり驚いている。
ブレイブが、あっという間に私たちに追いついたのだからな」
「なんなら、私はもう追い抜かれてるくらいですからねー……」
ユージンは感傷に浸り、先輩はそれにうんうんと頷き、ハルは苦笑いだ。
……まぁ、確かに俺もこのゲーム自体は始めてそんなに経ってないんだよな。
第一回イベントの後とは言えど、サービス開始からはそれなりに経ってはいたはずだ。
それなのに……随分強くなれたなぁ、俺も。
「でも、僕は皆さんと出会えてよかったです。
学校生活も充実してますし、難しい言葉も沢山学べましたし……このゲームが楽しくて、始めて少しの期間でこんなになれたし……何よりも、ランコさんと出会えたから……なんっちって」
「もう、アインくんってば……そう言うのは皆の前じゃやめようよ」
「あはは、ごめんなさい……」
アインの野郎目……リアルでも上手く行った上に、人の妹とイチャコラしやがって。
兄として妹の幸せは祝福したいけれど、ぶっちゃけ見ててイラつくぞこの惚気。
……まぁ、アインもランコも、本当に凄い勢いでレベルが上がって、プレイヤースキルもそれに伴っている。
VRMMORPGプレイヤーとして、良い育ち方をしたとつくづく思う。
「んじゃ、皆……そろそろ、ここに集まった理由と話の本題に入ろうぜ」
俺は、五人がそれぞれに話していた所で手をパン、と叩いて話を中断させる。
今度は……ちゃんと俺が説明できるから、先輩の解説は不要だな。
「よし……じゃあ、皆『第三回イベント』が行われるのは知ってるよな?」
「え、初耳」
「よしランコ、お前は後で表出ろ、新しいスキルの実験台にしてやる」
「あー、すみません、俺も初耳ッス」
「そうかじゃあ二人纏めて斬首だ」
と、ゲーム内ならではの冗談をかましつつ……俺は黒板モドキを出す。
電子タブレットみたいな操作方法だけれど、見た目はどう見ても黒板だ。
で……おしらせの欄を開いて『第三回イベント、開催』と言う項目のスクリーンショットを皆に見せる。
「ほう……ルールの変更か、面白い。
第二回イベントまでのようなバトルロイヤルは少々飽きていた所だ」
「どういうルールかはわかりませんけど、参加条件的にチーム戦みたいですね」
「ギルド、それもメンバーが六人以上……かぁ」
腕を組んでフッ、と笑う先輩、参加条件から内容を想像するハル、人数を見て悩ましい顔をするアイン。
まぁ、集う勇者はギリギリ六人だから参加条件は満たしてはいるんだよな……一応。
それでも、当日欠員とか出た瞬間は参加条件を失うので即座に敗北が決定してしまう。
「……予定何とか開けれるように努力してくれよ、皆」
「無論」
「当たり前ッス」
「当然のことですよねぇ?」
「……まぁ、リアルな事考えると私は24時間平気だし」
「イベントの日は休日なので、僕も大丈夫です!」
よし、ちゃんと皆予定はオーケーなようだ。
俺か? 勿論全然問題なし、ノー・プロブレム、無問題、バッチリだ。
強いて言うなら、前回みたいに鼻血を出さないかどうかだけが不安なとこだ。
「うむ、皆予定に何一つ問題がないようだな」
「なら……イベントまでやることは一つッスね」
「えぇ、満を持して挑むのがイベントというものです」
先輩、ユージン、ハルの目つきが変わった。
……これは俺も駆り出される流れだろうが、まぁいいさ。
第三回イベント……当然王の騎士団や、真の魔王だって出てくる……となれば、負けられねえ。
化け物染みた強さの奴らを越えるには、やることなんて一つだ。
リアルでもVRでも変わらない……たった一つの事。
それだけをやるために、俺たちは立ち上がった。
挑むべき、第三回イベントへと向けて。
「漢ブレイブ・ワン、そして集う勇者。いざまかり通るぜ」
プレイヤーネーム:ブレイブ・ワン
レベル:50
種族:人間
ステータス
STR:60(+80) AGI:100(+65) DEX:0(+20) VIT:40(+105) INT:0 MND:39(+70)
使用武器:フェニクス・ブレード、小鬼王の小盾・改
使用防具:龍のハチガネ・改、小鬼王の鎖帷子・改、小鬼王の鎧・改、小鬼王のグリーヴ・改、ゴブリンガントレット、魔力ズボン・改(黒)、回避の指輪+2