第五十三話:エ”ン”ッ”!
「中は思ったよりも広くて綺麗ですね」
「でも、なんかここ寒気がしますね。お化けとか出そうだし……僕、背中の辺りがゾクゾクして来ました」
「お、おい、もう帰ろうぜ……ッス」
ハルとアインが屋敷の中に入ってから第一印象を言っている所に、ユージンが懐かしいネタを。
あのなぁ、お前な……こういうダンジョンでそういうことを言うと、フラグ建っちゃうだろ。
皿がパリーンとか割れたら洒落にならなくなるだろ。
「馬鹿馬鹿しいですね、まったく……お化けなんてアストラル系のモンスターに過ぎません。
VRMMOにおいて、そんな非科学的な者がいるわけ──」
ディララが呆れた様子で人差し指を立てながら説明しようとしたところで、パリーン! と言う音がした。
「ひゃぁっ!」
「おわっ」
ディララは飛び上がるように驚き、バランスを崩して俺の方にもたれかかって来た。
ユージンが凄い形相で俺の事を睨んでいるが、わざとじゃねえだろ。
っつーかディララ、お前はなんで震えて俺の方にくっつきっぱなしなんだ。
「とっとと離れろディララ」
「え? えぇ? え、あ、そ、そうですね!」
……うーむ、ディララってこんなキャラだったか?
と俺の心に変な引っかかりが残ったが、冷静に考えたら俺はディララの事をあまり知らない。
ただただ、クールで理知的な女の事しか知らなかったし……こんな一面の一つや二つもあったっておかしくない、か。
「やれやれ、とんだ茶番だ。私が音の様子を見に行ってやる、お前たちは念のためここで待機していろ。
何かあれば、直ぐにメッセージを送るからな」
「じゃあN先輩、なるべく死にそうになってからメッセージを送ってくださいね」
「フ、言われずとも……」
先輩は俺たちにすっかり呆れた様子で、スタスタと歩いて行ってしまった。
さて、この玄関含めた十字路で、先輩は玄関から見て右に行った。
俺たちは待機と言われたが……先輩が先行して待機と言うのには不安だな。
何せ、以前そういうことをしたときに思い出したくもないことがあったからなー。
あの地獄みてえな気持ちになるくらいなら、いっそ死んだ方が──
「あの先輩、モンスター来てます!」
「あ!?」
玄関から見て左側、つまり先輩と向かった方の逆方向から何か来ていた。
……見た目は……なんと言うか、悪魔らしいとでも言うのか?
全身が黒く、フルチンでツルツルの肌、毛のない姿で蝙蝠のような翼と、矢印みてえな尻尾。
モンスター名も【デビル】……芸のねえ名前だぜ。
せめてフルチンデビルとかハゲデビルとかつけとけよ。
「サード・ジャベリン!」
「アックス・スロー!」
『ゲアッ!』
ランコとアインが先制してスキルを放つと、デビルの頭に二人の攻撃が命中し、クリティカル。
だが、クリティカルが出たのにもかかわらずデビルは殺しきれていない。
雑魚のくせに随分とかてえなオイ。
「斬撃波!」
『シャアアア!』
「くっ、これでは効きませんか……!」
デビルはハルの放った斬撃波を尻尾で弾き、そのまま翼を羽ばたかせている。
だが、飛んでいるだけで攻撃はしてこない……何かあるのかもしれねえな。
「乱れ突き!」
『シャシャシャ!』
「なっ、カウンター!? うぐっ、がっ、くふっ、ぐっ、うっ!」
ランコが追撃の乱れ突きを放つと、なんとデビルはスキルによるカウンターを放った。
しかも、俺みてえに一撃じゃない、乱れ突きの分だけ……つまり五発、かなりの大技かもしれねえな。
「くっ……結構痛い……次食らったら死ぬやつだ、コレ」
「下がっててください、私が止めるので……先輩、お願いします!」
「オーケーオーケー、もう倒し方は大体わかった」
ランコはカウンターでかなりHPを持ってかれたので、後ろに下げる。
回復を始めたランコを放っておけないのか、デビルはランコに向かってくる。
けれど、横幅があまりないこの道なら。
「させませんよ!」
「さっきはよくもランコさんを攻撃してくれたな!」
ハルがデビルの突進を盾で受け止めるように止めると、アインが双鉞をデビルに叩きつけた。
だがガキィンッ、と言う音と共にアインの攻撃は弾かれてしまった。
あー、やっぱり防御力がそれなりに高いんだな……アインの通常攻撃か効かないとなると、俺でも無理だろう。
けれど──
「ディフェンス・ブレイク!」
『ギャアオッ!』
俺の防御力貫通攻撃は、デビルのHPバーを一気に削り取った。
元のHPが高いせいで倒しきれてはいないが、あと僅か。
これならイケるぜ。
「今だアイン!」
「アックス・バースト!」
『シャアアアアア!』
アインがデビルの頭に斧を叩きつけると、そこから爆発が起きる。
デビルは無事HPバーを全損し、俺たちの経験値となる──
が、俺たちのレベルは既に上限に達しているので、経験値は0だ。
金もまぁ……ショボいし、ドロップアイテムも特にはない。
「それなりに強かったですね」
「まぁ、連携すればやれないことはないだろ」
ハルは剣を腰に納めながら言うが、言う程厳しいわけじゃない。
多分俺一人なら厳しかったかもしれないが、パーティを組んでれば大したことはない。
……囲まれたら、ちょっとどころじゃないくらいマズいけれどな。
「増援が来たみたいですよ」
「なら魔法を撃ってくれ」
「初めからそのつもりでしたよ、サード・ラピッドファイア!」
ディララの杖から機関銃の如く放たれた火球が、新たに来たデビルに全弾命中。
……が、火に対する耐性が高いみたいで、削り切れてねえ。
っつーか半分も行ってないし、デビルの数は三体と面倒な形だ。
「火が効かないことも想定済みです!【サード・ラピッドアイス】!」
「んじゃ俺も……ライトニング・ソード!」
「アックス・スロー・オブ・バーサーク!」
「ダブル・ウィンドソードッス!」
ディララがマジック・ストックで保持しておいたもう一つの魔法が本から発射。
氷の礫がさっきの火球同様に機関銃のように放たれ、デビルに命中。
……まぁ、ダメージの通りはマシだが、やっぱりディララの魔法でも殺しきれてない。
かなり防御ステータスが高めに設定されているのか、あるいは耐性の値か。
けれども、前の二体は俺たちの放ったスキルで倒せた。
『シャアアアアア!』
「うおっ、来たッス!」
「流星盾!」
後方にいてほぼダメージを受けていない最後の一体のデビルがユージンに向かって突撃してきた。
で、俺の流星盾がそれを阻み、ハルとランコのスキルの詠唱時間を稼げた。
流星盾は内側から攻撃をするのならば自由、外側からはパーティメンバー以外は通さねえ。
「まだ皆さんには見せてなかったスキル……行きます! 【時雨突き】!」
ハルは剣にライトエフェクトを纏わせたと思うと、そのまま刺突。
衝撃波のようなものが真っすぐデビルにヒット……だが、ダメージエフェクトはない。
なんならHPも減っていないし、本当に攻撃スキルか?
「なら私も……【五月雨突き】!」
ランコはその場で乱れ突きに近い動きをしたが、ソレは乱れ突きよりも突く回数が多い。
……でも、問題なのは流星盾の範囲内でやっているだけだから穂先はデビルにかすりもしていない。
大丈夫なのか、とは思ったがそれもつかの間どころか一瞬の心配に過ぎなかった。
ランコの新しいスキル、五月雨突きはどうやら乱れ突きの上位スキルと見ていいな。
槍の穂先から衝撃波のようなものが出て、十発のダメージがデビルを襲った。
「おぉ、新しいスキルか。いいもんじゃねえか、ランコ!」
「なら俺も負けてられないッスね! トドメは俺が──」
『ギャッ! グッ! ガゴッ!』
「勝手に苦しんでいませんか? あのデビル」
ユージンが流星盾の外に出ようとしたところで、足を止めた。
ディララの言う通り、デビルは勝手にダメージエフェクトが出続けている。
……五月雨突きの追加効果か何かか? と思ってランコの方を見ると、ランコは首を左右に振った。
「ふふっ、時雨突きは確かに直撃した瞬間に効果は起きません。
けれども、時間経過でこうやってダメージを起こせるんですよ!」
「何だそりゃ」
「うーん、僕には強いように感じられない……」
……集団を巻き込めるわけじゃないなら、あんまり強いようには感じられないな。
「ま、単体じゃその効果は微妙ですけどね。
これは乱戦の時にあらかじめ床や壁に放つことで、効果を出せたりしますし」
乱戦向けのスキル、ね……味方を巻き込まないかどうかが心配だな。
間違って攻撃範囲に入って自滅とかしたら凄くダサそうだし。
「まるで、あの生物災害のゲームに出てくる銃みたいですね」
「言っちゃったよ」
俺が散々ツッコまないでいたのに、ディララはツッコんだ。
……って、まだデビルは倒しきれてねえのにコントやってる場合じゃねえ!
『シャオアアア!』
「ぐっ!」
流星盾の効果時間が切れて、デビルがランコを狙ってきた。
ので、俺は盾を構えてそれを止める。
中々に攻撃力は高く、俺のHPが僅かに削れた。
「ユージン!」
「任せるッス! クロッシング・スラッシュッス!」
ユージンが放ったスキルでデビルは俺から剥がれ、下がる。
が、下がった先にはアインがいた。
「パワー・アックス!」
アインのスキルがデビルの頭にバゴンッ、という鈍い音と共に決まった。
デビルはHPを全損し、ポリゴン片となって消滅した。
……辺りを見回しても新しいのはいないみたいだし、ようやく片付いたな。
「さて、N・ウィークさんを探しに行きましょう。
彼女がすぐに戻ってこないということは、何かあったのでしょうし」
「……案外透明化で隠れてたりしてな」
「いやぁ、この敵の強さからしてそれはないですよ、先輩。
N先輩でも一撃じゃ殺しきれない程に硬いでしょうし」
まぁ、流石にそうだよな。
いくら先輩でも、ここを単独で行動するのは結構危険なハズだ。
なんてたって、もう俺たちだってステータス面なら先輩とそんな変わらない。
そんな俺たちでも手間取るレベルのデビルともなれば……な。
「……なんか嫌な予感してきたんで、俺ちょっと伏せていいッスか?」
「いきなりどうしたんですかユージンさん」
ユージンが変な事を言い出した。
ランコは怪訝な目でユージンを見ているが、ユージンは何故か這いつくばった。
そしてゆっくりと移動しているが……いったい何が起きるって言うんだ。
「なんだか僕、不安になってきました」
「大丈夫ですよ、いざとなれば私と先輩で壁になりますし」
腕を組んでうーんと悩むアイン、励ますハル。
……大丈夫なんだろうか、こんな調子で。
「ったく、お前らそんな不安がってるけどよ。
別にトラップの一つや二つくらいはどうにかなるだろ」
「そうです、N・ウィークさんが死んでいない以上は無事ですし。
トラップの類は、彼女が解除しているでしょう」
俺とディララはそう言いながら、先輩が皿の割れた音を調べに行った部屋のドアの前に立つ。
とは言え、先輩が部屋の中に入って初めてトラップが発動するとかそう言うのかもしれない。
故に、気は抜けないが……慎重になりすぎても疲れるだけだ。
「んじゃ、開けるぞ……」
「お願いします」
俺はドアノブを掴んで捻り、押してみるが開かない。
……建付けが悪いのか、鍵でもかかっているのか。
でも、VRなら前者はないし、テロップも出ない以上後者もない。
なんだ? 力でブチ抜けばいいタイプか?
「んなら……オォラァッ!」
バァンッ! と扉を蹴り飛ばしたが……開く気配はなかった。
うーん、中々にかてえな……ここは加力を使うか?
「あの、ブレイブさん、これ引く扉です」
ディララがドアを引いて開けていた。
そりゃ俺が蹴っても開かねえわけだわ。
「うわー、ダッセーッス……」
「兄さん、絶望的なまでにダサいよ」
「お前ら後で覚悟しとけ」
ユージンとランコが指差して俺を笑っているので、俺は拳の骨をバキリバキリと鳴らす。
特に妹よ、お前はリアルに戻ったら十時間くらいしごいてやろう。
剣道の練習を丁度したかったみたいだからな、数日くらい足腰が動かなくなるようにはしてやる。
と、大人げない馬鹿な事を考えつつ俺たちはドアの奥を覗くと──
「エ"ン"ッ"!」
俺の額に矢がヒットした。
クソッ、中々いてえじゃねえかよ! 三割もHP削れたぞ!
「あぁ、扉のすぐそばに感圧板があるんですね。
色が全く同じなので気づきませんでした」
ディララが冷静に分析しているが、その感圧板を踏んでたのお前だろ。
矢の射線上に俺が立っていたから俺が受けたが、お前だと下手したら死んでたぞ。
「クソッ……随分舐めた真似してくれるじゃねーの」
俺は部屋の奥を見てみる……と、自動でボウガンを撃つように出来ているトラップのようなものがあった。
なるほどな、感圧版を踏むと矢が飛んでくる、しかも部屋の奥にあると来た。
部屋の奥にあるとなると、多分そこに到達するまでの二重トラップもあり得る。
ともなれば、先輩はそれにかかった可能性もある……のか?
ドアを開けて俺たちがいることを示しても反応がない限り、この部屋にいないのは確実だが。
「しっかし、なんでN・ウィークさんは今の罠かからなかったんッスかね」
「感圧板を運よく踏まずに済んだんでしょうね」
「兄さんがドアの前に立っていて、ドアを開けたのはディララさん……感圧板の位置が位置だから、多分コレ一人だと作動しづらいんじゃないかな。
変な所に足を置かなければ、一人で踏むことないっぽいし」
「じゃあ、N・ウィークさんは矢の事も知らないのかな」
「ですが、トラップであればそれを解除しようと歩を進めるハズ。
それでも何も起きなかったことを見るに……恐らく、トラップにかかった可能性は十二分にあります。
あのボウガンのトラップは恐らくわかりやすいダミーでしょう」
「じゃあ、なら……先輩を探すなら、そのトラップにかかるのが一番いいかもな」
……と、俺たち六人がそれぞれ見解を述べた所で、パーティチャットが。
先輩からのメッセージなのはわかっているので、全員で読み始めた。
『ボス部屋を発見した』
……え?
プレイヤーネーム:ユージン
レベル:50
種族:人間
ステータス
STR:70(+60) AGI:135(+85) DEX:30(+60) VIT:0(+20) INT:0 MND:0(+20)
使用武器:ドラゴンダガー×2
使用防具:俊敏のハチマキ 華のジャケット 根性シャツ 疾風のブーツ ハイスペック・グローブ 魔力ズボン(灰) 回避の指輪+1