第五十一話:遊びも修行の内だ
「……で、兄さん」
「どうしたランコ」
「なんで……なんでSBOにログインしてるの?」
「遊びも修行の内だ」
マイデビルシスターから、剣道を教えてくれと頼まれてから一週間。
現在、俺とランコはSBO内で買い物をしていた。
前のダンジョンでかなりアイテムを消耗したので、稼いだGの使いどころなワケだな。
先輩とアイン、ユージンやハルは別で買う物を探していたので、今は俺とランコだけだ。
「いや、そうなのかもしれないけどさ兄さん……剣道、全然教えてくれなかったじゃん」
「当たり前だろ、初めての奴には一からゆっくり教えてくんだよ。
初っ端から一から十まで教えるような事なんて、勉強だけで十分だ」
リアルで鞘華に剣道を教える……その約束はしたが、何も俺は全部教えるわけじゃない。
基本のやり方を見せて、後は自分で反復練習と基礎トレーニングを繰り返す。
それだけで大体の型は出来上がってくる。
鞘華が剣道をやりたい理由は、俺のように剣道の試合をしたいとかじゃない。
だから、試合に必要なテクニックだとかそういうことを教える必要なんてのはねえってワケだ。
「でも……ただ竹刀の素振りしただけじゃ、剣道やった気にならないよ」
「初心者がやった気だとか、一丁前のこと言ってんじゃねーよ」
俺は自分のHP総量に合わせたポーションを選びつつ、ぶーぶーと文句を言うランコの頭にチョップを食らわせる。
まったく。妹が生意気だと兄貴ってのは常々苦労するもんだが、俺は長男だからちゃんと我慢するぜ。
あまりにも我慢ならねえようなことを言われたわけじゃねえしな。
「……兄さんって、どうやってあんなふうに竹刀振れるようになったの?」
「そもそもSBOでリアルの話をするなよ、一応ここアイテムショップだぞ」
「答えてよ、別に困ることじゃないでしょ」
「へいへい……まぁ、俺はただ憧れの人に追いつきたいって心だけで気合い入れて練習してた、そんだけ」
「気合いって……抽象的すぎるよ」
「ゲームでも剣道でもリアルでもどこでも変わらねえよ、気合いと愛と意思さえあれば、努力しまくって自分を磨ける。
だから、俺は先輩みてえになりてえって思って竹刀を振って……今の俺があるのは、そういうことだよ」
俺はどうして自分が竹刀を握ったか、どうして今まで頑張って来たのか。
それは目を瞑っただけで思い出せる……簡単な出来事。
だからこそ、俺は剣道で負けるわけにはいかないんだ……と、思ったところで回想を終わらせる。
ゲームやってんのにシリアスな雰囲気なんてお断りだ。
俺は平和にワイワイやり合えるか、ガチガチにバトルするかの二択しかねえんだからな。
「さ、この話はもう終わりだ、ランコ。
買い物も終わったんだから今日の目標を果たしに行こうぜ」
「あ、待ってよ……」
俺はランコの頭を軽く撫でてから、ショップを出て歩き出す。
ランコは遅れて俺について来てた。
そのまま先輩とメッセージでやり取りしつつ、合流位置を決める。
そうして合流位置まで真っ直ぐ進み、先輩たちと合流。
「必要なものは無事揃えられたか?」
「えぇ、準備は完全に整いました」
「ヘヘッ、久しぶりの出番だから……滾って来たッス! イィェイッ!」
「僕も、今回は活躍しますよ!」
準備体操をしながら、久しぶりの出番に舞い上がっているユージンと、それを見て奮起しシャドーボクシングみたいなのを始めているアイン。
二人とも元気だな、まったく。
「で……悪いな、わざわざ来てもらってよ。
王の騎士団じゃなく、集う勇者の課題だってのに」
「いえ、私も丁度同じ目的でしたし……ノー・プロブレム、問題なしです」
今回の助っ人として来てくれたディララに、俺は頭を下げて礼をする。
前回のダンジョンでは大いに役立ってくれたし、今回の俺たちの目標にも貢献してくれるだろう。
……何せ、今回は七人だけで行くのが不安なくらいに難易度の高いダンジョンだ。
尤も、ディララがいれば千人力だから心配する要素も薄いんだけどな。
「あの、Nさん」
「む?どうした、ランコよ」
「教えられた通りの事はしてきたんですけど……」
「なら、それを繰り返すと良い。
お前は剣城と似ていて、筋がいい……その調子なら、ちゃんとマスターできるだろう」
「ありがとうございます」
……先輩とランコが、何やら妙な会話をしていたが……先輩に何か教えて貰ってるんだろう。
リアルで剣道を教えて貰っていたとかそういうのは見ていないし、恐らくSBO内でのことか。
尤も、先輩が教えられることで俺とランコが共通してるとこなんて、まーったく知らねえけどな。
「さ、先輩。そろそろ行きましょう」
「ブレイブさん、リーダーとして号令をお願いします!」
ハルとアインが早く早く、と言う目で俺を見つめてくるので、俺は剣を腰から抜く。
街中だから特に意味のない行為だけれど、号令っつーか……俺なりの士気を上げる方法だ。
俺にしか効果のないものだけど、皆にとっては号令みたいなものらしい。
「漢ブレイブ・ワン! まかり通るぜ!」
「おー!」
皆がノリが良く、俺の言葉に丁寧に声までそろえて、自分の武器を天高々と掲げてくれた。
SNSとかに乗っけられそうな光景だな、コイツは。
「ではブレイブ、行くぞ」
「了解」
今回の目的で必要な事を果たすためのダンジョン……それはそれは大変なダンジョンともっぱらの噂だ。
どうしてかは知らないが……まぁ、どうせ道中がクソ長いタイプだったり、ボスが理不尽に強いんだろう。
だったら七人で倒して、全員揃ってクリアを迎えられるように頑張らねえとな。
「しかしまぁ、ランコ……SBOで遊ぶのに難色示してたくせに、ちゃんと装備は強化してきたんだな」
「キョーコさんには、月一で通うって言ってたから……そのついでよ、つ・い・で」
とか言うが……通常の装備に強化を施して『改』になるのに、ランコの装備は『真』だ。
つまり、ランコは今回のために極限まで装備を鍛えぬいてきたわけだ。
「まぁ、私たちも強化して貰ってますし」
「ランコさんも、ゲームを楽しんでるみたいですからいいじゃないですか」
アインやハルも装備の強化は頼んできたみたいだが、二人だって『改』だ。
あ、因みに俺は強化する気がないからこのままで、第二回イベントの時から何も変わってねえ。
だって、強化しようにもその触媒になりうるようなドロップアイテムが出て来ないからな。
装備は『真』が上限で、『真』になっちまったら、それ以上の強化は出来ない。
つまりは、エクストラシリーズなんて替えの効かない装備をしている以上、迂闊な強化は出来ねえわけだ。
「ほら、そろそろダンジョンにつく頃だ、皆気を引き締めろ」
「そーッスよ、今回は俺たち七人だけッスから!
いくら王の騎士団から助っ人さんが来たと言っても、危険なんッスからね!」
「……なんだか、すみません。
絶対的に安心できるようなプレイヤーではなくて」
「気にするな、アーサーよりかは気が楽でいい」
ユージンがやけに張り切ったことを言うと、何故かディララが頭をペコリと下げる。
先輩はアーサーに何か恨みでも持ってるのか? なんでアーサーがいると気が楽じゃなくなるんだ。
「アーサーさんが、Nさんたちにご迷惑をおかけしてしまったんですか?」
「いや……純粋に私がアイツのことを好かないというだけだ。
何と言うか、誠実すぎると言うか、あまりにも綺麗だからか……吐き気がしてくるのだ」
「吐き気とまでは行きませんけど、私もアーサーさんを見てていい思いはしないですね。
なんて言うか、宗教の教祖にありそうな理想的な存在だなぁ、と思っちゃって……」
うーむ、前にTRPGをやった時とか、第二回イベントで見た時とか……そんなに嫌な感じはしなかったんだけどな、普通にいい奴って感じで。
前にダンジョンへ挑んだ時、先輩とハルはアーサーと同じチームだったな。
となると、二人しか知らぬ何かが起きたのか……?
「それよりも、ダンジョンについた。そろそろ降りてくれ、ディララ」
「あ、はいはいすみません……っと」
AGIが0なせいで足並みが揃わないディララは常に誰かが抱えて移動する必要があるのだが、今回その役割を担ってくれたのは先輩だ。
女の子同士の方がいいだろうし、何より敵と遭遇しても先輩が一瞬戦闘に参加できない程度は何も問題ないからな。
「これが、今回攻略するダンジョン……」
「デケぇな」
どんな内容のダンジョンかは知っていたが、見た目は知らなかった。
まさかこんな屋敷みたいな作りになっているとはな。
と言うか、街に一つはあるような屋敷って感じで……あんまりダンジョンって雰囲気じゃねえな。
ホラーゲームの舞台とかにありそうな感じだ。
「門番みたいなのがいるんですね」
「恐らく、ダンジョン侵入が始まった時点で速攻の戦闘だろう。
ブレイブ、壁になっておいてくれ」
「何故俺……」
このデカい城の前には、ハルバートを構えた兵士のような門番がいる。
それも二人も、そしてダンジョン侵入を開始したら襲い掛かって来るであろう雰囲気。
ハルの方が俺よりも防御力は高いだろうに、何で俺なんだ……まぁいいんだけどさ。
「まぁ、仕方ねえ……やるっきゃねえか」
「頼んだッスよー、壁イブさーん」
「侵入開始したら速攻でお前のことこいつらの前に投げるわ」
「ヒエッ」
ユージンと軽口を叩き合いながら、俺はダンジョン侵入の項目を開く。
ダンジョンに挑む、という選択肢を選び、門番の兵士を相手に構える。
目の前に『―ダンジョン侵入・開始―』というテロップが現れ──
『怪しい者め! ここは我が命に代えても通さんぞ!』
『我らが討ち果たしてくれるわ!』
門番の兵士二人が、真っ先に俺に向かってハルバートを振るってきた!
俺は左の方を盾で止め、右の方を避けてから剣でハルバートを抑え込んだ。
くっ……コイツら結構いい攻撃力してるじゃねえか。
盾で守ってるのにも関わらず、俺のHPが少しずつながらも削れてくる。
微々たる量でも俺の盾を貫通出来る分の攻撃力なんて、幸先が不安になるぜ。
「ユージン! アイン! 頼む!」
「アックス・スロー!」
「ダブル・ウィンド・ソードッス!」
アインの投げた斧が右の門番兵士の頭に当たり、クリティカルを出した。
ユージンの放った風の刃が左の門番兵士の鎧に十字の切れ込みを入れた。
「アインくんの攻撃のクリティカルでも一撃で倒れないなんて……!」
「どうやら、それなりの硬さは持っているようだな」
ランコと先輩は武器を構えつつ、門番兵士のHP残量を見て呟き──
スキルの詠唱が終わったようで、アインとユージンと入れ替わるように前に出て来た。
「ライトニング・スピア!」
「ライトニング・ブレイド!」
二人の持つ雷系スキルが、アインとユージンの攻撃を受けた直後の門番兵士に叩き込まれた。
よし、ちゃんと倒せて──ない!
「チッ……しぶといな!」
「私たちのスキルでもまだ耐えますか……!」
驚く事に先輩とランコのスキルを受けても耐えやがった。
かなり硬いな、この門番兵士……雑魚敵クラスのハズなのに、厄介だ。
『ぬぅぅんっ!』
『せやぁっ!』
「セカンド・シールド! ぐっ!」
門番兵士たちはハルバートを振るってきたので、右の方にセカンド・シールドを出す。
そして左の方は俺が盾で受け止め、隙を作る。
「今だディララ、ハル!」
「はい! セカンド・ラピッドファイア!」
「インパクト・スラスト!」
ディララの放った連続の火炎弾が左の門番兵士に命中。
ハルが放ったインパクト・スラストは右の門番兵士の右腕を斬り飛ばした。
左の門番兵士は倒せたが、右の門番兵士は倒しきれてねえな。
俺のシールドとハルのスキルの射線が被っちまったせいで、腕にしか当たらなかったのか。
『くっ、武器がなくとも、拳があるわ!』
武器を失うとこんな風に喋るのか──。
門番兵士が左拳を構えて殴り掛かってくる、だが武器がなきゃ怖くねえ。
「ディフェンス・ブレイク!」
冷静に考えれば、このスキル使えばよかったな……と、思い返しながら俺は殴り掛かってくる門番兵士を一刀のもとに斬り伏せた。
フッ、決まったな。
「ふぅ、やはりいきなり戦闘になるとは思っていたが……大して経験値も金も入らんだけの、面倒な相手とはな。
その上、門も開かぬとは……」
先輩が門をげしげしと蹴っているが、開く気配は全くない。
アインも牢屋に閉じ込められた囚人のように、ガシャガシャと門を揺すっている。
うーん、何故か門の真上にHPバーが表示されてるとなると──
「アイン、先輩。ちょっと離れてて……っと」
「どうした、ブレイブ」
「この門を開ける方法でもあるんですか?」
俺は先輩とアインの手を掴んで引っ張り、俺の後ろに下がらせる。
まぁ、二人とも視点が上じゃなくて真ん前になってるから、割と気づかないよな。
ディララはもう気づいていて、魔法の詠唱をしている。
ランコとハルもその姿を見て気付いたようで、二人もスキルの詠唱を始めていた。
で、ユージンは……腕を組んでなんか悩んでる風な顔してる。
「やれやれ……お二方のためにも、私が門を開けて見せましょう。
サード・ヘルファイア!」
「斬撃波!」
「セカンド・ジャベリン!」
ディララの放った獄炎が門を包み込む……が、三割くらいHPが残ったな。
続いてハルとランコが続けて放ったスキルで門が砕け、無事に侵入可能になった。
「なるほど、門の真上にHPバーがあったとはな。
真正面ばかり見ていて気付かなかったぞ」
「それに気づいたなんて、凄いやランコさん!」
「ディララさんが魔法を唱えだしたから、少し下がって見たらHPバーがあったの。
だからディララさんのおかげで分かっただけで、私はそんなに凄くないよ」
「でも、僕はディララさんが魔法を唱えてることにも気づかなかったし……」
ランコとアインのこの謙遜イチャ付きは長いので割愛。
ユージンは未だに腕組んで悩んでる風な顔してるが、取り敢えず俺たちは門の奥に進んだ。
この屋敷の大きく広い中庭に、きっちりと七人揃って入れた。
ここからが本番だが……雑魚敵がどれくらいかわからないとかなり心配だな。
プレイヤーネーム:ブレイブ・ワン
レベル:50
種族:人間
ステータス
STR:60(+80) AGI:100(+65) DEX:0(+20) VIT:40(+105) INT:0 MND:39(+70)
使用武器:小鬼王の剣・改、小鬼王の小盾・改
使用防具:龍のハチガネ・改、小鬼王の鎖帷子・改、小鬼王の鎧・改、小鬼王のグリーヴ・改、ゴブリンガントレット、魔力ズボン・改(黒)、回避の指輪+2