第四十八話:吸血鬼の断末魔
『さぁ……絶望に顔を歪めよ、恐怖に屈し……砕けよ!』
「皆! 出来るだけ避けることに専念してくれ! ディララへの攻撃は俺かカエデに向ける形で凌ぐぞ!」
「はーい!」
皆の声が揃い、ランコとアインは密集をしないようにと散り始めた。
カエデはディララの前に立ち、守る気満々だが……嫌な予感がするな。
俺は念のため、諸刃の剣を解除しておく。
変異したヴラッドは、俺に狙いを定めて腰を落とした。
来るなら来い、今からカウンターを詠唱して──
『グオオオ!』
「うわ速ええっ!」
とてもじゃないが、俺がカウンターを詠唱してから放つまでには間に合わない。
それほどの速度でヴラッドは突っ込んできて、俺が立っていた場所に右腕を叩きつけていた。
俺は何とか避けることが出来たが、後数センチズレていたら大ダメージだった。
「アックス・スロー!」
「セカンド・ジャベリン!」
アインとランコがスキルを放つが、ヴラッドは左腕を盾のように翳した。
わーお……全然ダメージ入ってねえし、ヴラッドのヘイトはアインに向いてしまった。
アインじゃこの攻撃を避けられる気がしない。
俺ですら反応ギリギリだったし、事前に位置を見極めて避けるくらいじゃねえと……!
『ウガアアア!』
「クロッシング・スラッシュ!」
俺の予想に反し、ヴラッドは右腕から伸ばした触手をアインに向けて放っていた。
アインは向かってきた触手を切り裂き、連続で飛ばされる触手も双鉞で巧みに弾いていた。
恐ろしく速く、そして器用な芸当……俺じゃできないね。
「アインくん、私に任せて!」
「はっ、はい!」
アインが触手を弾いている所にランコが駆け付け、ランコが槍を高速で回転させた。
なるほど、風車なら大雑把に触手を弾ける……汎用性たけえなあのスキル。
「うおおおっ!」
アインはランコのおかげで飛んでくる触手から解放され、ヴラッドに走って近づいた。
「アックス・スロー・オブ・バーサーク!」
『ウガアオ!!』
立ち止まって斧を投擲する、だが左腕の爪はそれでも突破できない。
アインは左腕を突破するために双鉞で打ちかかるが……それは囮だ。
こうやって真っ向から一対一の打ち合いになっている以上、俺たちは有利だ。
あの恐ろしいスピードが殺されている以上……こっちは5人だ。
攻撃に参加できない2人を除いても、十分に戦えるんだ。
「囮、助かったぜアイン!」
「はい、存分にやっちゃってください、ブレイブさん!」
「おう!」
諸刃の剣を発動させた俺は、詠唱を済ませたスキルと共に踏み込む。
「ディフェンス・ブレイク!」
「僕も……ライトニング・アックス!双鉞!」
俺の斬撃はヴラッドの背中に命中し、ヴラッドのHPバーを削ることが出来た。
アインの攻撃は残念なことに腕に阻まれたせいで大したダメージにこそならなかった……が、これならこれでヴラッドは意識を分散しなきゃならねえ。
『グオオオ!』
ヴラッドは俺の方を向いて、左腕の爪を振り上げる。
けれど、それを許してくれる奴はいない。
「触手の動きが止まった……今っ!乱れ突き!」
背後にいる俺の方を向けば、必然的に触手も逆位置に来る。
だからランコを攻撃し続けるのが無理なわけで、ランコのスキルが背中に入る。
あぁ、化け物になったおかげで存外楽な相手になってるな。
『グッ……オオアッ!』
「ぐはっ!」
「きゃっ!」
「おわっぶねっ!」
ヴラッドはその場でターンするように触手と爪を薙いで来た。
俺は上体を思い切り逸らして避けたので、何とかダメージは受けていない。
っつーか諸刃の剣を発動してる時点でくらったら即死してる。
「ぐっ……なんて威力っ……!」
「ちょっと馬鹿にしてた……!」
「お前らはくらってんのかよ!」
二人とも咄嗟に防御したみたいだが、アインは七割、ランコに至ってはHPが九割近く減っている。
一撃でここまで減らされるなんて、俺でも二発で殺されるくらいの攻撃力だ。
カエデでも受けきれるか怪しいレベルだな、この攻撃力は……!
「【サード・ラピッドファイア】!」
『グガアッ!』
機関銃の如く放たれる火炎の弾丸に、ヴラッドはノックバックした。
炎の発射された方を見るとそこにはディララが杖を向け、魔法を撃ち終わった姿勢で立っていた。
「カエデさんとブレイブさんで敵の注意を引き付けてください。
私は魔法の詠唱に専念するので、アインさんとランコさんは体力の回復を」
「お、おう!」
ディララが本をパラパラパラ……と捲り、雷の槍をヴラッドに放ちつつ俺たちに指示を出してくれた。
結構的確な指示だ、いつもアーサーやランスロットの動きでも見てるんだろうか。
それとも、本人が自力で学んできたのか……まぁ、それはいい。
「カエデ! 二人で時間稼ぐぞ!」
「はーい! カバー!」
カエデが俺の目の前に瞬間移動するように現れ、アインとランコはそそくさとディララの近くに走った。
……ヴラッドのHPバーは、俺たちがあれだけやってまだ六割残っている。
ディララの魔法はガードしていたみたいだが、俺たちがスキルを直撃させてもこれだ。
かなり硬いな、コイツ……!
『グオオオ!』
「あ、マズッ……ヘイト・フォーカス!」
ヴラッドはアインとランコにトドメを刺さんと走り出したが、その矛先はすぐにカエデに向いた。
カエデは盾を構え、防御姿勢に入っているので俺はスキルの詠唱をしておく。
『グガア!』
「【流星盾】!」
「うお」
ヴラッドが触手を一点に纏め、ドリルのようにカエデに向けて放った。
が、カエデのスキル……流星シリーズの守り系統のスキル、流星盾に阻まれた。
流星盾……コイツは流星剣で出るような星を盾にしたようなものだ。
自分から3メートル程度のバリアを出し、パーティメンバーだけを守れるバリア。
全体防御スキルとして便利だし……何故か知らないが流星シリーズは便利だ。
詠唱時間はそこそこだが、クールタイムは短いしSP消耗も大したことはない。
「ふっふーん! 私のVITで出した流星盾は簡単に壊れないよー!」
「どうせならディフェンス・コネクト使って欲しかったけどな」
カエデと俺のVITは合算したら絶対崩せなくなるだろうしな。
ランコやアインもVITは多少あるし、かなり硬くなるんだよな……なのに使わないってのは、カエデなりの考えがあるのか?
まぁいい、使わないなら使わないで、とっとと終わらせるに限る。
「ふっ! サード・スラッシュ!」
馬鹿正直にドリルのような触手で流星盾を削ろうしているヴラッドの背中を、俺が斬りつける。
諸刃の剣はまだ解除していないので、ダメージはそれなりに……与えられてねえな。
諸刃の剣を使った俺でさえ、サード・スラッシュを使おうとHPバーの一割しか削れねえ。
『グガアッ! アアオッ!』
「あっ」
ヴラッドは触手ドリルを辞めたと思うと、触手を縦横無尽に振り回し始めた。
天井にまで触手が当たる程の振り回しぶり……ディララたちは大丈夫か?
と思うと、ディララはカエデの出したプリズン・シールドの中にいた。
スティーブンとゾームーは……グールたちを盾にして触手を凌いでいた。
っつーか、あのグール耐久力高すぎだろ。
あの二人でも全然倒せてねえじゃねえか。
「はぁ……なんつーか、無茶苦茶だな」
俺は諸刃の剣を解除し、ヴラッドの触手を避けてはいる。
だが、こんだけ部屋中振り回されまくったら、避けるのにも限界が──
「ブレイブさん! 足元ーっ!」
「あ!?」
カエデの声を聴いて、俺は足元を見る。
いつの間にか、俺の足にヴラッドの触手が巻き付いていた。
……これは、さっきアインに斬られてたりした触手か! 斬られても動かせるとか、そりゃないだろ!
「あっ」
ヴラッドがぶん回していた内の触手が俺の足に巻き付いた触手とくっついた。
やべぇ、斬らないと俺が──!
「うおおおお!?」
「ブレイブさーん!」
俺は剣でヴラッドの触手を斬る前に足から引っ張られた。
そのまま……壁に叩きつけられた!
「ぐはっ!」
『グオオオ!』
壁に叩きつけられたせいで俺のHPは残り半分くらいまで落ちた。
どんな威力してんだよ、この攻撃……いや、顔面から壁に当たったからクリティカルか。
「やべ、これかなりマズ──」
「アックス・スロー!」
「なんでそこで斬ったああああああああ!」
壁に叩きつけられた俺をもう一度ヴラッドが振り上げたところで、触手は斬られた。
だが、俺が天井間際まで振り上げられた所で斬られたせいで、俺は背中から地面に叩きつけられてHPが残り3しかなかった。
「嘘だろオイ……」
『グウオオオ!』
ヴラッドは触手を振り回すのをやめたと思うと、俺にドスドスと近づいてくる。
あっ、これ死ぬ……俺十中八九死ぬ、九分九厘死ぬ、大体死ぬ、多分死ぬ。
『ガアアアオ!』
「カバー!」
カエデはカバーで俺の前に立ち、ヴラッドが振り上げた爪の攻撃から庇ってくれた。
サンキューカエデ、助かったよカエデ、お前は俺の恩人だよ。
「すまん、助かった!」
「すぐに回復してください!」
「お、おう!」
俺は雑嚢から取り出したポーションをがぶ飲みし、カエデが耐えていてくれる間に……ちょっと逃げる。
若干の距離を置いて、ポーションを飲んだ効果が完全に表れるまで待つ。
飲んで即時でHPが回復するわけじゃないので、グイーッとHPバーが戻るのを待つ。
「さぁさぁ吸血鬼さん! 私はこっちだよ!」
『グアアアオ!』
カエデが腰から抜いた短剣を盾と共にガンガンと鳴らし始めた。
それに応えるように、ヴラッドは左腕の爪を刺突する。
カエデはそれを盾で真っ向から受け止めたが、ダメージは僅かに受けていた。
俺なら多分吹っ飛んで大ダメージは免れなかったので、十分すげえ防御力だけどな。
「兄さん、大丈夫?」
「問題ねえよ、HPは全快したし……酔ってもねえ」
「なら、カエデさんを助けるために、行きましょう!」
「おう!」
解除されたプリズン・シールドから出て来たアインとランコ。
ディララは詠唱を続け、魔法の発射準備にかかっている……なら、俺たちのやれることは一つ。
リスクはあるが、リスクを背負わないと倒すのは難しい。
どうせリターンがあるのなら、リターンが大きい方を選ぼうじゃないか。
「よし、カエデ! 触手の攻撃が来たら、盾じゃなくて全身で受け止めてくれ! 触手をガッチリと抑え込んで、止める感じでな!」
「うぅ、結構な無茶振り……でも、やりまーす!」
『グオオアアア!』
雄叫びを上げ、ヴラッドは右腕を一振るいする。
触手が一本の槍のように集まり、カエデに先っぽが向けられる。
よし、それでいい……!
「よーし! どんと来い!」
『ガオアッ!』
「うぐっ……ううぅぅぅ……」
カエデは両腕で触手を抱え込み、押されながらもヴラッドの触手を止めた。
よし……カエデのHPの減りこそ大きいが……なんとか触手は止まってくれた。
「行くぞ!」
「兄さんに続くよ、アインくん!」
「はい!」
俺たち三人は駆け出し、ヴラッドを目指す。
ヴラッドは左腕を振り上げるが、俺は既にスキルを詠唱している。
「ガアアア!」
「サード・カウンタァァァッ!」
その場でターンをするように、ほんの僅かな動きで左腕の攻撃を避ける。
俺が放った剣は、ヴラッドの心臓部に突き刺さった! だがまだ、コイツを倒すには程遠い。
『ガアッ!』
「うわ、あああああっ!」
ヴラッドが無理矢理触手を振り上げるとカエデが吹っ飛んで行って、ディララの近くに頭から落ちた。
……根性で何とか耐えたみたいだが、カエデは動かなくなっていた。
っつーか、触手を抑えていたカエデが吹っ飛んで行ったってことは──!
『ガアア!』
ヴラッドが触手を動かし、心臓を抉っている俺を襲おうとしてくる。
ヤバい、ここは逃げないと……やられる!
「クソッ!」
「大丈夫!」
俺はすぐに剣を抜こうとするが、ランコが俺に向かってくる触手を弾いてくれた。
相も変わらず、出来る妹でお兄ちゃん嬉しいぞ!
「ブレイブさん! 合わせます!」
「おう! 行くぞ!」
「グガアアア!」
ヴラッドが左腕を振るってくるが、ランコが新しいスキルでも使ったのか。
ガキィンッ、と音を立ててヴラッドの左腕は弾かれ、そのまま数歩ほど下がった。
おかげで剣が抜けて、ヴラッドとの距離も出来た。
ヴラッドは触手を動かすような予備動作を始め、俺たちに触手を伸ばして来た。
触手の攻撃には……もう慣れた!
「おおおっ!」
「せえええっ!」
俺とアインは触手を斬り払うように、真正面から突撃する。
たったヴラッドの数歩でも、俺たちにとっては幅がある。
だから、触手を斬り払うだけでも長く感じてしまう。
『グアアア!』
触手の根まで行こうとしたところで、ヴラッドは左腕を振り下ろしてくる。
だが……今の俺は一人で突撃しているわけじゃない!
「てやあっ!」
「グオ!」
ランコが全力で投擲した槍が、ヴラッドの左腕を弾いてくれた。
そうだ、俺たちにはパーティメンバーがいるんだ。
不甲斐ないリーダーである俺を信じて、ついて来てくれた仲間が!
「行くぞ、アイン!」
「はい!」
俺とアインはジャンプし、武器を握りしめる。
「バーニング・ソード!」
「ライトニング・アックス!」
炎の剣と、雷の斧が交差した。
『グアアア!』
ヴラッドの顔面に、俺たちのスキルは見事にクリティカルヒット。
だが、ヴラッドの口角は持ち上がっていた。
クソッ! まだ倒しきれてねえのかよ!
しかも……俺たちは空中、コイツの攻撃を避ける術はねえ!
『グオオオ……』
勝ちが決まったかのような笑いを浮かべたようなヴラッド。
奴は左腕で俺とアインを切り裂くために、左腕をグッと構えた。
だが──
「不死鳥よ……汚れし吸血鬼を、その炎によって浄化へと導け!」
美しい声と……この状況において、最高にカッコいい詠唱文。
魔法を撃つ上では必要のない文章だが、今の俺たちを惚れさせるには見事な一文だった。
「フェニックス・ヘルファイア!」
先ほどまで勝ち誇っていた汚れし吸血鬼は、不死鳥を象った炎に焼かれた。
『グオオアアアアアアア!』
吸血鬼の断末魔が、フロア中に響く。
プレイヤーネーム:カエデ
レベル:45
種族:人間
ステータス
STR:0(+10) AGI:0 DEX:0 VIT:110(+140) INT:0 MND:109(+140)
使用武器:挑発の短剣、漆黒の大盾
使用防具:守りの髪飾り、魔力シャツ・改(黒)、漆黒の鎧、漆黒の靴、漆黒の小手、魔力スカート・改(黒)、体力の指輪+1