第四十五話:ボスの前座たち
『ブモオオオオアアアアアアアア! グアアアアア!』
HPバーを全損したミノタウロスは、悲鳴を上げながら地面を転がる。
そんなに叫ぶ余力があるのなら、まだ戦えるんじゃなかろうか。
『ブモオオオオ……ゆるっ……さん……』
胸を抑えて苦しみながら、俺たちを睨んだミノタウロス。
奴は突然、体のあちこちから血を噴き出した!
「うわ!」
アインが驚きの声を上げたが、直ぐにランコの目を手で隠した。
よし、偉いぞアイン、ランコは血を見るのが苦手だから、それでいい。
「うわぁ……VRMMOなのにエグいなぁ……リンが見たら吐いてそう」
「モザイクかけます? 魔法で何とかできますが」
「大丈夫です、私は平気ですから! 一応……」
口に手を当てて顔を青くしていたカエデだったが、ディララの配慮はノーサンキューなようだ。
何でか知らんが、SBOはたまにこういう血をドバーっと出す演出があるのな。
英雄の狂人もそうだったが、SBOを作った側に血を噴き出させる趣味でも持ってる奴がいるのか?
「うわ、なんかこう見て来ると……ケチャップで食いたくなるなコレ」
「ゾームー、お前に心はあるんか?」
「そんなもの、ウチにはないよ……」
ゾームーとスティーブンがコントのような会話をしているが、無視しよう。
今はこの数十秒ほど血をスプリンクラーのようにぶちまけているミノタウロスを見るべきだ。
すると、ミノタウロスが血を噴き出しながらも口を開いた。
『つ……ぎ……は、あ、る……』
ミノタウロスは体に力を込めると、筋肉がビシッ、と音を立てた。
何をするのか……と思えば、いつの間にか出血は止まり、ミノタウロスはドタドタと音を立てて走った。
そのまま、自分が護っていたはずの扉を突進でブチ抜いた!
「うお」
「派手なイベントやな」
扉は砕け散り、ミノタウロスは扉の奥へと姿を消していった。
……ここまでやったのに、ドロップアイテムもGもCPも経験値もなしか。
「えーと、アインくん……終わった?」
「あ、すみません。いきなり目隠して……ごめんなさい」
「いや大丈夫、私血とか苦手だから……助かったよ、ありがとう」
ミノタウロスの奇行が終わってもランコの目を隠していたアインは、慌てて手をどけた。
……しかし、この先のボスを攻略出来る気がしなくなってきた。
けれど、作戦を立てて動けばしっかりと出来る気もしてきたし、諦めるのはまだ早いな。
と……言っても、モチベーション自体が低下し始めていることもあって、俺は少し虚無感に襲われている。
この勝負に負ければ、ドロップアイテムやGは全て勝った側に渡すことになる。
そうなるともう負けるような俺たちが攻略するのは、骨折り損のくたびれ儲けになる。
「いやー、しっかしギリギリやったなぁ」
「リーダー一回死んでるし、ホントギリギリのギリギリやろ」
ゾームーとスティーブンが他人事のように言う。
まぁ、確かに死んだことに関しては俺の自己責任だろうから何も文句は言えねえな。
……けれどもまぁ、門番如きにここまで時間をかけてしまった。
「さて、作戦会議及び休憩としましょうか」
ディララがその場に座って言うと、皆それぞれに腰を下ろした。
俺も勿論座るが、なんだかドッと疲れが来た。
ネガティブになっているのは、自分でもわかるんだが……眠くなってきた。
「あー……三時間くらい寝たい」
「寝たら負けるでしょ」
「もう既に負けてるだろ……どうせ勝てやしねえだろ、このメンツじゃ」
俺はそのまま寝っ転がって嘆くが、ランコからのツッコミが来る。
アーサーたちに勝てる気がしねえ……挑んだダンジョンの推奨レベルが同じってことを考えると、アーサーはもうクリアしてるだろ。
何せ俺たちはこんなギリギリで門番を倒したところなんだ。
アーサーたちがよっぽどの舐めプでもしなければ……なぁ。
「ん……なんだ、メッセージ?」
あぁ、もうアーサーはダンジョンクリアしたことをメッセージで送って来たのか。
と、諦めの境地に達しつつも今日の晩飯に何にしようかな、と頭の片隅で考えながらメニューを開く。
で……メッセージの欄を開いてみる。
『やぁ、ブレイブくん。今の所調子はどうだい?
僕らは現在、ダンジョンの罠にかかって入り口に戻されてしまったよ。
最深部直前でコレは、少し心に来るものがあるよ……ハハハ』
眠気が吹き飛び、目ン玉が飛び出そうなほどに俺は目を皿にして驚いた。
……マジかよ! アーサーの奴、入り口に戻されたって何があったんだ?
けれども、まぁいい……これだけでやる気は出て来た、まだ勝ち目があるってことだからな。
俺は寝っ転がった姿勢から、足を振った勢いだけで立ち上がる。
「いよぉぉぉっしっ! お前ら! 行くぞ!」
「お? なんかリーダー急にやる気出したな」
「アーサーたちはまだダンジョンをクリアしてねえ! それどころか、罠にかかって入り口に戻ったんだとよ! 勝つなら今だ!」
「おー、もしかしたらコレイケるんとちゃう?」
俺の号令に、ゾームーとスティーブンは立ち上がってくれた。
そうだ……このダンジョンの入り口でもゾームーに元気付けられたっけな。
「そうですね、マスターに一泡吹かせるいい機会です」
「そうそう、王の騎士団に……ランキング一位に、私たちで、下克上っ!」
ディララとカエデも希望を見出してくれた。
……いや、そもそも皆は諦めてなかったな、俺が勝手に諦めていただけだ。
なら、精いっぱい頑張って……アーサーに勝とう。
あの最強だらけのメンバーよりも早くダンジョンを攻略しよう。
「兄さん、変なところでネガティブになる時もあるけどさ……これならもう、大丈夫そうだね!」
「よし、ブレイブさん……いや、お義兄さん! 僕らの勇ましき志で、この要塞を突破しましょう! ゴールはすぐそこです!」
ランコとアインも立ち上がり、ばっちりな意気込みを見せてくれる。
そうだ……もうゴールは見えているんだ、ゴールテープを千切ろう。
全力で駆け抜けて、このダンジョンをクリアしよう!
「いよし、じゃあ作戦はこうだ!」
俺が拳をグッ、と握ってから説明する。
作戦内容は……まぁ、やってからのお楽しみだ。
皆はこの作戦に文句をつけず、「それがリーダーの言葉なら」と、信じてくれた。
ので……俺たちは壊れた扉を突破するように進んだ。
『フフフ……来たか、人間よ』
「あれがボス……!」
アインはスキルの詠唱をし、斧を構える。
よしよしアイン、ステイ、ステイ、前回のボス戦で学んだだろ。
『貴様ら人間、エサ共は……この金を好むのだろう?
それに釣られ、踊らされてきたエサを喰らう……あぁ、実に甘美!』
「凄いイキってんなぁアイツ」
「まぁ、あのミノタウロスを門番程度に置いておいたバケモンなわけやろ?
なら実力に見合った発言的なのしとるんとちゃうか?」
スティーブンとゾームーは弓の弦を引き、直ぐに発射できる準備に入っている。
よしよし、皆奥にいるボスに怒りを向けているけれど、ちゃんと我慢してる。
……で、ボスの野郎の姿は何故か見えないな。
黒いマントを纏って、暗闇にいるせいでシルエットくらいしか見えない。
細身の男……っぽいが、よくわからねえな。
「あの、ブレイブさん」
「どうしたディララ」
「ホントに上手く行きますよね」
「大丈夫だ、俺を信じてくれ」
ディララは杖をギュッ、と握りしめながら、口をへの字に曲げる。
まぁ……今回伝えた作戦はディララからしたら少し嫌なところもあるだろうし仕方ない。
けど、アーサーや先輩にギャフン!と言わせるには必要なんだ。
『さぁ、我が眷属よ……人間どもを蹂躙し、我が前に献上するが良い!』
部屋の最奥にある、玉座のような椅子に座った男はそう言い放った。
すると、地面に三つの魔法陣が描かれて──
『ブモオオオ!人間、倒ス!』
「ミノタウロス!?」
「しかもさっきの本気モードの奴だ!」
真ん中の魔法陣からは、筋肉が膨れ上がった……真っ赤なミノタウロスが出て来た。
さっきの門番のミノタウロスのフルパワー状態、それを常時解放した強化個体か。
いや、さっき俺たちが倒したミノタウロスと同じ個体と見ていいのか?心臓に刺し傷あるし。
ランコとアインが驚いた声を出しているが、俺は想定してたぜ。
何せ、さっきのミノタウロスが扉ブチ抜いて戻ってったんなら、再戦イベントはありがちだろ。
『ブヒィ! 貴様らは美味しく料理してやろう!』
「お、今日は生姜焼きやな!」
「トントンに食わせたるか、共食いになるで」
俺たちを食う宣言をしている……ハイオークが出て来た。
道中に出て来たオークの雑魚とは違って、武具は一振りのチョッパーと軽装の鎧だけだ。
オークの上位個体なんだろうが、スティーブンとゾームーは逆に食う気満々だ。
……ダンジョン攻略後の戦勝会が開かれるんなら、肉料理だらけになりそうだ。
『ククク……道中の合成獣は試作品に過ぎぬ。完成された我には敵わぬと知れ……フハハハ!』
「キメラが出て来た時点で、こういうのが出るとは思ってましたよ」
「アレ美味しく食べれるのかな?」
鷲の翼と顔を持ち、獅子の下半身を持つ獣……グリフィンか。
なるほど、ある意味キメラみたいな合成獣ってカテゴリには近いよなー。
さっきの若干不安そうな表情から一転し、ドヤ顔になったディララと……あの化け物にしか見えない見た目のグリフィンを前にして、食えるかどうかで悩むカエデ。
『エサどもよ……絶望せよ、恐怖せよ、戦慄せよ!』
男が言い放つと、ミノタウロスたちは動き始め、俺たちに真っすぐ向かってきた!
この三体のHPバーは四本……初見なら無理ゲーだろコレ!
だが、こっちには作戦があるんだ、俺が立案した作戦が!
「ディララ! 思い切りぶっ放せ!」
「はい! メテオ・レイン!」
ディララが部屋に入る前から、予め詠唱していたメテオ・レインを放つ。
ミノタウロスたちの前には、無数の魔法陣が出現し、隕石が出てくる。
『ブモオオオ! マジック・アヴォイド!』
「来たな馬鹿が、それはもう知ってるんだよ!」
いくら対応力が凄かろうと、所詮はAIで作られたモンスター!
本物の人間が持つ考えとは違う物! だからこそMMOでは、ハメとか言われる戦術が出来上がるわけだ!
「エンチャント・スラスト! そこから──」
「いけぇ、ブレイブさん!」
「ファイトだよ、兄さん!」
「合体スキルッ!」
マジック・アヴォイドを唱えて仁王立ちの姿勢を取るミノタウロスに向けて、俺は走り出す。
その速度はさっきのミノタウロスに向けて放った時よりも、2倍以上の速度を出している。
故に──
『ブモッ!?』
「砕け散れ! メテオ・スラストォッ!」
ミノタウロスが反応するよりも速く、俺はジャンプしていた。
そして、ミノタウロスの頭に、メテオ・スラストが刺さる。
そう……俺は事前に諸刃の剣と加速と加力を使用していたのさ!
万が一、ミノタウロスに対応されてラッシュされたら防御力の有無に関係なく死ぬだろうしな。
色々作戦は練ったが、俺の脳みそじゃ速度を上げて奇襲するという戦法しか浮かばなかった。
だが……それは功を制してくれたようで、ミノタウロスの四本のHPバーはたった一撃で全損した。
そりゃまぁ、当然っちゃ当然だが……俺としては脅威が減ってくれて嬉しい。
『ブ……モ、オ……オ……オ……』
俺は崩れるミノタウロスの体を蹴り、その勢いでディララたちの元まで戻る。
よしよし、作戦のフェイズ・ワンは無事成功!
「よし! 作戦成功だね、兄さん!」
「あぁ! サンキューな、ディララ!」
「フフッ、私のメテオ・レインなら当然です!」
ディララが満面の笑みでピースサインをした。あ、可愛い。
よし、作戦フェイズ・ツーだ!
「ブヒャァァァ!」
「ギャオオオッ!」
ミノタウロスが倒された怒りをぶつけるかのように、ハイオークとグリフィンが俺たちに迫る。
フフフ、なんだか戦略ゲーみてえで面白くなって来たぜ!
「ここで畳みかける! 最大火力をぶっ放せ!」
「降り注げ、隕石よ……メテオ・レイン!」
ディララがさっきのミノタウロス戦で見せてくれたように、すぐに第二射を放った。
どう言うスキルだとか仕組みだとかは教えてくれなかったが……別にいい。
ディララのこの効果のおかげで、メテオ・レインの第二射を放つって事が出来たからな!
「ほな行くで!」
「そんじゃ俺も」
スティーブンとゾームーは、予め詠唱していた弓のスキルを放った!
もうスキル名を意識して聞かずともわかる、雷の矢と炸裂する矢!
「ランコさん! 僕たちも!」
「うん! 任せて!」
アインとランコも、ちゃんとバッチリなタイミングで構えていてくれた。
光り輝く双鉞と迸る雷を纏う槍が二人から放たれ、ハイオークに真っすぐ向かっていく!
よし、俺もスキルの詠唱が終わった。
「流星剣!」
「ヒドラ・ストライク!」
俺の流星剣と、カエデのヒドラ・ストライクがハイオークたちに向かって放たれる。
……ややオーバーに感じるって? 敵を倒すときはオーバーキルくらいが丁度いいんだよ。
『むっ……盾となれ! 醜き豚よ!』
『ブヒャァァァァァ!? なんでぇぇぇ!?』
「あ、これは予想外……」
まさか、グリフィンがハイオークを盾にして攻撃を防ぐとは思わなかった。
ディララのメテオ・レインも二人の矢も俺たちの攻撃も、ハイオークだけに当たった。
だが……それはそれで、ハイオークを消し飛ばせたからいいな。
作戦、フェイズ・ツーは成功っちゃ成功、フェイズ・スリーは考えてないので無理だ。
「さぁて、仕上げだ!」
残るはグリフィン一体……ボコボコにしてやるぜ!
プレイヤーネーム:ディララ
レベル:50
種族:混族
ステータス
STR:0 AGI:0 DEX:0 VIT:0 INT:235(+165) MND:0
使用武器:ヒドラ・スタッフ ヒドラ・ブック
使用防具:宿魔の帽子 増魔の服・上 増魔の服・下 ヒドラ・マント ヒドラ・ブーツ ヒドラ・グラス