第四十四話:勇者の標準装備
「皆さん、離れてください!」
ディララは魔法の詠唱を完成させたようで、杖を大きく掲げた。
だが、ミノタウロスはディララのテレフォン・パンチのような魔法を受けるとは思えない。
つまり誰かが注意を引かなきゃならない。
「待てディララ、そのまま放っても防御されるのがオチだ!」
「なら、貴方がそれをどうにかするんですか?」
「あぁ……リーダーとして、俺がやらなきゃならねえだろうからな!」
俺は魔法を杖に込めているディララの横で親指を立てる。
ディララがコクン、と頷いてくれたので俺は走り出す。
「皆一回下がれ! 俺にコイツの注意を引き付けさせてくれ!」
「リーダーがそう言うならなんか考えがあんねんな、ならわかったで!」
俺が叫ぶと、ゾームー、アインは下がった。
ランコとスティーブンは更に下がって、ミノタウロス認識すらされない位置にいた。
カエデはゆっくりと後退しているが……俺がスキルを使えばカエデに注意は向かないだろう。
「ヘイト・フォーカス!」
剣と盾を打ち鳴らし、俺はミノタウロスの注意を引く。
ミノタウロスは俺の方を振り向き、剣を握ってのしのしと歩いてくる。
赤い肌に変わった以上、本気を出している……ともなれば、奴の攻撃力は上がっているハズ。
なら、真正面から受けるのは危険だ。
「諸刃の剣!」
俺はスイッチスキルを発動させ、回避に専念することにした。
ミノタウロスは俺を睨み、剣を振り上げた!
『モッ!』
「遅い!」
ミノタウロスは本気を出して速度を上げて来た。
さっきまでの俺なら、紙一重で避けられたって所だろうが……スイッチスキルを使えば別だ。
AGIを上げた今なら避けられないことはない! なんとか!
「サード・スラッシュ!」
諸刃の剣で攻撃力を上げた俺のスキルが、ミノタウロスの腕に叩きつけられる。
HPバーの減りは……ここまで攻撃力を上げたのに、ゲージ一本の一割。
本気モードのミノタウロスはこんなに硬いのか!
だが……ミノタウロスの隙は十分に晒せた!
「ディララ! 今だ! 撃て!」
「はい! 【サード・サンダーランス】!」
ディララが杖を一振るいすると、雷の槍がミノタウロスの背中に突き刺さった!
ミノタウロスはバリバリバリバリ……と音を立てて感電している!
「よし! このまま一気に行くぞ!」
「任せとけや! ほぉら、ビリビリタイムの追加だぜ! サンダー・シュート!」
「爆破と雷の融合はロマンやろ! アックス・バースト!」
真っ先にスティーブンとゾームーの攻撃がミノタウロスに叩き込まれた!
これでミノタウロスのHPバーは、残り一本と五割!
「雷の追加なら! 私だって!」
「僕も雷系スキルなら使えます!」
ランコとアインも、武器の先端にバチバチバチ……と放電させている。
ミノタウロスは感電しながらも、アインたちの方を向いて防御姿勢を取っている。
だが、それは俺に背を向け、攻撃してくださいなんて言ってる様なもんだ!
「【ライトニング・ソード】!」
『グモアアアアアアアアアアアアアオ!』
ディララの雷の槍が刺さっていた場所に向け、俺は雷属性のスキルを発動させる。
ミノタウロスはどんどん焦げ、感電でどんどんHPバーを減らしていく。
「ランコ! アイン!」
「はぁい!」
二人が声を揃え、雷を武器から放出した。
「ライトニング・スピア!」
「【ライトニング・アックス】……双鉞!」
ビシン、バシンと雷を身に浴びたミノタウロスは……プスプスと音を立てて焦げていた。
さっきまで真っ赤になっていた体も、ところどころが焦げている。
HPバーも残り一本になったが……口から黒い煙を吐いていた。
『グ……モオオオ……怒ッタゾォ……』
ミノタウロスは筋肉を膨れ上がらせ、上半身が一回り程大きくなった。
何をするのかと思えば、奴は自分で握っていた両手剣を掴み……へし折った!
「うわぁ、勿体ねえ……」
「ツッコむところそこかよ」
ゾームーが変なところに突っ込みを入れているが……まぁいい。
残りHPバー一本なら、削り切れないことはないだろう。
「ディララ! 魔法の詠唱は出来てるか!?」
「……」
俺の問いに、ディララは詠唱しながら首を左右に振っていた。
あぁ、まだなのね、随分かかるのな、お前の魔法。
「よしお前ら! ディララの魔法が完成するまで時間を稼ぐぞ!全員近接武器に切り替えて、一斉攻撃を仕掛けるんだ!」
「その言葉を待ってたぜリーダー!」
「ボコボコにしてやるぜ……!」
「アインくん、行くよ!」
「はい!」
スティーブン、ゾームー、ランコ、アインが俺の横に集まる。
ミノタウロスの注意は、この中の誰かに集まるだろうが……確実にしておかなきゃならん。
矛先がはっきりしていない状態だと、受けれる物も受けられないからな。
「ヘイト・フォーカス!」
『モオオオ!』
よし、ミノタウロスの目線は俺に向いた。
さぁ殴ってこい、全力のカウンターをお見舞いしてやる。
『ブモオオオ!』
「よし、来い!」
ミノタウロスは俺目掛けて、ドスドスと走ってくる。
それを見て、ゾームーたちは素早く俺から離れる。
同時に、スキルを詠唱して攻撃のタイミングを計っている。
『モオオオアアアアア!【タウロス・ラッシュ】!』
ミノタウロスの固有スキルか……目にも止まらぬほどの凄まじい速度のパンチ!
だが、そういう乱舞系にはリンやアインでもう慣れている!
「サード・カウンタァァッ!」
一発一発の攻撃が強力かつ、速かろうと……どこか一発にでもカウンター出来ればいい。
そして、ラッシュは常に大まかな位置を決めて殴る、そういうものだ。
故に……大まかな位置から外れ、殴っている拳一発の内のどれかだけに、カウンターを合わせる!
「せえあっ!」
俺の必殺の一撃が、ミノタウロスの頭に叩きつけられる――
『モオオオ!』
「なっ!?」
のに、コイツは微動だにしなかった。
ミノタウロスのラッシュを避けながら放った俺のカウンターが、ミノタウロスの額に止められていた。
頭に剣を叩きつけた、それもカウンターで威力の高い状態なのに! つまりは……
「お前もかよ……」
『ブモオオオ!』
カウンタースキルに対する異常な耐性。
本気を出した状態から更に筋肉を膨張させたミノタウロスなら、こうなるのか。
ゼロ距離かつ空中……俺は、目を閉じる。
「ぐはっ!」
一瞬でミノタウロスの拳が八発叩き込まれ、俺はボールのようにバウンドする。
持っていた剣も放り出されるように転がり……俺のHPバーはぐんぐん削れていく。
あぁ……クソッ……ミスったなぁ……回復しても間に合わねえな。
「ブレイブさん!」
「兄さん!」
アインとランコが俺の方を振り向く。
……どうせ回復しても間に合わねえのなら、俺の役割を最後までこなすべきだな。
だから……HPバーが少しずつ0に向かっている間に……二人に伝えよう。
「お前ら……役目を、忘れるな! 俺を心配するよりも、ミノタウロスを倒──」
言い終わる前に俺の体は淡い光に包まれていて、バリン、と砕けた。
……あぁ、死んじまった……復活地点は、出来ればまだここの入り口の方がいいかなぁ──
と思っていたら、俺のHPバーは全快になっていた。
しかも、目を覚ました場所は……死んだ場所と同じだ。
「あ、良かったー!」
「カエデか……!」
どうやら蘇生アイテムで俺を蘇らせたのか。
で……今はゾームーがミノタウロスのヘイトを稼いでいるみたいだ。
まるで忍者のように動き、ミノタウロスの攻撃を上手く避けている。
「すまん……今から復帰する!」
俺はすぐに立ち上がり、剣を拾って走り出す。
「うおおおお! あぶねえっ!」
「ゾームー! 何とか持ちこたえてくれや! 骨くらいは拾ったるから!」
ゾームーは振り下ろされるミノタウロスの拳や、突進してくるミノタウロスの巨体を間一髪で躱している。
リンにも並ぶ……いや、下手したらリン以上に回避系に向いてるタイプなんじゃなかろうか、コイツ。
「ゾームー!」
「お、リーダー生き返ってるやんけ!」
「この人でなし!」
「それは死んだときのネタだろ!」
俺がゾームーの名を呼ぶと、スティーブンが随分と懐かしいネタを出して来た。
「兄さん!」
「ブレイブさん!」
「悪い、あっさり死ぬとは思わなかった。でも、もう大丈夫だ、今度は同じ失敗はしねえからよ!」
俺が生き返り、胸を撫でおろしたランコとアイン。
二人は相当焦っただろうが……今度は、二人を焦らせないようにしないとな。
「で、どうすんねんこれ!」
「任せろ!」
ゾームーが俺の後ろに逃げて来たのを見て、俺は剣と盾を構える。
ミノタウロスがドスドスドス……と俺に向かって走ってくる。
よし、そうだ……ゾームーを狙うなら、近くにいる俺の方にも来る。
スティーブン、アイン、ランコは離れてくれた……!
「ライトニング・ソード!」
『ブモォッ!』
俺のスキルをミノタウロスに向けて放つが、ミノタウロスは動じていない。
それどころか、防御姿勢を取られたせいで殆どダメージが入っていない……予想はしていたが、少し硬すぎやしねえか?
「やっぱダメやん! 全然ダメージ通ってへん!」
「いいや、俺たちがダメージを与える必要はねえ!」
ミノタウロスの筋肉が肥大化してから、そろそろか……本気になったミノタウロスに、ディララが魔法を打ち込んでから。
これだけの時間が経てば……!
「お待たせしました、皆さん!」
ディララが杖を掲げ、俺たちを活気づける一言をくれた。
よし! この時を待ってたぜ!
「え? なんや?」
「お前ら下がれ! もう時間を稼いでる必要はねえんだ!」
俺は剣を高々と掲げ、剣の先端に皆の意識を集中させる。
そう……真上には、大量の魔法陣!
「さっきキメラを倒した時の魔法か! ほな、邪魔するで!」
「邪魔すんなら帰れ」
「あいよー……って今それやってる場合じゃねえ!」
スティーブンが走りながらディララの後ろに立ち、カエデはディララへの攻撃を防ぐためにディララの前に立つ。
俺とゾームーもディララの後ろに下がり、ランコとアインも既にこっちに戻ってきている。
ミノタウロスは防御姿勢に入っているが……果たして受けきれるか?ディララの魔法を。
「集え……宇宙の産物よ……メテオ・レイン!」
杖を振るい、ディララは無数の魔法陣から隕石を召喚した!
確かにミノタウロス……お前は強いモンスターだったが、この化け物みてえな二人がいなければ無理な相手だったな。
防御性能に特化したような女、魔法攻撃力に特化したような女。
この二人がいるからこそ、ミノタウロスを討ち取るに値した!
『ブモオオオオアアアアアアアアアアアアアア!』
「Your Dead!」
ディララの決め台詞と共に、ミノタウロスへ、隕石が次々に降り注ぐ。
勝った! これで、ようやくボス戦に──
「マジック・アヴォイド!」
「あっ」
ミノタウロスがスキル名を叫ぶと、俺たちは声を揃えた。
マジック・アヴォイド……俺も習得しているだけに、このスキルは知っている。
クールタイムが凄い長いし、効果時間も短いスキル。
だが……使えば、どんな魔法攻撃も自分に着弾することはなくなる……そんなスキル。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ディララは深くため息をつき、その場で膝をついた。
……あぁ、あれだけカッコつけた後なら恥ずかしいよな、そりゃ。
「あ、あのディララ……さん?」
膝をつき、俺たちに顔も見せずプルプルと震えているディララに、ランコが屈んで目線を合わせる。
……そっとしておいて欲しいけれど、俺はそう思ってはいられない。
出来れば、次のイベントのために王の騎士団メンツには見せたくなかったんだがな。
ダンジョン攻略のためなら、奥の手も隠さずにとっておくべきか。
「なぁディララ、お前……メテオ・レインをもう一発撃てるか?」
「……撃てます、一応、今すぐ」
「なら、頼む」
震えて上ずった声のまま答えてくれたディララのために、俺は剣を握って歩き出す。
このミノタウロスに勝てる気はしてこないが……それはあくまで、俺一人なら、だ。
「アイン! 勇者の標準装備は!」
「勇気と愛です!」
「ランコ! 勇者とはどんな意味だ!」
「勇ましき者!」
「そうか! 大正解だ!なら……行くぞ!」
「はい!」
第二回イベントが終わった後、集う勇者のキャッチコピーとして決めた台詞。
それをアインとランコに投げかけ、二人は答えてくれた。
俺は走り出し、アインとランコがそれに続く。
「うおおおッ!」
『ブモオオオオアアアアアアアア!』
俺は雄たけびを上げながらミノタウロスに斬りかかる。
ミノタウロスの拳の薙ぎ払いが俺の攻撃に合わさるように来る──
が、俺はスライディングし、ミノタウロスの股を潜り抜ける。
「ランコ! アイン!」
「はい!乱れ突き!」
「パワー・アックス!」
二人のスキルが、ミノタウロスの腕に叩き込まれる!
だが、やはりと言っていい程ガードされる。
「おいミノタウロス! いい物くれてやるよ! ディフェンス・ブレイク!」
俺はミノタウロスの背後からディフェンス・ブレイクを放つ!
だが、ミノタウロスは俺のスキルの脅威を知っているかのように、サイドステップで避けた!
「ブレイブさん! 詠唱は既に終わっています! このまま撃てばいいんですか!?」
「あぁ……別に狙いはどこでも構わねえ、撃ってくれ!」
「……馬鹿にして、ちゃんと……私だって、ミノタウロスを狙いますよ!」
ディララはどうやったか知らないが……俺たちが走る前から、既に詠唱を終えていたようだ。
彼女はそのまま杖を振るい、無数の隕石を出現させた!
『ブモオオオオアアアアアアアア!』
ミノタウロスは、スキルを発動させた。
何のスキルかはまだわからないが……こっちに来る!
「ディララ! 早く撃て!」
「はい! メテオ・レイン! くらえええ──ッ!」
『ブモオオオオアアアアアアアア! マジック・アヴォイド!』
クールタイムが早すぎるだろ! どんな速度だよ!
……いや、もしかすると、マジック・アヴォイドは強制発動なのか?
だが、それはそれで助かる!
「【エンチャント・スラスト】!」
俺は剣を高々と掲げ、スキル名を叫ぶ。
すると、ディララの放ったメテオ・レインはミノタウロスから俺の剣へと軌道を変え──
吸収されるように消滅した。
「……えぇっ!?」
「何やあのスキル、掃除機か?」
「いやバリおもろいな、王の財宝一瞬で消えたで」
目を皿にして驚くディララ、ネタを持ってくるゾームーとスティーブン。
……カエデは目を真ん丸にして、飛び出そうなほどにこっちを見ていた。
「何、アレ……」
「第二回イベントのポイントで取ったスキル……?」
アインとランコもこのスキルは知らない。
まぁ、俺一人でしか実験してないスキルだからな。
「味方の魔法を、剣に付与して剣撃を放つスキル。
ディフェンス・ブレイクがステータスによる防御を無視するスキルだとすれば──
これは、耐性や回避スキルを無視するスキルだ!」
俺はマジック・アヴォイドを唱えて無防備なミノタウロスに肉薄する。
「題して……合体スキル!【メテオ・スラスト】!」
『ブモッ!?』
脅威を察知し、俺の方に振り向いたミノタウロス……だがもう遅い。
俺の剣は、ミノタウロスの心臓部へと突き刺さっていた。
「砕け散れ!」
「ブッ……モオオオオオアアアアア!」
肥大化した筋肉を持つ、真っ赤な門番のミノタウロスは……四本あったHPバーを全損した。
プレイヤーネーム:ブレイブ・ワン
レベル:44
種族:人間
ステータス
STR:60(+74) AGI:92(+59) DEX:0(+20) VIT:35(+99) INT:0 MND:35(+64)
使用武器:小鬼王の剣・改、小鬼王の小盾・改
使用防具:龍のハチガネ・改、小鬼王の鎖帷子・改、小鬼王の鎧・改、小鬼王のグリーヴ・改、ゴブリンガントレット、魔力ズボン・改(黒)、回避の指輪+2