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第四十二話:ボスの前座の前座

「てあっ!」


「グギャア!」


 ダンジョンに入ってから、一時間近く経過した頃。

 出てくるモンスターも入り口の時とは全く違うような奴だ。

 食屍鬼──グールと言うモンスターだが、アインとランコが接近戦で仕留めてくれている。

 そのおかげで、スティーブンもゾームーも出番はない。

 勿論、俺とディララとカエデも、だ。

 俺はくっつけている手錠のせいで、無理に剣を振るとディララが引きずり回される時もあるからな。

 だから、せめて自分の所に突っ込んできた奴をカウンターで倒すくらいだ。

 手錠の長さは五メートル程なので、多少の自由はあるんだよな……一応。


「やはり手錠ダッシュがないと、効率が悪いですね……アレはアレで嫌なものでもありますが」


「そうだな、お前たちを引きずって全速力で走れれば楽なんだけど……酔うのはそっちも困るだろ?」


「さっきは散々走り回ったくせに、よく言いますよ……もう」


 せめてちょっとでもAGIを上げてついてこいよ……と言うのを堪え、俺は腕を組んで考える。

 どうにか……引きずらずにこの二人を連れて行く方法。

 一応歩くペースを合わせるために今も手錠をつけさせてはいるが、正直それをしてもあんまり変わってないんだよな。


「と言うか、手錠使わへんのなら外した方がええんちゃうか?」


「まぁ……そうだな、使ってる内に入るかわからないしな、これじゃ」


 俺は手錠を外し、ゾームーとアインに返す。

 二人は俺から返された手錠をアイテムストレージにしまい、ディララとカエデはあからさまなまでに手をプラプラとさせて喜んだ顔を見せた。


「ようやく手が自由になりましたね」


「うーん、手がどこまでも自由に動かせるって、幸せなことだと今一度感じれたよ」


 そこで俺は、今一度二人をじーっと観察してみる。

 ディララの服装はローブ、その下には、オシャレな服装に三角帽……要は軽装だけど、露出は控えめ……だが、カエデは素肌の露出とかはしてるくせに装備の重量はありそうな鎧で、両腕と太もも以外はしっかりと鎧で守られているな。

 となると、だ。


「……ディララ、ちょっと失礼」


「へ?」


 俺はディララの後ろに回り込んで、腹の方に手を回して持ち上げる。

 あ、やっぱ軽いな、装備重量が殆どないってくらいに軽い。


「うぇっ!? ちょ、ちょっとブレイブさん!? なっ、何、何!?」


「よっと」


 ディララが暴れ出したのですぐにおろす。


「いっ、いきなり何をするのですか!」


「いやぁ、一つ高速移動の手段があったんだよ」


 勿論、手錠ダッシュ以外の方法だし……手錠ダッシュよりも安全かつ怖さもない奴をたった今閃いたのである。

 と言うか、何でこれをもっと浮かべなかったんだ……と言うくらいにな。


「それって、何かあるんですか? 僕、全然わかんないんですけど」


「手錠で引っ張るみたいな奴はもう嫌ですよ、さっきの奴も……その、恥ずかしいですし」


 顎に手を当てて首を傾げるアイン、じとーっとした目で俺を見てくるディララ。

 まぁ、そのどっちでもないから問題はない、ディララの言葉で言うならばノー・プロブレムだ。


「簡単だよ、おんぶ」


「……は? 兄さん何言ってんの?」


 ランコが死んだ魚を見るような目で俺に抗議してくる。

 最近、コイツの目つきが実の兄に向ける物とは違う気がしてきたんだが。

 ……まぁいっか。


「俺がディララをおんぶする……そうやって運べば、安定感もあるしディララも戦闘に参加出来るだろ?」


「確かにディララは軽そうだから出来るんやろけど、カエデはどうするん?

こんな鎧じゃおんぶしても重いやろ、俺結構バランス型やし、STRはあんまないで?」


 ゾームーの意見はごもっともだ。

 だが俺は、イベント前にカエデと戦ったことを思い出している。

 その時のカエデが使っていたスキルがある。


「カバーってスキルあるだろカエデ、あれ乱発とか出来るか?」


「あぁ、はい。クールタイムすっごい短いですし、SP消費も少ないんですよコレ。

でも、それがどうかしたんですか?」


「じゃあソレでついて来い。SPポーションは使った分だけやるから徹底的にやれ」


「あ、はーい……」


「名案やな、ソレ」


 なんでもっと早く浮かんでこなかったのか、と言う目線をディララに向けられる。

 仕方ねえだろ、VRMMOで極振りとパーティ組むのなんて初めてなんだよ。

 カエデはやれやれ、と言った表情でポーションを飲み、盾を構えた。


「じゃあディララ、誰におんぶされるか選んでくれ」


「では、消去法で……ランコさんで」


「あ、私STRあんまりないから、ごめんなさい」


 ランコは申し訳なさそうにしつつ、アインの腕をガッチリと掴んでいた。

 コイツ……アインと一緒にいたいがために断ったな。


「では、下心がなさそうなアインさんに」


「僕ですか?なら──」


「ア・イ・ン・く・ん?」


「……ごめんなさい、僕も自分で戦いたいです」


 アインはランコに名前を呼ばれ、耳元で何かを囁かれると手を合わせて謝った。

 ……なんか、俺の妹がいつの間にか悪女めいてきて怖くなってきた。

 つーかディララ、その言い方じゃまるで俺に下心があるみたいじゃないか。


「じゃあ……もう消去法の消去法で、ブレイブさんしかありませんね」


「ちょと待てや、消去法ってなんや」


「スティーブンさんは生理的に受け付けませんし、ゾームーさんはなんか雑そうですし……」


 ひでえ偏見だ。

 流石にスティーブンもゾームーも怒るだろ……と思ったら。


「それなら納得やわ、うんうん」


「納得するんかいゾームー!」


「ウツが生理的に受け付けないところは納得モンやろ」


「お前あとで殺したるからな」


 内ゲバを始められたら困るので、俺はディララをおんぶする準備をする。

 念のため装備の一部を解除して……剣は鞘に納めて、鎧は解除しておく。

 ついでに盾もだ。


「随分装備を外していますけど、大丈夫なんですか?」


「まぁ、ディララに魔法でどうにかして貰うつもりだからな……っと」


「じゃあ、モンスターが出たら私が倒すんですね」


「おうとも」


 と、こうして俺はディララをおんぶして、ゾームーたちと共にダンジョン内を走り抜けるのだった。

 ……カエデがチマチマ「カバー!」と叫びつつ瞬間移動してきたのに堪えられなくて噴きそうになったのは俺のみぞ知る事だ。

 で、肝心のおんぶの方について……それはそれで成功の部類に入る方で、手錠ダッシュよりかは安定した。


「安定しているので、酔わずに済みそうです!」


「そうか! じゃあ前のグールたち頼む!」


「はい! ファスト・ラピッドファイア!」


 先頭を走る俺におんぶされているディララは、さながら固定砲のようにモンスターを焼き払っていく。

 グールの他にも、スライム等が出てきたが……これも怖くはないな。


「ファスト・ラピッドファイア!」


「【ファスト・ラピッドアイス】!」


「【ファスト・ウィンドカッター】!」


 ディララは魔法の詠唱も早く、モンスターが現れてはすぐに魔法をドカドカとぶっ放している。


「いやぁ、まさに高速移動する戦車やな」


「ホンマズルいわその組み合わせ」


 ゾームーとスティーブンも、ディララと俺のおんぶの組み合わせは強いと思ったようだ。

 そうだな、俺も思ったよ。ディララが俺に乗って移動してるだけなのに、強すぎるって思ったよ。

 INT極振り……恐るべしだな。


「いいですね、コレ……おんぶされる対象次第ですけど。

少なくともブレイブさんは不快ではないですし、いい気分です」


「そっか、じゃあこれからもパーティ組むときはよろしく頼むぜ!」


「いえ、その時になったらN・ウィークさんやハルさんにお願いしますので」


 ……まぁ、そうだよな。

 男におんぶされるなんて、女の子からしたら恥ずかしいだろう。

 ディララがいくつかは知らないけどさ。


「ハハハ、ブレイブフラれとるやんけ」


「生理的に無理とか言われた奴に言われたかねえよ」


「ここで頭ブチ抜かれたいんかお前」


 ……これ以上スティーブンを怒らせるとホントに頭を撃ってきそうなので、ノーコメントとしよう。

 っと、モンスターが前方に来ていた。


「俺もちょっとカッコいいとこ見せんと、恥ずかしい感じになるな……ブラスト・ショット! ふっ、決まったぜ」


「いや倒しきってないやん」


 スティーブンがカッコつけてスキルをぶっ放した相手……オークにはトドメを刺しきっていなかった。

 ディララに任せるか、と思っていたらゾームーが斧を振り下ろして倒していた。


「ダッセェなぁ、ウツ」


「いやしゃーないやろ、俺DEXあんま高くないし」


「弓の威力はSTR依存ですよ、DEXは命中力についてです」


「え、マジか!?」


 弓を実際に使っているスティーブンが知らず、何故か弓使いでもないディララが知っていた。

 眼鏡をクイッと上げてドヤ顔を決めているが……いや、VRだと割と共通認識されてるんだけどな、コレ。

 DEXはあくまで器用さの数値だから、弓の命中補正及びアイテムクリエイトの成功率を高める値ってのが大体のゲームで相場が決まってる。

 だから弓の威力は大概INTかSTR……INTがある理由は魔法弓とか言われるスキルがあるからだな。


「うわマジか……はっずいわ俺」


「まぁまぁスティーブン、今日知ったからいいじゃねえか」


「そうです、聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥です」


 走りながらも顔を抑えて落ち込んでいるスティーブンに俺とディララは慰めの言葉をかけておく。

 間違った知識で恥をかくなんてことは、ゲームではあるあるだ。

 俺も昔はオブジェクトはなんでも武器で壊せると思ってて、ムカついたギルドの壁を延々と斬りつけてたことがあったな。

 傍から見たら相当な奇行だし、ネットで晒されてもおかしくないような光景だったのに、奇跡だな。


「と、いつの間にか最深部やんけ」


「カバー!」


「わっ、と……いきなり前出てくんな」


 と、雑談をしつつもモンスターを避けたり倒したりしていると、俺たちはボス戦の扉前に来ていた。

 カエデがいきなり前に現れたので驚いたが、ちゃんとディララは落とさずに済んだ。


「あの、そろそろ下ろしてくれませんか?」


「あ、すまん」


 冷静に考えたら落としても良かったんだった。

 もう最深部ならおんぶしてる理由がねえもんな。


「門番のフラグって……これでいいのかな?」


 門番を呼び覚ますフラグがどのダンジョンにもあるのはSBO共通らしい。

 カエデが指し示した、扉前の石っぽいのに書かれていた。


『不法に侵入した者が門を叩きし時、不屈の門番は呼び覚まされるだろう』


 って……アレだ、門……つまり扉を叩けば敵が出てくる、ってわけだ。

 だけれどその門番を倒せば、無事扉は開くって事か。

 なんだ、呼び出すのは簡単だし扉にさえ触れなければ問題なしか。


「一度休憩にするか? ちょっと走りっぱなしで疲れた」


「俺らもそうやしな、一服しよか」


 ……と、俺たちは全員揃ってから休憩として、扉の前に座った。

 アインとランコはついて来るのが限界だったようで、ぜぇぜぇ言いながら休んでいる。

 まぁ、ブーストアイテム使った二人とスイッチスキルを使った俺に追いつくのは難しいよな。

 途中から二人とも、効果が切れて素の状態で走ってたみてえだし。


「まさか、初挑戦のダンジョンなのに二時間くらいで最深部つくとはなぁ……結構珍しいでコレ」


「まぁ、分かれ道とかあんまりなかったしな。

道なりに真っすぐ進んでたら、先に進める仕様のダンジョンってわけだし……」


 俺は装備を整え、ポーションの数も確認しておき、自分には問題がないことを把握しておく。


「ランコ、アイン、ディララ、カエデ。お前らの方は何か異常とかないか? 不足してるアイテムとか色々……こう、なんかないか?」


「特にないよ、出発前に武具の耐久値フル回復して貰ったし、武器も防具もまだまだ余裕だよ」


「僕の方も……アイテムは沢山買っておきましたし、皆さんに分ける余裕もあるくらいですよ」


「私も何一つ問題はありませんね、MPポーションはカンストする程に購入したので」


「ディララさんに同じく何一つ問題なし、でーす」


 ゾームーとスティーブンの方を振り向くと、二人とも親指を立てている。

 つまりは全員大丈夫、ってことか。


「よぉし、こっからは連戦になるから、しっかりな!」


「はい!」


 皆が声を揃え、武器を掲げた。

 Aチームに勝てるかどうかはわからない。

 けれど、少なくともこのダンジョンは攻略して見せる。

 パーティリーダーとして、俺のやれることをやる。

 それが今回の趣旨のような物なんだからな。


「さぁ出て来い、ボスの前座の前座!」


 門番を呼び出すためのクエストフラグアイテム……とかは特にない。

 ので、俺が直接扉に触れると、上からモンスターが降ってくる。

 ……ちょっとこのまま放置したらどうなるかな、と思ったら――


「うおっ!?」


 アバターが勝手に動かされ、吹っ飛んで尻もちをついた。

 ダメージにならないから良かったが、ちょっとびっくりした。

 誰かに引っ張られるような感覚がいきなりしたんだから。


「あれは……牛?」


「あれは邪魔だ! って言って殴られる牛やな」


「そういうネタは求めてねえからさっさとスキル詠唱しててくれ」


 俺がいた位置に門番として出て来たモンスター……なんだかよくわからない奴だ。

 アインが牛と言ったが、スティーブンはネタをブッ込んで来た。何年前のネタだよお

 ……つーか、カーソル合わせたらモンスター名くらい出て来るだろ。

 えーと何々……【門番のミノタウロス】……か。

 茶色の肌に、何故かボロボロのジーパンっぽいズボン、そして武器は大剣か。

 両手剣持ちのモンスターと戦うのは、SBOだと初めてになる。


「なんや牛かいな、とっとと料理して明日の昼飯にしたるわ。ごま油で三分間強火で炒めたるで!」


「牛肉は油が出やすいので、焼く時は油を引かなくても良いんですよ!」


「豚肉の方が疲労回復にはオススメですよ」


「私は鶏肉の方が好きだなぁ……」


 ゾームーが舌なめずりをしながら言うと、便乗して女子共が料理の話をし始めた。

 っつーかディララとカエデ、お前ら今相手にしてるの牛だろ。

 豚はマイクだろ、そして今回マイクはいないって言ってただろ……。


「あぁもう……今回の常識人枠は俺かよ……よしお前ら、行くぞ!」


「今日はすき焼きやな」


「よしワイが奢ったるわ」


「お前ら真面目にやれえええ!」


 スティーブンとゾームーのせいで、イマイチ閉まらぬ空気のまま……ミノタウロス戦に突入したのだった。

 心なしか、ミノタウロスも困っているようにしか見えなかった。

プレイヤーネーム:ブレイブ・ワン

レベル:44

種族:人間ヒューマン


ステータス

STR:60(+74) AGI:92(+59) DEX:0(+20) VIT:35(+99) INT:0 MND:35(+64)


使用武器:小鬼王の剣・改、小鬼王の小盾・改

使用防具:龍のハチガネ・改、小鬼王の鎖帷子・改、小鬼王の鎧・改、小鬼王のグリーヴ・改、ゴブリンガントレット、魔力ズボン・改(黒)、回避の指輪+2


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