第三十七話:仕切り直し
「……へぇ、耐えたか」
「パッシブスキル……根性……!」
「お前も持ってたのか、便利だよなソレ」
まさかアインも根性を持っているとは思わなかった。
これは誤算だが……でも、それが発動してるってことはあと一撃で殺せるわけだ。
だから、俺はアインへ近づく。
「くらえ」
「ふっ!」
俺はアインに向けて剣を振り下ろしたが……俺の剣は阻まれた。
ランコが両腕で槍を握り、受け止めていたのだ。
「ら、ランコさん……!」
「アインくん! 下がって!」
「は、はい……ごめんなさい、ランコさん」
片腕だけだったはずのランコが、いつの間にか治っていた。
……アイテムの効果かどうかは知らんが……なら、今度は一対一で倒すだけだ。
だが、もう俺も限界に近い。
集中……集中している……だが、ゆっくりと脳にかかっていた負担がやって来る。
どれだけ神経を研ぎ澄ませようが、結局負荷がないわけじゃない。
それどころか、脳への負荷はもっと大きくなってきた。
頭が痛み、アバターの動きが鈍り……立たせているだけでも気持ち悪くなってくる。
「ぐ……! っ、ぅぅ、ぁぁぁ……」
俺は剣を杖代わりにして、なんとか体制を保つが……動けない。
ランコとアインはその間にポーションを飲んでHPを回復している。
クソッ、これ以上集中を続ければ……ハード側が危険と判断して俺を強制ログアウトさせるかもしれない。
なら、もうこの二人と戦う上で集中こそすれど、さっきみたいな動きは出来ない。
「ふぅっ……はぁっ……はぁっ……! クソッ……!」
頭の痛み、アバター全体に伸し掛かる倦怠感、吐きそうなほどの気持ち悪さ。
それに耐えながら……俺は立つ。
だが二人は既にスキルの詠唱をしていて、俺への攻撃準備に入っている。
チャンスを逃さない姿勢、そういうのは嫌いじゃないけど……今は泣きっ面に蜂ってヤツだ。
「ライトニング……!」
「シャイニング……!」
……ここで終わりか。
けれど……楽しかった。
全力で集中して戦おうと思えた相手が、俺の妹と、その友人。
ホウセンやオロチのような知らない相手でもなく、知っている友達。
今回は時間切れで俺の負けだが……次こそは二人まとめてでも倒す。
「スピアアアァァァッ!」
「アックス! 双鉞!」
二人の武器から放たれる、最大威力のスキル。
空気を揺らすほどに迸る雷の槍と、光り輝く双の鉞から放たれる刃。
これだけ強いスキルで……俺を倒してくれるなら、やられる側も本望だ。
「プリズン・シールド!」
「!?」
だが、二人の放ったスキルが俺に直撃する前に――
盾が複雑に組み合わさったような檻が、俺を包み込んだ。
「このスキルは……!」
カエデか? いや、だがカエデの声にしてはおかしい。
アイツの柔らかいような、女の子らしい声……と言うか、なんと言うか。
まぁ、とにかくカエデがこのスキルを使ったわけじゃない。
そう確信できる。
「見事なり、戦士たちよ」
「だがここまでだ」
「そう! 我らが主に仕える四天王がいれば!」
「点は総取りさせて貰おう! 我が姫君のために!」
プリズン・シールドが解除されると共に……騎士の姿をした四人の男たちがいた。
あれは……ランコに一撃でやられ、俺にあっさりぶち殺された奴もいる。
「フッ、悪く思うな。薔薇園の姫……ローズのためには、親友である私もポイント源だ。
故に、お前たち三人を全力で始末させて貰おう」
騎士のような男たちを統率している女と、その後ろから歩いてやって来る女。
統率している方は、騎士のような鎧を着た……如何にもな女騎士。
その女騎士にエスコートされていた女は、豪勢なドレスを着た、恐らくローズとか言われてた奴だ。
「自分の点のためだけに、こんなに大勢の人を……」
「フン! なんとでも言うがいい! 我らはこのお方のためだけにある!
ローズ様の美しさのためならば、私はこのイベントの点であろうとも、全てを捧げよう!」
俺が倒した、炎の四天王が変な踊りまでつけながらほざきやがった。
ふざけんじゃねえ! ただ可愛いだけの奴に貢ぐ? 全てを捧げる!?
馬鹿じゃねえのか!? いや、間違いなく断言できる! コイツら全員馬鹿だ! どう見ても馬鹿だ!
貢ぐためだけにゲームやってんじゃねーよ! 相手アバターだろ! 女なのは確定だけどさ!
あぁクソッ、イライラしてきた。
「さぁ無法者の戦士たちよ! 裁きを受けよ!」
ランコにやられてた青い装備の野郎、水の四天王が言うと、この野郎含む四天王全員が抜刀。
炎の四天王と水の四天王は剣……ゴツい見た目をした……恐らく土の四天王は盾。
一人だけ軽装な野郎……多分風の四天王ってやつは、弓を構えた。
「……おめでたいですね。人数で上回っただけで、私たちを倒せるとでも?」
ランコは馬鹿どもが騒いでいる間にスキルを詠唱していたようだ。
それはアインも同じようで、ランコと目を合わせると、頷いた。
「ライトニング・スピア!」
「シャイニング・アックス! 双鉞!」
二人の全力のスキルが、四天王たちに向けて放たれる。
「マリー殿!」
「わかっている……【ダーク・ウォール】!」
「フン! 雷など……我が盾には無力よ! アース・ウォール!」
女騎士……マリーとか呼ばれた奴の魔法と、土の四天王の壁で二人のスキルは止められてしまった。
おいおいおいおいおいおい……二人の攻撃を止めるなんて、一体どうなってんだ。
「では、今度はこちらから行かせて貰うぞ!」
炎の四天王、水の四天王、弓を持ってる野郎……多分風の四天王が動き出した。
頭の痛みや、倦怠感がいつの間にか少し引いて来た俺は何とか立ち上がる。
だが……やはり集中力を高めるのは無理だし、少し体調が悪いせいで戦い辛い。
「貰った!」
「ヤベ……!」
俺がモタついていると、水の四天王が俺に斬りかかって来た。
咄嗟に盾を構えるが、俺は上手くガード出来ずにダメージを受けた。
「兄さん!」
「余所見をしている場合かな!」
「くっ……」
ランコが俺を心配して振り向くと、炎の四天王がランコに斬りかかった。
「ランコさんから離れろ!」
「貴様の相手は俺たちだ!」
「逃がしはしないとも……くらえ!」
「ぐぬぬ……邪魔だ……!」
アインがランコを助けに行こうとすると、土の四天王と風の四天王がアインを攻撃した。
クソッ! あの女二人はそれを見てるだけかよ!
「こちらに集中せず平気でいられるかな!」
「平気じゃねえから、集中してねえんだよ!」
近接戦で俺を離すつもりのない水の四天王は、鍔迫り合いに持ち込んでくる。
だが、STR値は俺の方が上のようで、何とか止めれているし、ダメージも受けずで済んでいる。
俺は今なんとか平気だけれど……ランコは近すぎるせいで槍を上手く使えていない。
アインも斧を振るってはいるが、土が止めて風が射撃なんてコンビネーションを前に崩れそうだ。
この二人がやられたら……俺がリンチされるだけになる……どんな罰ゲームだよ、コレ!
「ほぅら! 余所見をしている暇はないだろう!」
「ぐあっ!」
ランコとアインに注意を向けていると、俺が斬りつけられた。
「フハハハ!これで終わりだ!」
水の四天王がそう言いながら剣を振り上げる。
クソッ!HPバーが残り二割……これじゃあ、こんな格下共にやられちまう!
「あぁ、安心したまえ。ローズ様のため、今は生かすとも」
「舐めてんのかゴラァ!」
俺は余裕ぶっている水の四天王の顔面を殴りつけ、頭突きを食らわせる。
「ぐっ……なんとも品のない攻撃……」
「さっきからゴチャゴチャゴチャゴチャうるせえんだよお前ら!
品がどうだの、ローズ様がどうだの……失礼なの丸わかりで言わせて貰うとな!
お前ら……オタサーの姫に貢いでる大学生と何も変わんねえよ!」
「フッ! 我らが姫君をそのような存在と一緒にされては困るな!
ローズ様は、薔薇を愛でる心優しきお方! オタクなぞにちやほやされて承認欲求を満たす存在とは違う!
これは我々の意志によって捧げられている贄よ!」
「どっちも同じだろうが馬鹿野郎!」
話が平行線な口論を俺と水の四天王が続けていると、ランコとアインへの攻撃が止んだ。
あぁ……二人のHPバーもあと一割程度まで落とされたって所か。
ローズとか言うのが魔法の詠唱をしてやがる! クソッ! こうなったら最後まで足掻いてやる!
「斬撃波!」
「おっとぉ、させんぞ!」
土の四天王は攻撃を引き寄せるスキルでも持っているのか、俺の斬撃波を吸い込むように受けた。
……なんでダメージが入らねえんだ!?
「さぁ、ローズ様の裁きを受け、昇天するがいい!」
炎の四天王が剣を掲げて言うと、ローズの魔法は完成していた。
あとは、俺たちに向かって放たれるだけ。
「あぁ……アインくんとの共闘、楽しかったなぁ……でも、ここで終わりかな」
「僕も、ランコさんと一緒に戦えて嬉しかったです。
ほんの僅かな時間だったとしても……思い出の一つとして、残ります」
「お前ら……!」
アインとランコは、背中をくっつけて座り……互いにやられることを望んでいた。
……二人がここで諦めても……俺だけは諦めてやらねえ。
どうせすぐに復活できるとわかっていても、こいつらの点になるのは感情が許しちゃくれねえ。
「ごめんなさい……【サード・ダーク】」
ローズの手から放たれた闇の魔法は、俺たちに向かってくる。
どうする……どうやって受ける!どうやって打ち返す!
そしてその先をどうするか――
と、俺が頭の中で考えている間に……光は来ていた。
眼前まで迫った魔法を斬り、四天王どもをボウリングのピンのように吹き飛ばした。
「ローズ様の魔法を一撃で斬っただと!? ありえねえ!」
風の四天王が慄いた。
今の魔法が、そんだけ凄い物だったのか。
「これが、麗しき薔薇園の姫君のやることか……非常に残念でならないな」
黄金の鎧と、青色のマントを身に纏い……金色に輝く両刃の剣。
騎士のような姿をした男が、剣を振り終えた姿勢で俺たちの目の前に立っていた。
誰かは知らないプレイヤー、だが……ここにいる誰よりも強いとわかる。
下手したら、先輩やオロチよりも強いかもしれない。
「フン! どこぞの誰だか知らぬが……我らの邪魔をするなら、排除するまでよ!」
「そうとも!我らの前には、誰もが――」
炎の四天王と水の四天王が騎士の男に飛び掛かった。
「その覚悟と忠誠は認めよう。だが、使い方を間違えたな」
騎士の男は、たった剣を一振りした。
それだけで……四天王二人は崩れ、倒れ、ポリゴン片となって砕け散った。
「な……あ……」
「ありえねえ! あの二人を瞬殺するなんて!」
いや、冷静に考えたらこの二人は個別だと大したことねえだろ。
俺やランコにも瞬殺されてんだぞ?
今の俺だって、体調が悪いだけだし……まぁ、少しずつ和らいできてはいるけどな。
「さて……君たちはまだ倒していない以上、ここで見逃すわけにはいかないな」
「ケッ、やれるもんならやってみろ! ローズ様からバフをかけて貰った土の四天王を貫けるならな!」
さっきまで慌てていた風の四天王が、土の四天王を前に出して勝った気になっていた。
うん、死亡フラグだな、コレ。
「俺の防御を貫けると言うのならぁ……試すがいい!」
「では、全力で溜めさせて貰おう」
「いいだろう! 来い! アース――!」
「光よ! 闇を穿て! エクス……カリバァァァッ!」
「あ」
土の四天王が壁を出す前に、騎士の男はスキルを放った。
そして、このフレーズ……騎士のような姿、黄金の剣。
コイツが誰だかわかってしまったような気がして、俺とランコは顔を合わせ、頷いた。
「話に聞いていた……アーサー……さん?」
ランコがそう言うと、騎士の男――
アーサーは振り返ってにこやかな笑顔で頷いた。
あぁ……道理で強く感じたわけだ。
SBO最強のプレイヤー……先輩よりも強いって話だしな。
「ぐ……ああっ……! ば、馬鹿な……!」
土の四天王は盾と鎧を一撃で破壊されて倒れ、炎の四天王や水の四天王同様にポリゴン片となって砕け散った。
「な、なにぃぃぃ!? 土の四天王を一撃で倒すだとおおお!?」
「少し騒々しい、黙っていてもらおうか」
「え」
アーサーの一撃で、風の四天王の首が飛んだ。
恐ろしく速い斬撃……今の俺じゃ見えなかったね。
「さて……どうする? 君たちもこのようになりたいかい?」
「……逃げるぞ、ローズ! 【転移】!」
アーサーが剣の切っ先を向けて言うと、マリーがローズの手を掴んで……消えた。
転移系のスキルって、こう言う所でも使えるんだな。
「……やれやれ、逃げられたか」
「僕たちもキルするんですか?」
「いや……戦いもせず相手を斬り殺すのは、騎士道に反する。
故に……君たちとは、また出会った時に戦わせて貰おう」
そう言って、アーサーは背を向けて去って行った。
……一先ず俺たちはポーションを飲んでHPを回復させる。
アーサーの活躍を見ていたら、いつの間にか楽になっていた。
俺も頭がすっきりとしたし、今なら戦えそうだ。
「仕切り直し、ですね……ブレイブさん」
「あぁ、もう一度やろう。さっきの熱いバトルをな」
「今度こそ、決着をつけられるように!」
俺たち三人は……今度こそ邪魔の入らぬ場所で、武器をぶつけ合わせた。
たかがゲーム……されどゲーム、ゲームだからこそ本気になれる。
ゲームだからこそ、斬られようと、殴られようと立ち上がれる。
遊戯と言われようとも……この瞬間の俺たちは、本気で戦った。
命懸けの戦いのように、絶対に死なないようにするために……本気の戦い。
ここにいる、俺たちだけにしかわからない……VR世界での、現実。
プレイヤーネーム:ブレイブ・ワン
レベル:40
種族:人間
ステータス
STR:60(+70) AGI:88(+55) DEX:0(+20) VIT:34(+95) INT:0 MND:34(+60)
使用武器:小鬼王の剣・改、小鬼王の小盾・改
使用防具:龍のハチガネ・改、小鬼王の鎖帷子・改、小鬼王の鎧・改、小鬼王のグリーヴ・改、ゴブリンガントレット、魔力ズボン・改(黒)、回避の指輪+2