第三十六話:眠い
「さて……どうすっかな」
現在、俺は最初にいた地点から大分離れている。
街の中心部からも遠ざかっているし、プレイヤーの数は少ない。
ここに来るまでの間にちょくちょく他のプレイヤーを暗殺してきたが……あとどれくらい稼げるか、か。
残り時間は六時間を切って、もうイベント時間は半分もない。
故にキル数も増えてきてはいるが、上位陣と出会うことは中々ない。
ランコやハルの姿はちょくちょく見たが、先輩の姿は見当たらなかった。
「ハッ! 隙だらけだぜ!」
「いや別に」
後ろからドタドタドタドタ……というやかましい足音と共に、自分の存在感を示しまくりな奴が来た。
しかも隙だらけだぜ!と言う声が十分距離が開いた状態で聞こえた。
更に言うとソイツのAGIは低かったし、武器のリーチは短いものだった。
ので、俺はカウンターで点だけ美味しくいただきました。
「うーん、本格的にどうするか悩みどころだな……」
俺は建物の壁に寄りかかり、悩む。
戦闘が激しかったことや、結構点を稼いできたと言うこともあるが……結構頭が痛くなってきたし、一度どこかで眠りたい。
「ふあぁ……なんか、ホントに……眠くなってきたな……」
VR内でも睡眠の概念はあるし、寝落ちなんて行為はVRでもある。
実際、前のゲームで深夜の狩りをしてたら、寝落ちしてPKに身包みはがされたこともあったし。
と……なんだか思い出に浸っていると……眠さが加速してきたな。
どうしようか、周囲にプレイヤーはいないようだし……このまま眠るのもありか……それじゃあ、いざ眠りの世界へ……………ん?
何やら、高速で飛んでくる物体が……!?
「あっぶねええっ!」
俺はなんとか転がって飛んできたものを避けた。
さっきまで俺がいた場所には、斧が突き刺さっていた。
「逃した……! くそっ!」
「お前かよ……! 驚かせんじゃねえっつーの!」
俺に向かって手斧を投げたのは、アインだった。
今ので眠気が吹き飛んだが、ビビった。
下手したら、眠ってる間に頭がパッカーンだったぞ。スイカみたいに。
「ブレイブさん……僕は一度ブレイブさんと戦って見たかったんです!」
「そうか……奇遇だな、俺も一回お前はブッ飛ばしてやりてえと思ったことがあるよ」
アインは双鉞を抜き、構えた。
俺も剣と盾を構えたが……頭が痛くなってきた。
ホウセンやタダカツとの戦いでかなり疲労したし……繰り返す暗殺や戦闘で、大分脳の処理が追い付かなくなってきた。
ゲームのやりすぎで体壊す……それに気付かないのがVRMMOだ。畜生、だから嫌になるんだよ。
「あー、悪いけど……全力で短期決戦に持ち込ませて貰うぜ、アイン!」
「なら、僕もそれに応えますよ!」
……いい奴だな、コイツ。
ブッ飛ばしたいのに変わりはねえけど。
「加速! 加力!」
「活性化!」
俺とアインはバフスキルで自分たちのステータスをブーストした。
そして、互いに一歩目を踏み込む。
「せあああっ!」
「オラァッ!」
アインの双鉞と俺の剣の先端がぶつかり合い、競り合いにはならず互いに振りぬく。
そのまま俺の逆袈裟、アインのもう片方の鉞が刃をぶつけ合い、弾かれ合う。
「アックス・スロー!」
「セカンド・シールド!」
アインが投擲してきた斧をシールドで一度受け止める。
……多少の競り合いの後で割られたが、俺は既に斧の軌道から外れている。
そのまま接近し、アインへ斬りかかる。
「ディフェンス・ブレイク!」
「パワー・アックス!」
アインは双鉞の両方でスキルを発動させ、俺の振り下ろしに斬り払いで受け止めた。
確かに武器で受け止めれば、防御力貫通攻撃も意味をなさないが……俺にはまだ左手がある。
「パワー・スマッシュ!」
「たぁっ!」
剣を引くと共に俺の左拳から放たれるスキル込みのストレートに、アインは対応した。
双鉞で俺の盾の部分を叩き、拳を弾いたが……幸いにも叩かれたのは俺の盾。
故にアインへ攻撃を当てられはしなかったが、こちらもダメージを受けることはなかった。
「そんなに大技を連発して……SPの方は大丈夫なんですか? ブレイブさん」
「戦闘中に敵の心配かよ……なぁに、サード系は使ってねえからまだまだ余裕だっての。
それよりも……お前こそスキルにスキルで対応しない辺り、何とかしのいでから大技で決めるつもりだろ?」
「バレてましたか」
「いや、鎌掛けだ」
アインはニヤリと笑い、双鉞を握ったまま、舞のような動作をした。
……何をする気だ? 何かのスキルか? バフ? それとも攻撃?
「なら……お望み通り、一気に決めます!」
アインは目を真っ赤に光らせ、赤い眼光で俺を睨む。
一瞬その目に委縮しそうになったが、俺はすぐにスキルの詠唱をする。
アインが大技で決めるなら……こっちも相応のスキルを出すまでだ。
「【バーサーク・スマッシュ】!」
「サード・カウンタァァァッ!」
アインの残像が見えるほどの速度で放たれた斧の乱舞に、俺はカウンターを放つ。
リンの水流乱舞の時と同じように、一撃でもカウンターを合わせることが出来れば――
「ブレイブさんの十八番! そんなもの、僕はとっくに研究して来たさ!」
「何ィッ!?」
カウンターで放たれた俺の剣を、アインは乱打で押し返した。
俺は咄嗟に盾を構え、体制を崩されながらも守りに入るが――
「ぐうっ! ぐっ、がっ、ごはあああっ!」
アインの攻撃をまともに受け、俺は吹っ飛んで建物に叩きつけられた。
コイツ……ホウセンやオロチにも引けを取らねえほどに強くなってやがる……!
「流石ですね、ブレイブさん。僕のこのスキルで倒れなかったプレイヤーは、ブレイブさんで二人目ですよ!」
「二人目じゃ嬉しくねえよ……その前の奴が誰だかわかんねえし」
俺は立ち上がって、HP回復を図ろうとするが……アインはそれを許してくれなさそうだ。
何か隙でも出来れば、HPポーションを直ぐに飲めるんだが……今の俺のHPは三割程度……このままアインの攻撃を凌ぎつつポーションを飲むなんてのは無理だ。
と言うか、短期決戦に持ち込みたいのに回復のことを考えてちゃあダメだろ、俺。
「そうですか……じゃあ、今度はこのスキルで終わらせます!」
「クソッ……止むを得ねえ……!」
俺はハイド・ソードとミラージュ・ムーブで透明化状態になる。
一度どこかに隠れて、ポーションを飲んで安全圏までは回復しておこう。
本当は短期決戦に持ち込みたかったけれど……仕方ない。
イベントが終わった後にベッドが血まみれになるのを覚悟で戦ってやろう。
なぁに、普段ゲーム以外で全然使わねえ脳みそがちょっと痛むだけだ。
ゲームのお休み期間がちょっと出たくらいじゃ、そんな痛手にはならねえ。
「僕が、タダで逃がすと思ってますか? ブレイブさん」
アインが双鉞を背中にしまった。
……何か、俺の透明化を解除するようなスキルでも使う気か?
なら、急いでこの場から撤退を――
「これでッ!」
アインが何かを地面に叩きつけたかと思うと、もくもくと煙が出てくる。
……そうか!煙幕で俺の形を無理矢理出させる方に来たか!
ヤバい、逃げねえと――
「そ・こ・かァァァッ!」
「ぐぅっ!」
俺は盾と剣をクロスさせて何とかアインの攻撃を受けるが……吹っ飛ばされて、地面を転がった。
なんて攻撃力をしてやがる!
「透明化スキルは、こうすれば炙り出せるんですよ。
暗殺対策には持ってこいですよね、ブレイブさん」
「野郎……馬鹿にしやがって……!」
俺は雑嚢からポーションを取り出し、急いで飲み干す。
アインが斬りかかってくる可能性が十二分にあるが……もうなりふり構ってられねえ。
何だったら走りながらでも飲んでやる。
安全な状態で回復が出来ねえってことを承知でやるしかねえ。
「それじゃあ、まだまだ行きますよ、ブレイブさん!」
「上等だ……ぜってえ泣かせてやる!」
アインは手斧を振り被って――
「【アックス・スロー・オブ・バーサーク】!」
さっきのアックス・スローより、威力も速度も段違いだ。
だが……投擲する以上その軌道は直線的。
冷静になり、ただサイドステップするだけで避けられる。
「ふっ……投擲系スキルは、直線的だ……! 単発なら、見えねえことはねえ!」
「なら、近接戦でお相手しますよ!」
アインは双鉞をクロスさせ、突進してきた。
「【クロッシング・スラッシュ】!」
「セカンド・カウンタァァァッ!」
アインの放つ双鉞の内の一つを盾で滑らせるように弾き、もう一発には……剣によるクロス・カウンター。
袈裟斬りで放たれる斧の軌道に合わせ、俺も袈裟斬りでアインへダメージを与える。
「ぐっ……」
「エクストーション!」
「ぐあっ!」
「でえええあああッ!」
「ぐぅっ……」
カウンターでHPバーを削られ、グラついたアインにエクストーションを叩き込む。
アインがそこで膝をついて崩れ落ちたので、俺は追撃で腹へと拳を叩き込む。
「これで終わりだ!サードォォォ……!」
「サード・ジャベリン!」
「ッ!」
轟音と共に凄まじい速度で投擲されたエネルギー状の槍が俺の足元に刺さった。
すんでの所でスキルを止め、一歩下がったおかげで直撃はしなかったが……危うく片足を持って行かれるところだった。
「アインくーん!」
「ランコさん!」
「ったく、まさか妹に邪魔されるなんてな……!」
蜻蛉切を構えたランコが、アインの隣に並んだ。
やれやれ……この二人の連携がどれほどの物かは、モンスター戦でしか知らない。
けれど、戦うからには舐めてかかってたら殺される。
ランコには実質的に勝てたようなものだが……アインと組まれるとキツいどころじゃないな。
下手したら俺、実力的に負けるかも。
「アインくん、協力して兄さんを倒そう、私はさっきやり損ねたし……!」
「はい、ブレイブさんは今戦ってわかりました……とっても強いって!」
「そうだね! わかるよアインくん!」
わー、微笑ましいやり取り~、お兄さん、妹が幸せそうで嬉しい~。
なんて言うとでも思ったか馬鹿野郎。
仲良さそうにしやがって……二人揃って点マイナスの恐怖を味合わせてやる。
「それじゃあ……行きます!」
「うん!」
アインは真っすぐ俺に斬りかかってきて、ランコは回り込んで背後を取ろうとしてくる。
上等だこの野郎……受けきってやる!
この二人に勝つために……例え次起きた時に俺の脳みそが痛んでいようとも……集中しろ、ブレイブ・ワン。
例え体に負荷をかけてでも……このゲームを楽しめ。
楽しむために、集中し……五感を研ぎ澄ませ、痛みや倦怠の感覚よりも先に……動け!
「てえっ!」
「とりゃぁっ!」
後ろからのランコ、前からのアイン。
俺は屈む。
そうするだけで、二人の武器が派手な金属音を立ててぶつかってくれる。
「わっ!」
「す、すみませ――」
「余所見してんじゃねえよ」
「ぐへっ!」
俺は屈んだ姿勢から、直ぐに腕を地面につけ――
アインの顔面を蹴り上げる。
「アインくん!」
「お前も余所見」
「うっ!」
直ぐに立ち上がれば、アインを心配したランコの隙をついて頭突き。
痛みこそ走らないだろうが、その衝撃はアバターに与えられる。
だから突き飛ばされれば押されるし、殴られたり蹴られたりすればグラつく。
そうだ……だから集中しろ、ブレイブ・ワン。
脳のあらゆる感覚でアバターの動きを鈍らせず……ランコとアインの動きを見ろ、観ろ!
その動きから粗を探せ、隙を探せ、確実に二人を倒せる急所を探せ!
そして、最小限の動きと、最大限の集中で……この二人を討ち取れ!
「くっ! 乱れ突き!」
「それはもう腐る程見た」
乱れ突きの軌道は一見ランダム……だがそれは見えてないからだ。
真正面から見て、どうやって放つか、どこに槍の穂先が来るか。
それは集中してから見ると、右上、真ん中、右下、左下、左上。
軌道さえわかれば、体を捻るだけで避け切り、最小限の動きで避けられる。
「嘘……」
「ランコさん、横に避けて!」
アインがランコを横に避けさせる、つまり縦の軌道に来る大技。
俺の知っているスキルか知らないスキルかは不明。
ただし縦の軌道と言うことは、強力なスキルの可能性が高い。
なら常にランコと同じ軌道にい続ければいい。
「くっ……これじゃあ……狙いが!」
「なら、私が!」
俺とランコが重なっていてはスキルを放てずに困惑するアイン。
となると、この盤面で動けるのはランコだけ。
ランコだけが、俺に攻撃を仕掛ける……それは既に想定内。
「てぇっ!」
「素のステータスじゃ俺に分があるぞ」
ランコは俺に向かって愚直なまでの突きを出してくるが……やはりこの二人は対人においての連携は素人だ。
故に――
「エクストーション!」
「ぐはっ……」
「せぁっ!」
「あぁっ!」
ランコの腹にエクストーションを放ってから体制を崩させ、まずは片腕を斬り飛ばす。
蜻蛉切は重い武器……だから、ランコが片手で扱いこなすのは難しい。
これで戦力は落ちた。
あとは、攻めあぐねていたせいでランコを失ったも同然になったアインを倒すだけだ。
「く……うおおお! バーサーク・スマッシュ!」
「さっき見た」
確かに、アインのSTRで放てばリンの水流乱舞よりも強力だろう。
俺のカウンターを見切らずとも、ただ力押しでカウンターもお構いなしに打ち込めるスキル。
単純な威力だけなら、ホウセンのスキルにも劣らない……いやそれ以上かもしれない。
だが……ただそれだけ。
ただ威力が高く、無茶苦茶に斧を叩きつけるだけのスキル。
モンスター相手なら有効かもしれないが、対人戦においては種さえわかれば大したことはない。
何も別に、スキルをわざわざ真正面から受ける必要はないのだから。
ただ一歩ずつ下がって、その乱打をかわすだけでいい。
「一撃も、当たらなかった……?」
「今度は俺の番だ」
「はっ――」
アインは慌てて下がろうとするが、AGIは俺の方が高い。
「サード・スラッシュ!」
「ぐあああっ!」
袈裟斬りにして放ったサード・スラッシュは……アインのHPバーを削り取った。
プレイヤーネーム:アイン
レベル:40
種族:人間
ステータス
STR:92(+60) AGI:60(+50) DEX:0(+20) VIT:50(+50) INT:0 MND:10(+25)
使用武器:双黒竜斧、白銀斧
使用防具:黒鉛の鎧、黒鉛の兜、魔侯爵の服・上、魔侯爵の服・下、黒鉛のグリーヴ、黒鉛の籠手、疾風の腕輪