第三十五話:貴様の顔、覚えておいてやろう
「せええあああッ!」
「ぬぅぅぁッ!」
ガキィィィン、と言う金属音と共に俺とホウセンの武器はぶつかり合う。
コイツのSTR値を考えれば、今こうして競り合うのは危険だ。
俺はすぐさまバックステップして、距離を取る。
「ふん、競り合いを避けたか……腰抜け目」
「お前との競り合いなんて好き好んでやる奴がいるかっての……!」
俺はスキルの詠唱に入り、ホウセンに視線をロックする。
この際、後ろで倒れっぱなしのオロチの事は気にしない。
後ろから斬られればそれまでだが……ホウセンがそんなオロチを許すとは思えないだろうし、いちいち周り気にしてたらコイツ相手には持ちそうにない。
「おぉぁッ!」
「ファスト・スラッシュ!」
俺はホウセンが袈裟斬りにするように振り下ろして来た方天画戟にスキルをぶつける。
スキルのブーストを込みにすれば、何とか競り合いには互角か……上手くいけば押し切れる!
「たっ!」
俺は先輩がやった動きを真似して見せる。
剣を滑らせるように戟との競り合いを抜け、背を向けつつ剣を逆手に持ち――
そのまま刺突!
「フン、見様見真似の動きで、俺を倒せるとでも思ったか!」
が、俺の剣の切っ先はホウセンの槌に受け止められていた。
だが、奴はすぐに俺を倒すことが出来る状態にあるわけじゃない。
焦るな……ブレイブ・ワン、焦りが負けを生むんだ。
「思ってねえよ!」
先輩はあの時、短期決戦に持ち込むためにスキルを放とうとしていた。
だが、俺はその先輩の焦りが生んだ失敗を知っている。
だからこそ、全く同じ動きではない……別の動き方がある。
「ファスト・シールド!」
「ぐおっ!?」
ホウセンの身長は高い。
俺のアバターだって、元の体と同じで170cm以上はあるからそれなりに身長は高いが……ホウセンの身長は俺のそれよりも高い、つかデカすぎなんだよ。
頭一つ分も高い身長となると、当然隙間が出来る。
そう、こんな風に……俺がシールドを出現させても、ホウセンの顔面だけにぶつかるようにな。
「チィッ……!」
「パワー・スマッシュ!」
シールドがぶつかるだけではロクにダメージなんて与えられない。
だが、少なくとも殴られたような衝撃だけは起きる。
この一瞬でバランスを崩したホウセンへ向け、俺は殴り掛かる。
「ぬぅぁっ!」
ホウセンは槌を俺に投げつけ、俺の左拳を弾き飛ばした。
投げるだけで俺のスキルを止めるどころか、弾くほどのこの威力。
要注意どころじゃねえな、この武器。
「失せろォッ!」
「っとっ!」
ホウセンは方天画戟を長く持ったと思うと、横薙ぎに振るってきた。
俺は屈んでそれを避け、足払いをかける。
「ぬっ……」
「セカンド・スラッシュ!」
俺は足のバランスを崩したホウセンに向けてセカンド・スラッシュを放つ。
「ぬぇぁぁぁッ!」
ホウセンは片足だけで無理矢理体制を持ちなおさせると、振り下ろされた俺の剣を方天画戟で受け止めた。
「最強は……この俺だァッ!」
「ぐっ!」
ホウセンは俺の攻撃を弾き飛ばしてから、今度は腰を落として屈んだ。
まさか――
「散れェッ! 雑魚が!」
高く跳びあがったホウセンが、両手で握った方天画戟を俺に叩きつけに来る。
恐らくスキル、俺よりも高いSTR値から繰り出されるスキルの威力は受けたら十中八九死ぬ。
こうなった時の対処は――
「ファスト・シールド!」
「フンッ!」
「通じねえのかよ!」
ジャンプして攻撃してくる奴には、シールド系のスキルで足場になる位置を作る。
本来なら、そうすることで勢いを殺して攻撃を中断できるはず、なのに。
ホウセンが纏っている雷のオーラのようなものが、俺のシールドを砕いた。
こうなったら……!
「くらぇぇぇッ!」
「う、おおおおおおッ!」
俺は盾を真上に構え、ホウセンの攻撃を真っ向から受け止める!
だが重すぎる! 耐えられっこねえぞ、こんなの!
……それでも!
「砕け散れェェェッ!」
「負けてっ、たまるかああああああああっ!」
俺は盾を持つ左腕に力を込めると共に、剣を突き出す。
勿論、ホウセンの放っている攻撃そのものにだ!
だが……ホウセンの放ったスキルの威力とホウセン自身の攻撃力が高すぎる!
俺の攻撃力や防御力じゃ止めきれない!
「ッ……おおおおおッ!」
俺は敢えて膝をつき、ホウセンの攻撃に押し込まれるように崩れながら――
片足で地面を蹴って、何とか方天画戟の直撃から逃れる。
だが、ホウセンが地面に方天画戟を叩きつけた際に起きた衝撃で俺は吹き飛ばされ、地面を転がった。
……でも、逃げることが出来ただけにまだ良しだな。
「ぜぇっ……はぁっ、ふぅっ……」
俺は呼吸を整え、雑嚢から取り出したHPポーションを飲む。
ホウセンは俺の方に向き直り、方天画戟を回して構え直すと……小さく笑った。
「フッ……中々やるな。ここまで俺を楽しませるとはな……雑魚と言う言葉は撤回してやろう」
「野郎に認められたって……嬉しかねーよ……!」
俺は剣を盾を構え、ホウセンを睨む。
奴は俺の攻撃で殆ど、いや……全くダメージを受けていない。
つまり、俺が完全に劣勢。勝てる見込みがない。
「だが……これは受けきれるか?」
ホウセンは方天画戟の穂先に赤と黒のオーラのようなものを溜め始めた。
マズい……あのスキルは確か、鬼神砲とか言うスキルだ。
しかも、俺は先輩やランコみたいな属性系スキルを習得していない。
何よりも問題なのが、あの技を仮に避けたとしても……反撃のビジョンが俺にはない。
クソッ……多少無茶をしてでも属性系スキルを習得しておくべきだった!
「うおおおおおおおッ! 鬼神砲ォッ!」
俺が悔やんでいると、ホウセンは方天画戟を突き出してスキルを放った。
赤と黒の太いビームのようなものが、俺に迫る。
「ッー―オッ!」
俺は右に思い切りジャンプして、ホウセンの攻撃を避けると共に、ホウセンへ踏み込む。
槌の攻撃が待ってる可能性はあるが……どっちにしろやられるなら、玉砕覚悟の突撃の方がカッコいいだろ!
「来るか!」
「この一撃に……今の全部を賭ける!」
俺はスキルの詠唱をする。
……どうせなら、相討ちになってでもコイツを仕留めてやる!
「うおおおおおお!」
「フン……【雷撃】!」
ホウセンはスキルの発動中だった方天画戟を地面へと刺した。
そのまま槌に持ち替えると、槌に雷を纏わせ、俺へと叩きつけた。
だが――
俺のHPバーはたった一ドットも削れることはなかった。
「何!?」
「肉壁……!」
俺の詠唱していたスキルは肉壁。
予め攻撃スキルを詠唱していたように見せかけておいた甲斐があった。
おかげで、ホウセンがちゃんと応えてくれた。
ま、一応肉壁が一撃で壊された時の保険のために盾も構えておいたから、肉壁はまだ持ちそうだ。
「今なら、たっぷりと叩き込めるよな……!」
ホウセンの恐ろしい攻撃力なら、俺の肉壁も直ぐに壊して見せるだろう。
だが、その間に俺はホウセンの頭に剣を叩きつけることが出来る。
ホウセンが仮に俺の攻撃を避けたり、受けたりしようと無駄だけどな。
何せ、攻撃に転じなければ肉壁を破壊することは出来ない。
だから俺はホウセンが殴っている間に攻撃をさせて貰うって寸法だ。
「貴様ァァァ!」
ホウセンは地面に刺さった方天画戟を抜き、俺に叩きつける。
だが、ダメージは肉壁が受ける……あと二発は肉壁が持ってくれそうだ。
そして俺の剣の一撃がホウセンの頭へと吸い込まれるように叩きつけられる。
「ぐおっ……」
「ほぉらぁッ!」
更にもう一撃。ホウセンのHPバーはこの一撃で三割を切った。
俺のSTRは低いわけじゃあない。むしろ高い方だとは思う。
元のステータスに加え、小鬼王の剣がどんどん成長していってるからな。
つーか、クリティカル出してるのに硬すぎだろ。
クリティカルダメージの下降補正でも掛ける防具なのか?
「ぐうっ……中々やるな、貴様の顔、覚えておいてやろう……!」
「折角なら、ギルドと俺自身の名前も覚えておいてくれよ。
集う勇者ギルドマスター、ブレイブ・ワンってのをな!」
俺はホウセンの最後の一撃で肉壁が壊されるのと同時に、ホウセンの頭へもう一度剣を叩きつける。
ホウセンはこの一撃でHPを全損し、淡い光と共にポリゴン片となり砕け散った。
「はぁ……なんとか、勝てた……!」
ホウセン……超強敵だったな。
このイベントで戦った敵の中で、最強の敵と言えるだろう。
勿論、タダカツだって同じくらい強かったんだろう。
俺が奇襲を仕掛けた上に、攻撃させなかったから、彼の強さを見ることはなかったけどな。
どんなに強い奴でも、攻撃に転じさせなければ、ただの案山子と同じだ。
まぁ……その分こっち側が攻撃の手を緩めちゃならないんだけどな。
しかし……そう考えると、相手に攻撃されながらでも攻撃出来る俺って実は最強なんじゃないのか?
っと、VRMMORPGにおいては、どんなプレイヤーであろうと最強も何もないけどな。
運営がゲームバランスを傾けでもしなければ、基本は皆平等に強く慣れたりする。
……エクストラシリーズってのは、平等さを欠く気もするけどな。
「フ……ホウセンとタダカツを討ち取りし者よ、我を終わらせて見せよ!」
「あぁ、わかったよ……そんなに戦いたきゃ、戦ってやるよ!
好きなだけ、やってやるよ!」
オロチが立ち上がって、鎌を構えて俺に言い放った。
俺は剣を構え、オロチを睨む。
クソッ、真の魔王の奴らと三連続で戦うハメになるとはな。
「行くぜ……オロチ!」
「奮うが良い、ブレイブ・ワー―ぐぅっ!?」
俺がオロチに向かって踏み出そうとすると、オロチは突然倒れた。
……HPが0になっていて、オロチはそのままポリゴン片となって砕け散った。
何が起きたんだ?誰かが透明化スキルでも使ってオロチを殺したのか?
「――そこかッ!」
後ろから攻撃が来る、そんな予感がして、俺は剣を横薙ぎに振るった。
ガキン、と言う金属音と共に、”ソイツ”は姿を現した。
「ほう……完全に透明になったはずだが、気付くとはな。凄まじい感覚だ」
「誰だテメー……」
「私の名はランスロット……ギルド、王の騎士団のサブマスターだ。
さて、私は名乗ったのだ。君も名乗りたまえ」
「ブレイブ・ワン、ギルド、集う勇者のマスターだ」
ランスロット……そう名乗った男は、俺とスタイルが似ていた。
騎士のような姿のコイツと、冒険者みたいな俺じゃあ全然違うようにしか見えないだろうけどな。
でも、コイツの持っているものと、俺の持っているもの……見たことがないのに感じる。
本質が、とても似ていると言うことに。
「さて、君も倒してポイントにしたい所だが……生憎、私はホウセン程の化け物を倒したような君と真っ向からの戦闘は避けさせて貰おう」
そう言うと、ランスロットはまた透明化スキルで姿を消した。
……隙を伺って、俺の背後にいることも考えておけば――
「咆哮!」
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!』
……効果範囲内にいたかどうかはわからないが、今やり合うのは得策じゃない。
それに、自分がスタン状態になっても平然と透明化スキルを維持していられる……スタン状態はエフェクトが出るわけじゃあないから、透明化中の奴を特定出来るわけじゃない。
だから、ランスロットがどこにいるのかは俺にはわからない。
「……念のために逃げとくか」
俺はわざとそう呟いてから走り出し、アイテムストレージからポーションを取り出して……雑嚢に詰め込んでおいて、直ぐに取り出せるようにしてある分を補充しておく。
さてと……ホウセンとタダカツを倒したから、結果的には点が手に入ったが、結構疲れた。
VR内でも精神的な疲れなんてものはあるから……建物の陰に身を潜めて休むのが一番だ。
けれど、休んでいられる時間にも限度があるし、今の残り時間は十時間……この時間で、どれだけプレイヤーをキル出来るかが味噌になってくるな。
プレイヤーネーム:ホウセン
レベル:50
種族:人間
ステータス
STR:100(+100) AGI:75(+85) DEX:0(-5) VIT:30(+70) INT:0 MND:30(+35)
使用武器:鬼長の槌
使用防具:鬼長の鎧 武将の羽冠 鬼長の胴着・上 鬼長の胴着・下 鬼長の靴 オーガガントレット 疾風の腕輪+5