第二十八話:ギルドホーム
「はぁ……俺のこと意地でも呼び出したかったんすか、先輩」
「あぁ、今後において大事な話だ」
「イベントの前に、ですか……ひぇー」
今、俺たちはイベント前だからこそ誰もいない宿屋の一室に集まっている。
イベント前のプレイヤーはどいつもこいつもレベリングやら装備の点検やらに必死だ。
俺たちは最低でも全員のレベルが40になるように上げたし、装備も万全な状態なので、もうやることはない。
今急いだところで大してレベルも上がらないし、無駄に装備の耐久値が減るだけだからな。
まぁ、尤も俺の装備の一部は破壊不可になってるから殆どが壊れたりしないけど。
「それで、N・ウィークさん。僕たちを集めていったいどうしたんですか?」
「そうッスよ……俺、スペアの武器をキョーコ武具店で買おうと思ってたんッスよ」
「まぁ待て二人とも。今回はこの六人が集まらなければ出来ないことでもある」
先輩がそう言うと、メニュー画面を操作しだした。
で、現れたのは……剣、槍、刀が盾に重なり、その左右に短剣と斧が描かれた旗。
ぶっちゃけ絵心がないようなデザインだけど、あえて口には出さない。
「……何ッスかコレ」
「私たちのギルドマークだ」
「いや、そう言うことじゃないんッス! こんな旗を見せるために、わざわざ俺たちを呼び出したんッスか!?」
ユージンが真っ先にツッコミを入れた。
まぁ、旗を見せるだけだったら怒ってもいいよな。
いくら先輩たちのお願いでも、心の準備ってものをさせておくれないと困る。
が、この旗を見た時点で俺はもう、先輩に呼び出されたことは気にしていない。
「って言うか、ギルドって……え?」
「あぁ、メイプルツリーと同盟を組みつつも、ギルドは組む。
これは昨日、ブレイブがひそかに私に言ってくれた」
「兄さん……そんなことしてたんだ」
「それが、この旗の理由と……よいしょ」
ハルがメニュー画面を操作すると、ギルド勧誘の項目がアインとユージンとランコの前に出た。
ギルド名、【集う勇者】……俺の名前であるブレイブ、言わば勇気。
それを持つプレイヤーたちを集わせ、一つのギルドとして戦う意味を込めたものだ。
「皆さんを、こんな時間に招待した理由です」
「つっても……イベントの三時間前に呼ぶのもどうかと思いますけどね。
イベント終了後じゃあダメだったんですかね、先輩」
「ははっ、さてはブレイブ。貴様、運営の発表を見ていなかったな?」
「ん?」
ユージンも俺もアインもランコも首を傾げた。
ハルと先輩はやれやれ、と言う顔で人差し指を立てた。
「知らないでギルドを組むことを提案していたとはな。
今回のイベントはギルドに加入しているプレイヤーにのみ、それぞれステータスへボーナスがあるんだ。
まぁ尤も、同じギルドに加入しているプレイヤー同士でもイベント内では敵同士だがな」
「ええ、マジかよ……そういうことは先に知りたかった」
「っつーか、ブレイブさんはよく知らないでギルド組むなんて言い出せたッスね」
「兄さん、運がいいと言うかなんと言うか……はぁ」
俺がギルドを作り上げたギルドマスターなのにも関わらず、コレだ。
うーん……まともなギルドマスターじゃないことが早速露見している。
妹に冷たい目で見られなかったのはまだいい方か……いや、ダメな気がしてきた。
「それで、こんな急にギルド組んじゃって大丈夫なんスか?運営とかに怪しまれたりしないッスか?」
「ギルドに関しては締め切りがあるわけではないし、特に規定もないからな。
なんならイベントの始まる一秒前だって構わないわけだ。
ただ……折角だ。ギルドを組んだ以上、ギルドホームは購入しておきたいだろう?」
「そのために、こんな時間から呼び出したんですね……へー」
先輩が両手を広げて言うと、ランコはため息をつきながら言った。
ギルドホームねえ……今の俺たちの財産で、購入できるんだろうか。
俺はなんだかんだ消耗品とか買いまくってたし……ランコやアインやハルはキョーコに装備を頼んで大分金欠だろうし。
「安心しろ、ブレイブ。呼び出した以上は、私がギルドホームを買うための金は出してやる。
そのために、GもCPも腐る程稼いできたからな」
先輩はそう言って胸をドン、と叩いて見せるが……どんなギルドホームを買うことになるのやら。
「庭のある家とか……かなぁ」
「やっぱりゲームの世界だから、大きな館みたいなのとか……僕が読んでた漫画とかにもあったんですよ」
「いやぁ、ロマンで言ったら石造りの要塞っぽい感じッスよ!男はロマンに生きる生き物ッスから!」
「現実的に買える範囲を考えたら、ログハウスみたいなサイズでもいいと思いますよ」
「要望マシマシだなお前ら」
皆の要望を全部叶えるような家なんて買えっこないだろう。
庭付きをご所望なランコ、デカけりゃいいって思ってるアイン、石造りがどーたら言い出すユージン、消極的なハル。
意見が渋滞していて、誰かの意見を取れば他の誰かの意見がないがしろになっちまう。
「フフ、まぁ出来るだけ皆の要望が叶えられるようにしたいところだな」
「先輩、無理して要望聞いて財布が空になっても困るでしょうよ。
先輩が金を出す以上、先輩が独断で決めて貰っても――」
「それはダメだ」
先輩は俺に指を突きつけた。
「ギルドマスターであるお前の意見を無視して、何がギルドか。
私たちメンバーの意見を聞き、最終的判断を決めるのはお前に任されているんだぞ、ブレイブ」
「と言っても……な、なぁハル。やっぱりいくらギルドマスターでも、俺の一存で変わるってのは――」
「いえいえ、先輩がギルドマスターになった以上、皆従うだけですよ。
先輩がマスターで、私たちがメンバー。
イベントでは敵対するでしょうけれども、普段はこの関係なんですから」
「ら、ランコ、アイン、ユージン、お前らは――」
「ハルさんに同じくでーす」
三人とも声揃えやがった! お前らァァァ! なんて責任重大なことを俺に押し付けてくれてんだ!
言っておくが、俺はギルドホームなんて選んだことはねえんだぞ!
それに、先輩に金を出して貰っている以上、下手に高い家を選ぶことは出来ない。
かと言って安い家なんて探しても、見つかるとは思えねえ。
クソッ!先輩への負担を抑えつつ、皆の要望をまとめたギルドホームなんて買えるのか!?
「くっ……胃が痛くなりそうなことをやらせやがって……!」
「いや先輩、むしろギルドマスターってこれが仕事じゃないですか?」
「そうだぞブレイブ、自分からギルドを作ったのなら男らしくビシッと決めろ。
私の財布など気にするな、このために秘かに溜めていたレアドロップを売り捌いたんだ。
ここでドンと使わずして、何時使うと言うんだ」
ハルと先輩に支えられて、俺は……俺たちは、ギルドホームを探しに街を歩くのだった。
あぁ……出来れば庭がついてて大きくて実用面があって安いような家がありますように。
「先輩先輩、こんな家なんてどうですか?」
「ハル、これでは少し小さいではないか。
それに地味だ。NPCの家と間違えてもおかしくない程だろう」
ハルが俺に見せて来た家……安いなぁ。
けれど、石造りだし地味だし、ギルドホームとしては微妙だ。
どっちかっていうと誰かの個人宅って感じがする。
「先輩はどうですか?」
「考えてくれたハルには悪いけど……ノーで」
「まぁ、ブレイブさんの一存で決まるんだから仕方ないッスよ。
因みに俺はアレを推すッス!」
ユージンが肩を落とすハルを慰めつつ、少し遠くに立っている塔のようなものを指差す。
俺たちは走ってその塔の近くに行ってみる。
……うん、馬鹿みてえに値段が高い上に、ホントただの塔だ。
「論外」
「ええ? 酷くないッスか!?」
「こんなんボッタクリだろうが。ほら他の探すぞ」
「うう、男のロマンッスよ、こう言うのは……」
ロマンもマロンも麿もローマもあるか。
俺は螺旋階段嫌いなんだよ、目が疲れるから。
「あ、あんな家とかどうですか?大きいですし、これから集う勇者が大きくなる、って意味では良さそうじゃないですか!」
と、ユージンのロマンをへし折ってからしばらく家の売られている地帯を歩いていると。
アインが指を差した家があるのでそれを見てみると……庭がついている、一際豪華な屋敷があった。
見た所まだ未購入のようだし、庭付きかつ大きな屋敷で、ロマンもありそうな場所だ。
「値段さえよければ……買っても良さそうですね」
「まぁ、あれほどの屋敷ならば、ギリギリ買えなくはないか」
先輩は顎に手を当てて言うが、ちょっぴり不安だ。
いくら先輩がトッププレイヤーで、稼ぎが凄いと言っても。
こんな大きな屋敷を買うなんて、な。
「……兄さん、何この値段」
「ん?どうした?」
ランコが真っ先に値段を確認して、顔が青ざめていた。
途方もない程のGだったのか?
「……アインくん、私の表示がバグってるだけじゃないよね?
これ、アインくんは値段読める?私間違ってない?」
「えーと……一、十、百、千、万、十万……」
アインがゼロの個数とその端数を数えて――
「なぁんだ、たったの143000じゃないですか!これなら破格のお値段ですよ!」
「いや、よく見てくださいアインさん。数字は確かにそうですけど……ほら」
「通貨の違いだな」
そう……143000と言うのは、Gではなかった。
CPで、143000だったのだ。
因みにCPは、通常の戦闘でGの10分の1しか手に入らない上に、1日経つとGになる。
つまり1日で1430000Gを稼ぐほどの戦闘をしなくては、このギルドホームを手に入れることは出来ない。
だが、大規模ギルドでも1日で143000CPを稼ぐのはとても難しいだろう、狩場の独占とかしたらマズいし。
そうなると、たった6人ぽっちの俺たちじゃ24時間ぶっ続けでやっても怪しいもんだ。
まぁ、リアルマネーをCPと引き換えることも出来るんだけど、1CP=1円だからな……流石にコレに14万円も入れたくない。
「……まさか、CPで買うギルドホームがあったとはな」
「俺は目ん玉飛び出るかと思ったッスよ……びよーんって」
「僕なんて、ギャグマンガみたいに倒れるところでしたよ……ズコーって」
ユージンとアインは張り合うかのように驚き具合をアピールしてくる。
……ランコ、ハル、先輩の三人は真剣にギルドホームを検討していると言うのに。
「おいユージン、アイン。お前らもなんか良さそうのがあったら教えてくれよ」
「と言っても、俺のロマンにピンと来るものがないんッスよ」
「僕も、こう……大きな家がないから……うーん」
前者のロマンはもうどうでもいいとして、大きな家か。
出来る限りアインとランコの願望は叶えてやりたい。
何せ大きな家と庭、それはなんだかんだ憧れていたりする。
庭があれば、そこで花とか野菜とか育てられそうだしな。
実は俺、なんだかんだ花とか育てるのは嫌いじゃないどころか結構好きなのだ。
すくすくと育っていく姿は、まるで我が子のようなものだからな。
……と、脱線したが要は俺は庭付きの大きな家と言うのには憧れがある。
今は到底無理だが、せめてVRの中でもそう言う物は実現したい。
「ところで、先輩は何か要望とかあるんですか?折角金を出して貰うんですし、皆と逸れないくらいには……」
「ふむ、私の要望を聞いてくれるのか。
……そうだな、出来れば和風な家……まぁ、無理ならばせめて和室の一つは欲しいものだ」
和、ねえ……SBOにも一応和の空間がないわけじゃないが、基本は洋だ。
だから、都合よく大きな家で和で庭があるような家なんてのはないだろう。
それに街の中心から離れてしまったし、プレイヤーがあまり来ない場所に来てしまった。
街の端っこかつ、フィールドにも繋がらないような場所……もう空き家しか売ってないようなとこばっかりだ。
「あ、先輩、この家はどうですか?ほら、見てください」
「……なんで都合よくあるんだろうな、こういうのは」
ないな、と思った矢先に見つかってどうするんだよ。
普通のギルドホームよりも大きい……加えて庭がついていて、そこにはししおどしなどの和な物もある。
後は値段と、ロマンとやらがあるかどうか。
「値段は……こちら143000になってますね」
「おいソレCPじゃねえよな」
「あ、すみません。桁間違えてました、1430000です。
通貨もちゃんとGなので、問題ないですね」
あぁ、よかった。ちゃんとGだし値段も……まぁ、なんとかなりそうじゃないのか?
先輩もそれを聞いて意外そうな表情をしているし。
「値段がこれで、このようなギルドホームとはな……素晴らしい出来だ……フフフ」
「なら、決まりですね。とっとと買っちまいましょう」
俺がそう言うと、先輩は迷わずギルドホームを購入する項目を押した。
すると、鍵のようなものが先輩の手のひらに転送された。
「ほう、これがギルドホームの鍵か」
先輩はそう言ってから、ギルドホームの鍵を俺に投げ渡して来た。
ので俺はそれをキャッチして、アイテムストレージにしまった。
……要はこれ、家の権利書みたいなもんだよな?
「さぁて、早速我らが家をじっくりと見て楽しもうじゃないか」
「ええ、ここまで大きいと、見るだけで時間は潰せそうです」
「ロマンのある部屋とかもあればいいッスね。」
「庭付き……大きな家……まるで家族みたいですね」
「か、家族って……アインくん、そんな気が早い事言われても……」
約一名気が早いバカ女がいたが、俺たちは気にせずホームへ入る。
集う勇者の家……それは俺たちを大いに楽しませてくれるだろう。
カンッ、と鳴り響くししおどしの音が、俺の胸の高鳴りを教えてくれる。
プレイヤーネーム:ブレイブ・ワン
レベル:40
種族:人間
ステータス
STR:60(+70) AGI:88(+55) DEX:0(+20) VIT:34(+95) INT:0 MND:34(+60)
使用武器:小鬼王の剣・改、小鬼王の小盾・改
使用防具:龍のハチガネ・改、小鬼王の鎖帷子・改、小鬼王の鎧・改、小鬼王のグリーヴ・改、ゴブリンガントレット、魔力ズボン・改(黒)、回避の指輪+2