第二百七十話:次の方針、届いた手紙。
「本当に、申し訳ありませんでした」
王の騎士団領主城会議室にて、1人の女性プレイヤーが地べたに頭を擦りつけて謝罪をしていた。
そのプレイヤーはPrincesS……朧之剣で文字通り”姫”として慕われていて、アナザー七王と化したプレイヤーだ。
KnighT曰く、アナザー七王と化して別人になったようだった……との話だが、今は前に見た時と特に違いが判らない。
憑き物が落ちたのか、色々振り切ったのか、それともKnighTが針小棒大だったのか。
直に現場を見ていない俺──ブレイブ・ワン的にはわからないが、まぁそれはいい。
「まぁ、反省は伝わって来るけどよ……例外を簡単に許すわけにはいかねえし」
「ブレイブ・ワン、わかっています。PrincesSをすぐに朧之剣に戻すことも、権限を与えないことも私は承知しています」
「そっか」
KnighTは神妙な顔つきをして、キッチリと割り切った様子だった。
だがまぁ、それでいいのだろう。
朧之剣で起った問題なのだから、彼女に全てを預ければ良いし、全ては彼女次第だ。
「……で、他のプレイヤーはどうしたんだい」
「PrincesSが元に戻った後、すぐに降伏していたな」
「で、今はPrincesSと一緒に七王の下位ギルドに全員所属してるぜ」
アーサーからの問いかけに俺とNさんで答える。
あの時……PrincesSがKnighTに力を返還した直後、KnighTからの力も俺に返って来た。
すぐに俺は出撃し、戦線を維持していたNさんと共に派手に暴れたものだ。
KnighT曰くPrincesS含めたプレイヤーたちがアリス・ブラックに様々な力を与えられていたらしく、Nさんたちでも苦戦するのがわかるような強敵だった。
だけど、KnighTとPrincesSによる決着がついた宣言がされたところで、アナザー七王……及び、PrincesSに従っていた軍勢は降伏した。
そうして、現在に至るというワケだ。
「ふーっ……取り敢えずだ、取り敢えずブレイブくんとKnighTくんの力を取り戻せた……これは大きな収穫だね」
「Nさんもいるし、実質的に七王3人分の力はあるワケだな」
力を取り戻す過程で心意の扱いも上達した……気がするし、今の俺たちならそう簡単に負ける気はしない。
ともなれば、残りの力を取り戻す戦いもきっと何とか上手くいくだろう。
「……さて、それじゃあ」
アーサーが手を組みなおしてまるでどこぞの特務機関の総司令官みたいなポーズを取る。
本題に入ろう、というのがわかった俺たちは姿勢を正し、KnighTはPrincesSを……自分の隣に立たせた。
今までは会議の時にPrincesSが座ってKnighTが隣に立つ形だったが、今回は違うようだ。
「本題に入ろうか」
「次はどのアナザー七王を倒すか、か」
本題と言ったらこれしかないだろう。
今はまだ2人しか倒せていない、2人分しか力を取り戻せていない以上、この戦いはまだまだ序盤だ。
それにこれまで倒してきたアナザー七王は割と何とかなる問題があった。
クロスハンターは純粋に弱く、PrincesSはKnighTの説得が届いた。
だけど、ここからはそう簡単に甘えたことは言っていられないだろう。
「候補としては私、アーサー、カエデの力を取り戻すのが先決でしょう。力を奪ったプレイヤーを考えるなら」
「身内だもんな」
現時点でのアナザー七王はアーサーの力を持ったアルトリア、モルガンの力を持った時雨、カエデの力を持ったヒナタ。
……イアソーンとカオスの力を持ってる奴のことは全く知らん、本人らは何か知ってる様子だけど教えてくれないし。
となると、まぁ優先順位も絞られてくるもんだよな。
「……ヒナタのことを何とかしたい気持ちはあるけど、今はアーサーさんの力が先決だよね」
「一応は、そうなるね」
カエデはやはり自分のギルドメンバーに裏切られたのがショックなのか、落ち込みっぱなしだ。
リンもそんなカエデを支えんとしてるみたいだが、それでもカエデはため息の数が増えている。
「アーサー、モルガン。あなたたちはアルトリアとはリアルで家族でしたね。
彼女に何らかの変化などは訪れていましたか?」
PrincesSの例を考えてか、KnighTが質問する。
一番の懸念点は人格にも与えられる変化か……冷静に考えれば、だ。
本来ならアルトリアもPrincesSも、誰かの力を貰ったからと言ってあぁはならんだろう。
「いや、口を利いてくれなくなったくらいで、VR依存などの症状はなかったけれど……この先どうなるかもわからない。
早めに倒して説得する必要があるのは変わらないと思うよ」
「同意見です」
アーサーとモルガンの意見から考えるに”アーサーの力を取り戻す”というよりは”アルトリアを救う”と言うのが正しいだろう。
そりゃあ、勿論他のアナザー七王にもそういった人格の変化に等しい何かがあるなら倒すべきなのは同じだが。
それでも身内の方がそう言ったことを優先するのが、人としての自然なことだからな。
「ならば、早急にアルトリア救出のための陣を組みましょう。
今すぐとはいかないでしょうが……明日にでも出立できるよう、ギルドメンバーたちに予定を空けさせます」
「応、俺の方も集う勇者に連絡はかけとくぜ」
やる気満々なKnighTの一声に俺も賛同し、他の七王の面々も現存する部隊を集結させるべく各々がメッセージを飛ばす。
……集う勇者の人数が少ないのが、こういう時に痛く感じるが……だからって過去を悔いていても仕方がない。
少数精鋭だった分、敵に回る数が減ったと思えば丁度良い物だしな、現に誰だって裏切ってないんだし。
「よし……それじゃあ、今日は解散しようか。ギルドメンバーに連絡は飛ばしたし、明日に陣を組もう」
それぞれが連絡作業を終えたところで、俺たちは一旦ログアウトすることとなった。
俺もまたログアウトし、現実へと戻っていく。
「ん、んんっ……ふぅ」
頭の機器を外して、ベッドから起き上がる。
辺りはすっかり暗くなって夜になっていて、もういい時間だった。
しかしまぁ去年の夏からそうだったが……ここんところSBOに浸りっぱなしだ。
勿論リアルを疎かにしているはずはないんだがな……。
「兄さん」
「おわ」
部屋で軽く”のび”をしていたところで、声と同時にドアが開いた。
そこには鞘華がいて、ちょっと深刻そうな顔をしていた。
「……今頃珍しいんだけどさ、兄さん宛てにこんなのが届いてて」
「ん? なんだ……紙の封筒? 確かに珍しいな」
鞘華が手に持っていたのは、紙の封筒だった。
デジタル化の進んだこの時代にそんなものがなんでウチに届くんだ……?
まさか獅子王 圭からの訴状とかじゃねえだろうな……と心配になりながら、俺は鞘華から封筒を受け取る。
「お前は中身見たのか?」
「見てないよ」
封筒は簡単にテープで止められているだけだから、こっそり見ようと思えば見れただろうが……。
鞘華もちゃんと俺に対するプライバシーというかそういうリテラシー的な物はあったんだな。
「……で、なんで部屋から出て行かねえんだ」
「いや、中身見ようと思って」
「さっきの俺の関心返せよ」
「?」
やはり鞘華は鞘華だった、俺に対する遠慮らしいものはあんまりない女だった。
けどまぁ、そういう図太さは流石俺の妹ってところか……ま、元気に育ってるようでお兄ちゃんは嬉しいです。
封筒の封を開けながら、俺は妹が変わらず元気でいてくれることに感謝したのだった。
「しかしまぁ、手紙か……ラブレターってこたないよな」
「兄さんにそんなの送る人いるの?」
「確かにいないよなぁ、俺には銀河一可愛い彼女がいるからな」
「宇宙一じゃないの」
「銀河って宇宙よりデカくなかったか」
「逆だよ」
「えっ」
銀河って字面のがカッコいいからデカいと思ってたぜ……と、自分の無知さを恥じながらも俺は手紙を開く。
封筒が細長いからか、中に入っていた紙は丁寧に折りたたまれていたのだ。
……で、その紙をぴらっと開いてみると……随分と綺麗な字、だが同時に何か恨みつらみが籠ったような文章が書かれていた。
『拝啓 剣城勇一様
突然のご連絡を差し上げます無礼を、どうかお許しください。
この手紙をお受け取りになられたあなたは、さぞ不可解に思われることでしょう。なぜ一年近くも時を隔てて、わざわざ私が筆を執ったのか、と。
理由は単純明快です。あなたが、私を忘れていたからです。
昨年行われた、あなたの通われる私立第七勇ヶ原高校と、私の通う私立第八勇ヶ原高校にて行われた合同合宿において、私――日向桐衣――は、あなたと竹刀を交えました。
その結果、私は完膚なきまでに敗北し、加えてあなたから「その程度の実力で先輩に挑もうとしたのか、随分おめでたい頭なんだな」との言葉を賜りました。
あの一言によって私は部員たちの前で晒し首の如く笑い者とされ、自尊心を粉々にされました。あれ以来、私の中でその出来事は血のように濃い記憶として息づいております。
ところが、どうでございましょうか。
近日、偶然にも「セブンスブレイブ・オンライン」という仮想世界にて、私はあなたと邂逅いたしました。その時の私は、かつての因縁を胸に秘め、改めてあなたの眼差しを確かめようとしたのです。
……しかし、あなたは何事もなかったかのように私へ接し、まるで初対面の者にするような軽い言葉を投げかけられました。私が誰であるかを思い出すことなく、あの合宿の出来事を全て忘れ去ったように。
セブンスブレイブ・オンライン第五回イベントにおいても、私がどれだけあなたを想い、あなたを困らせるように動いたとしてもあなたは「日向桐衣」ではなく「ヒナタ」というただ一人のプレイヤーを見ているだけでした。
そう、まるで私のことなど最初から知らないとでも言わんばかりに。
私は悟りました。あなたにとって私は「取るに足らない相手」であったのだと。勝った試合のひとつ、吐き捨てた言葉のひとつに過ぎず、記憶に残す価値すらない存在だったのだと。
その事実こそが、私にとっては二度目の侮辱であり、最初の敗北よりも、二度目の敗北よりもなお苦々しく、重々しく、なお許し難いものでございました。
あなたはお忘れでも、私は忘れてはおりません。私はあの時より一年弱の間、あの日の屈辱を反芻し、己を研ぎ澄ませてまいりました。眠るときも、稽古するときも、心のどこかに常にあなたの姿がありました。私の努力のすべてが「忘れられた者」という烙印のもとに積み重ねられてきたのです。
勇一様、私はあなたを尊敬いたしません。むしろ軽蔑しております。強さそのものは認めざるを得ませんが、その強さに伴うべき品位と記憶を持たないことが、あなたを卑小に見せています。
忘れることは、時に許しよりも残酷です。あなたが無自覚に踏みつけたものを、私は決して看過いたしません。
これは挑戦状ではございません。
復讐の前触れです。
この手紙が唐突に見えるのは当然のこと。私にとっては一年越しの執念であり、あなたにとっては思い出すことすらない過去。両者の落差をこそ、私はあなたに突きつけたいのです。
どうかお心に留め置かれますよう。
そして願わくば、次に刃を交える時には、今度は決してお忘れになりませんように。
敬具
日向桐衣』
「……ナニコレ」
「怪文書か、なんかだろ」
俺は手紙をそっと折りたたみ、封筒にしまい込み、封を丁寧に戻した末に、勉強机の中に適当にしまい込んでおいた。
……日向桐衣という人間に対して全く覚えがなかったので、俺は困惑を隠せないままだった。
だが、困りっぱなしでもどうしようもないので、その日は鞘華と夕食を済ませて、速やかに眠ることにした。
そうして夜、布団に入った俺はなんだか手紙の内容が頭に焼き付いたせいで眠れず、思考を巡らせた。
「……ヒナタって、メイプルツリーのプレイヤーだったよな」
そう思い、デバイス片手にヒナタに関する情報を集め──途中で寝落ちした。
またも更新が遅れてしまい、誠に申し訳ございませんでした。