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第二十七話:マイデビルシスター、剣城鞘華ちゃん


「ふあああ……よぉく寝たぁ」


 俺は自分の部屋の布団で目を覚ます。

時刻は丁度六時……そして今日は休日、誰もが休みに休める土曜日だ。

両親は昨日、有休を使ったと思ったら途端にどっか行ったから、家には兄妹二人だけ。

イベントまで、残りは六時間……ワクワクしてきたぜ。


「さぁて、今日は頑張るぞ!」


 と、俺はベッドから背中を起こしただけの状態のまま、両腕を挙げた。

そして、そのままベッドに下ろす……と、なんだか不思議な感触がした。

……おかしいな、掛け布団とも敷布団とも何か違う感覚、ほんのり柔らかさを含んで暖かい。


「……えっ」


「ん……ふぁ……?」


 我がマイデビルシスター、剣城鞘華ちゃんがいました。

俺が下げた左手は鞘華の腹に乗っかっていて、どうやら俺はそれを弄っていたらしい。

しかしまだ大丈夫、まだ慌てる時じゃあない、鞘華は起きた直後だ。

そっと手を戻せばバレない……多分バレない……きっとバレない。

と、自分に念じながら俺は手をそーっと戻そうと、ゆっくり手を動かし始める。


「何やってんの、兄さん」


 ガシッ、と鞘華に俺の手首を掴まれた。

……握力成長しすぎじゃないかな、マイデビルシスター。


「あ、えっとですね鞘華ちゃん、これは事故でして……」


 と、寝たまま俺の手首を骨ごとを握り潰さんとしている妹に、俺はちらりと目を向ける。

明らかな仏頂面であり、しかもパジャマはめくれ上がってヘソ丸出しだ。


「ふーん、事故で妹のお腹触るんだー……へぇ、へぇぇぇ」


 そもそもなんでお前が俺の布団の中にいるかを説明してくれ。

と、言いたくても喉が動かない。

この妹の恐ろしき視線を前には、何故か思うように喉が動かない。


「あー、そのー……なんて言うかだな……胸は、多分もう少し待てば成長するから、諦めないでガン」


「死ねェッ!」


「ぐぅはぁっ!」


 俺なりの応援をしようとしたら、そのまま素早く起き上がった鞘華の膝蹴りが俺の腹に突き刺さった。

……VRじゃねえから痛みはダイレクトに来る。

これで俺が漏らしたらどうするつもりだったんだか、まったく……困った妹だ。


「んはーっ、アホ面晒して寝てる兄さんの近くなら寝れるかな、と思って布団の中に入ってみたけど……あっさり熟睡出来て、兄さんのぬくもりを感じながらこうやってスッキリと起きれたよ」


「だぁれがアホ面じゃこんにゃろう……っつかお腹めっちゃ痛いんですけど」


「兄さんのことだよ、自業自得じゃん」


「二度も言うな、わかってるから、わかってるから……いちちち」


 俺は未だに痛みの残る腹をさすりながら、鞘華と共にリビングへ。

……しかし、起きるタイミングが二人で揃ったのは久しぶりだ。

いつもはどっちかが先に起きる、ってだけで二人揃って起きることはなかったし。


「なぁ鞘華」


「何?」


「お前ってイベント初経験?」


「んー、確かに初めてだね。前回のイベントが開かれた時はレベル低かったから、参加しなかったし」


「へぇ、じゃあお互い初イベントになるわけか。じゃあ、ベストを尽くして頑張ろうぜ」


 俺はそう言って拳を差し出すと、鞘華はコツン、と拳を差し返してくれた。

……ノリのいい女の子に育って、お兄ちゃんは嬉しい。


「で、一つ気になったんだけどよ……さっきからお前はなんで一心不乱にキャベツを千切りにしてんだ?

それもうサイズ的に半玉分くらいやってねえか?二人だとそんな食えねえぞ」


「いやぁ、イベント終わったらお腹減りそうだし……ご飯の作り溜めしておくんだよ。

兄さん、ジャンクフード食べに行きそうだしさ、健康的な食事をしようよ」


「あー、へいへい……先読みご苦労様でーす」


 そう言いながら俺は朝食べるための魚をフライパンで焼きながら、卵を溶く。

朝のキッチンに二人で並ぶと言うのもまた、超久しぶりだなぁ。

そもそも起きるタイミングが揃わないから、大概鞘華が一人で飯作ってるし。

俺は先に起きたとしても、大体課題をやってたり竹刀の素振りするくらいだしな。

……と言っても、俺は人並みに家事はこなせるし、決して家事を妹に押し付けたいわけじゃあない。


「ところで兄さん、イベントの内容って知ってる?」


「え?あ、あぁ、知らねえな。俺は基本運営の告知とか見ねえし……実際、イベントの事知ったのもハルから聞いただけだったしな。

今回のイベントが何なのか、時間がどれくらい設けられてるのかとかも」


「そっか、私も運営の告知見るの忘れてたから知らないや。

それに……なんとなく予想つくからさー、前回イベントの話は聞いたことあるし」


 予想ねえ……まぁ、先輩や他のプレイヤーたちからのざわつきでなんとなくわかってる。

ただまぁ、もしそれが実現されるのだとしたら……出来れば、俺は出会いたくないプレイヤーが増えるな。


「あ、兄さん魚裏返して」


「あぁ、悪い悪い、忘れてた」


 鞘華と喋っていたらいつの間にか魚がこんがりと焼けていたので、裏返してもう片面も焼く。

……しまった、卵を焼いていなかった。どんだけ溶いてんだよ。

と、俺は油を引いたフライパンに卵を流し入れ、形を整えつつ焼いて行き、出汁巻き卵にする。

鞘華はいつの間にか味噌汁を作り終えていたようで、親指を立てている。


「さて……魚を待てば終わりかな?」


「米は?」


「昨日の夜に炊いておいた」


「サンキュー」


 こんがりと焼けた魚の切り身を皿に乗せ、冷蔵庫のタッパーに入っている沢庵を二枚取り出す。

そのまま二枚とも半分にしてから魚と同じ皿に乗せ、開いている所に切った出汁巻き卵を乗せる。

そうしてお椀に味噌汁を入れてから、茶碗に炊いてあった白米を盛りつけて。

剣城家の食卓は完成する……のだが、俺は魚に塩をかけてから食べ始める。

鞘華の味付けよりももう少し濃い方が俺の好みだからな、こればっかりは許して貰ってる。

……本当なら醤油をかけたかったんだが、前にそうしたら鞘華に汚物を見る目で見られたからなー。

マイデビルシスター、不健康な奴には殺意を向けて来るから困ったもんだぜ。


「さて、鞘華。イベントまでの時間はどうするつもりだ?」


「勉強」


「……アインと会わなくていいのか?」


「アインくんだって流石に朝っぱらからログインはしないでしょ。

それに、学生が学生の本分をほっぽり出してちゃあダメ」


 ……俺も流石に課題をやっておくか。

イベント前に課題で頭を悩ませていたら、ゲームに集中出来なさそうだしな。

少なくとも、部活とゲームばかりで課題は進みが遅かったし……ここは一丁、十一時くらいまではぶっ続けでやってしまうか。


「あーところでさ、兄さん」


「なんだ」


「昨日N・ウィークさんとハルさんからメッセ来たんだけどさ」


「それで?」


「イベントが始まる三時間くらい前にSBOに来て欲しいんだってさ」


「聞かなかったことにしてくれ」


「私が責められるじゃん」


「なんかヤな予感しかしねえんだよ」


 先輩と盾塚からメッセージ、そしてイベント開始三時間前……このワードで浮かんでくる事柄はないが、嫌な予感だけはする。

正直、味噌汁を飲む音で聞こえなかったとでも言いたいくらいだ。

つーか、何で直に俺へのメッセージじゃなくて、ランコを通じてなんだよ。

リアルでの連作先どころか会って話せるくらいに家近いだろ。


「兄さんが嫌なら行かなきゃいいじゃん、私はもうちゃんと言ったし。

でも……そんなことを許すほど、二人が甘いかなぁ」


「お前、何を言って――」


 俺のポケットの中の携帯電話が鳴り出した。

……なんだ?


『イベントが始まる三時間前にSBO内に来てくれ』


『イベントが始まる三時間前にSBO内に来てください』


「oh……」


 俺は絶句する他なかった。

携帯、妹……恐らくあとで生身の方で襲いに来るだろう。

髪の毛が凄く長い井戸から這いずって出てくる女の人みたいに、窓に張り付いてSBO内に来いって言いだすよあの二人。

と、俺は心に不安を抱えながらも朝飯を食べ終わる。

皿を片付け、自分の使った食器を洗ってから……と。


「逃げるか」


 携帯の電源を切り、自分の部屋に入る。

そして俺は、何も知らぬ顔で椅子に座ってから机へと向かう。

そうだ、俺は十一時まで課題をやっていればいいのさ。

何も知らぬ顔で昼飯を食って、SBOにダイブすればいい。

だから……今、ベランダに立っていて、窓をコンコンと叩いている少女二人については、出来れば見なかったことにしておきたい。


「 あ け ろ 」


「 あ け て く だ さ い 」


 パクパクと動かした口の動きで二人の少女は窓をコンコンと叩き続ける。

やめろ、やめてくれ……日中なのにホラー映画みたいになって来たじゃねえか……


「くっ……」


 あまりにも窓のコンコンと叩く音がうるさい。

ので、俺はイヤホンを耳に装着し、ウォークマンで音楽を聴くことにした。

うん……これならこの二人も大人しく帰ってくれるだろう、多分。

三時間も前にSBOに呼び出されてたまるかってんだ。

俺は俺で、課題をやってそのまま平和な時間を過ごそうじゃないか。

などと思っていると、後ろからポンと肩を叩かれた。

今家にいるのは鞘華だけのはずだし、鞘華か。


「ん?どうした、さや――」


「私だ」


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 先輩が!先輩が!わずか一分くらいで俺の部屋の中に来て!

俺の後ろに立ってた!何故か制服姿!盾塚もその後ろにいた!

恐怖のあまり飛び上がった俺は、椅子から転げ落ちた。

ついでに叫び声を聞いたのか、鞘華が階段を上がって来た。何故か折りたたみテーブルを持ってきて。


「兄さん、急に叫ばないでよ。何があったの?」


「い、いや……だって、先輩たちがいつの間にか俺の後ろにいたから……ビビった」


「あぁ、二人が可哀想だったから、中に入れたの」


「お前が原因かよ!」


 クソッ……こうなったら、今俺が抱えている課題を見せて切り抜けるしかない。

イベントはかなり時間のかかるものだろうし、長時間のVRへのログインは色々と疲れる。

だから、俺はなるべくイベント開始ギリギリくらいにSBOへログインしたいのだ。


「ふーっ……まぁ、別にウチにいるのはいいですけどね先輩。

生憎ながら、俺は今課題があっ」


「そうか、なら私が手伝おう」


「ちょっと待てコラ」


 先輩は俺が言い終わる前に、俺の机の上に山積みだった課題をぶん取った。

そして鞘華が持ってきた折りたたみテーブルの上に置いた。


「よっと」


「おいどっからペン出してんだオメーは」


 盾塚は胸の谷間から二本のペンを取り出すと、一本を先輩に渡した。

どんな胸筋してたらそんな風に胸の中に物突っ込んでおけるんだよ。

どうやったらそんな懐が温かい(物理)が出来るようになるんだよ。


「さて、先輩の学力に合わせていくつか間違えておきませんとね」


「ついでに筆跡を真似するために利き手とは逆の手でやっておこう……うむ、こんな感じか」


「おいおいおいおいおい二人とも、なんでそんなことをするってんだ」


「SBOのためだが」

「SBOのためですけど」


 ……この二人は、是が非でも俺をイベントの三時間も前、つまり九時にSBOへログインさせるつもりだ。

何が何だかわからないが、とにかく嫌な予感しかしない。

だが、先輩と盾塚は俺の書く汚い字をそっくりに書いてそのままスラスラと課題を進めていく。


「つーか盾塚、一応コレ二年の問題なんだが……なんで出来んの?」


「あぁ、高校レベルの問題はそんな大したことないですよ。

不完全ですけど、先輩よりかはいい点数取れる自信ありますし」


 コイツ……成績がいいのは知っていたが、まさか高校レベルの問題は大したことないなんて言うとは思わなかった。

クソッ、なんだか色々と盾塚に負けたような気分だ。

と、俺がそうやって落ち込んでいる間にも、二人は夏休みの課題を直ぐに終わらせてしまっていた。

……あぁ、俺の課題がどんどん終わっていくのは嬉しいが、SBOに引きずり込まれると思うと涙が出そうだ。

イベントの事を考えると緊張するから、考えるどころか直に感じるSBOにはログインしたくなかったのに。


「ほら剣城、終わったぞ」


「先輩、こっちも終わりましたよ」


「あぁ、課題についてはありがたかった……しくしく」


 アレコレと頭の中で考えていると、いつの間にか二人は俺の課題を終わらせていた。

クソッ、凄い罪悪感が胸の中にこみあげてくる……女の子二人に課題押し付けるとか漢じゃねえ。


「では、後程SBOで」


「ちゃんと来るんだぞ」


 と、盾塚と先輩は……ベランダから飛び降りて出て行った。


「せめて玄関から出てけよ……なんでだよ」


 俺は、その場に蹲ってからそう呟いたのだった。

鞘華は……我関せず、って感じでそのまま折りたたみテーブルを持って行った。

あぁ、SBOにログインしたとしても……俺は何をされてしまうんだろうか。

イベントの三時間も前から、イベントの恐怖と戦わなければならないのか。


「畜生……『接続開始』」


不安を胸に抱きながら、俺は朝九時からSBOにログインするのだった。

名前:剣城勇一

年齢:17歳

人種:日本人


リアルステータス

握力:55kg

100m走タイム:12.37秒

器用さ:皆無

忍耐力:人並みには

霊感みたいなの:皆無

精神力:常にブレないくらいにはある


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― 新着の感想 ―
[一言] やだ...この子達怖い... リアルパートだとリアルステータス出てくるのね
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