第二百六十八話:都合のいい友達
「見えてきました、あれが……!」
「PrincesSの居城か……離反して間もないというのに、あれほどの城を築き上げるとはな」
「まさに本当の一夜城って奴ですね……先輩の時はこんなものもなかったのに」
七王連合軍と共に馬を走らせ、PrincesSの居城──真・朧之剣と名乗るギルドの城へと真っすぐに走り続ける。
草原を駆け抜け、木々を抜けた先にある街を抜けたところで城が見えた。
その城は王の騎士団の領土にある城にも勝るとも劣らない大きさで、ほんの僅かなひと時で出来るとは到底思えないものだった。
しかし、目の前にあるのだからそれを否定することは出来やしない。
「……向こうも私たちの侵攻は感づいていたか、出てきたな」
「露払いはお願いいたします、私は真っすぐにPrincesSの元へ行きます!」
「わかりました! 頑張ってくださいね、KnighTさん!」
城に段々と近づくのと同時に、PrincesSの手勢であろうプレイヤーたちが馬に乗ってこちらへ真っすぐ向かってくる。
既に弓矢を射かけてくる者や魔法を放ってくる者もいる以上、話し合いは不可である。
そう判断した私は馬から飛び降り、SPポーションを片手にスキルを発動させる。
「フェニックス・ウィング! フェニックス・アーマー! 武装変化! 流星盾!」
背中から炎の翼を展開、更に炎の鎧をまとった上で盾を大盾に変化させた上でドーム状のシールドを張る。
その状態で飛び立つことで、私は敵の放ってくる魔法や弓矢を無視して突っ切り、真っすぐに城を目指せる。
本来ならば目の前の敵を無視することなど騎士道に反しますが……今は、何よりもPrincesSが最優先!
「うおおおおおおおおおお──! ハアアアッ!」
飛翔するスピードを更に上げ、城の最上階──普通の城であれば王の間に位置するであろう部分。
そこの窓へ向けてきりもみ回転しながら突撃する。
”今の私なら破壊不能オブジェクトだろうと貫ける”!!!
「っと……ふぅ」
「騎士にしては、随分と野蛮な登場ですわね」
玉座の間の窓を貫き、砕けたガラスや枠と共に赤いカーペットの上に着地した私はすぐに立ち上がり、振り向く。
声の主は、絢爛豪華な玉座に腰かけて虚ろな目と笑みを浮かべている、一人の女性。
かつては私が身に着けていた、騎士然とした鎧や剣を身に纏っている彼女は、くすくすと笑みを浮かべる。
「KnighT……あなた、そんなにも私に会いたかったのかしら」
「えぇ……現実世界で会ってもロクなお話が出来ませんから。だから、気に食わない男の手も借りて、ここに自分の足で来ました」
「そんな醜い風体をしてまでも、とはね。驚かされましたわ」
醜い風体……確かに、この極悪鬼の装備はどうも私の趣味とは合わない。
が、醜いと形容するほどの見た目ではないでしょう。
……そんなことは、PrincesSもわかっているか。
となれば、彼女が言いたいことは『他人から力を掠め取ってまで』ということか。
「……例え騎士道に反するとしても、傍から見てバカに見えたとしても、私は私の手であなたと語らい、刃を交えたい。
親友のためなら私は自分の信じた道だとしても違える、その覚悟で……彼から託された力と共に、ここに来ることを選びました」
「……へぇ」
PrincesSは語気を強め、憎悪の炎を膨らませるように私を睨みつけた。
……確かに私は最初、ブレイブ・ワンの手で彼女を倒して欲しいと思っていた。
それしか、彼女を倒して力から解放してあげることが出来ないと思っていたから。
けれど、彼は私に力を貸してくれた……これこそが、彼女と私のためになると思って。
「だから……今の私は朧之剣のKnighTではなく! あなたの親友であるKnighTとして、あなたと戦います! PrincesS!」
「……親友、ね」
PrincesSは玉座から立ち上がり、剣も抜かずに私の元へと歩み寄ってくる。
話したいことがあるのならば受け止めようと、私は腰の剣に手をかけることもなく、彼女の言葉を待つ。
「あなたにとって、私はただの都合の良いお友達でしかないのでしょう?」
「え……? 都合の良い、お友達……?」
PrincesSの口から出てきたのは、私も予想のつかない一言だった。
……私は現実世界で共にいた時から、彼女のことを誰よりも大切にしていたという自負がある。
幼い頃からずっと、ずっと……彼女の隣に立って、彼女を守りながらも、彼女と共に笑っていた。
なのに、どうして彼女はそんな悲しいことを……?
「あなたは、いつでも私を守ってくれましたわね……いつも、いつもいつもいつも私と一緒にいて。
で、も……あなたは単に『体の弱い友人を守る自分』に酔っていただけでしょう?」
「そんなっ、そんなことはありません! 私は、いつだって挫けずに頑張るあなたに輝きを貰ったから!
体が弱くても頑張っているあなたを見て、憧れたから! 私はあなたと一緒にいたいと思ったんです!」
「あら、そう……口ではそう言っていますが、優越感を感じていたことはあったのではなくて?」
「っ……!」
PrincesSの言葉を、否定出来ない。
彼女の言う通り、私が彼女の傍にいられることや彼女の幼馴染であることに、優越感を覚えていたのは確かだ。
PrincesSのことを凄い人だと思っていたから、彼女の親友であり、幼馴染である自分は特別だと思っていた。
彼女を守る、と彼女の傍にいることは他の誰にも出来ないのだと、思い上がっていた。
けれど、それでも……それでも……私は!
「確かに感じていました……優越感はありました……それでも私は! あなたへの親愛があるから、隣にいられたのです!」
「どうせ、それは”病弱だけど頑張っている健気な子”としての私にだけ価値を求めたのでしょう。
クラスの中心人物になるように、どんな時も大切なことは私に押し付ける形で決断させた……」
「そんなことは……!」
「無駄ですわ。あなたがどう取り繕おうと、もうその言葉は私に届きはしない……」
PrincesSは、私から距離を取ったところで腰から剣を抜き放った。
爆炎剣・ラヴァティン……私の愛剣であり、恐らく世界で最も熱い炎を持つ両手剣。
彼女はそれを片手で難なく持ち上げ、切っ先を私に向けてくる。
「だから、後はもう暴力で決めてしまいましょう? 言語以上に、言語足りうるコレで」
「……野蛮になったのは、お互い同じですね」
私は腰から剣を抜き、両手剣の大きさへと変化させる。
彼女を正気に戻すためにも、彼女に帰って来て貰うためにも、彼女のご両親のためにも、この力を取り戻すためにも。
絶対に、PrincesSに勝ってみせる……!
「さぁ、KnighT……見せて差し上げますわ! 私の力を!」
「……!」
PrincesSは、私の力を奪ってまで自分を見せたかったのか。
彼女はそうまでしなければ、私に自分の存在をわかって貰えないと思っていたのか……!
「焼き尽くす……!」
「その炎は……!」
彼女の握る剣の刀身が赤く染まり、炎に包まれる。
そして、PrincesS自身も炎に包まれ、その炎は鎧とマントを形成し始める。
私が使っている時と同じ状態……! 装備のポテンシャルは最低でも100%は引き出されていると言っても過言ではない。
PrincesSはその炎を纏った剣を天高々と持ち上げ、大上段に構え──
「ヘルフレイム・バーストッ!」
「流星盾!」
私も愛用していた、炎を強く広範囲に叩きつける一撃を繰り出してきた。
その攻撃に合わせて流星盾を展開するも……やはり、N・ウィークの報告通りだった。
アナザー七王は元のステータスに加えて七王から奪った分を上乗せしている!
いくらブレイブの力を使って張ったシールドとは言えど、私とPrincesSのステータスを合わせた攻撃には無力だった。
「ハァァッ!」
「ぐっ、あぁっ!」
星々の盾は先ほど纏っていたフェニックス・アーマーごと砕かれ、私はいとも簡単に吹き飛ばされた。
自分が振るっているときは気にも留めていなかったけれど、いざ受けてみると……ここまで重かったのか、私の斬撃は。
いや、私の斬撃だけではない……PrincesSが培ってきたものの重みも、ここに乗っているのだ。
「その程度でしたのね……残念ですわ、KnighT」
「ッ……! 一撃で終わるなんて、そんな簡単なことがあると思いますか……?」
「ふぅん、まだ立ち上がるだけのガッツはあったのですね……ですが、すぐに叩き潰して差し上げますわ。
あなたのその力も、心も……命も、未来も、全部」
PrincesSは淡々と、冷酷に、落胆の色を含んだ声色で言い放ち、周囲に魔法陣を展開する。
その陣は全てこちらに向けられていて、多種多様な色に輝き始める。
「今度は魔法……!」
「【エレメント・バーストレイン】」
「くっ──! フェニックス・ドライブ・マルチ!」
彼女の向けてきた魔法陣からは様々な属性の魔法が一斉に放たれる。
私はそれに対抗すべく、剣の刀身を軽く撫でて火を灯し、不死鳥を象った炎を七つ放つ。
炎の鳥たちは真っすぐに飛んでいき、彼女の放った魔法とぶつかり合って相殺される。
相殺と共に起こった爆発のライトエフェクトはその場全体を覆う煙を起こす。
「ハァァァッ!」
「フッ!」
私は真っすぐに突進し、大上段に構えた剣を振り下ろした。
けれど、剣が振り下ろされ切る前に、彼女は身をひねって攻撃を躱してから私の腹に横一文字の斬撃を放っていた。
「ぐっ……ぅあっ!」
PrincesSが剣を振り抜くと、私は再度吹き飛ばされて派手に転がった。
これが、本来のアナザー七王としての強さ……七王の力で強化された、PrincesSの実力……!
「さぁ、次は防げるかしら? KnighT」
「なっ……!」
PrincesSが指を鳴らすと、再度彼女の周囲に魔法陣が展開される。
けれど、その数は先ほどの比ではなかった。
倍以上の魔法陣が彼女の周囲に展開され、爛々と輝いていた。
「PrincesS……その、そのスキルは、いったい……!」
「あら、気になりますの? これはアリス・ブラックから貰ったスキルなのですわ。
確かにキャラクター・ステータスを上乗せするのは七王のあなた一人分で限界でしたが……スキルなら、自由に貰えますの」
PrincesSは、どこか嬉しそうな声色でそう語り始めた。
私の存在より、アリス・ブラックから貰ったスキルを使うことの方が、嬉しい……?
彼女が恐らく戯れに渡したであろうスキルの方が、私よりも……?
「さぁ……聞きたいことは済んだでしょうし、おしまいですわ。KnighT」
「……」
圧倒的な力の差を見せつけられて、全てを否定されて。
仮に、本来の私の力があったとしても、アリス・ブラックに魅入られた彼女には勝てないだろう。
彼女と戦うことなど、無謀だったのだ。
「【エレメント・バーストハザード】!」
「ごめん、なさい。N・ウィーク、ブレイブ・ワン……」
私では彼女に勝てない。
彼女の言葉を、否定するだけの力がない。
彼女が魔法陣から放って来た大量の魔法を前にして、私はそう諦め──
『代われ』
「──!?」
きる前に、体が、自然とアバターを動かしていた。
放たれた魔法を真っすぐに見つめるだけだった私のアバターは、私の意思と無関係に動いた。
武装変化で剣を片手剣のサイズへ戻したと思うと。
「あ、あぁ……こ、これは……!」
私とは無関係、私の知らない心意が流れ込んでくる。
紫色の炎として、爛々と燃え盛っている恨みのような一撃。
私の知らない恨みの炎が刀身に灯って、私のアバターを動かした。
『恨熱斬』
「──!」
紫色の炎は、PrincesSが放って来た数々の魔法を一息に消し飛ばしてみせた。
私も、PrincesSも、目を見張らざるを得ないような一撃だった。
『オイ……何のために力貸したと思ってんだ、KnighT。
向こうは物理的に2人分でも、俺たちは心で2人分だろ』
「ブレイブ・ワン……!」
挫けた私の後ろから、彼の声がした。
気に食わなくて、やたらと失礼で、バカなことをする男の声が。
認めたくないけれど、私が知っているSBO最強の男。
彼の声が、私を支えていた。
更新が遅れてしまい、申し訳ありません!