第二百六十七話:彼女の刀から感じたもの
「では、作戦はこうです」
ブレイブ・ワンがアナザー七王の一角・クロスハンターを撃破してより一日後。
私──KnighTは七王残存戦力による連合軍と共に、作戦会議をしていた。
連合軍プレイヤーの数は80、アナザー七王・PrincesSの保有する戦力は約50に対し、数では優位を保っている。
尤も、PrincesS側の戦力には朧之剣の主戦力であったプレイヤーも半数ほどいる。
決して油断は出来ない。
「基本的に数の有利を活かして正面突破の方向で行きます。
ですが、PrincesSも策の一つや二つを敷いて待ち構えている可能性が高いでしょう」
「ふむ、その策とは具体的にはどのような物が考えられる?」
「例えばですが、易々と門を開けて招き入れたところで伏兵による強襲、様々なトラップなどでしょう」
「なるほどな……シンプルである以上は、強引に対応出来んこともないな」
作戦会議をするのは、此度の戦で私に副官として従う、集う勇者サブギルドマスターのN・ウィーク。
と、一応と言う形で参加した、集う勇者の幹部であるメンバーの数々。
「もし、PrincesSさんが数の優位を覆すような秘密兵器とか持ってたらどうしますか?」
「秘密兵器……? それは例えば、とてつもない大砲だとかPrincesSが今まで私たちに隠していたスキル、とかですか?」
「いやぁ……そこら辺は想像ついてないですけど……もしかしたらな~、とか……思って」
集う勇者幹部、ユリカからの質問に私は少し考えを巡らせた。
秘密兵器……もしもPrincesSが、私の知らない何かを持っていたら。
私の知らないPrincesSがいたら、私と共に得た力ではなく、私以外の女から貰ったスキルでも持っていたら──
「……殺したくなりますね」
「何を!?」
「……いえ、お気になさらないでください。少々関係ないことです」
「あ、そうなんだ……」
……何を考えているのだろうか、私は。
まるで、PrincesSを恨むかのような言動を……。
まさかこの極悪鬼の装備、ひいてはブレイブ・ワンのせい?
いや、それとも心意を使うようになって、私の心の奥底の本音が引きずり出された?
「……取り敢えず、その秘密兵器とやらはない方向で考えるべきだろう。
クロスハンターはブレイブの使っていたスキルをロクに使わなかった、もしかすると使えなかった、という可能性もある。
とどのつまり、アナザー七王は皆オリジナルの七王以上のスペックを持っていても、何かしらの制約はあるのやもしれん」
「そうですね……これは直接矛を交えた私たちだからこそ言えることですが、アナザー七王は元の七王の上位互換というワケではないはずですから!」
N・ウィークとハルがそう括り、PrincesSの秘密兵器……という疑惑は終わった。
ともなれば、後は陣形を組んだ上でPrincesSへと侵攻を開始するだけとなった。
アナザー七王たちが各々勢力を広げる中、PrincesSは一つ城を支配した、と情報が入っている。
ので、私たちはそのPrincesSが構えている居城へと攻め込むのだ。
「KnighT、奴の居る城とやらの場所は──」
「既に座標はマップは共有済みです、PrincesSの居場所はわかっていますよ」
「なら丁度いい、準備を整え次第出立するぞ」
「言われずとも」
作戦会議を切り上げて、連合軍のプレイヤーたちと共に準備を済ませる。
……とは言いつつも、私にするべき準備というものはない。
アイテム類は元々取り上げられなかったため、特に不自由することもない。
故に、私はブレイブ・ワンの力そのものの使い心地を確かめるだけだ。
「N・ウィーク」
「後は頼む、ハル。それで何用だ、KnighT」
早々に準備を終え、他のプレイヤーたちの確認をしていた彼女を呼び止める。
それだけで多少察しているのか、彼女はハルに後を任せて私の方へと向き直った。
「少々手合わせ願います、咄嗟のクセまでは変えられないでしょうが……動きの矯正は少しでもやっておきたいのです」
「いいだろう、では剣を取れ。あちらの庭でやるぞ」
王の騎士団領主城の中庭に出た私たちは、それぞれ武器を構える。
N・ウィークは居合に構える一方、私は剣を両手で握る。
「少々短いですね……えぇと、こういう時は」
ブレイブ・ワンは片手剣として使っていたのだから当然ではあるが、私には短い。
私は両手剣を好んで使っていたために、この剣は合わない。
だけど、彼がやっていたことが今なら出来る……とどのつまり、武装も自由である。
「武装変化」
「ほう、盾を変えるだけでなく剣自体の形も変えられるのか」
「えぇ……まぁ、ブレイブ・ワン自身はやらなかったようですが」
私は両手で握っている片手直剣を両手剣ほどのサイズにまで引き延ばし、構え直す。
……重さが足りない感じはしますが、まぁ悪くはないでしょう。
相手はスピードタイプであろうN・ウィーク……彼女と打ち合うには、これくらいで丁度良いはず。
「準備は済んだか」
「えぇ、十分に」
N・ウィークは腰を深く落とす。
私は剣を大上段に構え、真っすぐに向き合う。
使うスキルは……私のスキルではなく、ブレイブ・ワンとしてのスキル……そう。
ちゃんと、私ではなく彼の動きを乗せる。
「行くぞ!」
「来なさい! N・ウィークッ!」
その一声を始まりの合図とするように、彼女は目にもとまらぬ速さで踏み込んだ。
そして繰り出される、ライトエフェクトを纏った一撃──!
速い、そして直感的に『重い』と感じる一太刀! 打ち破れず”相殺”でしか防げない!
「震天ノ太刀!」
「ッ──オーガ・スラッシュ!」
彼女が放つ横薙ぎに、私は真っすぐに縦斬りの一撃を合わせる。
その一撃は凄まじい激突音と共に相殺される。
衝撃で互いに弾かれ合い、数歩分の距離が開いた。
次は、何が──!
「……ふむ、私の一撃に反応出来るだけの速度はあるか。
スキル選びも間違っていない……これなら問題ないのではないか」
「え、ちょ、ちょっとあなた、たった一合だけで終わらせるつもりなのですか!?」
「何合も打ち合ったところで貴様はブレイブになれないし、なるつもりもないだろう」
N・ウィークは先ほどスキルを放った時とは全く違うような淡々とした表情で、刀を腰に納めてしまった。
期待を裏切るような真似をされた私はその場で開いた口が塞がらず、背を向けて去っていく彼女を見つめるだけだった。
彼女が城の中に入っていくのを見たところで、ボーっとしていても時間の無駄だと思って、私も剣を鞘に納めたのだった。
その後、私は彼女同様に皆の準備を手伝うことにして、会議室を借りて隊の編成などを組んで……静かに肩を落としていた。
「はぁ……」
「デケェため息だな、どうした?」
自然とため息がこぼれた時、後ろに抜け殻同然となったブレイブ・ワンが立っていることに気が付いた。
意外にも彼は心配そうな顔をしていたため、素直に答えることにしましょう。
「……N・ウィークと模擬戦をしたものの、たった一合だけしか取り合って貰えなかったのです」
「Nさんとか……でもまぁ、Nさんが一合しか取り合ってくれなかったってことは、それが答えだろ」
「はぁ? 私がN・ウィークから嫌われているとでも?」
「いやそうじゃねえよ、好きとか嫌いとかの話じゃなくて……Nさんは、多分その一合の時に感じたものが大切って言ってるんじゃねえか?」
「一合の時に、感じたもの……?」
片手で彼の胸倉を掴みながら、もう一方の手で顎に手を当てて考える。
あの時彼女と一合だけ打ち合って、感じたもの、得たもの……。
とても速く、そして剣がぶつかる前に直感的に『重い』と感じた一撃だった。
「ぶつかるよりも前に、重い一撃だと判断した……。
私は彼女と戦うのは初めてで、直接刃を交えた経験がないために、あの一撃は初めて味わった。
それでいて、私は彼女のことをスピードタイプだと思っていた……」
考えが、自然と言葉になって出ていく。
知らないものだとしても、どうしてあの一撃を「重い」と判断してスキルを相殺できたか。
勿論、最初は放ってくるスキルごと打ち砕くつもりでオーガ・スラッシュを放ちはした。
しかし彼女の剣が抜かれる時には「これは攻撃ではなく防御の一撃」と私は思っていた。
「直感的に、根拠も何もないところから相手の技を察する……これが、N・ウィークが私に伝えたこと?」
「お、おう……お、お前がそう思うならそうなんじゃねえか……? あ、あと降ろしてくれねえか……」
「あ」
「どわっふ!」
胸倉を掴んで彼を持ち上げっぱなしだったため、慌てて手を離す。
ブレイブ・ワンは勢いよく尻もちをついたようだけれど、私はすぐに彼を起こし、頭を下げる。
「ごめんなさい……それと、ありがとうございました。ブレイブ・ワン」
「よせやい……その台詞はPrincesSを救ってから言えよ」
「……そうですね」
彼女からの刀を通したメッセージと、彼のヒント。
そして、何よりもこの力と彼らの仲間たち。
これだけ多くの物を貰っておきながら、PrincesSに負けることは許されない。
是が非でも、彼女を救ってみせる。
「さて……では、こちらも終わらせますか」
頭がすっきりした私はすぐに隊の編成を組む指示書を作り上げた。
そして、戦場へ赴く準備を整え終わった彼らと合流し、馬へとまたがる。
「さぁ……騎士KnighT……いざまかり通ります!」
「応!」
ブレイブ・ワンの言葉を借り、それと共に馬を走らせた。
目指すは、PrincesSの居城!