第二百六十三話:アナザー七王
「……まさか、ここまでされるとはね」
「そうだな、装備一式にステータスもスキルもまとめて剥がされるとは」
「幸いと言うべきは、ストレージの中身までは奪われなかったことかな」
王の騎士団領土、領主城会議室。
そこには文字通り何も身に着けていない……というか、インナー姿の七王全員が集っていた。
ただこの会議に出席して装備を身に纏っているのはあの場で唯一無事だったNさんと、俺たちを助け出してくれたアリスだ。
「何を悠長に言っているのですか、これは由々しき事態なのですよ」
「そうだね、でも焦っても何も始まらないだろう? まぁ、僕も実際焦りたいし、打開策を必死に考えてるけど……何も浮かばないから困ってるのさ」
装備を奪われ、ステータスを奪われ、スキルも全て消えた。
あのアリス・ブラックの手で、俺たち七王がこれまでSBOで培って来た物……即ちプレイヤーデータの殆ど、かけた時間のほぼ全てだ。
会議の最中にも見慣れた、七王の装備はもうどこにも見当たらない。
「……クロは恐らく、皆の力を奪った上で何らかの目的があるんだと思う」
「目的、か。君には何かわかるのかい?」
「わからない……けど、力を奪った以上は与える先があるハズ……クロはただ相手を無力化するためだけ、って理由で力を奪うことはないと思う。
クロの考えからすると無力な相手をいたぶったりする理由がないし、他人の力で自分の強さを誇示したり主張を通すことに意味なんてないってわかってるハズだから」
「そうか……とどのつまり、アリス・ブラックは今後僕らの力を上乗せした刺客を送り込んでくる可能性があると言ったところかな」
「かも、しれない」
アーサーとアリスのやり取りだけで、相当マズい状況……どころか、SBO史上過去最大のヤバいことになっている気がしてきた。
単純に俺たちのステータス、装備、スキルを全部取り込んだ奴……それが例えモンスターでもアリス・ブラックが何らかの手段で従えたプレイヤーとかだとしても、どんな奴に与えたってヤバい。
VRMMOを始めたての奴だったとしてもそれだけの力を手にすれば撃破は容易じゃないだろうし、力を取り戻す手段が皆無に等しいと言える。
「そんなことよりも、今後の私たちがどうするべきかを考えましょう。そう、具体的にはレベリングの方法、新たな装備の獲得……」
「やる意味あるか? ソレ」
「なっ……! カオス、あなた状況を理解しているのですか!? 戦場の最前線に立つ私たちが、そこらの野ウサギにも勝てないような状態では話にならないでしょう! アリス・ブラックや、SBOのイベントを進めていく以上は……!」
「だから、まずそこらの野ウサギにも勝てない俺らがどうやってレベル上げするんだよ。それに、俺たちはアバター作成時に割り振る初期ポイント分のステータスまで奪われてるんだ。
仮に何らかの手段でレベリングをしたとしても、ステータスは実際のレベルよりも大きく劣る……そんな状態で七王幹部にも劣る装備を付けて何になるんだよ」
「それは……!」
KnighTの意見をバッサリと切ったのはカオスだった。
確かにカオスの言うことはごもっともではある……けれど、だからって何もしないのも違うだろう。
何か俺たちに出来ること、やれること、やるべきことってのもあるかもしれない。
……それが見出せないから困っているんだけれども。
「ブレイブくん、君はどう思う」
「……そうは言われてもな、俺だってどうすりゃいいかなんてわかんねーよ……けど、ただ確実に言えることはある。
アリス・ブラックを倒すためには七王の力を取り戻さなきゃいけないのは確かだし、そのカギはきっとNさんにあるってな」
「うむ、概ねそうだろうな」
Nさんは『言うと思った』って顔をしていた。
そりゃまぁ、唯一無事だったんだしな、当人でなくたってそう言う考えには至るだろう。
「N・ウィーク一人いて何になると言うのだ。
七王の力を取り戻すのだぞ? 確かにその女は我らと同等の力を持っているだろうが、だからと言って一人で全てを解決できるワケでもあるまい」
「プレイヤーに与えられるリソースはシステム上限られてる、心意の力で強引に歪めでもしない限り1人のプレイヤーに与えられる七王の力は1人分だけだと思う。
だから、プレイヤーに七王の力が与えられた場合なら……」
「N・ウィーク一人でも何とか出来る、というワケですか」
イアソーンの文句に対してモルガンが結論を先に出すと、アリスは頷いていた。
アリスの説が確かなら、やっぱり俺の睨んだ通りNさん次第で俺たちの力が帰って来る可能性が高い。
「けど、具体的にはどうやって取り戻すんですか?」
「そこは……私が何とかしてみる、あの場でクロから力を奪われるのを防げなかったのは私の対応が遅れたからだから……だから、私が責任を取る」
「……一応聞くが、私の分の力が奪われなかったのは何故だ?」
「多分だけど、七王と同等の力ではあっても七王そのものじゃないから……だと思う、推測だけれど」
Nさんのステータスとかその他諸々が無事だったのは、単にアリス・ブラックが対象外にしていたかららしい。
……まぁ、となると最初にアリスが言っていた『ただ俺たちを無力化したいためだけに奪ったワケじゃない』って説は濃厚なんだろう。
だから、アリス・ブラックは何らかの目的を果たすために七王の力だけを奪った、そして今後の刺客にその力が与えられていると……
「伝令! 伝令っ!」
「どうしたんだい、急に」
王の騎士団のプレイヤー……の、知らない奴が会議室に飛び込んできた。
Nさんが警戒して刀を構えるが、アーサーの態度からして単に俺たちが知らないだけのプレイヤーのようだ。
実際ちゃんと王の騎士団のギルドエンブレムが入った青い制服みたいなものを着ているし、なりすましってことはないだろう。
顔は、なんかヘルメットみたいなのを被ってて見えないけどさ。
「かっ、会議中失礼しました! ですが、緊急事態です!」
「緊急事態?」
「あ、アルトリアさんが離反したのです!」
「なんだと!?」
アーサーが珍しく声を荒げた。
王の騎士団のプレイヤーが持って来たアイテムをアーサーに差し出す。
水晶玉のようなそのアイテムをアーサーがタップすると、そこからスクリーンのように映像が黒板に投影された。
俺たちにもわかりやすく、大画面で。
おかげで立ってゾロゾロ集まることもなく、座ったまま見られる。
『「ごきげんよう、七王の諸君」』
「アリス・ブラック……!」
映し出されたその映像……の、真っ暗な空間。
そこに最初に映ったのは、スポットライトが当てられたアリス・ブラックだった。
性格の悪そうな笑みを浮かべた彼女は、ニヤニヤと笑いながら両手を広げ、カメラワークを変えた。
そこには、俺たち七王が身に纏っていた装備を身に着け、悪意に染まったような顔つきをしている七人のプレイヤーにスポットライトが当てられていた。
……過半数は、見覚えのあるプレイヤーだった。
『「今回は、あなたたち七王の力を奪い、それを最も欲する者にそれぞれ与えてみたわ。
奪い返したければこの者たちの心を折って、再度手に入れてみせなさい」』
『なぁ、オイ! 見てるかぁ? 集う勇者のブレイブとかいうやつ! お前、この前よくも僕のこと妨害してくれたよなぁ? あのせいでこっちは大変だったんだからよ! 泣かせてやるよ、なぁ、今どんな気持ちだ? あぁ!?』
アリス・ブラックに続いて喋ったのは、極悪鬼の装備を身に纏った男のプレイヤーだ。
コイツは俺に何か因縁があるようだけれど、俺はコイツのことを知らない。
いったいどんな奴なのかは、力を取り戻した時に色々と聞くことにしよう。
『……KnighT、私はもう、あなたなんていらない』
「そんな……PrincesS……!」
KnighTが口元を抑えていた。
KnighTの力を与えられていたのは、朧之剣の姫君……というか、七王であるKnighT自身が自分以上の立場をギルド内で許している相手、PrincesSだった。
かつてはどこぞの国の姫のような、絢爛豪華ながらも動きやすさも兼ねていたドレスに身を包んでいた彼女が、今はKnighTの使っていた騎士のような甲冑に包まれている。
そしてその目は暗く、光を失った暗い目になっていた。
『兄よ、あなたに味わってもらおうか。私の想いを』
「……僕は、姉妹から嫌われるような運命にでもあるのかな」
苦虫を噛み潰したような顔で、アーサーは嘆いた。
アーサーの力を与えられていたのは、先ほどのプレイヤーが言っていたように、王の騎士団から離反したアルトリアだ。
元からアーサーと似た姿だった彼女は、アーサーの装備を身に纏うことで性別や髪型以外はもう完全にアーサーと言って良い姿だった。
だけど、アーサーのように自信に満ち溢れた凛々しさは感じられず、ただただどこか虚しさを覚えるような顔つきだ。
『特別に生まれ変わった俺を見せてやりますよ。だから、俺だけを見ていてくださいね』
「……私は、また誰かの気持ちをわかってあげられなかったのか」
同じ過ちを繰り返してしまった、とモルガンは俯く。
モルガンの力を与えられていたのは、魔女騎士団の四天王のプレイヤー、時雨だった。
かつては見た目の良さを優先しましたと言わんばかりに可愛らしい格好をしていた彼──彼女? は、モルガンの装備に包まれたことでまるでミスマッチなキャラメイクになっていた。
だが、そのミスマッチな姿になってでも欲しい物があったのか、その顔はどこか活き活きとしていた。
『クックック……怨みは晴らさせてもらうぜ』
「……全く、強き者とは常々怨みを買うものなのだな」
イアソーンはやれやれ、といった表情だった。
彼の力を手にしていたのは……俺も知らないプレイヤーで、イアソーンだけに何か因縁のある男なのだろう。
だが、イアソーン自身はそんなにショックを受けている様子はない。
『お前にかつて置いて行かれた者の気分を味わってもらおうか』
「過去ってのは決着をつけない限り追いついて来るもんだな……でも、しょうがないか」
カオスは神妙な顔つきで、映像を見つめていた。
カオスの力を与えられたのは、俺も知らないプレイヤーだった。
逆立った黒髪と、特徴的な赤い瞳……発言から考えるに、かつてカオスが手を抜いたプレイをする原因になった相手か。
しかし……カオスの装備を手にした割には、どこか物足りない印象を受けるな、この男。
『あなたの力を奪ってしまったことは心苦しいけれど……それでも、これさえあればもう私は負けない、文字通り最強の誕生よ』
「ヒナタ……なんで……!」
悲しそうな顔で、カエデは胸のあたりをギュッと握りしめていた。
カエデの力を手にしたのは、メイプルツリー幹部にして俺との因縁がある……と言っていた剣士、ヒナタだった。
SBO最強の防御を誇る力を手にしたからか、ヒナタから感じられる自信は更に強くなっているように感じた。
心苦しい、なんて言っている割には随分と活き活きしてやがる。
『「題して【アナザー七王】。あなたたち過去の七王にとって代わる新たな存在。さぁ、その座が惜しければ、彼らを倒し、力を取り戻してみせなさい」』
アリス・ブラックのその言葉と共に映像はプツンと切れて消えた、つまり終わったのだろう。
……アナザー七王、俺たち七王の力を奪ったプレイヤーたちとの勝負が始まる。
奴らを倒して、七王の力を取り戻す……それが俺たちの当面の目標となる。
「Nさん」
「あぁ、わかっている……鍵は私だ。全力で役目を果たして見せる」
七王全員の視線を受けて、Nさんはそう言い切ってみせた。
……覚悟しやがれ、アナザー七王。
Nさんが全力でお前らをブッ飛ばしに行ってやる、Nさんが。
「……七王の力を取り戻すカギはN・ウィーク、そして取り戻すための手段も相手もわかった。
だから、後は彼女の選択次第だね」
「最初が肝心だが……私の答えは決まっている。戦術的理由でも、私情においても、最優先だからな」
「おぉ、ならもう口を挟む道理はないな。
頼んだぜ、N・ウィーク」
「あぁ、任された」
アーサーとカオスの言葉を受けながら、Nさんは立ち上がった。
頼むぜ、俺の最愛の人……俺の、誰よりも憧れた強い人。
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