第二十六話:どうしてこうなった
ズズズ……と、このゲーム内での紅茶を飲む。
うん、ド素人が淹れたような味で、コンビニに売られてる午前の紅茶が恋しく思える。
ぶっちゃけ美味しくないし、出来れば二杯目は飲みたくない味だな。
「で……どうしてこうなった?」
「どうしても何も、しばらくパーティとして活動する以上、ブレイブさんたちも拠点は必要でしょ?」
「そうですよ先輩、リンさんの言う通りです。
毎回ログアウトに宿屋を使ってると、お金も馬鹿にならないですし」
「そりゃあそうだけどよ……だからってさー」
現在、俺たちはパーティ単位でとあるギルドホームにいる。
……そう、一昨日俺がボコボコにしてやった少女二人組のギルド、メイプルツリーだ。
巧妙な手口で俺とフレンド登録をしたが、まさかギルドホームに案内されるとは思わなかった。
俺たちのパーティと同盟に近いものを結んでいるとは言うが……ギルドホームを貸して、そこを拠点にさせていると言うのはなぁ。
「なんつーかさ、これじゃ俺たちがまるでメイプルツリーに加入したみたいじゃねえか。
でも、その実は加入もせず、ただただギルドホームを無償で借りてるだけだ。
後ろめたくて、なんつーか……背中の方が痒くなっちまうんだよ」
「あ、背中が痒いのなら私が掻いてあげましょう、お客さんこの辺ですか~?」
「おぉ、丁度その辺その辺……ってバカ!鎧の上からやっても意味ねえだろ!」
どっ、とギルドホーム内が笑いに包まれた。
何故か俺の鎧の方を撫でていたリンまで笑っている。なんでだよ。
「……はぁ」
俺は笑いに包まれているこのギルドホームで、ため息をつく事しか出来なかった。
……因みに、今日はヤマダがいないためにカエデとリンを含めても俺たちは八人だ。
パーティを組む限界の人数が七人なので、四人ずつのパーティで分けている。
「……で、話を本題に戻すと、だ。
なんで俺たちがメイプルツリーのギルドホームを拠点にしていいのか、って話だよ。
あれだけ派手にボコボコにした奴らからこうもされると、なんか裏があるとしか思えねえんだけど」
「ふっふっふ、鋭いねー、ブレイブさんは」
「鋭いと言っても、皆既にそう思ってますよ。
ただ、口にしなかったり……顔に表さないだけで、ね」
リンが得意気に言うが、ランコにバッサリと切り捨てられる。
そりゃそうだろ……俺だけならともかく、俺の仲間ってだけで先輩たちも招かれているんだ。
一見信じてるように見えるハルやユージンだって、内心警戒はしてるだろう。
ただ表面に表してないだけで、皆はカエデとリンをじっくりと観察している時もあったしな。
「まぁ、理由と言っちゃぁ簡単なものですよ、すごーくね。
これは私が考えたことで、カエデは無関係な話」
「へぇ、じゃあ……その簡単な理由ってのを聞かせて貰おうか」
「確かに、私たちだってコンビネーションを磨いたからそれなりには強い。
でも、二人がかりですらブレイブさん一人倒せずにいたワケですよ。
だから……そんなブレイブさんと同等の強さを持ってる皆さんを、ウチの食客のような扱いにする」
食客ねえ……こいつらの経験値稼ぎに付き合ってるようにも感じるけどな。
まぁ、でも安定したタンクがいるってのは戦闘がそれなりに楽になるもんだ。
わざわざ俺やハルが攻撃を受ける必要がないし、ディフェンス・コネクトを使った時の防御の上がりようがすげえし。
「それで、皆さんがメイプルツリーの強さを広めてくれるだけでいいんです。
私たちは「ギルドにはこんな人たちがいる」って言うだけですから」
「ちょっと待つッス、それは詐欺になっちまうじゃあないッスか!
俺たちはメイプルツリーに加入なんかしてないし、ギルドホームを借りてるだけッスよ!?」
「そ、確かに詐欺まがいな行為ですよ。でも、私たちは嘘なんてついてないんですよ。
あくまで皆さんをギルドメンバーとしては扱いませんし、ギルドには、こんな人たちが”いる”ってだけですから」
まぁ、つまりは俺たちがギルドホームにいるってことが大事なわけか。
俺たちと同盟を結んでいる、と言う括りだから正確に言えば違うかもしれないが……言葉そのものは、ただ説明が足りないだけで間違ってはない、悪質な契約サービスみたいだ。
「ふむ……お前たちの意図は理解した。だが、いくつか引っかかるようなコトがある」
今まで口を閉じていた先輩がそう言うと、場の空気が変わったかのように感じる。
さっきまでのリンはなんだかお茶らけたと言うか……軽い感じで話していた。
だが、今の彼女は真剣そうな目をしていて、まるで進路相談でもするのかって表情だ。
「私たちがこのギルドにいたとしても、あくまで同盟を結んでいるだけの存在ならば本来のギルドメンバーではない。
つまり、仮にこのギルドへ加入した者がいたとしても直ぐに抜けてしまうのではないか?」
「あー、その点についてはだいじょーぶです。私たちが本当に強くなればいいだけの話だけですし……味方であることは変わりないんですよ」
「つまり僕たちは……広告塔みたいな人ってことですか?」
「んー、それに近い感じかなー。ナイスな表現ありがとう、少年くん」
……ただアニメのキャラクターのステータスを真似てるだけのゲーマー。
そう言う風に見ていたが、リンの奴め……中々に考えてるな。
となると、こいつらへの得が大きい以上、それを破綻させたくなるのも人の性ってもんだよな。
想定外の事態に備えているかどうかで、リンがどんなやつかもっとわかるしな。
「よし……リン、お前の言いてえことはわかったよ。
俺たちもギルドホームにいることが出来れば、確かに色々と得はある。
でもな……こう言うのはどうだ?」
俺はメニューを開き、操作を始め――
先輩たちにある物を飛ばすと、メイプルツリーの二人以外は目を見開いていた。
「おいブレイブ、正気か?」
「先輩、いくらなんでもこれは……」
「想定外の事態か、想定内の事態か……このどっちか次第で、俺の判断は変わるぜ」
「あぁ、なるほど。確かにブレイブさんたちがギルドを作れば、さっき私たちが提示した得も意味がないね」
そう、俺はギルド創設のメニューを開いていた。
勿論、一人ではギルドなんて作ることは出来ない。
だからハルと先輩、ついでにユージンとアインとランコをスカウトした。
まぁ、一人スカウトするだけで良かったんだが、別にそこはどうでもいい。
ギルドを作れるものなら、作って見たかったしな。
「さぁどうする?ギルドホームの購入は至ってシンプルな方法、ただ金を稼ぐだけだ。
少し経てば俺たちはすぐにギルドホームなんざ買えちまうぜ?」
「あぁそう、じゃあ別にギルドを作っちゃっても構わないよ。
でもね……小規模ギルドが簡単に生き残れたりなんてすると思うの?
たった六人程度のギルドなんて、大規模なギルドの管理下に置かれたりする事なんてザラ。
それでも私たちと同盟を組まずしてギルドを結成しちゃうのかな?」
痛い所をついて来たな、コイツ。
そう……俺たちがここでギルドを作る意味なんてものはない。
ギルドを作るのは、歴史の教科書とかに乗ってる話で言えば、軍を結成するのと同じだ。
出る杭は打たれる。そんなような諺があるように、突出すれば俺たちは潰される。
一騎当千の先輩がいようと、大軍の前には無力に等しい。
だから数の暴力でボコボコにされて、ひたすらデスペナルティを与えられるし、下手をしたら物資や装備を奪われる。
そうすればこっちもゲームをまともにプレイすることすら出来なくなる。
で、結果的に相手に服従する他なくなってしまう……ってワケだな。
実際、レアアイテムを奪うために漁夫の利みたいな真似をする輩もいるし……そういや、以前俺たちがホウセンと戦った時にはドロップアイテムが出なかったな。
あの時は当然だと思っていたが、冷静に考えたらおかしいよな。
何かしらのアイテムの効力か、それとも別なものがあるのか……一つ疑問が増えたな。
「えーっと、全然意味がわからないんスけど……どういうことだってばよ?ッス」
「無理にネタをブッ込むな、ユージン。つまりだな……」
「ユージンさんには私が説明しますよ」
と、わからないユージンに俺が説明しようとするとハルが説明を始めた。
俺がさっき考えていたことと似たような形で説明し始めたのでわかりやすいな。
うん、流石ハル……成績優秀なだけに説明上手だ。
「ま、だから私たちと同盟を組むのが最善ってコトですよ。
人数の差なんて雀の涙程度にしか変わらなくても、こっちにはツテがありますからねー」
「ツテ?ツテって何ですか?」
アインが手を挙げて質問した。
「ツテって言うのは、希望を求める手がかり……まー、私たちが助けを求めることの出来る相手のことだよ」
「ほう、たかがメンバー二人程度のギルドにそんな相手がいるのか?
小規模ギルドを己の傘下に加えたがる中規模ギルド、【モテぬ豚】を抑えられるとすれば……プレイヤー数が最も多い【曹魏の国】か、カオスやオロチたちのいる真の魔王だろう」
「いいえ、そのどちらでもないですよ。
第一回イベント終了直後に作られたギルドですけど、その二つよりも強いギルドですから」
「第一回イベント終了直後……?」
ランコが首を傾げていると、先輩が怪訝な顔をし始めた。
ユージンはハルの説明を聞き終わってようやくわかった、って顔をしたと思ったら直ぐにまた首を傾げた。
俺も傾げた。アインも傾げた。カエデはボーっとしてた。
「前回イベントランキング一位……最強のプレイヤー、【アーサー】。
彼が作り上げ、最強と名高いギルド【王の騎士団】。
そこの傘下に入れて貰っているんですよ、私たちは」
「成程な……アーサーの作り上げたギルドか。
そして、そこの傘下につくことで他のギルドからの侵攻を受けずにいるのか」
「そうそう、アーサーさんの名前を出せば大半のギルドは恐れ慄くんですよ。
何せ……彼は本当の一騎当千をやって見せたんですからねえ……そこに取り巻き……じゃなくて、仲間の人がいれば、鬼に金棒ですよ」
つまりはアーサーとやらに寄生しているような物か。
虎の威を借りる狐か、それとも獅子の背中に乗る鼠か……まぁ、ゲームはゲームなんだし、そう言う方法もありっちゃありなんだよな。
「えーと、つまりは……メイプルツリーのお二人はアーサーって人に寄生してるって事ッスよね?
よく向こう側が文句を垂れ込んでこないもんッスね……」
「まぁ、そこについては私が色々と頑張っちゃいました」
ユージンの投げかけた言葉に、カエデが手を挙げて言った。
今までの説明が全部リンだっただけに、なんかカエデの声を聴くのが久しぶりに思える。数分ぶり程度なのに。
リンの説明を頭の中でリピートしてたからか?
「色々頑張ったって……何かお手伝いとかしたんですか?」
「まぁ、その……なんて言うか、一種のプレイと言うか……えへへ」
「……このゲーム、一応全年齢対象ですよね?
裏コードとかそう言う物とかあるわけないよね?」
アインの質問にカエデが顔を赤くして、後頭部をポリポリと掻いて言うもんだから、ランコが怪訝な顔でカエデを見つめながら呟く。奇遇だな妹よ、俺も今同じこと思ったぞ。
「もー、カエデー、ランコさん誤解しちゃってるじゃん。ちゃんと言ってあげないと」
「誤解も何も、その言い方じゃエッチな事したようにしか思えないッス」
「お前はもう少しオブラートに包む努力をしろ」
「あだっ」
ユージンの言い方があまりにも直球的だったので拳骨を落とした。
痛くねえだろ、VRなら。
「で……カエデは結局アーサーに何をしたのだ?」
「そのー……アーサーさんは、あの強さと普段皆への振る舞いが騎士っぽくて」
「ほう、騎士のような振る舞いをしているのか。
……そう言えば、私にスキルを食らわせようとした時も『受けるがいい!エクスカリバァァァッ!』と声が芝居がかったものだったな」
「それで、テーブルゲームとかをする仲の人が少ないみたいだったんです。
だから、そこに私が行くことでゲームを取り仕切る人を含めて七人になったんです」
「七人になって……それでどうしたんスか?」
「TRPGをやったんです」
……わざわざVRの中でそれをやるのか。
とは思ったが、まぁTRPGをやるだけなら環境なんてどうだっていいよな。
ぶっちゃけサイコロと会話できる環境とキャラクターシートがあればいいんだし。
「へぇ、TRPGですか。私もたまにネットでやってましたね」
「俺もたまにやってたな、ルールは簡易的な奴に変えたけど。
項目が多すぎるから、簡易的な感じにすると割と進みやすくなるんだよ」
「あ、そう言えばアーサーさんも……『これは本来のTRPGに比べたら、大分簡略化したものだよ』って言ってました。
だから、多分ブレイブさんの言ってる奴も同じなんじゃないんですか?」
ふーむ……と言っても、俺がやってたTPRGのルールは知ってる人少ないと思うんだけどな。
何せ、ただでさえTRPG自体のルールが割と知られてねえのに、それをいじった奴だしな。
「……話が脱線したが、カエデはそれでアーサーの傘下にいられるのか?」
「はい。TRPGの遊び手になってくれるのなら、いつでもウェルカムだそうです」
……ランキング一位の男にも、意外な趣味ってもんはあったんだな。
当たり前のことだけれども、先輩が勝てなかったほどのプレイヤーとなるとな……このゲームに全てを注ぎ込んで、寝る間も惜しんでプレイしてたのかと思えてくる。
と、まぁ……イベントまであと一日なのにも関わらず、俺たちはこんな会話だけしていた。
プレイヤーネーム:ブレイブ・ワン
レベル:40
種族:人間
ステータス
STR:60(+70) AGI:88(+55) DEX:0(+20) VIT:34(+95) INT:0 MND:34(+60)
使用武器:小鬼王の剣・改、小鬼王の小盾・改
使用防具:龍のハチガネ・改、小鬼王の鎖帷子・改、小鬼王の鎧・改、小鬼王のグリーヴ・改、ゴブリンガントレット、魔力ズボン・改(黒)、回避の指輪+2