第二百五十九話:あと、少し
「マキシマム・ハイパーフレイム」
極大の火炎。
魔王が放った紫色の炎は、フロースの放った死の炎を一瞬で”焼き尽くし”た。
そのフロースが放った赤い炎を遥かに、遥かに、ずーっと上回るほどの巨大な紫色の炎。
蒼色どころではない、人間が可視化させられる炎の最高温度に達する色、それが紫の炎だ。
「俺を相手に火で勝負できる、なんて……一度でも思ったのなら、随分馬鹿な草だな、お前」
魔王は不敵に笑い──その言葉の通り、彼の炎はフロースの放った火諸共フロースを飲み込んだ。
『ギィィィィィ────ヤァァァァァアアアアアアアッ!!!!!』
「うおっ……!」
けたたましい程の悲鳴、僕らの耳をつんざくのではないかというほどのやかましい悲鳴。
このフィールドそのものに鳴り響き、そのまま地面を割ってしまうのではないか、というほどの悲鳴。
だが、あくまでフロースの悲鳴が上がっただけに過ぎず、僕らの状態異常を貫通するほどのスタンだとか、そんなものが付与されることはなかった。
『グァアアア……! アアアアアアアアアアッ!!!』
「随分騒ぐこった、くさタイプだからほのおタイプはさぞアッチッチーだろうに」
「……カオス、君は平気なのかい?」
「これが平気に見えるのなら……随分目が腐ったもんだな、今滅茶苦茶あちぃよ、熱中症にでもなりそうだ」
どう見ても余裕そうなセリフを吐きながらも、カオスはその場で膝をついていた。
……あれだけの心意を込めて放った特大の火力も、僕の時同様に代償を払わなければならなかったようだ。
カオスのアバターも反動を受けたように焼け焦げ、彼の体からはとんでもない熱が放出されていた。
近づいただけで発火しそうなほどの熱量、彼は同じように心意を込めたと思われる氷でどうにか冷やしているが、それでも彼の顔から汗は止まらない。
「……俺はしばらく動けない、後は頼む。アーサー」
「わかった……君の教えてくれた心意、そして熱……無駄にはしないよ!」
僕は改めてフロースを見る。
奴は今、HPを大きく損耗している。
その上体中のあちこちを焼き焦がされ、一部が機能不全を起こしているかのように焼け落ちている。
誰の目から見ても、今が好機だ。
そして、カオス見せてくれた心意の使い方、心意の込め方……彼がこのフィールド中に広げた熱は、確かに伝播したのだ。
倒れているブレイブくんたちにも、今この場にいる僕たちにも、ちゃんと、広がったのだ。
「皆、行くぞ! あともう少し、あと少しで……奴は倒せる!」
「わかっています!」
走り出した僕には姉さん、KnighT、N・ウィークが続く。
サンドラはカオスを守るためか、その場に残って雑魚の殲滅を続けていた。
残り4人……この戦力で、フロースを削り切れるか……いや、削らなければならない。
倒さなきゃならない……倒せる、そうだ、僕らなら──
「やれる……! オオォッ!」
焼かれて苦しんだフロースは、苦し紛れと言わんばかりに地中からツタを伸ばしてきた。
だが、今のその程度の攻撃で僕らは止まるはずもない、止められる道理などなかった。
今の僕らのテンションは上がっている、フロースはダメージを負って体が一部機能不全を起こしている。
それ即ち……風向きは、僕らに来たということなのだから! もう、コイツは怖くなんかない!
『グゥゥゥ……! 【光の柱 そびえ立つは裁きの一撃 罪ある者に──』
「ダメージ覚悟の詠唱……! だったら!」
フロースは僕らに攻撃されて邪魔されるのも承知で、近づかれながらも魔法の詠唱を始めていた。
だが、見越していたと言わんばかりにKnighTとN・ウィークが走る速度を上げて僕らの前に来ていた。
そして、彼女らは走りながらも武器を光り輝かせ──KnighTに至っては詠唱をしていたのだ。
「【炎よ 、迸れ。
我が剣、 我が主の意志。
燃え盛り、 燃え狂う時。
闇を絶ち、 光輝く。
罪人へ、救いの御手を。
主の下、 我が名の下に。
名は並ぶ、 我らが炎。
研ぎ澄ます、救いの炎。
今ここに奇跡を起こし、罪人は 灰燼となる。
主の下に、導かれよう。
この二撃、導となりてあなたを焼こう】」
「──炎天・聖十字剣戟!」
KnighTが放ったのは、今までの規模を遥かに、大きく大きく超えるような炎の斬撃だった。
カオスが先ほど放った極大な紫色の炎とは違って彼女が放った斬撃の炎は白かった。
……科学的観点から見れば、白い炎と言うのは紫色の炎に比べると温度は低い。
何ならば、カオスが放った紫色の炎よりも温度が低い青……の、次に温度が低いのが、白い炎だ。
だが、彼女が放った斬撃はただ科学に基づいた温度で白くなっているワケではなかったのだ。
「ハァァァッ!」
『ギィ──アアアアアッ!』
先ほどのカオスの炎の威力を鑑みて、フロースは詠唱を中断した上で左腕を動かして防御の構えを取った。
しかし魔法だとかスキルを使った防御でもないソレは、KnighTの放った全力の二撃によって焼き払われ、塵となった。
その炎は先ほどのカオスの炎とは違い、僕らへ熱を及ぼさなかった。
……それは、己が作りし神であれども、神という存在への信仰心が高いKnighTの信仰の現れだったのだろう。
炎は炎でも、僕たちにあたたかな光を呼び込んでくれるような、そんな優しい炎だったのだ。
「N・ウィーク!」
「急かすな」
KnighTが叫んだ時には、彼女に続くように、真っすぐに駆け抜けてフロースまでの距離を詰めたN・ウィーク。
彼女は雷のように急加速したと思うと、フロースの体を駆けあがり、凄まじい連撃でフロースの体中を切り刻んでいた。
そして、奴の頭上まで駆け抜けたところで、空中で居合の構えを取っていたのだ。
「神天ノ太刀」
空中の”面”を蹴った、それも心意による力か、それともまた別なのか。
どうであるにしろ、彼女の放った斬撃がフロースを一筋の切れ込みを作った。
頭からにかけて……僕がさっきエクスカリバーを放ってつけた傷と同じ位置……傷が、重なった。
「チッ……両断は出来なかったか」
恐らく心意によって強化されたスキル、その一撃だけでも十分だった。
ここにいる全員が、それぞれ意志を繋ぐようにフロースへとダメージを与えて来た!
あれだけ圧倒的だったあのモンスターを、どうにか倒せるように削れた!
「皆! あとひと踏ん張りだ!」
疲労……心意を込められない状態、そこから僕も回復してきた。
さっき放った特大のエクスカリバーほどじゃないにしろ、彼女らの攻撃のようにすることは出来る。
今込められる心意を込めて……僕の持つ剣の光を、より強く、強く輝かせる!
『アアアアアッ!』
フロースは詠唱をせずに魔法を放つ準備に入った。
──間に合うか、いや、間に合わせる! 奴が魔法を放つよりも先に、僕が攻撃を打ち込む!
そこで心意の力を回復させたカオスたちの攻撃を撃たせて、確実に殺る!
「エクス──!」
『【ライトバースト】!』
「──ッ!」
速い、フロースは魔法を手に込めただけで、放つまでの予備動作をせずに放って来た。
僕のエクスカリバーが放たれるよりも先にだ。
けれど大丈夫、相殺は出来る、出来る、出来る! カオスたちに出来たことが、僕に出来ないでどうする! だって僕は、王の騎士団の団長、アーサーその人だ!
飛んでくる光の爆発そのものに、僕の放つ斬撃を合わせる!
「カリッ、バァァァアアアアアッ!」
「ドラゴォッ! カリバァ──ッ!」
「姉さん!?」
「あなた一人に、そこまで背負わせて、たまりますか! 私は、あなたの姉なのですよ!」
姉が、僕の隣に立っていた。
そして、彼女が放ってくれた、龍の闇を取り込んだその一撃は、僕の光と共に混ざり合った。
姉弟の愛、家族の絆とでも言うべきか──本来反発し合うであろう光と闇が、混ざったのだ。
ソレは一本の柱となってフロースが放った魔法と激突し──無事に、相殺出来た!
「──アブソリュート・ゼロ!」
「星砕ノ太刀……! ハァァァアアアッ!」
続くように、カオスの放った氷とN・ウィークの斬撃がフロースの下半身を固め、胴体に横一文字の傷をつけた。
あと、少し……! あと少しで、コレを殺れる!
『ウゥゥゥ……! アアアアアッ!』
だが──フロースは、アリス・ブラックのお手製のモンスターと呼ぶに相応しい力をまだ宿していた。
残った右腕だけで掌印を組んだと思った、その時には、もうフィールドは一変していたのだ。
『壊ス……壊゛ス゛!!!』
最早、初めて出て来た時の原型もないような、醜悪な顔と声で。
彼女は──彼の植物は、フィールド全てを包み込むような何かを展開していた。
だがそれだけではない、この魔法はただ周囲を一変させる程度のものじゃなかった。
彼女の右手に新たな魔法を、素早く、尚且つさっきとは違う、全快だった頃の威力を保って。
『【デストラクション・ブラスト】』
万死の光、その砲撃が、心意を込める間もない僕らの前に、放たれたのだ。
「あ──」
その一撃を前に、どうすることも出来ない僕らは、ただ死を悟るだけだった。
更新まで2ヶ月も開けてしまい申し訳ありませんでした!!!