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第二百五十八話:放つ魔法

 ──


「……ブレイブ? おい、ブレイブ! どうした、ブレイブ!」


「カエデ……カエデっ! しっかりして! カエデッ!」


 そこには、信じがたい光景が広がっていた。

 僕──王の騎士団のギルドマスターのアーサーは、目を疑った。

 VRMMOで人が気絶していたのだ、本来ならば意識を保てなくなった時点でそのプレイヤーは強制的にログアウトさせられる。

 近年のゲームではそれが当たり前で、SBOもその例に漏れないものだ。

 だが、ブレイブくんとカエデくんは微かなHPを残したままに白目を剥いて倒れていたのだ。

 そりゃあ、凄まじい音や衝撃で一瞬だけ意識を手放したりするプレイヤーはいる。

 強制ログアウトのラインに入らないような、一瞬だけ起こるバグのようなもの。

 けれど、これは違った……! N・ウィークとリンの二人がブレイブくんたちに必死に声をかけても、彼らの意識は元に戻らなかったのだ。

 バグなんて一言で片づけていいような問題じゃあ、なかった。

 そしてこんな光景を見せられた皆は士気も落ち、戦う意志をなくすかのようにその場に座り込んでしまった。


「おいおいおいおい、ふざけるなよ……! タンク二人が一瞬でこのザマ……! こんな状態で、どうやってあのボスを倒せと言うのだ!」


「っ、また、魔法が来る……! もう起きなさいブレイブ・ワン! カエデ! あなたたちなしで、どうやって……!」


 フロース・インビクタスは、今度こそ僕らを消し飛ばすと言わんばかりに魔方陣を展開して詠唱を始めていた。

 せせら笑いながらもチャージを続けるアレを、止めようとするものは誰もいなかった。

 圧倒的な力の差を見せつけられ、SBO最硬を誇るプレイヤーの二名があっさりと倒された。

 詠唱を止めようとスキルを放っても、微々たるダメージにしかならずすぐ再生されてしまうのだから。

 無敵の名を冠するだけはあった、七王ですらこうして全滅に追い込まれるというのもわかるから。

 だが、それでも。


『ぁ、はっ。あはははははぁっ! 【カタストロフ・メテオ】!』


「……永久ノ理想郷」


 フロースから放たれたのは、このままパーティの皆を飲み込んでしまいそうなほどの巨大な隕石、ただ一つ。

 あぁ、良かった……これなら、僕でも何とか出来る!


「【絶殺・聖魔刃皇斬】」


 剣にありったけの心意を込め、その刀身の放つ光を、大きく、大きく拡張させる。

 光の柱を作るように、僕の心意を輝かせ、この世界の希望とするように、大きく、大きく。

 聖も魔もない、ただ相手を純粋に真っ二つにするための、最大最高最強の、一太刀。


「ハァァァァァッ!!!」


「な……!」


 飛んできた隕石を、僕が心意を込めて放った一撃で真っ二つに切り裂く。

 隕石は斬られただけで消滅し、その巨大な姿をポリゴン片へと変えて砕け散らせた。


「……皆、何をやっている」


「アーサー……!」


「僕たちが挑むは、アリス・ブラックの用意した最強のモンスターだ。

強いのは必然だ! だが、何を恐れる必要がある! 僕らは同じように強き七王だ! 僕らはこの世界の最強の存在だ! それが、どうして雑草一つに恐れをなし、怯えるというのだ! ブレイブ・ワンも、カエデも、彼らはアレに最後まで抗ってみせた! ならば、僕らもこの身朽ち果て魂が消えるその時まで! 抗ってみせるのが道理だろう!!!」


 叫んだ。

 心が折れかけて、諦め始めていた皆の魂に火をつけるために、僕は叫んだ。

 二人は文字通り死に物狂いで、命がけで、僕らをフロースの攻撃から守ってくれた。

 その想いに応えず、諦めてしまって何が七王か。


「……そう、だな。どうせくたばるんなら、最後まで足掻いて、暴れてやったほうが、俺たちらしいな!」


「まったく……本当に、人の心に火をつけるのが上手な弟ですよ……でも、ありがとう」


 僕の言葉が聞いたか、それとも元々そうだったのかはわからない。

 けれど、僕が叫んだ直後であることは確かだった。

 カオスと姉さんが立ち上がると、それに惹かれるようパーティメンバーの皆々が立ち上がった。

 気絶しているブレイブくんとカエデくんを除いて、だが。


「アーサー、何だか妙ではないか」


「ん、ランスロット、どうしたんだい?」


「奴を見てくれ、何故か動かない」


 ランスロットが剣で指す先にいるフロース、彼女はケタケタと笑いながら今も取り巻きを生み出し続けている。

 ……だが、やることはそれだけで、何故か魔方陣を展開してのチャージ行動には移っていない。

 さっき僕が斬った魔法ならともかく、ブレイブくんたちを気絶に追い込んだ魔法を放てば、すぐに僕らを殲滅させられるだろうに。


「……魔法のチャージと取り巻きの召喚は同時に行えない……そして、わざわざ取り巻きを召喚する理由……」


 僕の頭の中で、目の前で起こっている出来事の情報が組み立てられて方程式のように積み重なっていく。

 フロースの出来ること、出来ないこと、僕らを倒すためにやらなくちゃいけないこと。

 ……それは──。


「あの植物が魔法を使うのと、取り巻きの召喚をするのに使っているのはそれぞれMPとSPで別口……そして、同時に行えない理由は、片方を行っている間にもう片方を貯めているから……なら……姉さん! デバフ系のスキル、使えたかな!」


「デバフ……? 一応呪いの類のスキルは趣味で色々と覚えましたが……何を」


「……MPを減少させるスキル、なんでもいいから使えるかい?」


「MPの減少、ですか。わかりました、では──」


 モルガンが槍を杖のように地面に突き立て、両手で握ってから目を閉じて全身から紫色のオーラを迸らせる。

 それはスキルの効果……ではなく、どうやら心意を使っての試みのようだ。

 彼女はカオスやKnighTと違って、目を閉じて想いを馳せることで心意の行使を可能としている。

 故に、想定外のスキルを使うことになってもすぐに対応できるワケだ。


『ケヒッ──』


「あぁっ……また魔法が……! モルガン! まだなのですか!」


「……そう焦らずとも、問題ないでしょう、KnighT」


 取り巻きを十全に呼び出し終わった……というところか、フロースが再度魔方陣を展開してチャージを始めた。

 だが、もう姉さんはスキルの準備を終えていた。


「穿ち抜け……! ハァァァッ!」


 スキル名を叫ばなかったのは、心意による何らかの補強なのか、それとも実はスキルではないのか。

 どちらにしろ、姉さんは黒に近い紫色のオーラを槍の形にして投擲し、それをフロースの頭へと命中させた。

 すると──。


『ギャアアアアアッ!』


「チャージが止まったぞ! 効いてる証拠だ!」


「……なら、進め! あの増えた取り巻き事、一気にフロースを叩く! ランスロット、PrincesS! 君たちにはイアソーンと共にこの場で待機して、気絶している二人を守ってくれ!」


「了解!」


「任されましたわ!」


 最適な人選を護衛に回した上で、僕は剣の切っ先をフロースへと向ける。

 守りがいない、だが敵を叩くチャンスではある……僕は彼ならどうするかを知っている。

 そして、僕も同じ考えを抱く者でもあるのだ。


「残りのメンバーは突撃だ! 真正面から、この攻撃チャンスを活かしてフロースを叩く!」


「了解!」


 突貫、シンプルで馬鹿な作戦だ。

 だが今は、これが最良で、最高の作戦になる!


「行くぞおおおおおおっ!」


「応!」


 僕は駆け出し、行く手を阻むようにわしゃわしゃと湧いて出て来る取り巻きに向けて、剣を振り下ろす。

 ……一体一体は凄まじく弱い、故に突破出来ない道理はない。

 どれだけの物量だろうと、その物量一つ一つにも一定のラインというものがなければ無意味なのだ。

 故に僕らは止まらない、どれだけの植物たちが迫ろうと、僕らはその悉くを切り刻み、前へ前へと進む。


『ん……ギィッ! ぐふぅっ……! ケヒヒッ──!』


「っ、デバフを解除されました! 魔法が来ます!」


「心意込みでもか……! 自傷ダメージと引き換えに解除とか、ズルいだろソレ……!」


 姉さんの言葉にカオスが弱音を吐くほどに、絶望的な状況が舞い戻って来た。

 フロースは再び魔法を唱え始めた上に、取り巻きたちはまだまだいる。

 無論、取り巻きの食虫植物たちはどれだけいようと僕らの敵じゃあない……が。


「くっ、邪魔で進めません……! このっ! これでは、詠唱を止めるのも……!」


 KnighTが苛立ちながら剣を振るい、炎を放つ。

 だが、食虫植物たちは肉壁となって僕らの前に立ちふさがっている。

 そのせいで、フロースは少しの妨害も食らうか──と、せせら笑うように魔法の詠唱をしている。


「こうなったら、もう一度デバフを──」


「いや、その必要はない」


 姉さんが槍を構えたところで、僕は剣を大上段に構え、心意を込める。

 そして、最も使い慣れて、最も信用して、最も僕を象徴すると言っても過言ではないスキルを使う。

 さっきの聖魔刃皇斬も、確かに僕の最高の威力を込めたスキルではあった。

 だけどあのスキルを習得したのは最近で、今度のスキルは僕がずっと使ってきたスキルなのだ。

 その分……込められる心意、僕の想いは先ほどとは比較にもならない。

 僕自身の在り方を詰め込んだような、美しく、輝かしいスキルなのだから……!


「エクス……! カリバァァァァァッ!」


『雷の化身よ、今その力を──!?』


 僕の剣から光の柱でも立ったかのように、このエリア全体を照らす輝かしい刃が振り下ろされる。

 その一撃は取り巻きの妨害なども関係なく、ペラペラと詠唱をしていたフロースの頭の上から、地面に至るまでを一撃で切り裂いた。


『ギャアアアアアッ!』


「隙が出来た! 皆、進め! 少しのチャンスも逃すな!」


「応!」


 腕にかなりのダルさ、それどころか全身にかなりの疲労が回ってくる感覚を覚えた。

 心意ってこういうフィードバッグもあるのかぁ……。

 ……いや、僕自身が心のどこかで『これだけの威力を撃てばある程度跳ね返りも来る』と認識していたからだろう。

 落ち着け僕、切り替えていけ……!


「こっちも負けてられるかよ!」


「えぇ! 私たちも、同じように見せつけるべきです!」


 カオスとKnighTの炎が広範囲に響き渡り、取り巻きたちを一気に蹴散らしていく。

 ……どんどん距離が縮んでいって、フロースとの距離も近くなった!


『グゥゥゥ……! ケヒッ……! 【罪人ざいにんいるがいい 咎人とがびとくっするがいい は あらゆるつみを──』


「っ、また魔法が……!」


「クソッタレがぁっ!」


 今度は親子そろって毒づく状況になった。

 僕も流石に連続であのエクスカリバーを出せるワケではない……どうする!

 どうやって、アレを切り抜ける──!

 僕がそう思考を巡らせているうちに、大英雄の名を冠する男は走り出していた。


「グウゥオオオオオオオッ!」


「ヘラクレス!?」


 七王でもなんでもない彼が、N・ウィークのような例外でもない彼が、僕の前に壁として立ちはだかるように突き進んでいた。

 そうして、詠唱を短くして規模を抑えたのか、短時間で出来上がったフロースの魔法が、ヘラクレスに向けられた。


『【ジャッジメント・アロー】!』


「ガアアアアアアアッ!」


 フロースが形作った矢は、まるで僕のエクスカリバーに対する意趣返しのような光を放っていた。

 どこか黄金にも近い輝きを放つその矢は、真っすぐにヘラクレスに向けて放たれる。

 ヘラクレスはそれに対し自分の剣一本で受け、あっという間に倒れる──


「っ! もうちょっと……! 踏ん張れえええええっ!」


「ここは、私たちがあああ──っ!」


 ことはなく、彼の背をモードレッドとリンが支えていた。

 心意を使えない彼らが、取り巻きを倒すためにいる彼らが。

 取り巻きの数が減ったところで、自分のたちに出来ることは何かと考えていたのか。

 僕の指示を下す前に、彼らは動いていたのだから。


「……ありがたい!」


「進めぇっ!」


「応!」


 ヘラクレスたちは矢と相殺されるように吹き飛んでいった。

 だが、おかげで僕、姉さん、カオス、KnighT、N・ウィーク、サンドラはほぼ無傷で奴に近づくことが出来る。


「あと、少しで直接攻撃が届く!」


「なら一気に──うおっ!?」


 だが、僕らの進行を阻んで嘲笑うように、巨大なツタの壁が地面からせり出してきた。

 更には取り巻きたちの増殖までセットだった。


「このぉっ!」


「ふっ! なっ……!」


 KnighTとN・ウィークの攻撃が、簡単に弾かれた。

 それだけの硬度のツタが幾重にも重なって、広がって、巨大な壁を作り上げていた。

 ……更に、それだけでは止まらなかった。


『ケヒッ……! 【さか万死ばんしほむら 無限むげんの──』


「魔法が……! 壁ごと私たちを焼き尽くすつもりですか……!」


 フロースが、またも魔法を唱えていた。

 ……だが、魔法を唱えているのは向こうだけではなかったのだ。


「俺が、じっくり止まって詠唱するなんてな……」

 

 カオスが、杖を向け、目を閉じ、魔法の詠唱をしていた。

 動きながらも無詠唱魔法使いこなしていた彼が、じっくりと魔法を唱えていたのだ。

 まさに、目を疑う光景だった。


「【よ、たれ──」


「カオス、あなた詠唱を……!」


「ボサッとしている暇はないわよ、アイツ守るの!」


 驚いているKnighTを余所に、サンドラは知っているようだった。

 彼女には、手の内を事前に明かしていたということか。


万物ばんぶつき、らし、いのちだっし、てんのぼり、夢想むそういだけ」


「これが……とっておき!」


 サンドラはスカートから大量のナイフ──それも、今までに見たことのないような本数を宙に浮かべて見せた。

 そして、彼女はいつも使っているスキル【トラジック・シンフォニー】で放ち、大量の植物たちを貫いた。

 だが、彼女はまだまだ止まらなったのだ。


「【トラジック・アンコール】!」


 勢いを失い地に落ちるハズだったナイフたちは更に動き、際限なく沸いていたのではないかと言うほどの数であった植物たちを次々に蹴散らし、屠った。

 どれだけの数をフロースが沸いても、サンドラ自身のSPが尽きない限り、無駄なのだと思わせるほどの制度、速さ、威力だ。


「今一度、そのゆらめき、その熱さ、その美しさ、その光輝、その雄々しさを、恵まれよ、愚かな我らに」


 カオスが詠唱を続ける度に、彼の足元に展開されている魔法陣はサイズ、熱さ、数を増やし、重ね、まるでエリア全体を包むようだった。

 そして、その魔法陣が広がっていく先はフロース……の方だけではなく、後ろの方で倒れている”彼ら”にも伝播していった。

 目覚めろ、と言わんばかりに。


けよ、そのまなこへと、天上てんじょう最上さいじょう


「っ、あつっ……!」


「詠唱の段階で、近づくことも出来ないほどの熱か……」


 次第にカオスの周囲からも熱が発され、彼はまるでその全体を炎に包んだようだった。

 彼が身に纏っているコートは既に燃え盛っていて、まるで彼自身が火の化身にでもなったかのようだった。

 だが、まだ詠唱は終わらない、彼の心意とMPを込めた魔法は、まだ完成していないのだ。


きわまりし、はじまりのあか到達とうたつせし、わりのあおらわば、くろとなりえ──」


永劫えいごうを!】【デス・プロミネンス】!』


「っ──来た!」


 カオスの詠唱がまだ途中だというのに、フロースはツタの壁を解き、極大な炎を放って来た。

 僕のエクスカリバーでも吹き飛ばすことは出来ないだろうと思わせるような、強大な炎を。

 この絶望的な炎を前に、誰もが足を止め、腕を止め、凝視し、死を感じていた。

 だが──彼は、違った。


「いざあおげ ほむら地獄じごく業火ごうかを】!!!」


 少しも臆することなく、詠唱を完成させ、杖の先端に紫色の炎を灯していた。

 そして、それはまさに僕らの希望となる炎だった。


「マキシマム・ハイパーフレイム」


 極大の炎は、フロースの放った死の炎を遥かに上回っていた。

 ただフロースが放った赤く、矮小な炎とは何もかもが違う、凄まじい火力。

 カオスの炎は紫色で、フロースの放った炎を幾重にも上回る獄炎だったのだ。


「火で勝負できる、なんて一度でも思ったのなら……随分馬鹿な草だな、お前」


 カオスのその言葉のように、フロースは瞬く間に紫の炎に焼かれた。

 

更新に1ヶ月もかけてしまい、大変申し訳ございませんでした。

多忙故にまたこれ以上の時間をかけてしまう可能性もありますが、絶対にエタりはしないので、どうかこれからも読んでいただけますと幸いです。

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