第二百五十四話:N・ウィークの剣
「……さてと、これで問題の半分は解決したと言っても過言ではないね」
「コツがわかったのなら、習得したも同然だしな。なら、次はどうやってそれを鍛え上げるか、か……」
アリスがマルを作って微笑んですぐ、アーサーとカオスが口を開いた。
心意の修行法ばかりは本当に知らないので、俺はアリスの方に目配せする。
まだタメも必要だし、威力も足りてないところはあると思うしな。
「……心意を鍛え上げるのなら、クロの目的を潰すのとついでに出来る場所がある」
「ついでに、と言うと?」
「……クロは、恐らくSBOプレイヤーたちを諦めさせるための処置としてゲームバランスを崩壊させるボスを用意する可能性が高い。それこそ、普通に戦えば七王でも勝てない」
「それは……非常にまずいですね」
KnighTは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
……とは言っても、本当にそんなことをするものだろうか。
アリス・ブラックは『世界を維持するチャンスを与える』と言っていた。
その言葉通りなら、ある程度攻略できるんじゃないか……。
「けど、あくまで普通に戦えばの話、七王が心意を身に着けることが出来れば勝てる。それに、クロもSBOの権限を全て掌握しているワケじゃない、だからそのボスを用意するにしても時間や手間もかかるし、ゲームバランスを崩壊させるほどのボスと言っても、私たちみたいに心意を使うことは出来ない……だから、最低でも今のブレイブくらいに心意が使えればいい」
「……となると、俺たちはブラックの方がその理不尽ボスを作るまで心意の技を使えるように修行して、いざそのボスが出たら心意を活用して攻略しに行く……ってところか?」
「そう、まずは心意を込めたスキルを使えるようになって、その後に発動時間の短縮の練習をするといい」
「なるほど……では早速練習を始めましょう、鉄は熱いうちに打て、と言います」
「うん、早い方がいい」
指針が固まったところでモルガンは席を立ち、他の皆も賛同して席を立ってそれぞれ会議室を退出し始める。
それは俺やNさんも同じで、一度アリスを連れて集う勇者の領土まで戻ることにしたのだ。
……さてと、同じような説明を集う勇者メンバーにもしなくっちゃなぁ。
「ん、んーっ……じゃ、始めましょか、練習」
「うむ……説明を先にしたために少し遅れたが、今からでも一時間ほど練習は出来そうだな」
あの場にいた、いないメンバー関係なく心意に関する説明やアリス・ブラック、ひいてはアリス自身の説明もしただけに時間は食った。
されども、集う勇者メンバー全員に情報共有をすることは出来た。
仮に情報が漏れたとしても、心意の力を使えるようになっているのは俺たちを始めとした七王のみらしいから大した問題にはならないらしい。
……強いて言うなら、前々から上がっていた七王とそれ以外のプレイヤーの差を不平等だどうだって言われることか。
まぁ、言われたところで俺はそれを解消してやれないから何とも言えないけど。
とかなんとかそんなことを思いながら、俺たちは集う勇者領土の領主館の庭でNさんと共に剣を抜いていた。
「では、もう一度手本を見せてくれるか。ブレイブ」
「いいですけど、何に向けて撃ちます? 対象がないとちょっと出せるか怪しいんっすけど」
「……なら、破壊不能オブジェクトである領主館そのものに打ち込んでみろ。アリスが言っていたことが本当なら、建物を斬っても大丈夫なはずだ」
アリスの言っていたこと、それは『心意の効果は一時的』ということだ。
心意で引き起こした本来あり得ない事象は、世界におけるイレギュラーとして認識されるらしく、すぐに元通りになるらしい。
例えばだけど、今Nさんが言ったように本来壊せないオブジェクトを心意で壊した場合は、勝手に直るとか。
攻撃することが出来ないNPCとかを心意で斬り殺したりしても、すぐに傷が治るってことでもあるらしい。
……かなり嫌だなぁ、その光景。
「よし、じゃ……行きます」
「うむ」
俺はアリス・ブラックやカエデに向けてゴブリンズ・ペネトレートを放った時のことを思い出す。
剣に込めるのは、俺が剣という武器に対しての想い。
憧れ、トキメキ、感謝、情景……プラスになり得る感情の全てを、剣に込める。
例え竹刀や木刀だったとしても、俺が幼い頃から剣を握ってきたことは変わらない。
だから、その剣を握ることへの気持ち……俺という人間を構築してきた、剣への想い。
それらをイメージして、エネルギーのように剣へ纏わせて──。
「ゴブリンズ・ペネトレート! っ、ぐ……んぬぅぅぉおおおおっ……!」
構えた剣を、真っすぐに突き出す!
剣の切っ先は領主館の壁にぶつかる直前で、エラー表示のウィンドウによって阻まれる。
『このオブジェクトは破壊不能です』。
というメッセージを書いたウィンドウが剣の切っ先を受け止め、火花を散らして弾こうとしている。
……通常ならこのまま弾き飛ばされてしまうが、今心意を込めている俺は、そのウィンドウを削って押し込んでいる。
剣の切っ先は段々と前に進んでいき、阻もうとするウィンドウにヒビを入れていく。
「お、おおおおおっ……! ハアアアアアッ!」
「ッ! おぉ……!」
俺の雄たけびと共に剣はウィンドウをぶち抜き、領主館の壁に剣が突き刺さった。
本来あり得ない光景、あり得てはならないような一瞬。
「見るのは三度目……フフ、しかし目を疑う光景だな」
「ま、そういうのを意図的に引き起こすための物、ですからね……尤も、自分がそれを一番信じなきゃいけないんですけど」
目を疑う光景を信じる、というかそれを引き起こす。
そのための力が心意……とどのつまり、この力のキモとなってるのは『出来る』と強く信じ、疑わず、当たり前の物にしていくことだろう。
……仮想世界でなら、ピッタリの光景なのかもな。
「ふむ……しかし、私はお前と同じような心意は使えないであろうな」
「そうですか? 個々人の差異はありそうって言ったって、Nさんだって俺と同じように小さい頃から剣を振って来たんでしょ? なら、俺と同じように──」
「出来ん」
断言された。
Nさんにしては珍しく、刀を持ったまま少し弱ったような顔をしていた。
……こんな顔の彼女を見るのは、ベッドの上でだけだな。
「どうして出来ないんですか」
「私は、自分が振るう剣というものに対して……何も想い入れることなどないからだ」
「え」
嘘だぁ、うっそだー……絶対嘘だろ。
嘘でなきゃいけないだろ、マジで。
「いやいやいやいや……嘘でしょNさん、流石に……流石に冗談が過ぎますって」
「……本当だ」
「……じゃあなんすか? 俺は、俺たちは……何の想いもなく剣振ってた相手にボコボコにされてたってことなんすか?」
「そう、だな」
その一言だけで、軽く死ねそうな重さが俺にのしかかっていた。
というか、今少しでも力を抜いたら膝から崩れ落ちてそのまま気絶しそうなショックが来ていた。
俺は剣を振るう時は多少なりとも、いつだって想いを込めてきた。
それがネガティブなのかポジティブなのかはさておき、そこに俺の確かな気持ちがあった。
だのに、だのに。
「Nさんには、なんの気持ちもないんですか」
「……ない。少なくとも、現実世界で剣道をやっている時、私は特に何かを思っているワケではなかった」
「じゃあ、アンタはなんで剣道やってたんだよ……!」
「私の両親が、若い頃に剣道をやっていて……プロを目指して挫折したことがある、と私の祖父は言っていた。
まぁ両親共々既に他界しているが故、真相を知る余地はないが……私は、ただ両親の目指していた世界を見てみたかっただけで、剣道自体に思い入れはない。
剣ではなく、両親との繋がりを求めて……ただ、それだけが私の剣を振るう理由で、私の強さの理由だった。
だから剣道そのものに打ち込む気にはならず、どれだけ身体を強くしたとしても……勝てた試合だとしても、全国の舞台……そこで本気で剣道に打ち込んでいる者を見て、私が勝っては失礼だろうと思い……どうしても頂に手を伸ばすことは叶わなかった」
……現実世界での千冬さんは、超人的な強さとかそういう次元じゃないような人だった。
普通の人はどれだけ頑張ろうと、どれだけ反復練習をしようと剣速が音を置き去りにするようなことはあり得ない。
走り出しとは言えど車に追いついて窓ガラスを拳でぶち抜いたりとか、人の骨を手刀一発でへし折るようなことはあり得ない。
けれど、この人は現実世界でそれをやってのけている。
そんな強さの人が、どうして剣道の大会で負けることもあるのか……それは地元判定とか、そういうものがあるのだと俺は思っていた。
実際は、違ったのか。
「故に、私はお前と同じ心意を込めることは出来ない」
「……じゃあ、Nさんはどうやって──」
心意を使うんだ……と言いかけたところで、彼女は刀を腰に納め、スッと居合の構えを取った。
何度も何度も練習したであろう、洗練された構え。
「出来ない、だからこそ……この世界でなら、出来ないことが出来る。
私は現実で勝って当たり前の人間で、どんな相手にだって勝てる。
事実……私は本気を出して負けたことなどない、ただ本気を出す理由を見つけられずにいただけだ。
だが、ここにはある……この仮想世界では私の体は制限されているが、私が本気を出す理由がある。
いや……何なら、制限されていない、現実の肉体でも尚! 私が本当の本気を出して、戦いたい相手がいる!」
Nさんの、本当の本気。
それは俺を相手するにしても、誰を相手するにしても、彼女が見せたことのなかったものなのか。
気付けば、居合の構えのままに言い切ったNさんの容姿は……今の、現実世界の千冬さんに変わっていた。
N・ウィークとして作られた顔じゃあなく、寸分たがわぬ、現実世界の千冬さんだったのだ。
「フッ!」
俺の知覚出来ない速さ。
音どころか、もっと先の物すら置き去りにするであろう剣速。
わずかばかりの心意の光を纏った彼女の刀身が、領主館の壁を真っすぐに斬っていた。
……俺の心意とは違う、それどころか別次元だった。
無理矢理ウィンドウを突破した俺の技とは違って、彼女は何物にも邪魔されることなく真っすぐに斬ったのだ。
「フフ……さて、ブレイブよ。これでどうだ」
「……俺の方が、教えられる側に回りそうな技ですよ」
「そうか……ではまた手ほどきしてやろう、私の剣を振る理由に、お前が入ると嬉しい」
そう言った彼女の笑顔は、とっても美しかった。
……流石、俺の愛する人だぜ。
太刀川千冬
両親は既に他界し、現在は祖父母と暮らしている。
祖父との仲はあまりよろしくなく、祖父に対してだけ『ジジイ』呼ばわりしている。
祖母のことは普通に好きなのでちゃんと『お婆様』呼び。
彼女の和装なども祖父母の趣味から影響している。
1月(勇一入院直後)頃に髪をバッサリと切ったのは祖父の影響だが、現在はもう結構伸びて元に戻ってきている。