第二百五十一話:黒いアリス
──季節が変わる頃、俺たちはSBOのレイドボスへと挑んでいた。
ここ一ヶ月ばかりは特に目立ったイベントも何もなく、勉強やレベル上げ……と日常を謳歌していたが、つい最近第七都市を解放するためのレイドボスが現れたとの報せが入ったのだ。
今度は第五、第六の都市のような同時攻略もペナルティもなかったので、七王の最高戦力を並べた状態でレイドボスへと挑むことになったワケ。
集う勇者からは俺、Nさん、ハル、ユリカ、ランコ、イチカ……と、アリスの七名が参加し、各ギルド最高レベルの戦力を揃えたメンバーとなった。
当然というかなんというか、七王の装備をフルに完成させた俺たちに対応するようにボスも大幅に強くなってこそいたが、それ以上に俺たちの進化幅の方が大きかった。
『ガアアアアア!』
「ブレスが来る! ブレイブくん、カエデくん! 止めてくれ!」
「任せろ! 行くぞカエデ!」
「はい!」
「流星盾!」
「【エターナル・ウォール】!」
レイドボスの巨大な馬が口元から放ってくる青い炎を、俺とカエデの二人が前に出て盾と壁を出現させることで止める。
その間に、イアソーン等優秀なサポーターからバフを受けた他のプレイヤーたちの総攻撃が、レイドボスの馬へと次々に命中するわけだ。
三本の角と巨大な翼を生やした、ヘンテコなレイドボスの馬はこうして次々に攻撃を受けていき──
「これで終わりだ! エクス……カリバァァァーッ!!!」
アーサーの強烈な一撃を見舞われ、木端微塵に消し飛ばされ……第七都市へと続く扉をアンロックしたのだった。
特に苦戦することもない、第六回イベントの時のようにただ真っすぐに進み続けるだけで終わる様な、あっさりとしたボス戦だった。
……そこで、終わるはずだった。
「さて、それじゃあ皆。小休止した後に第六都市へと行こうか」
「おう……そうだ、な!? ッ!」
アーサーの一声で、俺も彼も含めたレイドパーティの全員がその場に座ったりする……はずだった。
だが、俺はすぐその場で剣を抜き、誰よりも前に出て盾を構えた。
一本道に出来ているボス部屋のフロア最奥、即ち第七都市へと続くハズの扉が開け放たれていて、そこからかつーん、かつーんと音を鳴らしながら歩いて来る人影があったから。
普通ならシステム的にあり得ない行為、それに対して警戒しない道理などなかった。
「誰だ……!?」
「ン……まだ、続きでもあるのか……」
警戒している俺を見て、アーサーはやや疲れを隠し切れない表情で腰から剣を抜く。
……終わったと思ってから実は続きがありました、なんてのは結構ダルい展開だが。
俺は単純にもう一回ボス戦があるとかそういうのよりも、何故か別のベクトルで頭が警鐘を鳴らしている。
こっちに向かって歩いて来る人影がとてつもなく危険な存在だと、チカチカと頭が何か訴えて来る。
「『おめでとう。セブンスブレイブ・オンライン、プレイヤーの諸君』」
「ッ──!」
人影が、その姿を全て見せられる距離へと歩を進めた時、俺は頭……とはまた別の、魂とでもいうのか、ソコが何かを訴え出した。
危険な存在、殺せ、逃げろ、今すぐにどちらかを選べ──と!
「『あなたたちは、私に挑む権利を得た。アメリカの者どもと違って』」
「アメリカの……? あぁ、以前僕らと戦ったアメリカサーバーの方の彼らか……」
「『彼らは愚鈍だった。愚鈍、無様故──、進行状況のリセットに抗うことが出来ず、今やスタート地点で悔いている』」
進行状況のリセット……つまり、第五都市と第六都市の開放が敵わなかったのか。
……俺たちも、一歩間違えてたらそういう風になってた可能性は大いにあった、アレも突然俺を助けてくれたアリスがいたから出来たことだ。
アメリカサーバーには、ソレが出来る奴がいなかったってことなのか。
「『それ故、この国のプレイヤーたちにチャンスを与えましょう。世界を維持するためのチャンスか、新たなる人類として生きるチャンスを』」
「何、言ってんだ……?」
ゲームのシナリオなのか、それとも人間がマジで言ってるのかわからない。
字に起こせば前者を疑うのが当然だが……今こうして対面し、直接話すと後者のように聞こえて来る。
だが、どっちにしろワケがわからん! この黒いエプロンドレスを身に纏い、黒髪黒目で、腰に黒い剣を帯びた女は……誰なんだ?
既視感があるようで、俺の記憶の中にはこんな奴いなかったと思わせるような、謎の女。
彼女は俺たちの動揺を見透かしたように笑い──
「『あなたたちに教えてあげるわ、世界を賭けた戦いの絶望……そして、恐怖を。この、アリスの名の下に』」
「……!」
黒い女は名乗った、アリスと。
どういうことだ、コイツは一体何なんだ……!?
「っ……! クロ!」
「『あら、わざわざ前に出て来るのね、シロ……あなたと私の性能差じゃ、この場にいたところで戦況は覆らないでしょう?』」
「そんなこと知ってる……! だから七王がいる。この日のために、私が選んだ七王が!」
七王の装備が完成して以来、音信不通になっていたアリスが今回珍しくやって来て、レイドボス戦に参加したがったのは。
この黒いアリスと何か関係があったからなのか……だが、依然話の理解は追いつかねえ……! なんで二人ともアリスなんだ。
名前の綴りが違うようにすれば同じ名前でも名乗ることは出来るが、問題はそういうことじゃあないだろう。
何か因縁がありそうなこの二人が、同じ名前を名乗っているってだけで単なる偶然でもなんでもないのは見てていてわかる。
「『なら……その七王の力、私に直に見せて貰おうかしら。前みたいにガッカリさせないでね、ブレイブ・ワン』」
「前みたいに──ッ!?」
ズキン、と頭が痛んだ。
何か忘れていたものを思い出そうとして、それを許さないようにブロックされているかのような、もどかしい感覚。
俺はコイツと出会ったことがあって、戦ったこともある……!? けど、それがどこで、いつなのかわからない!
何なんだ、コイツは……!
「『剣陣、展開』」
「──来る! 防御!」
俺が頭を押さえて困惑しているうちに、黒いアリスは魔方陣のようなものを大量に展開し始める。
ヤバい、何が何だかわからないが……コイツ、何かすげえことをしようとしてやがる!
俺は何が何だかわからないままでも、とにかく防御をしなければならないという想いに駆られて盾を構える。
「流星盾! オーガ・シールド!」
「エターナル・ウォール! 流星盾!」
レイドボスの攻撃を防いだ時以上、それ以上に固めた最大クラスの防御。
それを前に、黒いアリスはただ真っすぐに手を出し、振り下ろした。
「『射出』」
「ッ──! これは……! くっ! ファスト・シールド! セカンド・シールド! サード──!」
黒いアリスが腰に帯びている、黒い剣とそっくりな物が無数に射出された。
凄まじい速度、凄まじい威力で飛んできた剣が、カエデが展開する盾や壁へ次々に傷をつけて、壊していく。
SBO最高の防御力を誇るカエデの展開した盾ですら、貫かれるっていうのか!
絶えず飛んでくるアリスの剣は、カエデ以外が展開している盾では一撃を防ぐか、一撃の威力を落とさせる程度にとどめるのが精いっぱいだ。
現に俺やハル、他のタンクのプレイヤーたちが出した盾はあっという間に砕かれてしまっているのだから。
「『ほらほら、あと三十秒は射出し続けるわよ? 頑張れ、頑張れ』」
「くっ、くぅぅ……! 皆、下がって……!」
カエデは盾に身を隠すように構えながらそう言い、飛んでくる剣に逆らうかのように前に出る。
展開するスキルが足りなくなってきて、クールタイムも追いつかなくなってきてるのか!
なら、俺たちが横に並んでいてはカエデの邪魔になりかねない、むしろ無駄に命を散らすだけだ。
俺はカエデの意図を汲み取って、他の皆に目配せしてカエデと三歩ほど距離を空けるように下がる。
「が、あぁ……! あああああああ……! この攻撃は……絶対に、止める……っ、ん……だああああああ──っ!!!」
カエデはそう叫びながら盾を強く突き出す。
もう盾や壁を出現させるスキルは射出され続ける剣に合わされることはなく、カエデは直接剣を盾で防御して受け続けている。
当然その攻撃で少しずつダメージを受け、自然回復もほんのちょっとだけ追いつかないほどに削られ続けている。
どれだけ持つかは、カエデの気力次第か……!
「ッ……! 無茶しやがってっ!」
「っ、ブレイブさん!?」
攻撃を一人で受け続けているカエデを見て、気が付けば俺は一歩踏み出していた。
下がれと言われたのに、下がる理由に真っ先に気付いたのに、今俺が前に出る理由はないのに。
それでも、俺は居ても立っても居られない気持ちがあった。
だから、ボス戦でも使わずにとっておいた俺の命のストックを、ここで一つ使った。
「恨熱斬! おおおおおおおおおおおッ!」
「『へぇ……記録では見ていたけれど、直に見るのは初めてね……けど、その程度かしら』」
俺が刀身に宿し、薙ぎ払った黒い炎は確かにアリスの放っていた大量の黒い剣をまとめて消し飛ばした。
だが、黒いアリス本人には全く届いていない……! 余波とは言えど、薙ぎ払った炎の部分は奴にも当たったはずなのに……!
どうすれば届く……!?
「……ブレイブ」
「アリス!」
今度は白いアリスが後ろから俺に声をかけて来る。
なんだ、何かアドバイスとかあるのか!?
「もう一度、強力なスキルを放ってみて……今度は、あなた自身の心を乗せて」
「心……?」
「あなたの、強いイメージ力をぶつけるの」
「強い、イメージ……」
白いアリスの言葉を反芻し、俺は剣を握り直す。
皆が見守る中、黒いアリスは再度剣を出していた陣を展開する。
カエデは盾を構え直したところで、俺は真っすぐに踏み出した。
「『無駄。あの程度の攻撃で全力なら、私の防壁を破ることなんて──』」
「ゴブリンズ・ペネトレート」
無防備にも、突っ立ったまま剣の射出を優先しようとした黒いアリスに、俺は真っすぐ剣を突き出す。
乗せるのは……今まで、俺が剣を握って、振って来たことで得た、剣という武器そのものへの想い、全てだ!
「『な──がっ!!! ハ……!?』」
気付けば、紫色の剣は赤い光……普段のライトエフェクトとも違う、燃えるような光が剣の刀身を包み、黒いアリスの腹を貫いていた。
これが、俺に剣へ乗せた想いの効果……!?
更新が遅れてしまい、誠に申し訳ございませんでした。