第二百五十話:未来のお話
第六回イベントを終え、一週間の時が経った。
その間SBOはしばらくの平穏……というか、何もない日々が続いていて、俺たちも暇を持て余していた。
イベントに備えてレベル上げだの装備を揃えるだの、と色々やった分の燃え尽き症候群というか、なんというか。
新しくやることが見出せなくなったせいか、俺たちのモチベーションは下がりに下がり切っていた。
結局、第六回イベント後に出て来た『特別なボスに挑む権利』とやらも、詳細はいまだ明かされず、と来た。
ので──。
「いやぁ、面白かったですね~……ラストの殺陣、スタントマン使わないで、役者だけのガチのアクションらしいっすよ」
「うむ、私でも真似しようと思えば出来なくはないが、相当な練習は必要のはずだ……役者陣の努力を深く感じる良いものだったな」
現実の方で、千冬さんと一緒に映画デートへ足を運んでいた。
クラスメイトにして友人の剣也が『面白いから見てみろよ! ほら、お前こういうの好きだろ?』とオススメしてきたアクション映画。
シナリオはぶっちゃけB級映画と言うか、勢い任せで出来ててよくわかんなかったが……アクションシーンはシビれるカッコ良さがあったものだ。
「……ところで、途中で恋人の形見にキスしてから炎の中に投げ捨てる演出、どう思いました?」
「あれだけ序盤でイチャついて、歯が成層圏まで浮くようなセリフを言っていただけに微妙だったな……まぁ、それほどまでに大切な存在を捨てる覚悟で挑んだ、という意味合いならば」
「あー……やっぱそういう二律背反になりますよねー……俺も見ててちょっと複雑でした」
「フフ。自分と重ねたか?」
「まさか、千冬さんが俺より先に逝くなんて、宝くじの一等賞が当たるよりないでしょ」
映画を見終わり、適当に入ったファストフード店でハンバーガーやポテトを片手に、映画の感想を語り合う。
高校生と大学生のデートなんて、こんなもので良いのだ。
どちらも無難なセンスの私服、食べるものだって決して特別な物ではなく、日常にありふれたもの。
デートだからと気を張らずにいつも通りにすることこそが、思い出の積み重ねになる──と、千冬さんも俺もそういう持論がある。
何故なら、気を張ってオシャレしたりいい店に行った時に限って記憶が曖昧になるから。
「そうか……ところで勇一、話は急に変わるが……お前、進路はどうするつもりなんだ」
「……今、します? ソレ」
「するとも、お前の成績はギリギリ赤点にならぬほどのドベ……それで、もう高校三年生だろう。受験はもう始まったも同然なのだぞ」
千冬さんは文武両道の完璧超人だからSBOなんか遊びながらでも平気で大学に受かった。
が、俺は違うだろうな……きっと、受験に合わせてゲームを手放さなくっちゃぁいけないだろう。
……まぁ、どうせやらないにしても少しの間だけだろうし、ゲームを手放すことの恐怖はない。
千冬さんに盾塚とも、沢山の思い出は作ったし……百合香や鞘華に優真、現実で仲を深めあった相手だっている。
だから、ゲームを遊べない状況になることは怖くはない。
まぁ、強いて言うなら──。
「……どうした勇一、ゲームを遊べなくなることでも考えてたか」
「はい、考えてましたよ……ゲームを手放すと、千冬さんを超える手段が減るってことですかね」
「フフ。別に、ゲーム内でなくても構わんぞ? 試合がしたければいつだってかかってこい。大学の剣道サークルの連中も、もう全員斬って暇なのでな」
「斬った」
「うむ、半ばやる気のない連中の集まりだったこともあって、全員まとめてぶった斬って性根を叩き直してやったところだ」
ドヤ顔で語る彼女を余所に、俺はハンバーガーを齧る。
入学早々なんつーことしてんだか、まったく……。
「……千冬さんの通ってる大学って、俺でも行けると思います?」
「まぁ、お前なら今から死ぬほど勉強すれば行けなくはないと思うが」
「そっかぁ……死ぬほど、かぁ」
一学年下の盾塚より勉強が出来ないし、鞘華に勉強を教えられるかもわからないほどにアホな俺が。
今から死ぬほど……まぁ、それは今の剣道部の時間もゲームをやる時間も全部かなぐり捨てればってことだろう。
ガリ勉にはなりたくねえなぁ……けども、今目の前でジュースを飲んでる美人な恋人とのキャンパスライフを謳歌したい。
二つの想いがせめぎ合っていて、今までロクに勉強してこなかったツケが来たものかと頭を抱える。
「悩ましいなぁ……」
「まぁ、私を超えたいのならば全て両立した上で挑んでみればよいのではないか?」
「……両立、かぁ」
出来るのだろうか今から……なんて思って、、椅子の背もたれに体重を預けて、天井を仰ぎ見る。
……真面目でいい子ちゃんな盾塚なら出来るだろうが、俺には多分無理だろうな。
やる前から諦める……とかそういうのじゃあなく、俺は多分そういうキャラじゃあない。
もっと、別の方法があるハズだろう。
「……諦めるのも、受験勉強をするのも拒むのなら、まだ方法はあるが」
「マジすか」
「スポーツ推薦」
「……あぁ、そういやそんなのあったな」
千冬さんが指を一本ピンと立てて言ったのは、確かに俺にとってうってつけで救済にも等しい手段だった。
スポーツでより良い成績を残す……それを部活の顧問に頼むことで、大学側に推薦してもらえる。
千冬さんは自分と同じ大学に行く剣道部の部員のことを想ってかわざわざ普通に受験をしたようだが……俺なら、俺ならば。
「千冬さん、スポーツ推薦って俺でも受けられるもんなんですよね?」
「あぁ。去年ウチの高校は全国大会まで出場して、ベスト4まで行けたし……お前は個人戦で準優勝まで行っただろ?」
「まぁ、そうっすね」
完璧に誇れるってほどのことでもないが、昔からやってたスポーツで確かな記録は持っている。
その前年度に全国優勝した相手に勝ったりとか、俺が負けた相手だって前年度に怪我をした状態で準優勝まで行った天才だったって言うし。
少なくとも語る上で恥じるってワケでもない。
「とどのつまり……だ、スポーツ推薦の条件は十分に満たしているし、お前は一応授業は真面目に出席しているし、成績は……今から少し頑張れば改善は出来るだろう」
「あとは……」
「相手が不良生徒だったりとは言えど、その手が出やすい喧嘩っ早さをどうにかしろ」
「あー……」
ゲームも剣道も放り出して勉強に専念するよりかはマシだが、それなりに厳しい条件が出た。
……とは言っても、本当にさっきの勉強一本のコースよりもずっと夢も希望もあるルートだ。
「課題はありますけど、これならどうにか上手くいきそうってことですよね」
「うむ、お前の努力次第だが……成せば成る、私も勉強は見てやるし、力になれることはなってやる。だから、今お前にどのような夢や構想があるのかはまだ知らんが……頑張れ、勇一」
「……はい」
千冬さんのありがたいお言葉をいただいたところで、俺はハンバーガーの最後の一口を口の中に突っ込み、咀嚼する。
こんなに美人な恋人に『頑張れ』なんて言われて頑張れなかったら、それこそ漢じゃねえ。
頑張れる道を示してくれたのなら、その道を駆け抜けて、ゴールで待ってる千冬さんと一緒に笑うんだ。
「なら、今日はここでお開きにしますかね。思い立ったが吉日、その日以降は凶日って言いますからね」
「あ、それはダメだ。デートはデートで楽しんでいけ。お前の頑張りはデートを終えてからだ」
「え、あ、はい……まぁ、それはそれでいいか」
……ぐだぐだだが、何とか俺は俺の新しい未来に向かって歩んでいけそうだ。
尤も、大学に入ったところで何するかなんてまだまだなーんにもわかっちゃないけどな。