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第二百四十八話:突貫

 セブンスブレイブ・オンライン・第六回イベントが始まってから、二時間の時が過ぎた。

 現在の戦力は七王の僅か八名に対し、挑戦者である一般プレイヤーたちの人数は約一万一千。

 七王たちは二時間経過と共に三千人あまりのプレイヤーを撃破し、各々が眷属の雫をその手に納めていた。

 圧倒的に七王の優勢、覆しようのない戦力差が覆され続ける現状。

 現在、一般プレイヤー連合軍本陣の城・最上階では二人の男性プレイヤーたちがその状況を静観している。

 一人は金髪に青い瞳、王の騎士団のアーサーを思わせるような整った顔立ちであり、もう一人は長い黒髪を一本に括っている痩せこけた男。

 二人揃って赤色に染めた騎士のような甲冑を纏い、戦場を見渡す高所で──顔を、青ざめさせていた。


「馬鹿な……こんな、こんなことがあり得てたまるか……! レベルも変わらない、人数だって一万五千人ものプレイヤーを揃えたのに! どうして、どうしてこうなった!?」


「そりゃ、七王ですからねー……アレはただでさえ一騎当千の猛者、それでいて彼らは装備品の一つ一つでさえ、桁違いの性能を誇っています。

烏合の衆を雑多にぶつけたところで、勝率など元より皆無に等しいでしょう。

……それでも私たちが必死に見つけ出した秘宝、罪禍之王 神殺剣 蛇魔零すら敗れるとは想像がつきませんでしたが。

誰かさんが考えなしにブレイブ・ワンへぶつけよう、などと言い出さなければですが」


「あれは! お前が蛇魔零ならば七王すら討ち取れると言い! そして七王の中で最も厄介なのはアーサーではなくブレイブ・ワンだからと言ったからだろ! 多数のスキルへの完全耐性を作れる蛇魔零なら勝算は十分にあったはずだ!」


「はぁ……まぁ、過ぎたことは悔いても仕方がありませんね。

次の策を考えなければ、どの道前線のモルガンとKnighTに他のプレイヤーたちが鏖殺されるだけです……あぁ、何をしても上手くいく気がしない」


 一般プレイヤー連合軍の総パーティリーダーを務める男、タクトとその副官、マサ。

 二人は頭を抱えながらこのイベントに集まった臨時の仲間たちが撃破されていく様を、どうすれば良いのかと嘆いていた。

 遠方から様子を見れる液晶を眺めながらあぁでもない、こうでもない、と頭を抱えに抱えていた。

 

「……なぁ、マサ」


「どうしました」


「もしかしなくとも、参加者をレベル100のプレイヤーにのみ限定した俺が悪かったのか?」


「いえ、判断は間違えていないかと……数をいくら増やしたところで、本当に雑多な者であれば七王たちに斬られて眷属の雫に変えられるだけですから。

現に今こうして、レベル100のプレイヤーたちですら秒殺されたりしているんですよ? 装備とかスキルの差が大きすぎるのと……まぁ、彼らが対人戦に慣れすぎてるのが問題と言うところでしょうか」


 マサは冷静に状況や七王たちの強さを分析しながらも乾いた笑いを浮かべ、既に目から光を消していた。

 絶望的な戦力差、どれだけ数を用意しても埋まることのない歴然たる差、七王全員が共闘することの恐ろしさ。

 彼らはそれを身に染みて痛感すると共に、言い訳と謝罪の内容を考えていた。


「マサ」


「どうしました」


「俺、さ……ギルドの皆とか、この連合軍の皆に対して『必ず勝てるとも! 我ら精強たる連合軍ならば、七王も恐るるに足らず!』とか滅茶苦茶カッコつけちゃったんだよ」


「そうですか……大変ですね」


「どうすればいい! どうやって謝ったり言い訳したりすればいいんだ!? このままじゃ炎上不可避なんだが!?」


「さー、死ねば良いのではないですか」


「死んでどうこうなるか!? これだけの数を用意して敗北した無能な将とかどこの歴史でも聞いたことねーわっ! 合肥とか官渡とか赤壁だってもうちょい差埋まってたでしょーが!」


 タクトはマサに掴みかかりまくしたてるように怒るも、既にマサは諦めているために適当な返事しかしていない。

 しかしタクトにはその適当な返事でさえも重要な一言となっていて、右往左往しながらに嘆いていた。


「というか、この戦いのために全財産溶かして武器だの防具揃えたプレイヤーたちだっているってのに、撃破されたプレイヤーたちってあちこち武具壊されまくってるよな……あれ、あれれ……もしかして、責任も賠償も全部俺一人でやるの? え? マジ?」


「さぁ、そうじゃないですか……リーダーですから」


 諦めて寝っ転がっているマサの一言を受けながら、タクトは床に突っ伏し土下座をするような格好で頭を抱え始めた。

 タクトも自身のギルドメンバーや自分自身のために、それまで溜めていたドロップアイテムなどもまとめて売り払い、文字通り全財産を使って装備を整えていた。

 等級だけならば七王の幹部が身に着けているものにも匹敵するほどではあるが、タクトたちにはもうそれを扱うだけの度胸も何もなかった。


「あぁ、あぁあああああっ! 畜生、リアルでも借金30万あるのに! 心の癒しを求めたゲーム内ですらこの様かよ!!! ちくしょぉぉぉぉーっ!!!」


「うるせ」


 タクト、絶叫。

 リアルにして37歳、社会人15年目にして人生最大、魂からの絶叫をVRMMO内にて披露。

 しかし拝聴するのはマサただ一人、既に彼の進む道はただ一つを除いて絶たれたのである。


「なぁ、マサ……」


「なんでしょう」


「いっそ、さ……全戦力をかき集めてさ、突貫する? もう勝ち目ないならさ……そうしない?」


「……そうですね。

終わったあとのことなんて、その時に考えましょうか」


「あぁ……そうだ、もう終わったんだ……俺がSBOで満足に遊ぶ未来なんてもうないんだ……だったら、だったら最後の最後まで足掻いてやる! ヤケッパチ特攻で、このまま死んでやる!」


「ついて行きますよ、先輩」


「あぁ、頼むぞ、俺の大事な後輩!」


 高校時代に部活動で知り合ってから、同じ大学、同じ会社にまで入り同じゲームで同じギルドにて活動する、腐れ縁のタクトとマサ。

 彼らは共に手を取ってたち、イベントが始まってから抜くこともなかった腰の剣を抜き放ち、声高らかに叫ぶ。

 一般プレイヤーの連合全てに届く、彼らの最後の指示。

 普段は七王たちから見向きもされない、されても忘れ去られてしまうような彼らが、七王たちへと届かせる決死の覚悟。


「連合軍! 全プレイヤーに告ぐ! これは一般プレイヤー連合軍リーダー、タクトによる最後の命令だッ!」


 叫ぶ、タクトは叫んだ、先ほどの嘆き以上に、自分の全てを込めて決死の思いで叫んだ。

 全プレイヤーを一か所に集中させ、全プレイヤーの突貫による一点突破を狙うべく一時退却──及び、退却完了後に五分で準備を整え、一万人のプレイヤーによる突貫を仕掛ける。

 多くのプレイヤーが無駄に散っていった第六回イベントを終わらせるべく、タクトが謝罪の意をも込めた策。

 そのボイスチャットは連合軍全プレイヤーに届くと同時に、彼を信じて戦場へと出たプレイヤーたちの一言が返って来る。


『応! 最後まで、諦めずについて行きます!』


「……くっ……ふっ……、おい、マサ。聞いたか」


「えぇ、この耳でハッキリと」


「皆……俺を信じてついてきてくれたんだ……七王に勝てる、SBOの最強に、その力を届かせるって信じて……なのに、俺は……俺は、知らない人たちだったとしても、一万人の信頼を今から全部台無しにするんだよな……」


「……えぇ、でも、それは私も一緒です」


 たかがゲーム、されども一つの世界、仮想世界。

 その頂点に立つ存在へ届かせるために集めた手を、今から自分たちの手で砕くも同然の真似をする。

 SBO稀代の愚行であり、最悪のプレイヤーとして嗤われ、叩かれてしまうかもしれない。

 されども、マサもタクトもこの決断を悔やみこそすれどしなければ良かったと嘆くことはなかった。


「あとでいっぱい謝ろう……ごめんなさいって、必死に謝ろう……それでも許して貰えなかったら、俺の尻拭いを、手伝ってくれるか」


「はい……仕事でもいつだって私が手伝っているんですから、一緒に頑張りましょう」


「あぁ……リアルでもゲームでもいつだってこんな弱っちいが……それでも、それでも! 今日くらいは、足掻いてみせる!!!」


 二人は共に立ち上がり、二人で縮こまりながら震えていた城を飛び出す。

 そして、一般プレイヤー連合軍本陣である、七王同様に与えられた領土に着々と集まって来るプレイヤーたちの前に顔を出す。

 ゲームくらいではイケメンになろうと精一杯美形に寄せた顔、それを泣き腫らして少しばかり不細工にしながらも、覚悟を決めて心からイケメンになった顔。


「今からここで、一度だけ言う! あとでいくらでも言ってやるが、このイベント中は一度きりだ!」


 タクトは大勢のプレイヤーたちに見つめられ、緊張で五臓六腑が逆流しそうなほどの寒気に襲われながらも声高らかに叫ぶ。

 会社に飾ってあった500万円のツボをうっかり割って社長に呼び出された時の恐ろしさを想えば、彼はまだこの程度ならば耐えられた。

 だから、今自分を信じて見つめてくれているプレイヤーたちの幻想を打ち砕くのと共に、自分の気持ちを正直に伝える。

 どうせ後で下げに下げまくる頭、ならば今下げてもそれは大して変わることではないのだ。


「負け戦のための突貫を仕掛けに行きます!!! ごめんなさあああああああああいっ!!!!」


「七王たちは私たちが想定していた以上に精強、そしてこれは最早勝ち目はないと議論に議論を重ねて決まった決断なのです!」


 タクトの決死のお辞儀と共に放たれた一言に、マサが続く。

 彼らは許しを請うつもりはなかった。

 ただ、自分たちを信じて勝てると思って集まってくれたプレイヤーたちに、心から言葉だけでも詫びたかっただけだった。

 故に──。


「なんだ、突貫なんて言うからもしかしてと思ったけど……やっぱりかぁ」


「ま、そうだよな……どこかしこも皆蹴散らされてるんだし、一点突破しかないよなぁ」


「負け戦って言っても、まだゼロじゃないだろ? なら、頑張ろうぜ、皆!」


 他のプレイヤーたちの心が動き、愚かなリーダーであったタクトの心も巡り巡って救われたのだ。

 正直な謝罪が、真摯な態度が、謝っても逃げ出さずにいた姿勢が、無様でも不格好でも、それは一つの手本だった。

 どれだけ絶望的な状況でも逃げずに戦を続ける覚悟は、他のプレイヤーたちにとっては立派な英雄ヒーローのように見えたのだ。

 

「み、皆……」


「最後の最後だ、負けだとしてもついて行くぜ。大将!」


「応!」


 タクトの知らない顔、知らないプレイヤーの言葉。

 彼が創設したギルドのメンバーではなく、全く知らないプレイヤーの言葉。

 それが、タクトの決断を他のプレイヤーたちに納得させたのだという決め手になった。


「先輩、行きましょう」


「……あぁ、行こう。皆で、七王に向かって行こう! 一緒に、逝こう!」


「応!」


 タクトが腰から抜いた剣を七王の領土のある場所へと向けると、マサがいの一番に応えた。

 マサの返事に応じるかのように、プレイヤーたちの皆々が共に答えた。


「応!!!!!」


 今始まるは、一般プレイヤー一万人による無謀にして無策の突貫。

 突貫の報せを聞いて次々に集まる一般プレイヤーたちを見て、七王たちも総出で受け止めるべく八人で一つの場所の守りを固める。

 まさに総力戦、SBOの頂点とそれ以外の全てが、ぶつかり合う戦いが、ようやく始まった。


「行くぞ、皆あああああああああああっ!」

人物紹介

【タクト】

 37歳独身、借金30万のダメ社会人。

 仕事は全然出来ない万年ヒラで、しっかりした後輩の【マサ】がいないと失敗だらけの残念なおじさん。

 社会人になって身に着いたスキルは土下座の美しさと謝罪のフォームの美しさ。

 ごめんなさい、すみません、申し訳ございませんでしたは彼が人生で多く発した言葉のトップ3。

 SBOは癒しを求めて始め、ギルドを創設するに至りギルドメンバーの数は100人にも上る。

 面倒見だけはよく、マサも学生時代に彼に面倒を見て貰ったおかげで平和に社会人になれている。

 借金の原因は学生時代に別れた恋人から騙されて出来たもの。哀れ。

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