第二十四話:キマシタワー!って言っておけばいいんだろうか
「はぁっ……はぁっ……もう、夕方か……丁度良い時か?」
「スキル……いっぱい入ったのはいいッスけど……疲れるッスよ、これだけやってたらっ……!」
「僕は、まだまだ……いけま……いや、やっぱ無理……きゅぅ……」
「私、凄いことに気付いたんです。もしかしたら人の目ってこの世に存在する人間の二倍くらいあるんじゃないかって」
「ハルさん、あなたの場合は目の数と人の数は等倍だと思います」
現在、俺たちはスキル習得に明け暮れ、あちこち駆けずり回ってクエストに奔走していた。
おかげで疲れたけれども、かなりのスキルを習得することが出来た。
基本的にパッシブ系ばかりだが……思わぬ収穫もそれなりにあったし、悪いことじゃあなかった。
「ん……あ、オイお前ら、先輩からメッセージが来たぜ」
『キョーコが呼んでいる、とっとと来いバカヤロー、だそうだ』
わー、ロールプレイしてない時の喋り方をこっちに見せちゃったよ。
キョーコが先輩に怒ってなきゃいいな。
「よし、じゃあキョーコのとこまで急ぐぜ。怒ってるらしいし……それに、俺も新しい小鬼王シリーズが楽しみだからな」
「了解ッス !皆がどうなるか楽しみッスね!」
「ニュー蜻蛉切! ニュー蜻蛉切! 楽しみっ!」
「装備一式での強化は初めてなので、私も胸が躍ります!大きいので!」
「僕も楽しみです! だって、人に強化して貰うなんて初めてですし!」
と、俺たちはそれぞれの楽しみを胸にキョーコの武具店まで駆け抜けた。
VRだからか、とんでもない距離を走ったとしても簡単に疲れはしない。
尤も、息が切れたり、少し苦しくなるような感覚とかはあるんだけれども。
それでも、1km以上離れている場所へ全速力で走っても直ぐに息を整えられる。
VR様様だな、現実じゃあこうはいかないぜ……俺だって1kmをノンストップで走れば大体3分くらいは休憩が必要になるし。
「ふぅ……よし、じゃあ、開けるぜ――」
キョーコの武具店の扉の取っ手を握り、開けようとすると。
何やら声が聞こえて来たので、俺はドアの方にべったりとくっついてから耳を当てる。
他の面々もドアにくっついて耳を当てているので、気分はストーカーだ。
「あぁっ……! なんでっ、なぁんであたしがわざわざこんな風にしなきゃいけねえんだよぉっ!
一見さんお断りって! なんで気難しい職人みてえになるんだよ! ジジイかババアじゃあるまいし!
あんな変な喋り方も疲れるし! あああああ! もぉぉぉ! 折角このゲームで鍛冶師になれて……いい武具が作れるようになってきて、あたしのVRの楽しみはこれからだー、なんて思ってたら酷い客に上から目線であれこれ言われて……被害者はあたしなのに、変な噂バラまかれて、客足遠のいたり嫌がらせくらうし、結果的に一見さんお断りになって……うわぁぁぁっ!」
「まぁまぁ、落ち着けキョーコ。ブレイブたちも話せばいい奴だと自然にわかるだろう。
だからその変なロールプレイもわざわざする必要なんてない、自然体で接せられる。
お前の事を話す奴はもう少ない、故に安心するといい」
……随分と荒れているキョーコと、それを嗜める先輩の声だ。
なるほどな、キョーコがあぁやったロールプレイをしているのはこういう事情があるのか。
しかしまぁ……VRでも生産職の人に対して上から目線で言うひでえ奴もいるんだな。
お客は神様なんて言葉があるが、そんなのはあくまで店側の心構えだし、自分が神様だと思い込んじゃダメだろ。
つーか、店側からしたらクソみてえな客なんぞ疫病神や貧乏神だし、とっとと出てって欲しいくらいだろ。
「あの、先輩。顔……すっごい怖いですよ、般若みたいです」
「あぁ、悪い。胸糞悪い話だったから、つい、な。
キョーコも生産職だからこその大変さってのを味わってるんだなー……ってさ」
「聞いてて僕も嫌な気分になりましたよ。
ゲームでやりたかったことをしてただけなのに、理不尽なプレイヤーにイジメられるなんて」
「はぁ、どこでもマナーの悪いプレイヤーって減らないもんなんッスね。
つくづく嫌になるッスよ」
「一番の問題は、キョーコさんが被害者って知ってるプレイヤーが少ない事ですよね」
扉の前で話をこっそりと聞いてしまった俺たちは、口々に言い、知らぬ誰かに不満を募らせる。
……あんまり騒ぐとキョーコや先輩たちにバレるかもしれない。
けれど、なんだかこのまま成り行きを聞き届けたい気もするから、もう少し盗み聞きを続けてみよう。
「あぁ……N、お前だけだよ。あたしのことちゃんとわかってくれて、あたしのこと慰めてくれるのさー。
ホント、美人だし……性格もいいし、あたしの憧れだよお前。どうやったらそんないい女になれるんだろうな」
「フフ、世辞を言わなくてもいい。
私は別に特別な人間などではない、ただただ人として普通のことを考え、普通の暮らしをするだけ。
傷ついた者を慰めるのは、どんな者でもするし、人間が持つ常識のうちの一つだろう?」
「そんなことねえって。
皆、あたしとはそれなりに距離がある気がしてさー……ちょっと機械的に会話を交わすくらいでさ。
こうやって、人として会話できるのはお前だけだって」
「……そう言って貰えるのは素直に嬉しいが、何故段々と私の方に近づくんだ?
おい、キョーコ? ちょっと待て、何故私の腕を掴む!?
やめろ、ちょっ……押し倒すな! やめろ! 私は同性愛者じゃない! おい! 待て! 何をする気だ! キョーコ!」
……キマシタワー! って言っておけばいいんだろうか。
いやでも、なんかちょっと胸が締め付けられるような気分になって来た。
あの先輩が……こう、いくら同性相手とは言えど、こうなるのは……ハルは何故か凄い愉悦に浸ってそうな笑顔をしている。
対照的に俺は多分、今苦虫を噛み潰したような顔にでもなってるだろう。
「うぅぅぅ……Nぅぅぅ……お前さー、ホント美人だしあたしの好みだよ。
SBOでヤれたらさー、二人でしっぽりと……すぅぅぅ……あ、いい匂い。コレだけでご飯食べられるわ」
「バカなのかお前は! 私は同性愛者ではないと言っただろう! 離せ! おい! はっ、な、せ……!
やめ、ちょっ……お前のSTRはどうなっているんだ……!」
「大丈夫大丈夫、嫌なのは少しの間だからさー。
VR内でもイイ気分になれるって言うし、折角だからさ……」
うん、そろそろ俺の脳みそでは説明できないような出来事になってきそうだ。
このままだと健全な少年少女である俺たちにとんでもない悪影響を及ぼしかねない。
ユージンは顔を真っ赤にしてプルプルと震えているし、ハルは満面の笑みだ。
……なんだか二人を全力でぶん殴りたくなってきたが、今は我慢しろブレイブ。
ハルはきっと女性同士の絡みとかを見るのが好きなタイプなんだろう。
ユージンは……まぁ、思春期なタイプで、そう言う性癖もカモーンなタイプなんだろう。
うん、そう思うと不思議と苛立ちは止まってくる、そうだ、そう思えば苛立たなくなるだろう俺。
「あの、これってやっぱ止めに行くべきですよね……なんかマズい気がします」
「う、うん。アインくん、私も止めるべきだと思うよ。凄い嫌な予感がする」
「いいじゃないですか二人とも、結構楽しめそうですし、このまま待ってましょうよ。あのN先輩がきゃーきゃー言う所聴けるかもですし」
「そ、そうッスよ。盛り上がり時はこれからってトコッスよ」
「やっぱお前らいい加減にしろ」
俺はハルとユージンの頭に一発ずつ拳骨を落とし、扉の方に向き直る。
腰を落とし、深く息を吸って――
「エクストーション!」
扉をスキルでブッ飛ばして開けた。
……流石に扉が壊れたりはしなかったが、勢いよく扉はバァンッ!と言う音と共に開いた。
別にフツーに開けてもいいんだけど、今はこうして勢いよく開けたかった。
「……あ、ぶ、ブレイブ……助けてくれ……頼む」
「あ、えーと……その……ご、ごめん?」
先輩は上半身だけ脱がされて、さらしを巻いた胸が露になっている。
まぁ、あの経験値が上がるバニーコスよりかはマシな露出度合いだし、気にしなくていいよな。
……キョーコの方はほぼ脱いでいない、ホントに今先輩を脱がし始めたって感じだ。
「……取り敢えずキョーコ、後で三発くらい殴っていいか?」
「装備の代金引くから、やめて――」
十分後。
頭から煙を上げ、頬を真っ赤な手形を作ったキョーコと対面した。
「……もしかして、聞いてた?」
「あぁ、お前がどう言う奴かとかも、ちゃんと聞いた。すごーく聞いた、一から十まで」
「うぅぅう……恥ずかしい、なんか男に知られると恥ずかしい……!」
「男で悪かったなこのアマ……」
俺は拳の骨をパキリパキリと鳴らしながら言う。
先輩は現在ランコとアインに慰めて貰ってる最中だ。
「……で、だ。肝心の装備の方はどうなってるんだ?
ちゃんと完成したってことで合ってるんだよな」
「あぁ、どれもこれもあたしが作った最高傑作に等しいものだよ。
装備してくれればちゃんとわかる。あたしが結構凄い奴だってな」
キョーコはそう言って、アイテムストレージから俺の装備を取り出して俺に渡して来た。
俺は一度装備をアイテムストレージの中に入れてから、装備し直す。
「おぉ……見た目にも変化があるとは思わなかったぜ、カッケー」
ゴブリンキングシリーズは多少ながらも細部に変化が加わっている。
いざ着て見ると、ゴブリンガントレットとよくマッチするようになってるな。
まずは鎧、粗雑なスケイルメイルって感じであちこち不揃いだったけど、コレは職人の作った鎧って感じになってるな。
スケイルメイルなことに変わりはないけれど、鍛え方が違うような姿だ。
他の防具も同様に、粗雑なような見た目から職人に鍛え上げられた姿に進化したかのように見える。
「……で、このマントはなんだ?」
鎧に取り付けられた赤くボロボロなマントは、俺の膝の裏側まで伸びている。
こんなの前はなかったんだけどな。
「強化した時にそんな感じの見た目になったんだよ。
まぁ、使ってみれば色々とわかるさ。物ってのは試しで全部わかる」
俺は装備によって得られたスキルやステータスを見てみると、目を少し見開いた。
前のゴブリンキングシリーズよりも更にステータスが上がっているし、セットされているスキルも増えている。
成長する力でかかっていたブーストもそのままだし、ホントにチートスペックな装備だな、コレ。
それだけでなく、俺が丁度欲しかったようなスキルまで入っている。
「さっきは思い切り拳骨を落として悪かった。
凄いいい装備だ、それに……ずっと着てた服みてえに馴染むような防具だよ。
ありがとな、キョーコ」
「そ、そっか……じゃあ、えーと……代金は、だ。
最初は50万くらい貰おうと思ってたけど初回サービスとかで、25万でいいよ」
「随分安いな。じゃあ、拳骨代で5万増しとくぜ」
俺は30万Gをキョーコに支払う。
キョーコはなんか、下を向いていると思うと――
「あぁ、久しぶりにありがとうって言われた……男相手だけど……なんか、嬉しい……ふふふっ」
思い切りデカい独り言を呟いていた。
……ありがとうくらい、誰だって言うだろ。
ありがとうとごめんなさいがちゃんと言えない奴は、漢じゃねえ。
「じゃあ、次は私ですね。頼んでたように出来てますか?」
「あ?あ、あぁ。出来てるよ。あたしはこう言うの久しぶりだけど、ちゃんと出来てる」
キョーコはハルに頼まれていた鎧を取り出して、ハルに手渡した。
うん、結構いい見た目だ。
ガシャガシャなりそうな重厚な鎧だけど、なんと言うか……ちゃんとした意味での重みのありそうな感じだ。
銀色をベースにしつつも、関節部分とかは黒っぽい濃い青色になっている。
「わぁ、カッコいい鎧ですね。ありがとうございます、キョーコさん。
これなら私のプレイスタイルにピッタリですし……見た目的にも最高です」
「あ、あぁ。あたしが力を入れて作ったんだから、簡単に壊すなよ?」
「はい。定期的にメンテナンスに行くと思うので、その時はお願いしますね」
ハルもにこやかな笑顔でキョーコにそう言うと、キョーコは赤面していた。
……アイツ、女なら誰でもいいのか?
いやいやいやいや、そんな考えは捨てろ、漢ブレイブ。
ハルはよく見たら顔は整っているし、普通に笑顔だったら男の一人や二人くらいオトすだろう。
だったら、女が好きなキョーコだってトゥンク、ってなるだろう。
「じゃあ、次は私の蜻蛉切を」
ランコがそう言ってカウンターの前に立つとキョーコはランコの武器を持ってきたが、なんか前よりも短くなったような気がする。
「背に合わない丈で使うと取り回しが効かなくなるから、あたしの独断で少し短くした。
でも、付与効果はその分優秀だし、リーチが少し短くなっても、十分戦えるハズだ」
「おぉ……ニュー・蜻蛉切……ただ言われた所だけを強くするだけじゃなくて、アレンジを加えてくれるなんて!
まさに鍛冶師の鑑!凄いよキョーコさん!ありがとう!」
「あ、あぁ。こちらこそ、ど、どういたしまして……」
ランコはキョーコの手を取ってぶんぶんと振ったかと思うと、頭を下げてお礼を言った。
敬語を忘れるほどに喜ぶなんて、ランコはよっぽど嬉しかったみたいだな。
……キョーコが、大体ランコと同年代に見えるからか?
このゲームは身長がいじれない以上、そう言う風に見えて来るな。
「あ、次は僕のそう……」
アインが言い終わる前にキョーコは装備を全部出した。
ガシャガシャガシャガシャ……と装備が音を立ててカウンターの上に並んだ。
双鉞に手斧にフルプレートアーマー……随分な量だな。
「細かい要望は受けてなかったから、あたしが勝手につけたもんだけど……少なくとも、前よりかは強くなってるとは思うよ、多分」
「おお、僕の装備がこんなに強くなるなんて……ありがとう、キョーコさん!これなら、イベントでも十分活躍できそうだよ」
「そうか。じゃ、これであたしの仕事は終わりだ。
耐久値が切れそうになったら、定期的にメンテナンスに来いよ。
……Nはそれ以外の理由で来ても構わないけどな」
「殺されたいのか貴様は……装備のメンテナンスだとしてもしばらくここには来ないぞ……!」
先輩が珍しく怒ってるな、バニー姿でご飯二杯は行けるとか言ったアホな俺の時と同じくらい怒ってる。
キョーコはにかっ、と笑ってそれを流しているが……今回のことで先輩にトラウマが出来てなきゃいいんだが。
……因みに、ヤマダはとっくにログアウトしていたようだった。
よっぽど暇だったのか、リアルで何かしら用事があったんだろうが、まぁいいか。
……と、こうして装備を強化し終えた俺たちは。
「ふっ! オラァッ! ……マジかよ、一撃で行けちまった」
「こんなにも手に馴染む感覚なのに……初めて使う装備なんて、とても思えませんよ」
「やっぱりキョーコさんは凄い人でしたね!」
「ここまで狩りに熱中できる装備なんて……せっ! ふっ! 初めて身に着けるよ」
キョーコに作って貰った装備を身に着け、お試しの狩りをしていた。
ユージンはリアルでの用事があるからログアウト、先輩は俺たちを見守っているだけだ。
「しっかし、これだけ強くなると……イベントで敵対するような関係になったら、凄い脅威になっちまうな」
「じゃあ、そうならないようにしたいですね。
私と先輩は常に肩を並べ、背中を預け合う関係でいたいですし!」
「わ、私だってアイン君と……」
「僕もランコさんと戦ったりは嫌だから、なるべく敵にならないように頑張りましょう!」
俺たちの新たな装備を手に入れた狩りは、夜まで続いた。
プレイヤーネーム:ブレイブ・ワン
レベル:36
種族:人間
ステータス
STR:60(+66) AGI:70(+51) DEX:0(+20) VIT:34(+91) INT:0 MND:34(+56)
使用武器:小鬼王の剣・改、小鬼王の小盾・改
使用防具:龍のハチガネ・改、小鬼王の鎖帷子・改、小鬼王の鎧・改、小鬼王のグリーヴ・改、ゴブリンガントレット、魔力ズボン・改(黒)、回避の指輪+2
おまけ、ブレイブの装備の効果等
共通:破壊不可、再生、成長する力
小鬼王の剣・改:【毒撃】【ディフェンス・ブレイク】【ハイド・ソード】
小鬼王の小盾・改:【肉壁】【カウンター・バリア】
龍のハチガネ・改:【再臨】【龍の咆哮】
小鬼王の鎖帷子・改:斬撃耐性30%アップ
小鬼王の鎧・改:HP割合防御力アップ、【ミラージュ・ムーブ】
小鬼王のグリーヴ・改:騎乗補正
ゴブリンガントレット:【パワー・スマッシュ】
魔力ズボン・改(黒):SP自動回復強化、SP上限アップ、MP自動回復強化、MP上限アップ
回避の指輪+2:回避補正、状態異常無効