第二百三十二話:エンシェント・ハザードヴァンパイア
「菊一文字!」
「桜花二刀……【牡丹桜】!」
Nさんの一閃、サンドラの全く同じ個所へ攻撃を繰り出す二連撃が決まる。
この攻撃が巨躯の傀儡の胴体を切り裂き──。
『ぐぅっ……! うぁあああ……!』
「殺った! ナイス、Nさん! サンドラ!」
「流石~。お互い頼りになるサブマスを持って良かったなぁ」
巨躯の傀儡はHPを全損して、膝から崩れ落ちてからそのアバターをポリゴン片と変えて消滅する。
俺はドロップアイテムや金に目もくれず下がり、鍵のかかった扉をタッチしてみる。
『鍵を開く条件を満たしました』
「よっしゃ……!」
南京錠は崩れ落ち、扉はギギギ……と音を立てながらも自動で開く。
ユリカとランコも『やったね』って表情で手を合わせ、ディアブレは腕を組んでドヤ顔してら。
アイテムを取ったNさんたちがやや駆け足でやって来たので、全員が集まったところで俺は扉の奥を指さしてから歩き出す。
皆は何も言わずついてきてくれたので、俺はそのまま真っすぐ歩いて……すぐに下り階段があったので、階段を下り始める。
……階段にまでカーペットが敷かれているのを見ると、こういうのって手間がかかってるよなぁとつくづく思う。
「結構長いですね~……」
「モンスターも出ないし、ずっと下に続いてるから暇だね」
「ま、暇なだけいいじゃねえか。ただ歩ってるだけなんだしよ」
ブーブーと文句を言うランコと、こっそり飛翔で浮きながら降りているユリカを余所に俺は先の見えないこの階段を見て……ちょっと好奇心が疼いてきた。
……俺の防御力とHPなら、大丈夫だよな。多分。
「……どうした、ブレイブ。随分と妙な笑みだが」
俺の顔を覗き込んだNさんは怪訝な表情で俺を見つめるが、俺はもう止まる気がなくなって来た。
……やっぱり、こういう階段ってなるとやりたくなるよな。
「Nさん、ちょっと」
「?」
俺はその場で立ち止まり、Nさんの手を握る。
Nさんは『何をやってるんだお前は』という表情でこっちを見るが、俺は気にせず他の皆ににこりと微笑む。
カオスもディアブレもサンドラも、ユリカもランコも俺が何をするかは察してないらしい。
「兄さん、何やってんの。イチャつきたいなら後で──」
「じゃあな」
「ブレイブッ!?」
「ええええええ!? ちょ、ブレイブさーん!?」
俺はNさんの手を握ったまま今立っている場所を強く蹴っ飛ばし、思いっきり飛び降りる。
まだ床は見えない、階段だけ──当然真っすぐとんだところで、床が見えないような位置なら階段から階段に向かって飛び降りてるだけ。
だけど、俺だって空を飛ぶスキルを持っていないワケじゃない。
「フェニックス・ウィング! よっとぉ!」
「お、おいブレイブ……!?」
顔面から階段に落ちる前に、背中に炎の翼を展開して空中での姿勢を制御する。
そのついでに彼女を抱きかかえて、驚きっぱなしのNさんの声と表情を楽しみながら飛んでいると──。
「っ……おい! 流石にこれは……!」
「大丈夫ですって。ほら」
Nさんからの抗議が飛んでくるが、今ここで俺が手離したら大惨事だぞアンタ。
けどまぁそういう原因を作ったの俺だしなー、とか考えつつ……しばらく飛んでSPがギリギリ尽きるところで床が見えて来たので、俺はSPが尽きる直前で空中での姿勢を変える。
俺がクッションになるように背中から落ち、Nさんを抱えたまま落下する。
丁度SPも切れて、背中に展開していた炎の翼も消える。
「っ──はぐへっ!」
「ぅっ……と……なんと間抜けな着地の仕方だ、ブレイブ」
「はは、これが最短なんで……それに、恋人をクッションにする野郎がいてたまりますかよ」
「……そうか」
俺は落下の衝撃で受けた若干のダメージをポーションで回復させつつ、皆が降りてくるのを壁に寄っかかって座りながら待つことにした。
……さてと、どういう風に怒られるかねー。
「はー……兄さん……やっぱ馬鹿だわ」
「RWO時代から変わってないけど……ブレイブさん、いくら何でも少年心抱きっぱなしすぎですよ。Nさんまで死んだらどうするんですか」
しばらく待っていると、ランコとユリカが呆れたように言いながら、俺と同じ方法で降りて来た。ユリカの飛翔はSP消費がないので、俺と違ってすごーく安全だった。
俺は苦笑しながら『わりいわりい』と軽く謝りつつも、結果オーライなので心の中では反省しない。
第一仮に床が見えなくても俺が背中と頭から落ちていくだけだし、Nさんは大したダメージにならずに済むだろうし。
意外と計算し尽くされた行動なんだぞ、コレ。
「ったく、ガキじゃあるまいしふざけすぎだろ」
「そう言いながら、あなたさっき翼広げて試そうとしたじゃない。MPが勿体ないから、ってやめたみたいだけど」
「オイそれは言うな」
「フハハ、我も試そうとしたぞ。恥ずかしがることはないであろう!」
「お前と同類なのが恥ずかしいんだよバカタレ」
心の中で舌を出していたところで、カオスにサンドラにディアブレが降りて来る。
随分辛辣なコントだなぁ……と思いながら、全員が集合してHP、MP、SPが万全なのを確認する。
階段を下り終えた先にあったのは、大きな大きな鉄扉だ。
普通の人が入るサイズであろう扉、普通の人が降りるサイズであろう階段……だのに、それを下った先にあるのはさっき戦ったミノタウロスが使いますってくらいのサイズの扉。
……中の部屋も、かーなーり広いんだろうなぁ。
「で、どう? Nさん」
「あぁ……まぁ、十中八九ボス戦だろう。これでラスボスだといいが……この扉は力押しで開けるタイプのようだな。かなり重そうだが」
「じゃ、楽して開けますかね。全員、抜剣」
Nさんが扉をガンガンと蹴りながらあちこち調べてくれたみたいなので、俺たちは武器を抜く。
力押しで開ける扉だと言っても……ただ単純に力を込めて押す以上楽に開ける方法なんていくらでもある。
すごーく、簡単にな。
「行くぜ、皆!」
「応!」
皆が声を揃えて応えてくれたところで、各々が必殺スキルを詠唱する。
俺の放つスキルは……当然、最大火力の──!
「エクストリーム・ペネトレート!」
「氷天・聖十字剣戟!」
「ライトニング・ロア!」
「星砕ノ太刀!」
「桜花二刀……【花嵐】!」
俺、ユリカ、ランコ、Nさん、サンドラの近接武器持ち全員が放ったスキルの数々は扉に大きなダメージを与える。
だが、まだ凹ませる程度で完全開通や破壊には至っていない。
そこで、破壊力抜群の魔法使い二人の出番ってワケだ。
俺たちは扉に向けてスキルを放ったところで、地面を蹴って大きく下がる。
「決めろ! カオス、ディアブレ!」
「言われなくたって!」
「既に詠唱済みだ! 行くぞ、カオス!」
カオスとディアブレが杖の先っぽを扉の方に向けたところで──。
「【アブソリュート・ゼロ】」
「【マキシマム・ハイパーフレイム】!」
カオスが二本の杖から放った、文字通りの絶対零度。
それで扉が凍り付いたところで、ディアブレの放った超特大の火炎のビーム。
超急速に温度が変化するとどうなるか、俺はそれを身を持って知っている。
化学反応のひとつであって、SBOにも存在している現象。
「超特大のヒートショック、一丁上がり」
カオスのその一声で、巨大な爆音が響く。
現実だったら地下ごと吹き飛んで、俺たちは丸ごと生き埋めだっただろうなと思った。
が、幸いにもVRMMO内で、建物自体は耐久値が無限であるここなら扉だけが壊れるのだ。
「流石だな、カオス」
「まーな。さてと……じゃ、ここからがボス戦ってワケか」
「ラスボス……だといいなぁ」
「どーだか」
俺たちは足を揃えて、吹っ飛んだ扉の先へと歩み出す。
学校の体育館ほどの広さはありそうな空間、要塞って名前の割には豪華な空間。
赤いカーペットが広がり、ステンドグラスや燭台やらが飾られていて……中央に立っているのは、一人の男。
よく見たことのあるエネミーだ。
『人間ども……よくやって来たな。我が傀儡たちを退けたその実力、それでこそ我が贄に相応しい』
表示されたのは【エンシェント・ハザードヴァンパイア】……という二つ名、とその下に出た本名と思しき【ヴラード】という名前。
名前の下の種族名やその真っ白な肌、口からギラリと覗く牙、黒いタキシードにマント、鋭い爪。
まさに、吸血鬼ですってお手本のような姿だ。
『さぁ、その血を献上し……我が渇きを癒してみせよ』
「上等だ……飲めるもんなら飲んでみろよ、血反吐吐いて泣き叫ぶのはテメーだって、その体に叩きこんでやる」
俺は剣と盾を構えて先頭に立ち、ヴラードと対峙する。
さぁて……どう料理してやろうかな、このヴァンパイア。