第二百二十一話:スーパーキングスノーマン
「さて……と。どうするイアソーン、君の立派なバフはもう切れてしまった。いったん休むかい?」
「構わん、我がバフは海神闘衣だけにあらず。このまま進み、この先のボスたちをアッという間に叩き潰すまでだ!」
「そうか……よしわかった、じゃあ君の言う通りに進もう。皆、消耗は特にないね? なら一息に進もう!」
「応!」
僕の言葉に反対意見を出す者は一人もおらず、レイドパーティは足並みを揃えながらも雪山の頂上を目指して歩き出す。
しかし……ダンジョンであるのにも関わらず、道を曲がることも雑魚敵が出て来ることもない……不思議だ。
「雑魚敵がいないというのは楽で良いな……私は大物を食らう方が性に合うだけに、常々思う」
「そっか。そこは兄妹同士同じみたいだね。実は僕も内心嬉しく思ってるんだよ、雑魚がいないの」
「うむ。雑魚敵を蹴散らして進むのはダンジョンの醍醐味ではあるが、こういう非常事態においては楽しんでなどいられもしないからな」
そんな風に、僕はアルトリアとの会話を続けつつ……時折後ろを振り返って、欠けている者がいないかを確認しながら上へと進む。
ほぼ一本道……歩けそうな道という意味でだけれど、ずっと斜め上に向かって歩き続ける。
螺旋階段の様にでもなってくれていたら、もっとオシャレな景観だっただろうに……まぁ、それはそれで目が回るから嫌なんだけれどね。
「……と、もう頂上に来てしまったか。そして、この広さ……あのサイズ……まさか、中ボスを倒したらすぐにラスボスとはね」
「もう一体中ボスが潜んでいてもおかしくはなかったが……まぁ、手間が省けたと思えば良いか」
そう……頂上に来たところで、先ほどの中ボスである天獄鬼・雪と戦ったところの倍は広いであろう景色が広がっていた。
平坦で、壁も天井もない広い空間……踏ん張りは効いても、突風が吹いたりすれば落ちかねない恐ろしさが広がっている。
「兄を、指示を寄越せ。私が一番に斬りかかる」
「いいよ。けど……僕の指示に従ったうえでの、一番ね」
アルトリアが剣を構えたところで、僕は剣を天に掲げて指示を出す姿勢を取る。
皆は僕の指示を察してか、すぐにあちこちへと動き始めてバラバラになる……が、バラバラになった上で新たに配列を組んでいる。
タンク、魔法使い、後方支援、バッファー、アタッカー……それらがそれぞれ、僕の理想通りに列をなした。
……流石、レイドパーティへの参加経験が少なくない者たちがいるだけあってこうした列を組むのは早いね。
「タンクは前に出て、序盤の行動パターンの見極めをしてくれ! 後方支援とバッファーはタンクにバフと回復を最優先、魔法使いと遠距離攻撃が出来るアタッカーは隙を見ながら敵へ攻撃、近接戦闘に自身のあるアタッカーのみ前に出てくれ!」
「了解!」
僕の下した指示でプレイヤーたちはぞろぞろと動き始め……この天獄ノ雪山のラスボス──【スーパーキングスノーマン】と対峙する。
……確か、正月の新年の時だったか。SBO全土で雪が降って、プレイヤーたちがはしゃいでいたあの時。
突然出てきて多数のプレイヤーを蹂躙し、僕たちですら露払いで精いっぱい……それでいて、ブレイブくんたちでも仕留めきれなかったボス。
それにスーパー、だなんてついてるからにはその倍は強化されてるとみていいな……!
『キーン……グーン……!』
「あぁ、懐かしい声」
スーパーキングスノーマンは巨大な雪だるまボディを左右に揺らし、木で出来た腕にはめたミトンを地面に叩きつける。
すると、地面からは……青い帽子に青い靴を身に着けた子供みたいな、雪の妖精……ジャック・フロストたちが出て来た。
あぁマズい……そういえば、このボスは大量の取り巻きを召喚してくるんだったのを忘れていた!
「ッ──皆すまない、作戦変更だ! アタッカーは全員ジャック・フロストの処理をしてくれ! ボスへの攻撃は魔法使いに一任する! バッファーはその分、消耗を増やしてでも魔法使いたちの方にバフを付与してあげてくれ!」
「仕方ない……いいだろう、兄よ。私が露払いをしてやる。そちらには誰も行かせん、故に頼んだぞ」
「あぁ。頼んだよ、自慢の妹!」
僕ら王の騎士団のプレイヤーたちを始めとしたアタッカー……近接攻撃を得意とするプレイヤーたちが前に走り出し、向かってくるジャック・フロストたちを迎え撃つ。
……やはり、強化前の時と同じで一体一体はそう大したことのない強さみたいで、相手するのは苦でないと感じられるほどの相手……。
しかし、問題なのはその数……今も生まれ続け、スーパーキングスノーマンがのそのそとタンクのプレイヤーたちに近づいているのにも関わらず、ジャック・フロストはポコポコと生まれて続けている。
『キーン……グーン!』
「【フレイム・ガード】!」
「流星盾!」
スーパーキングスノーマンが氷柱の雨を降り注がせてくる。カエデくんを筆頭にタンクたちがそれをスキルで防ぎ、ディララを始めとした魔法使いたちが大規模な炎属性魔法の詠唱を始める。
詠唱が終わるまでの時間を稼ぐのには……問題こそなさそうだけれども、やはり邪魔なジャック・フロストの数が多すぎる。
強さ自体は前と変わっていないみたいだけれど、生まれる速度が前の時よりも多い……アタッカーたちによる処理が、追いついていない……!
「おい、どうするアーサー。まだ我が海神闘衣は使えんぞ」
「……なら! イアソーン、指揮権は君に託す。僕が前に出よう」
「そうか……その言葉を待っていた。ならば聞け! 今よりレイドパーティの指揮権はこのイアソーンに委任された! ここからは我が指示に従え!」
イアソーンがそう宣言したところで、僕は永久之理想郷を発動させてから踏み込む。
足りない数は僕が補う……だからこそ、全力で行く!
「エクス──」
僕は剣を頭上に構え、全身全霊の力を込めて振り下ろす。
「──カリバァァァッ!!」
瞬間、僕が放った光の斬撃は一直線に進み、ジャック・フロストをまとめて吹き飛ばす。
これで少しは楽になったはずだが……やはり、生まれる速度は桁違い!
全力のエクスカリバーで10体くらいは消し飛んだハズだが、10秒に5体は生まれている!
広範囲スキルなどを使って数を減らしてくれていても、どうしてもスキルを放つための時間や放った直後のクールタイムが原因で数が減らない!
「──聖十字剣戟!」
「ホープ・オブ・カリバーン!」
「ガラティーン!」
「嵐星斬!」
「【ビースト・ブロー】!」
僕に続くように、それぞれアタッカーたちがスキルを繰り出し続ける。
しかしそれでも……やはり、ジャック・フロストの数は減り切らず、僕たちは次第に追い詰められていく。
このままではいずれ、押し切られる……!
「──仕方ない。兄よ、ほんの少しばかりズルいと思うかもしれんが……許せ」
「アルトリア? 何を──」
「これを使うのは、一度きりだ……【極光世界】」
アルトリアが剣を振り下ろした直後、この天獄ノ雪山が光へと包まれ始める。
それは、オーロラのような色とりどりの光が揺らめいていて、まるで夜空の中にいるような錯覚に陥るほど美しい景色が広がっていた。
「これは……」
「一度きり……本当に一度きりのスキルだ。使えば消失するが……効果は保証するぞ」
「なるほど。温存したい気持ちもわかるスキルだ……ですが、このタイミングで切ってくれたことには感謝!」
アルトリアが剣でジャック・フロストやスーパーキングスノーマンたちを指し示すと、ガウェインたちは察したかのように走り出す。
……よく観察してみると、ジャック・フロストたちは動きが鈍っているし生まれる速度も遅くなっている。
「アルトリア、このスキルの効果は?」
「このスキルを発動した時。私が感知している範囲に存在するエネミーのステータスを大幅に下げる。効果時間は……およそ30分といったところか。
その上で、私が感知している範囲に存在する味方プレイヤーたちのステータスを下がった敵ステータス分上昇させる効果がある」
「つまり、敵を攻撃を弱らせた分だけ、僕らを強化する、ってワケか」
うん……ズルすぎるね、このスキル。
使ったとたんに消失する、一度きりのスキルなのも頷ける。
「よし、一気に畳みかける! アタッカー、魔法使い……! 一斉攻撃だ! この機を逃さず、徹底的に叩き潰す!」
僕の号令と共に、アタッカーたちがジャック・フロストを蹴散らしながら進み、バッファーが魔法使いにバフを付与し、ヒーラーが傷ついたプレイヤーを回復させて戦線を維持する。
「おぉらぁぁぁっ!」
「ハァッ!」
「……せいッ!」
アタッカーたちがジャック・フロストを倒し続けながらスーパーキングスノーマンに迫り、その巨体を斬り刻んでいく。
雪が止んでいるおかげなのか、スーパーキングスノーマンの自然回復は発動しない。
スーパーキングスノーマン自身のHPが減ったこともあってか、ジャック・フロストの生まれて来る速度も落ちて来て、ジャック・フロストたちが倒される速度の方が上がって来る。
更には、スーパーキングスノーマンのHPが半分に至ったところで奴に変化が訪れ始めた。
「おい、なんだあれは……!」
「雪だるまが……!」
スーパーキングスノーマンの巨大な雪玉だった身体が徐々に溶け始め、中から人型をした何かが現れ始める。
その姿は……雪で出来た人形のようなもの、サイズは僕たち通常の人間よりも二回りほど大きい。
元の雪だるまな状態からはかなり小さくなったと言えるだろうが、それでもまだまだ大きいサイズだ。
こうして変化を遂げた以上、奴がただの雪の塊じゃないことは一目見ただけで理解できる。
何故ならその雪人形はいくつものの腕を生やし、顔らしき部分には2つの目と口が付いている。
腕は一本一本に違う武器を持っている……! 中々に骨の折れそうな敵だな……!
『さぁ、第二ラウンドと行こうか』
「流暢に喋った……!」
『くらうがいい──!』
「カエデくん! スキルを──」
スーパーキングスノーマンが腕を広げたところで、大量の氷柱が浮いてこっちに向き始める。
僕は咄嗟にカエデくんの名を呼び、彼女にスキルを使うように頼む。
彼女は僕の声に応え、盾を地面に強く叩きつけて守りの姿勢を取る。
「はい! 【エターナル・バリア】!」
彼女の周囲に展開されたドーム状のバリアが降り注ぐ無数の氷柱を防ぐ。
流石の硬さ……けれど、スーパーキングスノーマンは次の攻撃の準備を整えていた──!
「アーサー! 上から来るぞ!」
「──っ!?」
僕が上を見上げた瞬間、スーパーキングスノーマンは跳び上がって手に持つ大鎌を高く振り上げていた。
カエデくんのバリアがあるから、大丈夫……と油断していたのが、悪かった。
スーパーキングスノーマンの腕は多数──正確に言うと六本、鎌を持つ腕以外のそれぞれが武器を叩きつけて来る。
その攻撃がバリアを砕き、勢いを止めない奴は僕目掛けて鎌を振り下ろしてくる。
「ッ──ハァッ! っ……ぐ……!」
これが、片手で振るった大鎌の重さだと言うのか。
受け止めた僕の足は地面を陥没させ、踏ん張っていたはずの大地に亀裂を走らせていく。
なんとか押し返したいのに……なんだ、この重さは……!
しかも、まだ五本の腕に握られている武器が僕へ狙いを定めている……! マズい!
「させない!」
だが、その五本の腕の武器はアルトリア、ランスロット、オリオン、ニナ、カイナスらがスキルをぶつけて弾いてくれた──!
そして、僕と押し合いをしている鎌には!
「神剣! マルミアドワーズ!」
「ヘラクレス──!」
アルゴーノート最強の彼が放ったスキルがぶつかり、拮抗する。
これなら……! 押し返せる……!
「エクス……! カリバァァァッ!」
ゼロ距離で発動させたエクスカリバーの勢いを加えて、スキルの威力を加味した僕たち二人の方が……今の彼よりも、強い!
「ハアアアァァァァァッ!」
全員で魂を絞り出さんとするほどの叫びと力を込めた攻撃が、スーパーキングスノーマンを下がらせるに至った。
「覚悟しろ、スーパーキングスノーマン……! 君がどんな変化を遂げようと……僕らは、君を討つ!」
残り半分のHP……すぐにでも削り取って、倒してやる──と。
僕らはそう決意を固めて彼を睨んだ。
更新が遅れてしまい大変申し訳ございませんでした!!!