第二百十四話:サンド・ドラゴンゾンビ
「まったく……まさか、虫嫌いが二人もいるとはな」
「そういう意味でも、パーティが交換させられたのは厄介だな」
地国之金字塔の中ボスである巨大ワームを、俺とモルガン抜きで倒したレイドパーティBチーム。
KnighTは指揮と一緒に前衛まで担当していたからかげんなりとして疲れていて、Nさんとカオスもため息を吐く……など、全員が疲れに疲れていて、誰もいない中ボス部屋で休憩を取っていた。
皆に迷惑をかけてしまったこと自体は本当に申し訳ないと思っているが、虫が怖いのはリアルならともかくVRじゃどうしようもないんだから許して欲しい。
「次の戦いでは活躍して見せます。故、今は待ちなさい」
「そうだそうだ。虫以外が相手なら俺だってやってやるさ」
「……まぁいい、二連続で虫のボスが続くとも思えん。次のボス戦はブレイブとモルガンを中心に立ち回るようにするか、KnighTよ」
「えぇ……そう、しましょうか」
KnighTは力なくそう答えながらも立ち上がり、革袋に入れた飲み物を飲み干していた。
……レイドパーティの面々の負担を大きくしてしまった以上、汚名返上のために頑張らねえとな。
「モルガン」
「わかっています、次のボス戦でこそは戦います。そして、娘に『母さん、カッコ良かったよ』と言って貰います」
モルガンも同じ考え……まぁ、本来モルガンの役割だったところを、彼女の娘であるモードレッドが無茶をしてやってくれたことが、彼女の心に火をつけたんだろう。
それに、魔女騎士団の面々の頑張りもモルガンにとっては決意を固めるのに持ってこいだったってワケか。
……最後、若干邪念が入ってるような気もするけれど、俺だってNさんに『カッコ良かった』って言われたら嬉しいし、まぁモチベーションにするのは悪いことじゃないよな。
「さて……と。休憩は十分でしょう、皆さん立ってください。先を急ぎます」
「ま、そろそろってとこだよな……俺もMPはかなり補充出来たし、制限時間には余裕を持った方がいいし」
「あぁ、後どれだけボスが控えているかはわからないが、このワームの強さから見て、最低でも中ボスはまだ1体はいると推測できるだろう」
KnighT、カオス、Nさんのそれぞれの発言を聞けば『まだ休みたい』なんて抜かす奴は誰一人としていなかった。
まぁ、聞く前からそうだったのかもしれないけれど、あぁ言われれば俺は絶対『休みたい』なんて言えないな、俺は戦ってないから休むもクソもないけどさ。
「……で、次のボスは情報が何にもないんだっけな」
「そうですね。ですがまぁ、最初のボスとて情報が違っていたのです。あってもなくても変わらないでしょう」
つかつかと通路を歩きながらKnighTと話していると、パーティの後方から悲鳴が上がった。
誰の声かと思って振り向くと、ラシェルが尻もちをついているのが見えた。
「おいどうした、なんか出たか?」
「ご、ごめんなさい。アリスちゃんが砂がざーって流れてる壁に触れたら、突然ミイラが出てきて……それで、私が驚いちゃって」
「出て来たミイラ自体は弱かったので、俺が一撃で倒しました。なので安心してください」
アリスが少し申し訳なさそうにぺこ、と頭を下げているだけに悲鳴を上げた主であるラシェル自身も申し訳なさそうにしている。
俺は有能な働きをしてくれたムラマサにはサムズアップをしておいて、パーティ全体の進行を止めてしまったことに謝っておいた。
「アリス。好奇心は猫をも殺すって言うが、あんまりあちこちべたべた触ってトラップとか起動させないようにな」
「わか、った。ご、めん。ラシェル、ムラマサ」
「あー、うん。いいのいいの、私が勝手に悲鳴上げちゃっただけだから……あはは」
「失態は誰にでもある。今度から気を付ければ良い」
そんなやり取りが行われながらも、俺たちレイドパーティは次の大部屋へと到着し、さっきのワーム戦のように全員がボス部屋に入って広がった。
基本的に一本道で、途中で一つだけ脇道もあったがそっちは特に意味はなさそうな宝箱があったくらいで、開けて来たシェリア曰くゴミしか入っていなかったようだった。
「……さてと、何が出るかな。ゴーレムとかドラゴンか?」
「鬼が出るか、蛇が出るか……どちらにしろ、今度は私とブレイブを中心に戦います」
「鬼は隣の男だけで十分です。まぁ、あなたたちに任せるので私の要望は関係ありませんが」
「ま、誰が出るにしろ倒すだけだ。出来れば的がデカい奴だと助かるな」
俺、モルガン、KnighT、カオスの七王四人がそれぞれそう言ったところで──突然どこからともなく風が吹いた。
部屋中砂にまみれていたこともあって、その風と混ざって砂嵐が出来上がってしまった。
「チッ、前が見えねえ……!」
「風魔法が使える人たちは今すぐ使いなさい! 急がないと方向感覚ごと狂わされますよ!」
KnighTが指示を下すとすぐに後ろから多数の風魔法や風を起こすスキルが放たれて、砂嵐が押し戻されるように晴れた。
すると、そこにはいつの間にかボスモンスターがいた……砂にまみれたドラゴンか。予想は俺の当たりだな。
だがサイズは予想と反して物凄くデカかった、さっきのワームよりかは小さいが……大体、8mくらいはあるんじゃなかろうか。
「体中砂まみれ石まみれのドラゴンか……物理方面のお前らじゃキツいんじゃないのか~?」
「抜かせ。全身ダイヤモンドでも俺がぶった斬ってやるよ、お前らは休み休みで戦ってても構わねえぜ」
「私は例えオリハルコンだろうとも斬ります。この程度の竜なぞ、私には及びませんから」
カオスが『俺を頼ってもいいんだぞ』ってドヤ顔で話しかけて来るが、その台詞はむしろ俺にもモルガンにも火をつけるもんだ。
と、俺たちが武器を構えたところで。
「敵は【サンド・ドラゴンゾンビ】……ブレイブ、モルガン、前言は撤回します。ここは意地も貸しもなしにします」
「そうかよ。だったら精いっぱいついて来いよ!」
「ついてくる? 冗談はやめなさい。あなたが私についてくるんですよ!」
「はいはい、なら抜きつ抜かれつデッドヒートといこうじゃねえの!」
「──戦闘方法はさっきのワームの時と同じです! 今回は私とブレイブで攻撃方法を見極めます! ので、タンク以外は攻撃スキルを詠唱してください! 私の合図でタンクメンバーはヘイトを引き付けてから攻撃をガードし、その隙に攻撃を放ってください! また、後方支援メンバーはアタッカーたちの攻撃の瞬間にバフスキルを使い、タンクメンバーが受けるダメージは自己回復をすること! 良いですね!」
KnighTがテキパキと指示を出したところで、俺たちは口元から何らかのエフェクトを出しているサンド・ドラゴンゾンビに向かって走り出す。
盾持ちのメンバーが俺とKnighT以外を守るように立ちはだかり始め、モルガンを始めとしたアタッカーたちはスキルを詠唱し始め、詠唱の必要がないカオスはMPの上限を増やす作業を始めた……どんだけ増やしたいんだ、コイツ。
その他のプレイヤーたちもKnighTの指示通りに動き始め、皆それぞれが攻撃のチャンスを伺うように武器を構えている。
『グゥゥゥ……! ゴォォアアアアアッ!』
「流星盾! フェニックス・アーマー!」
サンド・ドラゴンゾンビは口元に溜めていた火炎ブレスを俺に向かって吐いて来たので、俺は盾でソレを受け止める。
中々の火力だが、フェニックス・アーマーを纏った俺なら属性攻撃の耐性のなさもある程度をカバーできるし、流星盾と重ねれば炎系や氷系の攻撃は防げるぜ!
「KnighT! 一発思いっきりくらわせてやれ!」
「指揮官は私です! 命令はいりません! それに、言われずとも!」
KnighTは剣の刀身に炎を灯し、高く跳びあがってブレスを吐きたてホヤホヤのサンド・ドラゴンゾンビの頭を狙う。
「炎天斬!」
『ギャオァァッ!』
「っ……! 私の攻撃ですら……!? ですが、レイドボスとはそうあって然り! ブレイブ、ヘイト稼ぎはしばらく任せます!」
七王の中でもトップクラスの火力を誇るKnighTのスキルでさえ、ロクに効いていなさそうだったが彼女がへこたれる様子はない。
まぁ、それくらい気概がなかったら俺のライバル名乗って欲しくないし。
「ヘイト・フォーカス!」
『ウヴルァァァッ!』
「っ……! フィフス・シールド! 肉壁!」
今度は放たれた瞬間から悪臭が広がるような腐食ブレスが吐き出された。
破壊不能装備のおかげで助かったが……こりゃぁ、腐食属性に耐性の持ってるタンクがいないと大変だな。
腐食属性は他の属性に比べて耐性効果のある装備が少なく、加えて装備の耐久値を大きく削りやすいという効果を持っている。
まぁ、特定の鉱物を相手には無力化されてしまうって欠点があるだけに、SBOでプレイヤーが使うのはあんまりない。
っていうか、腐食属性のある装備やスキルは常に悪臭を放っているせいで、使いたくても使えるような代物じゃあない。Nさんも、腐食属性の攻撃スキルは持っているが気分が悪くなるという理由で使わないくらいだし。
「ったく……モンスターに使われると最悪だなコレ、相手は顔一つ歪めねえのに……うっぷ、こっちは吐きそうだ」
「……ブレイブ。しばらく私に近寄らないでください」
「お前……Nさんがいなかったら、この場で抱き着いて臭い塗りたくってたぞこの野郎」
肉壁のおかげでダメージは受けなかったけれども、臭いだけはしばらく俺に沁みついてしまった。
くっせーし吐きてえ……けど、流石にSBOでも嘔吐は出来ないので、ただ気持ちの悪い状態になっているだけだ。
「で? まだやれるんですか?」
「ったりめーだ、舐めんな」
「なら……引き続きよろしくお願いします!」
「わぁってらぁっ!」
サンド・ドラゴンゾンビが振り下ろしてくる爪の攻撃を避け、俺とKnighTは最初に走り出した時のように二手に分かれる。
当然、ヘイト・フォーカスの影響もあってサンド・ドラゴンゾンビの注意は俺に向いている。
「KnighT! 俺に合わせろ!」
「いいでしょう! 完璧に、合わせます!」
俺はSPクリスタルを握りつぶし、SPを全快させてから次なる攻撃を放ってくるサンド・ドラゴンゾンビを前に盾を構える。
『グゥゥゥ……グォオオオアアアッ!』
「っ、薙ぎ払い──!」
「KnighT! 跳べ!」
サンド・ドラゴンゾンビはその場で一回転ターンし、砂埃を巻き上げながら大きな大きな尻尾を薙ぎ払った。
俺はKnighTに向けてフロート・シールドを飛ばして空中で彼女をキャッチして壁に叩きつけ──!
「オーガ・スラッシュッ! っ……! ぐ、あ、あああああ……! うぅおおおおおりゃあああっ!」
『グゥゥゥ……!』
サンド・ドラゴンゾンビの太い尻尾に向けて全力のスキルをぶつけたおかげで、何とか勢いは相殺した。
が、問題は俺のオーガ・スラッシュでようやくギリギリの相殺ってワケだ……こりゃ、防御するのにもかなりの厚さが必要と来たな。
「いつつ……! 人使い、主にレディに対して雑ですよ! ブレイブ!」
「しょうがねえだろ! ってか、お前みたいな怪力バカは雑に扱うくらいで帳尻取れてんだろうが!」
「帳尻どころかあなたのケツもぎ取りますよ!?」
そういうところがレディ扱いされないところだろうがバーカ! と思いながら、めり込んだ壁から出てきて、シールドを足場に跳躍したKnighTと一緒に走り出す。
薙ぎ払いを弾いた影響で隙が生まれているサンド・ドラゴンゾンビに向けて、俺とKnighTは一呼吸ずらしながらスキルを発動させる!
「ヘルフレイム……! バァァァストォーーーッ!」
「諸刃の剣、そして! ゴブリンズ・ペネトレートォォォッ!」
瞬間速度と瞬間火力をマシマシにした俺の一撃はサンド・ドラゴンゾンビの顎に突き刺さり、KnighTが叩きつけた火炎は額を起点に全身に広がる。
俺は空中で姿勢の制御を効かせるために、そのままブレス攻撃に移りそうだったサンド・ドラゴンゾンビの目の前にシールドを出してからソレを蹴っ飛ばし、海外映画のヒーローのようにカッコ良く着地し──
そのまま降って来たKnighTに潰された。
「おま……! 人のカッコ良いシーンを台無しにすんじゃねえ!」
「黙ってなさい三枚目、そもそも近くにいたあなたが悪いです」
「チッ、まぁいい……で、奴の行動パターンはコレで全部ってとこか」
「えぇ、多分そうでしょう。先ほど戦ったサンドワームも、行動パターンそのものはあまり多くありませんでしたし」
さっきKnighTを壁に叩きつけてしまったことの仕返しだと思えば、コレでチャラだとしてやろう……と、俺に乗っかったまんまのKnighTを引きずり降ろしながら会話を続ける。
うーむ……ボスにしては意外と少ないようにも見えるが、中ボスならこんなもんか──と、俺は後ろでスキルを詠唱しているモルガンたちに目配せする。
「だったら、こっからは最大火力のぶっ放し時だ! お前ら準備は出来てるなー!?」
「応!」
俺の呼びかけに皆が声を揃えて答え、各々が武器に込めているライトエフェクトをこれでもかと見せるように掲げる。
サンド・ドラゴンゾンビは火炎ブレスの予備動作に入り、口の中に炎を溜めて待ってると来た。
『グゥゥゥ……! ゴォォアアアアアッ!』
「タンク隊! 防御!」
タンクメンバーたちの後ろに戻っていたKnighTが指示を出すと、盾持ちのプレイヤーたちが一斉にスキルを発動させる。
俺が一人で防いだ時よりも堅牢になっているその防御は簡単に打ち砕かれることもなく、HPを減らさずして火炎ブレスを抑え込んだ。
「今です! 全員、一斉攻撃を!」
KnighTが次なる指示を下すと、今度はアタッカーたちが一斉に前へと飛び出して硬直しているサンド・ドラゴンゾンビに向けて攻撃スキルを放つ。
カオスの大規模魔法が案外アタッカーたちを巻き込むものだと思ったがそこは流石トッププレイヤーってだけあってか、カオスも皆を一切巻き込むことなくサンド・ドラゴンゾンビへ魔法を命中させた。
「さて……HPの減りはどれくらいだ?」
俺はポーションを飲みながら、あちこちからの攻撃で煙にまみれてHPバーが見えにくくなっていたサンド・ドラゴンゾンビを凝視する……と。
HPバーは4本あった内の1本が削れていた……中々早いなぁ、誰かしら超高火力で弱点属性でも突いたのかな。
「どうやら炎属性の攻撃にかなりの耐性があったようだな。反面氷属性は通りが良いのを見たぞ」
「はっはーん、KnighTのスキルの通りが悪かったのは属性相性の問題か」
「チッ……生物というのは、火炎に弱いものだと相場が決まっているのに……」
Nさんの観察眼でわかったことを俺はすぐにレイドパーティの全員に共有する。
炎属性が大好きなKnighTはブツブツ何か言っているが、まぁ誰にだって苦手な相手と得意な相手がいるんだし仕方ない。
俺が精神的理由で虫と戦えないように、ステータス的理由で誰かと戦えない奴がいたっておかしくないだろう。
「ま、なんにせよ。弱点はわかった、攻撃の防ぎ方もわかってる……さぁ、こっからは俺たちのステージだな」
「何の決め台詞ですか、それ」
「知らね。前ユリカがなんかでポーズとってやってたから」
俺は剣の切っ先をサンド・ドラゴンゾンビに向けてちょっとキメ顔を作ってみるが、KnighTにはウケが悪かったようだ。
……何故かモルガンは黙って一緒にやってるし、Nさんは左手を刀の柄頭に添えながら右手でフレミングの法則の形を作っていた。なんで?
「お前ら、そんな遊んでる暇あるなら攻撃参加しろよ」
「いや、今丁度あっちが動いてるから暇でよ。俺のスキル詠唱早いし」
「うむ。それに、馬鹿正直に今からスキルを唱えていては咄嗟の対応も出来ぬのでな」
無詠唱で魔法が使えるカオスなら、咄嗟に何か変な行動を起こされてもすぐにスキルの切り替えは出来るだろう。
けれど、こっちはそんな咄嗟にポンポン出せるもんじゃないし、一応臨機応変に動くためにやったのだ、決してふざけているワケじゃない。
「それに、HPバーも一本削り切ったのです。行動パターンに変化があると考えて待機するのも良いでしょう」
「そうですね。これはモルガンの言う通りです」
リーダーであるKnighTがモルガンの意見を支持していることもあってか、カオスはちょっぴりため息をついてから玉座に座って酒を飲み始めた。
……流石にそれは隙を晒しすぎじゃないかなーと思ったが、人のことを言えるような行動を取ってないので、俺たちはしばらく無言だった。
まぁ、だってサンドドラゴン・ゾンビが隙も晒さずに絶えずタンクのメンバーを攻撃し続けてるからなぁ……どうにかスキルを使いたくても、俺の持つ遠距離攻撃だと燃費も相性も良くないだけに、迂闊に攻撃が出来ない。
だから、必然的に後方にいる魔法使いや槍のスキルを持っているプレイヤーたちに任せるほかなかった。
「流石に、暇っすね」
「うむ。まぁ……暇でない時が来るまで待てばよい」
Nさんの言葉に感謝しながら、俺やKnighTを始めとした『効果的なダメージを与えられないアタッカー』たちはしばらく、タンク隊の後ろに突っ立っていたのだった。
プレイヤーネーム:KnighT
レベル:80
種族:人間
ステータス
STR:148(+250) AGI:100(+120) DEX:0(+50) VIT:25(+125) INT:0(+30) MND:20(+130)
使用武器:真・獄炎剣・ヴランヴェルシュ
使用防具:爆炎の兜・改、真・大聖炎の鎧、獄炎衣・改、リアクター・ブーツ・改、真・大聖炎の籠手、爆炎スカート・改、祝福のロザリオ+3