第二百九話:最後の足掻き
「ハッハァ! ヴォルフ・ブレイク!」
「うぐぁぁぁっ! ぐっ、が……あああああっ!」
飛び掛かるように放たれた、赤いオーラを纏ったラリアット。
それをモロに受けたツカサは地を転がり、悲痛な叫びを上げながらHPを全損し、アバターを砕け散らせた。
「ツカサさん! っ……! この野郎ォッ!」
「うぐっ……! があああ……!」
ツカサを討ち取ったDoGの首をアインが掴み、そのまま彼の背中を引きずり回し始め、スキルを詠唱する。
地面に引きずられることで火花を散らしながらDoGはHPを削られ、なすがままに投げ出される。
「シッ! バーサーク・スマッシュ! ランコさん! お願いします!」
「オッケー……! イディオクロノス!」
「ぐっ! 畜生オオオアアア!」
投げ出されたDoGはアインとランコの全力の一撃を受けてHPを全損し、アバターを砕け散らせる。
だが、朧之剣のプレイヤーたちはまだまだ進軍を続ける。
エース格であるDoGが敗れたところで、それ以上に士気を上げる心強い存在がいる限り彼らの勝利は依然揺るがない。
「ハァッ!」
「ぐっ……! やっぱり、数が多い……!」
「それに、一人一人が強くなりすぎてる……!」
かつて魔女騎士団や様々なイベントで大敗を喫した朧之剣は、頭目であるKnighTは勿論、末端に至るプレイヤーまでもが修練を積んだ。
それによってこの第五回イベントまでに平均レベルを大きく上げ、新たなスキルや装備の獲得も合わさり、その強さは以前の倍以上にもなっていた。
「あぐっ! っ、あ……! ごめ、もう無理……ココア離脱しま~す……マジごめん……埋め合わせはすっからさ……」
「そんな、ココアさんまで……!」
先ほどまで斧槍を豪快に振り回しながら敵を寄せ付けずにいたココアが、ツカサの後方火力支援を失ったことでたて続けにダメージを受けてしまった。
アインやランコのように回避技術に秀でていない彼女は、朧之剣からの攻撃を一斉に受けたことで耐え切れず、HPを全損した。
これで集う勇者領土の東サイドを守るのはアインとランコのみ、加えて二人とも既に消耗しきった状態である。
「アインくん、下向いてる暇はないよ! 少しでもこの数を減らそう! 朧之剣だって限界は近いハズだよ! だから、私たちはまだやれる!」
「……そうだ、お義兄さんさんたちが繋いでくれた分、僕らも頑張らなきゃ……!」
朧之剣にいたメンバーは総勢で50名。メイプルツリーや王の騎士団との戦いで10名ほど失われたが、それでも集う勇者の侵攻へ35名が駆り出されている。
残りの1人であるPrincesSは総大将であるがために領土へと籠り、4人がその護衛に当たっている。
一方向のみとは言えども、たった4人で領土を守っていたアインたちには最低レベル70はある35名のプレイヤーたちに対抗するのは不可能であった。
現にアインとランコは装備のあちこちを破損し、回復アイテムも尽きた状態で残り20人はいる朧之剣プレイヤーたちと対峙していた。
「……アインくん。あとどれだけ残ってる?」
「っ……SPはもうあとちょっぴりで、最大火力一発分くらいです。HPは……3割、MPはまだあります。装備はあと少しで壊れます」
「そ。私も大体同じ感じだし……なら、最後の一撃で飾ろっか! 一人でも多く、殺す形で!」
「っ……はい! これが、最後なら! 全部ぶつけます!」
ランコとアインは囲むように繰り出される攻撃を体捌きだけで対処しながらそうやって言葉を交わし、互いに構えを取る。
アインは両拳に狂化のオーラを纏わせ、ランコは剣と槍に雷をほとばしらせる。
「ハァァァ……! ムーンライト・スマァァァッシュ!」
「ライトニング・ロアァァァッ!」
アインの右腕から放たれる月光を纏った拳撃、ランコの武器から放たれる雷の轟き。
範囲を広げて威力こそ落ちているものの、簡単には受け止めきれるような威力ではなかった。
「見事な技です。美しい輝きもある……ですが、私には無意味です」
だが、今の彼女には違った。
七王トップクラスの火力を誇る、彼女を前にしては。
「炎天・聖十字剣戟!」
炎を纏った一撃目の薙ぎがランコの放った雷を消し飛ばし、二撃目の振り下ろしがアインの拳を真正面から打ち砕いた。
朧之剣ギルドマスターにして、装いを新たに進化を重ねて来た剣士。
「なっ……! そんな、僕らの必殺スキルが……!」
「KnighTさん、あなた……! どれだけ積んでるんですか、その火力!」
「さぁ? まぁ……この程度には積んだ、というところですね」
SPは尽き、もう回復アイテムもない状況、それでいて目の前には万全な状態でいるKnighT。
今にも倒れそうなランコとアインには、騎士のような格好をした彼女は正しく絶望の象徴のような存在だった。
「では……お逝きなさい」
「っ……! あああああああああ!」
KnighTが剣を構え直したところで、ランコは思い切り強く踏み込み、KnighTへ迫った。
だが、その踏み込みはバフもなくスキルも使っていない、単純で遅い動き──KnighTにとっては、ただ止まっているのと何も変わらない。
「ふっ!」
「っ……くそ……ダメだこりゃ……まったく、せめて兄さんがいたらなぁ……」
居合のように抜かれたKnighTの斬撃がランコのアバターの腹を大きく切り裂き、地に伏させた。
ほぼ同時に向かって来ていたアインに対しては振りかぶって放たれる左拳を首の動きだけで避け、素手で彼の顔面を掴み、地面へと叩きつけた。
「がっ……! うぁ……!」
「まぁ、よく頑張ったのではないですか。集う勇者も、あなたも」
KnighTはまだかすかに残るアインのHPを削り取るために、アインの顔面を掴んだまま走り出す。
残ったHPも地面に引きずられて削れる──と言ったところでKnighTはアインを前方に投げつけ、サッカーボールのように蹴っ飛ばした。
声を出すこともなく蹴っ飛ばされて吹っ飛んで行ったアインは、ハルの眼前でアバターを砕け散らせ、消滅した。
「さて、と……あなたを斬れば終わりと見ました。ので、今は私に斬られなさい。大丈夫です、長引かせずに終わらせますから」
「冗談キツいですよ。こんな体調であなたと戦うなんて……!」
まだタイムブーストを使った疲れが残っているハルは盾に身を隠しながら、KnighTを睨む。
ここまで早く来てしまったのは何故か、そして自分はこのまま斬られてしまうのだろうか──と、悩みの種を抱えたままに。
「ぐっ! くそ……! ユージンさん、イチカさん、ごめんなさい……流石に、もう……」
「ハハッ、謝るこたねッスよ……俺も同じッスから……」
時は少しばかり遡り、ランコたちが朧之剣相手に奮戦しながらも消耗していた頃。
集う勇者領土南側では、魔女騎士団からの侵攻をたった三人で足止めしていたムーン・リバー、ユージン、イチカの三名も限界を迎えていた。
HPポーションも気力も尽き、多くのプレイヤーの攻撃を受け止め続けたムーンは剣を杖代わりに自身を支えて立っていたが、その手も足もが震えていた。
同様にユージンも、多くのプレイヤーの攻撃を避けては攻撃する、という集中力を要する戦いに精魂尽き果てていた。
「イチカさん、申し訳ないですけど……後、託しても良いですか」
「気にするな、どのみち俺もすぐ死ぬ。誰が早いか遅いかはそんなに考えることではない。
ただ、俺たちはゲームプレイヤーだ。どうせなら、最後は美しく飾って散ってみるのもいいだろう」
「……ハハッ。そうですか、んじゃ……なら!」
「そうッスね……! これが、このイベント最後の大暴れッス!」
ユージンがボロボロの短剣を握りしめながら駆け出したところで、それを合図とするかのように魔女騎士団のプレイヤーたちもが動く。
ムーンもユージンと共に魔女騎士団プレイヤーたちの元に突っ込んでいきはじめる。
その間に、イチカはユージンたちからもかき集めたMPやSPのポーションを受け取り、それらをまとめて使う。
具体的にはポーションを大量に飲み、石を握りしめて砕き──
「過剰充填……リソース・オールロード! 受け取れぇぇぇっ!」
「了解ッス! エンチャント・スラスト!」
イチカの全てを詰めた巨大な火球。ユージンはプレイヤーたちを足場にしながら跳び上がり、イチカの全てを短剣に受け取る。
そして、ユージンは燃え盛る短剣をクロスさせながら魔女騎士団プレイヤーたちの元に自由落下を始める。
「こんなにカッコ良く散るってんなら……! 俺だって、やってやるッスよぉぉぉっ!」
「行きます! 【浄炎斬】!」
「燃え──上がりゃああああああああああああ!」
ムーンが盾から光属性を孕んだ炎を放出し、そこにユージンが飛び込み──
一時的ながらも集う勇者領土南側の門、壁を崩壊させるほどの大爆発を巻き起こした。
その爆発で、集う勇者領土へと侵攻してきた魔女騎士団プレイヤーの半数が消滅した。
しかし、魔女騎士団に残ったプレイヤーの数は30人、元の戦力からは激減していても、まだ全滅ではない。
「これが、残された者たちの悪あがきですか。実に見応えのあるものでしたが……もはや、総大将を守る者は誰もいない。集う勇者は今滅ぶ、私たちの手によって」
「……そっちからも来るんですか、酷いですね。女子高生イジメる趣味でもあるんですか?」
「いいえ? 強者を組み伏せるのは気持ち良いですが、娘ほどの年頃の子ともなれば愛でたいほどですよ。じっくりと」
既に朧之剣のKnighTと対峙していたハルが、防衛戦力を突破してやって来たモルガンとも対峙することとなった。
KnighTもモルガンも、隙あらば互いを討つことを考えてこそいるものの、二人の狙いはハルである。
故に──。
「思いっきり……詰んでますね、私」
「まぁ、そうなりますね。あなたが私たちを倒せなければ、ですが」
「それが出来ないからこそ彼女は諦めているのでしょう?」
KnighTとモルガン。七王の中でも屈指の火力の高さを誇り、アーサーやブレイブと戦っても肉薄するレベル。
そんな者たちを前にして、果たして自分に何が出来るのだ──と、ハルは最初から勝つことを頭に入れていなかった。
が、それは二人が完全に万全な状態で挑んできたら、の話である。
KnighTはとくに消耗などはないが、モルガンはNに目を抉られた際に付与された状態異常がまだ完全に癒えておらず、自身の間合いを測ることが出来なかった。
それを隠すためにも彼女は敢えて後方から眺めるだけで、イチカやユージンたちを前に何もしていなかったのである。
「……まぁ、足掻けるだけ足掻きますか」
「その気になりましたか。では構えなさい、ハル。朧之剣ギルドマスターにして七王、KnighTが参ります」
「魔女騎士団ギルドマスターにして七王、モルガン。いざ勝負」
「……集う勇者メインタンク、現総大将ハル! まかり通ります!」
各々が武器を抜き、いざ一歩踏み込む。
プレイヤーネーム:KnighT
レベル:80
種族:人間
ステータス
STR:148(+250) AGI:100(+120) DEX:0(+50) VIT:25(+125) INT:0(+30) MND:20(+130)
使用武器:真・獄炎剣・ヴランヴェルシュ
使用防具:爆炎の兜・改、真・大聖炎の鎧、獄炎衣・改、リアクター・ブーツ・改、真・大聖炎の籠手、爆炎スカート・改、祝福のロザリオ+3




