第二百四話:蒼月夜空VS大悪鬼
「局面が大きく動いたな」
「……みたいだね。そろそろ私たちも攻めに転ずる時じゃないかな、兄さん」
メイプルツリーを仕留めきったところで、俺──ブレイブ・ワンを始めとした集う勇者メンバーは一度自分たちの領土へと集合していた。
今のところ死亡したプレイヤーはヒナタに斬られたシェリアと、ユリカと別行動になった結果運悪く王の騎士団のプレイヤーと出くわした鈴音とモミジ。
……まぁ、ユリカと俺以外にメイプルツリーの攻略へ参加したメンバーが死んだってワケだ。
「真の魔王とアルゴーノートが落ちた、となりゃ残るは王の騎士団に朧之剣に魔女騎士団だ。多分乱戦になるぜ、真正面からのやり合いじゃキツいな」
「ふむ。ならば朧之剣を落とすか? 弱い者から落とすのがセオリーだろう」
「そうだな……朧之剣を落とせば、集う勇者は三位には入れると来た。元よりこの状況、数で大きく劣る集う勇者ならば無理に強敵を倒すよりも無難な位置に収まるのが吉か」
「ナンセンスだね、イチカくんもムラマサくんも盤面をよく見たまえ。攻撃対象が朧之剣か王の騎士団では、状況はかーなーり変わるよ。
それに、朧之剣を倒しに行っても確実に三位になれるとは限らないし、もっと確率の高い方法を考えようじゃないか」
イチカとムラマサの提案を速攻で折ったのはギンガだ。
まぁ、確かに今から朧之剣を倒しに行くってのはあんまり良くないだろうな。
魔女騎士団はそれぞれ隊を分けて進軍している……というのを、俺たちはメイプルツリー領土から撤退する時に見ている。
そうなると数の有利は王の騎士団に軍配が上がり、王の騎士団が残るギルドの生殺与奪を握ってるに等しい。
「王の騎士団は消耗も少ないでしょうし、漁夫の利が狙いやすいと思います。それに、朧之剣だって簡単に崩れてはくれないと思いますし」
「ハルの言う通りだ。私たちが朧之剣を攻撃したところで王の騎士団からすれば『脅威が勝手に減ってくれる』という状況、むしろどちらかを一方的に叩きに来るだろうし、狙われるのは十中八九集う勇者だ。
王の騎士団に魔女騎士団、それらにまで狙われながら朧之剣を崩せるとは思えん」
「だから、私たちと朧之剣……出来れば、魔女騎士団にも『今倒すべきは王の騎士団』と行動で示して、強制も交渉もなしに呉越同舟の状況を作り上げるってことですか」
「おぉ、なるほどッス! 朧之剣からしたら、俺たちとわざわざ競り合う理由がないってことッスもんね!」
ハル、Nさん、ユリカ、ユージンの四人が俺やギンガの言いたいことを全て言ってしまった。
けれど、この説明にはイチカの方針に頷いていたムラマサたちも反論の材料はないみたいだ。
「んじゃ、集う勇者の方針は王の騎士団を倒すってことで良いってコト? それなら、留守番飽きたし私も行きたいなー」
「そうだな。だが総大将のハルにも護衛が必要だし……出来るだけ多くの人数は連れていきたいが、同じくらいの人数は残しておきたい」
「えーと、今いないのがシェリアさんと鈴音さんとモミジさんだから……7人か、8人が攻略に参加するってことですね。僕にもチャンスあるかな……」
自信満々に手を上げてくれるスターと、指を折って人数を数えるムーン。
この二人も十分強いし、連れて行くだけの価値も理由も十分にあるだろう。
……となると、だ。
「そうだな、俺含めて7人で出撃することにしよう。行きたい奴は手を挙げてくれ」
俺がそう言うと手を挙げたのはNさん、ユリカ、ランコ、スター、ギンガ、ムラマサ、ラシェル、アイン。
Nさんは確定でいいとして……残りは。
「ユリカは連続だけどいいのか? 疲れてないか?」
「平気です。それに王の騎士団にはアルトリアさんがいますから、私が戦って倒したいです」
「なっ、僕だってアルトリアさんにリベンジしたいんだぞ!」
メイプルツリー戦で留守番していたことが悔しかったのか、アインが抗議を始める。
でもまぁ、戦力的にはアインよりもユリカの方がいいんだよな……どうすっかな。
「じゃ、アインくんは私と一緒に留守番しようよ」
「ら、ランコさんと留守番……じゃ、じゃあいいかなー……」
「切り替え早いなー……まぁ、それはそれで助かるんだけど」
ランコのおかげでアインがサクッと折れてくれたので、王の騎士団攻略のメンバーにはユリカが加わる。
で、挙手したメンバーで残ってるのは……もう4人、ならコレで決定でもいいか。
「よし。じゃあコレで決まりでいいな、善は急げだ。早速このメンバーで作戦立てて、決定次第すぐに出撃だ」
「応!」
俺、Nさん、ユリカ、スター、ギンガ、ムラマサ、ラシェル……戦力的には申し分ないメンバーだろう。
現にすぐに作戦がまとまったので、俺たちは王の騎士団領土へ向けての進軍を始める。
「王の騎士団が相手か……初陣には相手が十分すぎるな、まったく」
「まぁ、それもいいじゃないですか。強い相手ほど、ヒーラーの出番もありますしね!」
「しかし、それは相手の総大将がまともに取り合ってくれる時に限るがね。防衛に徹されれば、あの領土で逃げに徹する人間を捕まえるのは広範囲魔法を持つ私でも難しい」
ムラマサ、ラシェル、ギンガの言葉を耳に俺は王の騎士団領土のことを思い出す。
王の騎士団の領土は今までのイベントで残してきた成績の数からか、どの領土よりもデカい。
確かに、そんなところでアーサーが逃げに徹していたら捕まえるのは不可能に近いだろう。
「ブレイブ、アーサーを補足する術はあるのか? ギンガの言う通り、王の騎士団を相手にするとなると──」
「わかってます。だから俺が出るんです、アーサーを囲んで叩くだけなら別に俺はそんなに必要ない。
けれど、あの広い領土やこのフィールドにおいては戦力の分断を図ってくることだってありえる……だから、アーサーと一対一でも勝てる自信のある俺がいるんです」
「フ……なるほどな。では、お前の分の露払いは私が──ッ! 下がれ!」
Nさんは何かに感づいた素振りを見せると叫ぶ。
その咄嗟の一声には皆が動きを止め、大人しく一歩ずつ下がった。
が、前のめりに走っていた俺は下がれず、一歩前に飛び込んだ。
「チ……! この地形操作の技、蒼月夜空か! 全員動くな、離れればブレイブのように一気に分断されるぞ!」
「ご名答。モルガンの命で君たちを止めに来たよ、集う勇者」
「カイト、まさかお前が蒼月夜空の持ち主になってるとはな……驚いたぜ」
かつては『ギルドのものにしたい』とか言っていた伝説級武器である蒼月夜空。
その杖の真骨頂である特殊能力、地形やオブジェクトへの干渉。
瞬く間に地面から大量の土壁がせり出し、見事に俺だけをNさんたちと分離しやがった。
「まぁ、魔女騎士団攻略において厄介なのは四天王よりも蒼月夜空を装備してるプレイヤーだったし……どの道、お前と交える剣だったんだ。遊んでやるよ、カイト」
「嬉しいよ、ブレイブ。君と一対一で戦えるなんてね」
「つーわけだ、悪いけどNさんたちは通させてくれ」
「いいとも。王の騎士団を打倒して欲しいのは僕らも同じだからね」
カイトは俺たちを分断した土壁を取り除き、数歩距離を取ってから杖を構える。
……小鬼召喚で足止めして、その隙に全員で逃げるって手段もある。
けれど、それは漢じゃあねえし……何よりも、俺はカイトと戦いたかったから、この戦いで小鬼召喚は使わねえ。
「頼むぜ、Nさん」
「……あぁ、任されたぞ、ブレイブ」
Nさんは俺を信じ、残りのメンバーを引き連れて王の騎士団領土へと真っすぐ進んでいく。
俺は腰から剣を抜き放ち、カイトに合わせるように構える。
「来いよカイト。蒼月夜空の力、最大限まで引き出して見やがれ!」
「あぁ、なら早速!」
カイトが杖の先っぽを地面に向け、それを滑らせるように振る。
すると、カイトが描いた軌道の通りに地面から土の槍がせり出してきた!
「っと……! 受けきれるかわかんねえな、これ」
盾で受け流しつつ下がるが、エクスカリバーにならぶような伝説級武器ってだけあってかなりの威力だ。
真正面から受け続けていたら、俺の間合いに入ることなく消し飛ばされそうだ。
「どんどん行くよ!」
「ッ、この野郎……!」
地面からせり出してくる槍やら棘の数が多くなってくる。
回避と防御に徹してるおかげでまともにくらいはしないけれど、一発貰ったら終わりだ。
一発でも貰って、バランスを崩したら滅多打ちにされて死ぬ。
「【ムーンライトカッター】!」
「オーガ・スラッシュ!」
蒼月夜空固有のスキルか、杖の先端から青い三日月状の刃が飛んでくる。
オーガ・スラッシュでなんとか相殺できるレベルの威力……連射はないと考えたいが、相手するのはしんどいな。
「【プラント・バインド】!」
「フェニックス・ドライブ!」
今度は大木が生えたと思えば幹が俺を拘束しにかかって来る。
フェニックス・ドライブをぶつけても消し炭にならないくらい硬い木となると、増やされちゃ困る奴だな。
「さぁ、森でも作ってしまおうかな!」
「ふーざーけーろー……よッ!」
続けて木を生やし始めようとするカイトに向けて、今度はカースフレイム・フェニックスドライブを放つ。
カイトは既に生やしていた木と、新たに用意した土壁を盾にして下がり、何とか俺の攻撃を相殺していた。
よし……! 一瞬だが、カイト防御をさせた! 今が攻撃のチャンス!
「ここだ!」
一歩踏み込んでカイトに斬りかかる、カイトは杖で剣を受けた。
前はどうだったか知らないが、今は杖を使う魔法使い……例え詠唱の隙が無くても、ここは俺の間合いだ!
「ッ! やるね……流石、トッププレイヤーだ。けれど、僕にだって意地があるんだ!」
「立派な意地だな……けど、気持ちだけで負けてやるわけにはいかねえ!」
杖に青いオーラを纏わせ、直接杖で殴りかかるカイトの攻撃をサイドステップで躱す。
牽制目的なのか本気で殴って俺を引き離そうとしたのかは知らないが、剣士である以上魔法使いの近接攻撃にやられるわけにはいかない。
「フッ!」
「っ、くそ……!」
躱すときに使ったサイドステップの勢いを殺さず、右足を軸に踏み込みながら回転。
それで放った一撃がカイトの両足──膝を斬って、そこから下を泣き別れにさせてやった。
「言ったはずだぜカイト、気持ちだけで負けてやるわけにはいかねえってな」
「ち……あぁ、いや、君の負けだね、この状況は!」
「読めてんだよ」
カイトが地面に倒れ伏しながらそう叫ぶと、俺の足元から土の槍や棘が飛び出す。
そうしてくる可能性は十分にあったと最初からわかっていたので、飛びのいてソレを躱し──
「ライトニングソニック!」
「ゴブリンズ・ペネトレート!」
まさに音や落雷のような速度……雷を纏った衝撃波が避けた先に飛んでくるが、それも読んでいた。
目ン玉瞑ってたって、間合いに入って来る奴がいるかどうかくらい、俺にだってわかる。
そして、こんな風に攻撃が飛んで来たら。
「そこか」
「ッ! 急いで逃げろ! 僕は見捨ててくれて構わない!」
振り向いた先に、両手を突き出しながら突っ立っていたのはかつての顔見知り、千冬さんとデートに行ったときに見た女。
メイド服を身に着けて、真の魔王にいるサンドラと似た雰囲気のプレイヤー、ジェシカだった。
さっきまでは見えなかったし、透明化でもして機会を伺ってたってワケか、随分狡猾な奴だけど……相手が俺だったのが悪かったな。
「逃がすかよ」
ジェシカは既に走って逃げだしている、中々速いな。
追いつくためには超加速じゃダメだ、アレじゃ攻撃に移るのに一瞬ラグがある。
だから、俺は新たなスキルを発動させる。
「【フェニックス・ウィング】」
フェニックス・アーマーの発展スキル……不死鳥の炎のエネルギーを鎧ではなく翼のように象る。
そして、シールドを足場代わりに作って蹴っ飛ばし、初速を思いっきり上げて──
「フェニックス・スラスト!」
「っ、速──がっ……!」
翼の推進力とシールドを蹴った時の勢いを乗せ、炎を纏わせた剣でジェシカの背中から胸を一気に貫く。
超加速で踏み込んだんじゃこの瞬発力は出ないし、何よりも飛び込むように繰り出せば外した時にコケてしまう。
だから、外しても転ばず瞬発力も出る今のスキルを使う必要があったってワケだ。
「ッ……作戦失敗か……けれど、それでも、君を疲れさせるくらいはしてやる! ブレイブ・ワン!」
「……そうかよ。じゃあ、もっといい成果を持ち帰らせてやる」
カイトはさっき『僕を見捨てて逃げろ』なんて言ったくせに、冷静にも蒼月夜空を使って何か準備をしていたようだ。
大量の木々と土で全身を覆い、蒼月夜空と自分自身をコアにして全長3mはあろうゴーレムのような姿に変身した。
所詮ただの土くれと枝の寄せ集めみたいな人形だ、フェニックス・ドライブを何発も浴びせればあっさりと倒せるだろう。
けれど今の俺はそんなに悪い気分じゃない、だから合理性よりも気分を優先して、剣に黒い炎を纏わせる。
「俺の命、一つくれてやる!」
「うおおおおおあああああッ!」
カイト──蒼月夜空のゴーレムは巨躯に似合わぬ速度で走り出した。
逃がすつもりはなかったけれど、俺の間合いの更に内側に入ってこの技を受ける度胸、認めてやる。
「お前は強かったよ、カイト!」
「くらえええッ!」
更に蔓やら枝やら葉が巻き付き、頭よりも大きくなった拳を振り上げてくる。
ヒナタ戦で一つ使って、残り二つである命のストックを削る。
「大悪鬼の恨み! そして──恨熱斬!」
「ッ! ぐ、あ……こ、これが──!」
全力だからこそ恨みも何もかもぶつけるつもりの刺突が、カイトが繰り出してきた巨大な拳を貫き、焼き払う。
この一撃がカイトのアバターを守っていた土と木々を崩壊させ、杖を握りしめたままのカイトが炙り出されてきた。
「ッ、ありがとう。ブレイブ……」
「気にすんな、ただの気分だ。こうやって楽しんでみたかったからな」
カイトは俺の命を一つ削って足止め出来た、俺は強敵たるカイトをカッコ良く倒せた。
だからそれでいい、損得勘定よりも、どうやって楽しんだかどうかだ。
「じゃあな、カイト」
「あぁ。また今度」
俺は炎の翼を動かし、ゴブリンズ・ペネトレートでカイトの心臓を貫いた。
……さて、あと一回の恨熱斬は使いどころ考えねーとな。
プレイヤーネーム:カイト
レベル:80
種族:人間
ステータス
STR:80(+70) AGI:90(+120) DEX:20(+50) VIT:20(+100) INT:63(+150) MND:20(+100)
使用武器:蒼月夜空
使用防具:博学の眼鏡 魔学の白衣 蒼月の衣・上 蒼月の衣・下 蒼月の手袋 アースブーツ・改 樹木の首飾り